認定試験
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日曜日は、認定試験の日だった。俺はみづほと、試験会場の球場へ向かう。
俺の立場は、チームの主将としての付き添いだ。
付き添いは俺ひとり。監督も水谷先生も、他の部員も一緒に行きたい気持ちはやまやまだったろう。
しかし、緑陵高校は明日から一週間の中間試験休みに入るので、チームとしてはどうしても練習を外せなかった。
今頃はみんな、みづほの試験を気にしながら練習に励んでいることだろう。
まさか落ちることはないとは思うが、みづほの顔は、真剣そのものだった。
受験者は全部で、8校から8人だった。
みんな、男子に混じりながらひとり頑張ってきた女子部員だ。
内訳は三年生が6人、シニア経験者の二年生がひとり、一年生がみづほひとり。
受験生ひとりひとりに、俺みたいに主将や監督、部長がついて来ている……みんな、大事にされてんだな。
「みづほ、ガンバ」
「うん。行ってくるね」
受付手続を済ませて、みづほは更衣室へと消えていった。
試験会場には、メディアの取材も多数訪れていた。
高校野球の歴史が変わろうとしている。そのことを誰もが分かっていた。
……俺自身、この場に立ち会えたことに感謝している。
可能ならば全員合格してほしいが、現実はきっと厳しいだろう。
みづほの合格は、まず間違いなし。
問題は、他の女子がどれだけ食らいついて、合格に漕ぎ着けるか。大方の眼はそんな感じだろう……そう予想していた。
ところが少し違っていた。
受験する三年生のひとりが、みづほとは違った意味で、雰囲気を変えるほどの美人だった。
堀内学園の、上杉早矢香さん。
脚が長く、モデルみたいな体型をしている。
野球選手には珍しい長髪で、それを後ろで編み込んでひとつに束ねていた。
ウォーミングアップの身のこなしを見る限り、身体能力も高そうだ。
周囲の注目が分散したのは、みづほにとっては好材料かな、そんなことを思った。
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一次試験、50m走と遠投の測定。
みづほはいきなり好記録を叩き出した。50mを6秒8。
もちろん唯一の6秒台。
遠投は2回投げた。
一回め。体を弓のように撓らせ、高く投げた。86m。
二回めはノーステップのまま、スローイングをイメージした低い弾道で61m。
周囲からどよめきの声が漏れる。
身体能力の違いを如何なく披露しての、余裕の一次試験通過。
一次試験は結局、全員が通過した。
都高野連が設定した合格の目安をクリアできた女子は、みづほを除くと三年生ひとりだけ。
なんと上杉さんだった。50m走7秒2、遠投も70mぎりぎりあったらしい。
男子並みの身体能力を要求しているのだから、当然と言えば当然の試験結果だった。
本来ならそこで、ふたり以外は試験終了にしてもいいのだが、技能も受けさせ総合的に判断しようという、主催側の配慮が働いたようだ。
休憩時間を利用して、受験生の女子たちがみづほの周りに集まって、握手をしたり話しかけたりしている。
やはり野球業界では、みづほの名は知れ渡っているようだ。
みづほに上杉さん、そしてシニア出身の二年生、栫さんが輪の中心だった。
やがてみづほの身振り手振りが活発になり、肘や手首を指差し、背筋の辺りを撫でて何やら話している。
多分、さっきのスローイングのレクチャーをしているんだろう。うんうん、と熱心に肯いている女子もいる。
――この場には、敵も味方も、先輩も後輩もない。全員が全員、貰ったチャンスを勝ち獲ろうと集まった、言わば同志なんだ。
こういうの、いいな。心の底から思った。
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「みづほ、お疲れ」
ベンチに戻ったみづほに、飲み物を渡しながら話しかける。
「……みんな、一緒だった」
「ん?」
少し沈んだ顔をしている。何かおかしい。
「みんな、あたしと一緒……野球が大好きで、必死に男子についていこうと一生懸命で……」
「みづほ……」
「でも、試合に出ることもできないで、それでも野球続けて、頑張って……」
「みづほ」
「あたしたち東京は試験受けられるけど、埼玉の子も、神奈川の子もチャンスさえ貰えなくって……」
「みづほっ!!」
「えっ……」
「集中しろよっ! お前、何しにここに来たんだ。みんなと野球をするためだろ? 試験に受からないと、全部ダメになるんだぞ!」
「う……ん」
みづほの顔がわずかに歪む……やべえ、泣かしたかもしれん。
みづほは帽子を脱ぐと、持っていたボトルを頭上に振りかざし、飲み物をドボドボと頭からかけた。
うわっ、それ水じゃないぞ。スポーツドリンクだぞ。
周囲の驚いたような視線にも構わず、ドリンクをすべてかけ終わったみづほは、眼を閉じたままブルブルッと頚を振って水を散らせる。
「……顔洗ってくる」
「うん」
「ちーちゃん、ありがとう」
