五月の蒼い風2
*
「ああ、腹減ったなぁ」
昼休み、屋上でみづほと待ち合わせ。
みづほのヤツは俺に弁当を持たせてくれなかった。
ちーちゃんパパの分も作ったからお弁当箱が足りなくなったの。二人分を重箱に詰めるから一緒に食べよ、だってさ。
今朝、裸を見られた腹いせではなさそうなのは、少しホッとした。
ちーちゃんパパと言えば、みづほの手作り弁当を貰って大喜びだった。
「いやー大事に食うよ、ほんとにありがとう」
「んーと、玉子焼きとかソーセージとか、簡単なのばかりですから」
「今夜はお土産に美味しい寿司でも買ってくっから、みんなで食べようなっ!」
親父のヤツ、チョー上機嫌で出社していった。
海老で鯛を釣る、とは当にこのこと。とりあえずでかした、みづほ。
「お待たせー」
大きめの包みを持ってみづほが現れた。
いそいそと俺の隣に腰かける……そんなくっつくなよ、人が見てるだろ。
「おべんと、おべんとー♪」
ダメだ、まったく聞いてねえ。鼻唄混じりに包みを膝の上に乗せて開く。
ご飯を詰めたタッパーがふたつあり、その大きい方とお茶のペットボトルを渡された。
「はい、ちーちゃんの分。タッパーを受け皿代わりに使ってね」
「おう」
タッパーを開ける。ご飯の上に海苔が敷き詰めてあって、その下にあるのは……
「刻みシイタケ入りのそぼろよ。干しシイタケを使って、その出し汁で煮たの」
そうか。とにかくそぼろということは、分かった。
みづほは、俺が食べやすいよう斜めに座り直し、おかずの入った重箱を開けた。
「おお、美味そうじゃん」
俺が分かるのは玉子焼きにソーセージ、豚肉の下に野菜が敷き詰めてあるの。
「えへへ。待ってね、豚しゃぶ風サラダにドレッシングかけるから」
いや、悪いが腹が限界だ。みづほがドレッシングをかけてる側から箸を伸ばし、玉子焼きとソーセージを頬張りながら飯をかき込む。
「いただきまふ、もぐもぐ」
「あーっ。ま、いいや……味はどう? 薄すぎない?」
「うん、ふん、ふまい」
ちょっと待ってろ。今、食うことに集中してる。
みづほは怪訝そうにしていたようだが、俺の食うスピードを見て、気持ちに折り合いがついたらしい。
「いただき、ます」
眼を閉じて箸を持った手を合わせ、ゆっくりと弁当を突つきはじめた。
*
ふう。
腹の虫が鎮かになり、ようやく俺に人間的な感情が戻ってきた。
改めて重箱のなかを見る。ずいぶん食っちまったような気がするな……
「みづほ、お前きちんと食えてるか?」
「大丈夫だよ。ちーちゃんたくさん食べてくれて、嬉しいな」
ホントかな。みづほの表情からは穏やかな歓びしか読み取れない。
もっと食おう。
「このそぼろ、味が染みてる。何というか……美味いよ」
「そーお? 嬉しい」
「玉子焼き、きれいに巻けてるよな。みづほが焼いたの?」
「このくらいできるわよ。あたしだって一応女なんだから」
ああ。女ということについては、今朝で散々分からさせてもらった。
かなりの量があったはずだが、完食するのに10分かからなかったと思う。
「ふーっ、食った、食った。ご馳走さま。こりゃ明日の弁当も楽しみだ」
「うん、明日も頑張る! ……でもね」
みづほが片づけをしながら、頬を少し赤らめて口ごもる。
「ちーちゃん、明日来るのは6時にしてね……」
「うん……悪かった、いきなりやって来て」
みづほの認定試験まで、一週間を切った。
野球部の練習も、中間試験のテスト休み期間直前ということもあったが、みづほの試験に向けて全面バックアップ態勢をとってある。
といっても、いつもとそんなには変わらない。体調の調整や調子の維持が主体だ。
元来が、みづほを試合に出すために作られた特別ルール。
合格は間違いないんだろうが、万が一とか超どんでん返しとか、何が起きるか分からないのが世の中だし、野球だ。
屋上から見上げる空はどこまでも蒼い。
俺たちの上に暗雲が立ち込めないことを切に願った――
夏に向かって、この蒼空が続きますように。
*
「なあ、みづほ」
俺の顔をみたみづほがハンカチを取り出し、俺の口もとをそっと擦った。
「ちーちゃん、ドレッシング付いてる」
「お、さんきゅ……50m走のタイム、いくつだった?」
「あ、こないだタイム取ってたやつね? 調子いいわよ。コンスタントに7秒きる」
道理で陸上部のヤツが執拗に勧誘に来るわけだ。
「いいじゃん。遠投は?」
「平均で85mくらいかな。でもあれって、肩の強さよりフォームの問題だよね」
「じゃ、一次試験は楽々通過だな」
「でもね……」
微笑みかける俺に、みづほはかるく息を吐いて空を見上げる。
持っていた弁当の包みを傍らに置くと、膝を曲げて体育座りをした。少しスカートの裾が気になる。
「あたしの肩じゃあ、もうショートは出来ないよ……少し深いと高校レベルじゃアウトに出来ないもん」
組んだ腕の上に、顎を乗っけている。
「男女の体力差って、つくづく思い知らされるなあ。純粋なパワーだけで考えると、チームの誰にも勝てなくなってる。野口くんとか竹本くんとか、伸び代どんだけあるんだろ。羨ましいと思うよ」
みづほは、緑陵野球部では、もっとも完成された選手だ。
しかも、さらに巧くなるための努力をけして怠らないし、どんな時でも絶対に手を抜かない。
彼女のその姿勢が、チーム全員にどれだけ相乗効果を与えているのだろう。
完成されたものならではの悩み。それを垣間見た気がした。
かける言葉が正直見当たらない。
「……みづほの守備は、超一流だよ」
「ううん、分かってるの。今のあたしの守備は、ちーちゃんのサポートがあってこそよ。捕球はまだまだ頑張れるけど、スローイングは限界が近い、かな」
みづほの顔は、少し笑っているように見えた。
「あたし、ちーちゃん無しでは生きていけない体にされちゃったの」
「そっ、それ、結構誤解を生む言い方だぞっ」
『されちゃった』て何だよっ。俺、みづほの体には干渉してないぞっ。
「うふふっ」
みづほは立ち上がると、昼の光に照らされながら、踊るようにくるりと一回転まわった。
スカートがふわりと翻り、その眩しさに、俺は思わず視線を逸らして俯いた。
「友だちにそれ話したら、チョー受けたの」
舞い上がったスカートが降りてくる。
逆光を浴びてみづほは微笑んだ。
後編です(#^.^#)
次にいよいよみづほの試験です^^




