認定試験4(最終試験2)
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変則実戦形式の最終試験も、とうとう最終回となった。
この回で、全員が最も得意なポジションを守り終え、受験生のバッティングも、投手の栫さんを除いて全員3打席をクリアすることになるため、エクストライニングには進まず、四回表で終了となる。
7人の受験生が1イニング交替でセカンドの守備に就いた。最終回は、いよいよみづほの出番だ。
みづほがセカンドの守備位置に就いただけで、ギャラリーから拍手が湧き起こる。
ファーストに相楽さん、サードに佐藤さんが入った。
先攻チームの先頭打者は神崎さん。
皮肉なことに、神崎さんはこの打席でおおきな拍手を浴びた。打球がセカンドに飛んだのだ。
力なく一二塁間に転がったゴロにみづほは難なく追いつき、素早く送球。無駄な動きは何ひとつなかった。1アウト。
続く山野さんはサードゴロに倒れ、2アウト。
勝敗はまったく関係ないとは言え、先攻チームは後がなくなった。
右打席に立ったのは、上杉さん。
今日の試合は3打数ノーヒット、アウトになったら試合終了の場面。
上杉さんは、初球からセーフティバントを試みた。サード側に巧く打球を殺している。
佐藤さんが猛然と前進してボールを拾い上げ、一塁へ投げた。
上杉さんの足と、ボールとの勝負。
塁審の腕が横に広がる。「セーフ!」上杉さんの足が勝った。
もう一打席貰った早坂さんが、ネクストバッターサークルで手を叩いて歓んでいる。
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早坂さんが張り切っている。ブン、ブンとすごい素振りだ。
四球め。外寄りのストレートが甘く入ってくるのを、待ち構えていた。
ボールをバットに乗せながら強振する。
カキーン。今日いちばんの快音を放って、打球はレフトスタンドに消えた。
起死回生の、同点ツーランホームラン。スコアを振り出しに戻した。
ボランティアの男子投手は、淡々とだが、丁寧に力を込めて投げている。球速だって130㎞/h近くは出ているはずだ。
球種がほとんどストレートで、インコースの厳しいところが無いとはいえ、非力な女子選手がそうそう打てる球ではない。
そんな中で、見事に狙い打ってスタンドインさせた早坂さんの打力は相当なものだと思われた。
現に、次打者の神崎さんは球速に押されたピッチャーフライだった。
ゲームセット。3対3、引き分け。
最終試験が終了した。
試合後の礼と同時に、受験した女子選手たちが抱き合い、やがてひとり残らず泣き出した。
一発勝負の認定試験。
ミスもあったが、全員がほぼ実力通りの結果を出せたのではないか、と思う。
それでも、試験の間の重圧は相当なものだったのだろう。俺たち男子選手には想像もつかない逆境だ。
そして今この瞬間、その緊張から解き放たれた、そんな涙。
合格確実と目されていたみづほといえども、例外ではなかったのだろう。
見ていて思わず貰い泣きを誘う光景だった。
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「……さん。遠野さん」
みづほを呼ぶ声がする。あれは……元タイタンズの桑野さんだ!