みづほはそう言うと、ベンチ裏に駆けて行った。
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休憩を挟んで二次試験が始まった。野球一般のスキルを判定する、技能試験だ。
メニューはまず、ウォームアップを兼ねたキャッチボール。
次いで、ノック形式の守備技能検定と、マシンを使ったバッティング検定。
最後に試合形式での総合検定となる。
ふたりずつ四組に分かれてのキャッチボール。みづほのパートナーは例の、堀内学園の上杉さん。
どうやら、ほぼ同等の身体能力を持つ選手同士で、ペアを組ませたようだ。
上杉さんは巧かった。みづほの投げる球の伸びに当初は戸惑ったようだが、しっかりと捕球できていた。
ゆったりしたフォームで、みづほから教わったスローイング技術を早速実践しようとしているのが分かる。
思い通りの投球が出来たらしく、眩しい笑顔を見せながら、みづほに合図を送っている。
みづほも嬉しそうに合図を返し、身振りで改善点を教えながら、ゆったりと投げ、お手本を見せる。ふたりのキャッチボールは、本当に楽しそうだった。
都立広瀬の栫愛菜さんも、いい球を放っている。二年生。
シニアからずっとピッチャーをしていたそうだ。
一次試験では、遠投は楽々クリアしたが、50m走ではタイムが足りなかった。
一次試験の下位の選手は、残念ながらすぐに分かった。
このふたりは厳しそうだ……みづほの球を受け損なう危険さえあると思った。
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ノック形式の守備検定に移る。
各々が最も得意なポジションでノックを受け、捕球と送球技術を見るようだ。
面白いことに、8人いる受験生のうち、栫さんひとりがピッチャーで、残りはセカンドだった。
女子は肩の強さに大きなハンデがあるので、ポジションに偏りが生じるのはやむを得ないだろう。
それだけ彼女らが、真剣に生き残りを考えてきた末の、必然的な結果である、とも言えた。
テストは、一次試験の結果が下位の選手から始まった。みづほはいちばん最後。
まあ、それがいいだろう。
みづほの守備を見て気後れしたり、リズムを狂わされる心配もない。
守備の技術は、誰もが予想よりもしっかりしていた。
少なからず緊張の色が見られたが……公式戦出場権をかけた一発勝負だ。緊張するな、という方が無理だろう。
それでも、各々の身体能力に見合ったパフォーマンスはできていたと思う。
ひとりひとりのノックが終わると、拍手が鳴り響く。
俺も拍手……みんな、頑張ってる。涙が出そうになった。
栫さんがそつなく終えた次に、上杉さんの登場。
やっぱりこの人、絵になるわ。
上杉さんの守備は巧かった。捕球と送球のたびに周囲からどよめきが漏れた。
華やかな印象ばかりが先に立つが、練習の積み重ねをしっかりと証明した。
鳴りやまぬ拍手の中、みづほの番になった。
みづほの守備は……異次元だった。
どよめきさえ起きなかった。誰もが眼を見開いたまま、息を飲んだ。
みづほの場合、第一歩がまず違う。
ノックのインパクトの瞬間に、打球の方向と強さが読めているのだ。
他の選手より、守備態勢に入るタイミングが遥かに早いから、難しい打球でも難なくキャッチできる。
特に今日のみづほは、感覚が研ぎ澄まされているようだった。
後ろへのポップフライも、一二塁間の痛烈なライナーも、余裕を持って処理されているように素人目には見えただろう。
「……あれ、ヒットだよな普通……」
「すげえ……一年生の、いや高校生の守備じゃねえよ……」
あちこちで囁く声がする。
上杉さんは確かに美人だが、セカンドをしている時のみづほは、世界一美しい。
いつもながら、胸を張ってそう思う。
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みづほへのノックは、数十本に渡った。他の選手の数倍の量だ。
それでもみづほの脚色は衰えず、華麗な守備を魅せ続けた。
気持ちは分かる。
誰もがずっと、みづほの守備を見ていたかった。球場全体がみづほの虜になっていた。
センターに抜けそうな痛烈な打球を、みづほが見事なまでのダイビングキャッチ。
体勢を立て直すと、ファーストに投げずバックホームしてきた。
一塁には間に合わない、という仮想判断だ。
ストライクの返球を見て、ノッカーがはっと我に返ったらしい。
「はい、終わりです!お疲れさまでした!」
「ありがとうございました!」
にっこり笑い、深々とお辞儀するみづほ……ああ。きれいだ。
「みづほちゃんっ!!」
受験生の女子選手たちが、居ても立っても居られない様子で、戻ってきたみづほを出迎え、次々に抱きしめていく。
ダッグアウト前で、しばらくみづほは揉みくちゃになっていた。
また前後編になっちゃいそうです。
頑張ってきた女子選手たちを全員モブキャラ扱いにする事は、どうしても出来ませんでした。
彼女らについても、今後も書き込んでいくことになるかもしれません。




