突然の朗報
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練習を重ねるにつれ、部員の実力や個性が、次第に明らかになってきた。
気心の知れている安田らでさえ、週末だけ練習していたクラブと違って毎日顔を合わせるので、今まで知らなかった側面もいくつか見つかった。
軟式出身の四人と初心者の竹本は、ほぼ初顔合わせなので、毎日が新しい発見である。
まず、度会。
軟式野球部の主将をしていただけあって、身のこなしがスムーズだ。内野をどこでもこなす器用さがある。
バランス感覚に優れた選手で、その才能は日常生活でも発揮されていた。
誰とでもすぐに仲良くなれる性格なのは、中学の頃から知っていたが、それは野球部内でも同様で、周囲とすぐに打ち解けた。チームの重要な潤滑剤役だ。
推薦組のふたりは、選手としての完成度は、実は度会よりも劣る。そんな彼らをわざわざ獲得した大屋監督の視点は、面白いと思った。
野口は素朴な性格で、やや不器用なところがある。一度に複数の事が出来ず、凡ミスをしばしばやらかすが、肩が強く足も速く、相当なポテンシャルを秘めている。
俺を追い抜かすとしたら、ヤツみたいなタイプかなと真剣に思う。
松元は、柔らかいバッティングフォームからのミートが、抜群に巧い。
金属バットに慣れていた軟式組は、俺たちが練習で使用する竹バットに手を痺れさせていたが、松元だけは初日から使いこなした。
筋力がまだついてないのでスイングが安定しないが、強打者に成長する可能性が高いだろう。
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初心者の竹本は人間的に面白い。
思ったことを腹に溜めておくのが苦手らしく、入部早々問題発言を繰り返した。
「女が野球部にいるなんて、聞いてねーぞ」とか、
「てめーら女にまとめて負けてんのかよ、情けねーな」とか。
世間のヤツらのみづほに対する反応はこれが大半なのだろう。
全国レベルのみづほのプレーを見るにつれ、みづほへの口撃は鳴りを潜めたが、今度はピッチャーをやりたい、エースを目指す、と言い出した。
どうやらターゲットが安田に変わったらしい。
安田は球も遅いし、どうやってバッターを抑えてるのか素人目には分からないんだろうな。
投手が複数いるのはチームとしても歓迎だし、性格も投手向きだろう。
現在は投手としての素質を測りながら基礎練習中。日没後の20㎞走に、歯を食いしばってついてきている。
有沢は経験者だが、サインプレー、守備体系などの細かい決め事をまったく知らなかった。
野球に詳しくない指導者の元、打って走るだけの毎日を送っていたらしい。
自信がないと言っていたが、それは逆に自分を正確に見つめる目を持っていた、というわけだ。
性格的に根来と馬が合うらしく、根来と志田が教育係になって、懇切丁寧に細かいプレーを教えている。
有沢にとっては毎日が新しい発見でいっぱいらしい。
例えば状況に応じて守備位置を少し変えるだけでも、守備率が格段に上がる。そうした成功体験の積み重ねは、今の有沢にとっては血肉になるだろう。
「有沢、『野球が楽しい』てさ……嬉しいな」
根来のボソッとした呟き。これは根来がもの凄く歓んでいる証拠だ。
「ゴロちゃんたちの教育がいいんだよ。これを機会に自信がついてくれるといいな、有沢は」
「ああ」
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その日は、朝から何かおかしかった。
みづほとふたり自転車で心臓破りの坂を昇り、学校に着く。
「ちーちゃん、あの車……」
学校脇の道路に、何台か車が停まっている。テレビ局の車だ。
「またみづほかなあ」
「うー……やだなあ。全然しゃべれないよ、テレビなんて」
開校間もない普通の高校に取材が来るということは、ほぼ間違いなくみづほ絡みだと思う。
おいたわしや。でもなぜ、この時期に?
