五月の蒼い風
*
「あたし、みんなの分のお弁当作りますよ? もともと、お父さんとあたしの分は毎朝作ってるし」
法事のために家を空けるお袋に、みづほが言った。
「あら、そう……悪いわね。二日間だから、うちの男どもはパンでも買ってくれたらいいんだけど」
冗談じゃない。パン2、3個くらいじゃ練習後には餓死しちまう。
「俺はともかく、千尋はパンじゃ腹がもたんだろ。ここはみづほちゃんのお言葉に甘えようや」
俺の気持ちを代弁するように、親父が助け舟を出してくれる。
「念のため訊くけど、お父さんもちーちゃんも好き嫌いとか、食べられないものはないわね?」
「……! おじちゃんの分も作ってくれるのかい? もちろんだよ、何でも美味しくいただくよっ!」
親父は大喜びでガッツポーズをしている。わが親ながら、分かりやすい。
「あらあら、うちのまで? みづほちゃんには手間かけさせるわね、ごめんね」
「なーに言ってんの。あたしはお母さんの娘よ?」
「みづほちゃん……」
「お母さん……」
ひしっと抱き合うふたり。
お袋とみづほの過剰なスキンシップは、秋山と遠野、それぞれの家庭に足りない成分を補い合っているような気もする。
男所帯のお袋は、娘を持った気分を。
みづほは、もうけして逢うことのできない、亡き母のぬくもりを。
*
自転車でみづほとふたり、高校へ向かう。五月の朝の風が、気持ちいい。
「みづほ、毎日弁当作ってたんだ」
「そうよ? だから早朝ランニングやめたんじゃない」
そうだったのか。高校に入って早朝ランニングを止めたのは、代わりに自転車通学で10㎞走るせいだと思っていた。
俺自身は起床時間が30分遅くなったので、少し楽になったんだが。
「じゃあ、みづほは起きる時間は変わんないの?」
「中学の時より30分早くなった」
じゃあ、午前5時、てとこか。
考えてみれば、みづほの家は父親とふたり暮らし。
父親が仕事で忙しいとなれば、家事のほとんどはみづほが行うことになる。
「みづほはさ、洗濯も掃除もやってんの?」
「そうよ。もちろん毎日はできないけど」
そうなのか……午後8時まで野球の練習をして、夕食は我が家で食べてるけど、それから家事をして朝は5時起き……
「お前勉強する暇あんの?」
「A組の課題って、キビシイのよー。やるしかないんだけどね」
自宅でのみづほは、右手でボールを握りながら勉強してるのを思い出した。いつでもボールの同じとこで捕球してすぐに投げられるよう、右手にボールを馴染ませているんだ。
右利きだが、右手はボールを持っているので左で字を書けるようになっている。
「ちーちゃん。練習終わったら付き合ってくんない? スーパーで少し買い出ししたいの」
「おう」
野球に家事に勉強に。みづほって、思ったより大変な生活してんだな。
明日は早めに行って、みづほの手伝いをしよう。そう思った。
練習後、日はとうに暮れている。帰り道に寄ったスーパーでのみづほは、心なしか弾けていた。
「ねねっ、ちーちゃん。何食べたい? 何でも作ってあげる」
「んーっと、カレーライス」
「……お弁当箱に入るものにしてね」
*
明朝、俺も気合い入れて5時過ぎには起きた。
料理はからっきしな俺だが、何かみづほの役に立つことはできるだろう……そう思い、5時半前に遠野家のインターホンを押す。
「……はい」
少し時間を置いて、みづほの声がした。
「俺、千尋。何か手伝おうと思って」
しばらく沈黙が続く。ひょっとして、迷惑だったか?