今日も来て下さったんだ。にこやかに手を振っている。
みづほは泣きながら桑野さんに駈け寄って、やっぱり泣きながら何度もお辞儀を繰り返している。
「遠野さん、よく頑張ったね」
桑野さんの優しい言葉に、またもやみづほの眼から涙が溢れ出る。
正直泣き過ぎだ、とも思うが、それもまたみづほなのだから仕方がない。しゃくり上げながらやっとの思いで言葉を返す。
「はい……あの……何とお礼を言っていいか……ほんとうにありがとうございます」
「えっ?」
「桑野さんのお陰で……試験をしてもらえて……」
「僕は何もしてないよ。遠野さん、君の頑張りが、高校野球の歴史を変えたんだ」
「そんな……あたしこそ野球してるだけで……」
ふたりの言っていることは、正しくもあり、間違ってもいるのだろう。
傍から見ると、とんとん拍子に話が進んだように思えるが、陰でいろんな紆余曲折があったことは、容易に想像できる。
みづほの頑張り、桑野さんたちの応援、千秋シニアに緑陵高校という環境、関係者の方々の尽力……それらの偶然と必然が重なり合って、細い糸を手繰り寄せるようにして掴まえた、わずかな光。
これはやはり奇跡としか言いようがない。
堪えきれなくなったみづほが、顔を両手で隠し、また激しく泣きじゃくった。
桑野さんがいたわる様に、優しくみづほの頭を撫でる。桑野さんの眼にも、光るものが見えた。
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うーん。時間がかかるなあ。
更衣室に消えた女子選手たち。俺たち付き添い連中はベンチ裏の控室で、彼女らが出てくるのを待っていた。
一時間はとうに過ぎている。まあ、緊張し続けの試験の後だし、ロッカールームの雰囲気は何となく分かるんだ。入試直後みたいなものなんだろう……俺は推薦組なので入試は受けてないが。
しかも、女子ばかり8人。きっとシャワーを浴びながらお喋り、着替えながらお喋り、髪を乾かしながらお喋り。今は下手すると、何もしないでお喋りだけしてるかもしれない。
ただ、俺たちも暇を持て余していたわけではなく、取材やインタビューを受けたり、それなりに忙しくしていた。
俺も呼ばれる。記者の質問。
「みづほちゃんはどんな選手ですか?」
「プレーだけでチームを引っ張っていける選手です。遠野さんのいないチームは、考えられません」
「試験が終わって、一言」
「遠野さんと一緒に甲子園を目指したいと、心の底から思います」
よし。これで高野連へアピールできたかな。
控室には桑野さんも来ていた。
「秋山くん……だったね。付き添いお疲れさまでした」
うおー。桑野さんが俺を知ってくれてたどころか、会釈までしてくれる。
「いえっ、ふぁっ、桑野さんこそっ、お疲れさーですっ!!」
直立不動で90度のお辞儀をする俺を、桑野さんが苦笑しながら制した。
「緑陵高校だったね、一年生だけのチームなんだって?」
「はいっ!部員は現在10人ですっ」
桑野さんは野球部の練習環境や内容、チームの選手構成などをこまごまと訊いた。
「そうなんだ、ぎりぎり試合ができる環境だね。ホントはもう10人は欲しいよね、ベンチ入り枠を埋められるくらいの人数が」
「はい。うちは元女子高なんで、男子の人数が50人しかいないんです」
「そう……厳しいね、なかなか」
正確には男子48人、女子242人。
少ないパイを激しく争奪し合っているのが、緑陵の男子運動部の現況だった。
堀内学園の主将からも声を掛けてもらった。
森尾さん、もちろん三年生。
「みづほちゃん、初めて見たけどすごい選手だね。頑張って」
「あざっす。上杉さんも、巧かったと思います」
「ああ……早矢香はホント、野球が好きだよ。練習も一生懸命やってるし。ただうちだと、ベンチ入りできるかどうか、ギリギリの実力なんだよなあ。女子だってことを考えると、ホントに大したものなんだけどなあ」
そうだった。堀内学園と言えば甲子園出場経験もある名門校。
この試験に合格したからといって、公式戦出場が確約されているわけではないのだ。
選手としての上杉さんを冷静に評価すると、守備は巧いがセカンド専門。足の速さは平均より少し遅め、バッティングはほとんど期待できない。
彼女がレギュラーを目指すならば、バッティング技術とパワーの向上が必要かな。それなら残り二カ月足らずでもなんとか間に合うかもしれない。
「うん。今頃は早矢香、みづほちゃんに練習方法とかいろいろ訊いてると思うよ」
正直に所感を話すと、森尾さんからそんな応えが帰ってきた。