何にしても、緑陵は私立校なので、取材はできるだけ協力するよう釘を刺されていた。
「ま、頑張るこった」
「うー……」
「みづほちゃんだね? 遠野みづほ」
果たして校門をくぐったところで声を掛けられた。
「あっ、はい」
みづほの顔に緊張の色が走る。
だが、インタビューも何もなく、校門を背ににっこり笑って、と言われ、カメラを回されたり写真を撮られたりしただけだった。
「何かしら、いったい」
「さあ、ねえ」
昼休み、みづほの事が気になった俺は、安田と一緒にはるばるA組まで向かった。
「何かあったらみづほを護らないと、な」
「ああ」
みづほは怪訝そうな顔をして、普通に席に座っていた。
「授業中にテレビカメラとか来たのよ、確かに。でも三分くらいあたしを映して、すぐに行っちゃったわ」
何だ何だ、みづほのPVでも撮影してんのか。
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「秋山くん、安田くん」
放課後、野球部の練習に向かおうとしたところを、水谷先生に呼び止められる。
「理事長に呼ばれてるの、秋山くんは一緒に来て。安田くんは、残りの人たちで練習始めといて」
「はい」
「はい」
ただならぬ雰囲気に、安田と顔を見合わせた。
理事長室の前には、すでに大屋監督とみづほが来ていて並んで立っていた。
「大屋さん、何か聞いてますか?」
「いえ、何も」
水谷先生の問いに、監督は首を振る。
理事長室を見ると、テレビのケーブルが何本も室内に入っていて、中が騒がしい。何かただ事ではないのが、容易に感じ取れた。
理事長室に、大屋監督とみづほが並んで入り、次いで水谷先生と俺が並んで入室した。
みづほに向かって、フラッシュがいくつも焚かれる。
戸惑いながら前に出るみづほと監督に、理事長が何やら話しかけ、書類を一枚渡した。
書類を読む、監督とみづほ。
監督は何度も、書類と理事長を見比べながら、興奮したように話している。
みづほの背中が、小刻みに震え出した……俺には分かる。また泣いているんだ。
涙でびしょびしょの顔のまま、みづほはこっちを振り向いて叫んだ。
「ちーちゃん、先生! あたし、試合出られるかもしれないっ!!」
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崩れるように水谷先生の腕にすがりつき、泣きじゃくるみづほ。
俺たちは、監督が震える手で見せてくれた書類を覗き込んだ。
都の高野連の発行した書類らしい。
『高等学校野球東京都大会における女子選手の扱いについて』
とある。
俺が理解するのには時間が掛かったが、要約すると……
『男子部員に混じって二年以上硬式野球を継続している女子、あるいは都高野連が出場に値すると認めた女子』が『東京都が年に一回行う認定試験に合格』した時、『都高野連が主催するすべての試合に出場することができる』というものだった。
つまり、高校から野球を始めた女子は、三年生になれば試験を受けられる。
みづほの場合、中一からシニアで野球をしていたので、条件クリア、既に受験資格を持っている。
試験日は五月の連休明け、日曜日。合否は追って伝えられる。
ちなみに女子の試合出場許可は一年毎の更新制で、試験を毎年受けなくてはいけないらしいが……
「みづほ! 夏の予選に間に合うじゃないかっ!!」
「うんっ!!」
こんな……こんな嬉しいことが、あるだろうか。
思わずみづほの両手を握りしめる。
「みづほ……おめでとう。試験受かってこいよ、待ってるから」
「ありがとう……あたし絶対受かる。絶対に試合に出てみせる」
溢れる涙を拭おうともせずに、みづほは微笑んでみせた。
知らせを持ってグラウンドに現れたみづほを、野球部員たちの歓声が出迎えた。
それを見たみづほの眼に、また涙が光る。
そのまま泣きながら、迷うことなく部員の輪の中に飛び込んでいった。
ようやく物語が始まります…甲子園を目指す物語が。