サプライズ的な意味で黙っていたことを後悔しかける。
「……ん。分かった。ちょっと待ってて」
ああ、よかった。
鍵の開く音がして扉が開く。
「おはよ、ちーちゃん……」
「おはようみづ……うわっ、ごめん!」
玄関に立っていたみづほは、バスタオル一枚の恰好だった。
「いいよ、あがって」
みづほは恥ずかしそうな表情のまま、かるく微笑んで手招きした。少なからず動揺したまま、みづほの後をついていく。
「お弁当の仕込みは終わって、あとは盛りつけるだけなの。朝ごはんの支度も9割方済んだし……今、シャワー浴びて、洗濯ものをお風呂場に干してたとこだったの」
ああ、それでこんな恰好で……
それにしても目の毒すぎる。みづほの体のラインは、バスタオルの上からでもはっきり分かる。裾からすっと伸びた脚は、太腿の付け根近くまで露わになってて……みづほは気付いてないかもしれないが、歩くたびにお尻がチラッ、チラッと顔を覗かせているんだ。
「そうねえ……お弁当の盛りつけは、あたしやりたいから、ちーちゃんは洗濯もの干すの手伝ってくれる?」
俺たちはそのまま、風呂場に直行した。
*
みづほん家の風呂場はガキの時以来で、リフォームされて見違えるように綺麗になっていた。
風呂場の乾燥機能を使って洗濯ものを干しているらしい。脱衣所に置いてあった籠に、洗濯したての衣類が入っていた。
「乾燥機つけたばっかでお風呂場まだ濡れてるから、ちーちゃんは入って来なくていいよ。洗濯もの伸ばして、手渡してくれる? あたしが干すから」
若干恥ずかしそうな素振りはあるが、いつものみづほらしいキビキビした動作だった。
それにしても……みづほのパンツをピッと広げるのは、かなり勇気がいる。しかもなぜか、かなりの枚数。
自分が変態になったような気分だ。
「洗濯もの、あたしのばっかりでしょ?お父さん気を使ってるのか、Yシャツもネクタイもクリーニングに出しちゃうから……アイロンくらい、かけてあげるのに」
いちばん刺激的だったのが、野球の時に穿くアンダーサポーターだった。
股のとこにわずかに布地があるくらいで、尻の部分はほとんど紐だ。
あいつ、スライディングパンツの下は、こんなの穿いてんのか……
野球の練習着や父娘の私服なども、ピッと伸ばしてみづほに渡す。清潔で、どことなく甘い匂いが、そこかしこに漂う。
みづほはそれを乾燥室と化した風呂場に、次々と干していく。俺はといえば、すっかり目の遣り場に困っていた。
俺は洗濯籠を片手に、屈んでいる体勢。
風呂場には、みづほの後ろ姿。
洗濯ものを干そうと、干し場に向かって無防備に背伸びをしている。
その……みづほが背伸びするたびに、見えるんだ。
体に巻いたバスタオルが上にずれて、下から見上げるようなアングルで、裸の尻が。
それはガキの頃、一緒に風呂に入った記憶とはまるで違う、艶めかしさと瑞々しさを放っていた。
……何かもう、いろいろな意味で爆発寸前だった。
*
「うん、おかげで早く終わった。ちーちゃん、ありがと」
ひと仕事終えた安心感からか、すっかり無邪気な表情で微笑むみづほ。
こいつ、自分がどんだけトンデモない恰好してるのか、自覚があるのだろうか?
「ちーちゃん、顔また真っ赤。知恵熱……なわけないよね」
胸の谷間を見せながら近づいてくる……お願いだ、これ以上は勘弁してくれ。
対外的にはみづほは、天然なところはあるが、どちらかと言うとお固い印象の女の子。
俺と一緒の時だけ、どーしてこうなんだ。
俺を男として見ててくれてるのか、甚だ不安に感じる時がある。
廊下をぺたぺたと歩いて居間に移動中。
「うちは洗濯ものはベランダに干すけどなあ」
「それはお母さんが家に居るからでしょ。あたしん家は朝出ると夜まで誰も居ないもん。それに、あたしの下着がほとんどだから、外に干しにくいし。野球する時にブラもパンツも替えるから、自然と多くなるの」
ああ、だからあんなに下着が多かったんだ。
「野球でアンサポに穿き替えて、お風呂で替えて。今朝は洗濯するから全部脱いで……あっ!」
と言ったところで、突然みづほが固まった。
「……あたし……まだパンツ穿いてないじゃん……」
ようやく、自分がどんな恰好でいるのか思い出したようだ。
みづほがバスタオルの上から、胸と下腹部をバッと両腕で押さえた。
恥ずかしいのだろう、小刻みに震えながら顔を真っ赤にして、上目遣いに俺の眼を覗いてくる。
「……見た……?」
――はっきり言おう。今さら何言ってんだ、こいつは。
「ううん、ううん、全然」
俺はブンブンと何度も頚を横に振った。
えー。後編に続きます(^-^;
認定試験はその後です。
ふたりがイチャイチャ(?w)するのをも少しご覧ください。