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「ちーちゃん、おっまたせー」
みづほがすっきりした顔で帰ってきた。栫さんと手を繋いで、並んで歩いている。
上杉さんに呼び止められ、握手の後に、固い抱擁を交わした。
うーん。男同士だと、こういうスキンシップは滅多にないよなあ。
他の女子には悪いけど、みづほも結構可愛い方なので、美少女同士の抱擁は絵になっていた。
長かった認定試験も、とうとう終わり。合格結果発表は10日後の16時と告知された。
きゃあきゃあ言いながら、受験生のみんなとはお別れ。連絡先の交換なども、すでに済ませたっぽい。
「みづほ、おつかれ」
「ちーちゃん、あたし甘いもの食べたい」
「そう言うと思ったよ。ほれ」
抜かりはないよ。売店で調達したクリームコルネをバッグから取り出した。ホイップクリームの入ったヤツな、みづほの好きな。
「わー、さすがちーちゃんだぁ」
もしかすると、これが本日いちばんの笑顔だったかもしれない。
球場外のベンチに並んで腰かけ、みづほはクリームコルネをはむはむと食べている。
「監督にはラインで報告しといたよ」
「サンク。監督、なんて言ってる?」
みづほにスマホを見せる。
>おつかれー♪練習は終わったから、報告は明日でいいよん(^_-)-☆
>今日は帰ってゆっくり休みなさい
可愛いスタンプもついていた。
「監督ってさ……」
「若い、というか若作りというか……」
ふたりで顔を見合わせ苦笑した。
*
帰りの中央線。並んでシートに座り、しばらくふたり無言。
昼下がりの傾いた陽射しが車窓を照らしている。気怠い雰囲気がみづほを包んでいた。
微笑んでいるのか、疲れているのか判別できない表情で、スマホを手に持ったままじっと眺めている。
指は全く動かしていないので、画面を見ているわけでもなさそうだ。
「ちーちゃん。今日の試験、何人合格すると思う?」
みづほが、返答に詰まる質問を投げかけてきた。
「さあ……高野連の方針で大分違うような気がするね」
今日の試験は『男子に混ざって、しっかり怪我なくプレーができる身体能力と技能』を検定する目的だったはず。その方針に沿った合否が為されるはずだ。
俺の見立てだと、大甘の判定なら5人。激辛なら……みづほひとり。
ただ、今日の試験をずっと視ていたのなら、ひとりという結果には、ならないだろう。
栫さんの、みづほとの息詰まるナックル18連投。
上杉さんの安定感ある守備と、何が何でも出塁しようとする意地。
早坂さんの豪快なスイング、起死回生のホームラン。
あの攻防に心を動かされないヤツは、野球をやらない方がいい。
あれほど涙ぐましい頑張りを見せた、女子選手たちの願いを全て無にするようなヤツは、野球を語る資格なんかない。
みづほ、上杉さん、栫さんは多分合格。
早坂さん佐藤さんが合否線上。山野さん以下三名は厳しい。
それが妥当な判断だと思う。
「ちーちゃん」
「ん?」
「あたしね、高校行って野球を続けたい。そんな思いだけで緑陵に来たの。女子野球部からの勧誘はたくさんあったけど、男子野球部で誘ってくれたのは、大屋監督だけだった」
「うん」
その経緯はある程度知っている。
「そしたら……ちーちゃんたち千秋のみんなが来てくれて、チームも出来て、そして公式戦出場にもう少しで手が届くとこまで来てる……ちーちゃんと一緒に甲子園に行けるかもしれないのよ。まるで夢みたい」
「それはさ、みづほが頑張ったご褒美だよ」
「頑張った、ってさぁ……みんなどんだけ頑張ってんのか、今日証明してたじゃない」
みづほは、思い出すようにそっと眼を閉じて話す。
しかし――言いかけて、俺は言葉にするのを止めた。
もしみづほが居なかったなら、今回の認定試験はまず開催されなかっただろう。みづほがシニア日本一のメンバーだったからこそ、女子の公式戦参加資格が見直され、こうして実現したのだ。
みづほの頑張りと、他の者の頑張りとは、まるで質が違う。
だが、この場でそれを言うのは野暮というものだろう。
「そうだな……みんな、頑張ってる」
そう返すのが精一杯だった。しばらく沈黙が続く。みづほの眼は、閉じられたままだった。
「あたし今、とってもしあわせ……こんなに幸せでいいのかな、て考える時、あるよ……」
それきりみづほは黙ってしまい、やがて温かい感触が伝わってくる。
みづほは俺の肩に頭を預け、寝息をたてていた。
やっと終わりました(^-^;
これから7月初めの夏予選に向けてストーリーを進めていきます♪




