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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
中学三年生編
20/297

早春~卒業~


 三月第一週の土曜日は、いい天気だった。

「ちーちゃん、見て見て! ナイター設備が出来てるよ」

「隣にあるのは何だろ……屋内練習場だ!」

「ね、ね、キャッチボールしよ! ボール持ってきたの」

「……まず着替えようよ。部室、どこだろ」

 俺とみづほは完成間もない緑陵高校、その野球練習場に来ていた。


 待ちに待った、緑陵高校野球部の練習開始日だ。

 練習開始時間は「昼飯を早めに食べて13時。しっかり動けるようにしてねー♪」と大屋監督からの通達だったが、ふたりとも11時には昼飯を食べてしまい、居てもたってもいられず、12時前には緑陵に来てしまった。


「部室は、校庭の脇にあるんだっけ。監督、何て言ってたかな」

「鍵は掛かってないから入ってていいよ、だって。行こ! ちーちゃん」

 軽やかに校庭へと駆け出していくみづほ。早く野球をしたくて堪らない気持ちを、隠そうともしない。

「こっちだよー。早くおいでー」

「急いだって部室は逃げねえぞ、きっと」


 横に長い平屋の建物があって、運動部の部室がずらりと並んでいる。

 野球部は……あった。看板を確認し、ドアをノック。誰もいない、かな。

「わー。クラブハウスみたい」

 みづほが明るい声を上げる。新設校の新設される部だから、すべてがピカピカの新品だ。

 備品は各部共通らしく、8人用の上下ロッカーがひとつ。窓側にホワイトボードと磁石。反対側の壁に、折り畳みのテーブルふたつと椅子が数個、立掛けてある。

 部室側のドアには、早くも「スパイク禁止!」の貼り紙があった。


「今の人数なら、ミーティングとかに使えそうだな」

「用具置き場はグラウンドにあるから、ね。ロッカーはちょうどひとり一個使えるね」

 みづほはそう言いながら、流れるような動作で服を脱ぎ始めた。

 一瞬、何が起きたか分からず目が点になったが、ようやく状況を理解する。

「……おい! そんなとこで着替えんじゃないよっ!」

「えー。いいじゃん、誰もいないんだし」

「おっ、俺がいるじゃないかよっ!!」


 必死の抗議も実らず、みづほは既にスポーツブラとスパッツだけになって、鼻唄混じりにユニフォームを取り出している。

 ダメだ、こりゃ。

「支度終わったら呼んでくれよ……」

「はーい」

 俺は諦めて、部室の外で待つことにした。


 部室のドアにもたれかかっていると、安田と根来の姿が見えた。

「何やってんの、アキ? 部室入れないのか?」

「中で……みづほが着替えてる」

 ドアがガチャリと開き、ユニフォーム姿のみづほが顔を出す。

「お待たせ。あっ、安田くん根来くん、ちっすー」

 よくみづほのことを、野球やってるのにお淑やかで女らしくてというヤツがいるが、絶対違うと思う。




 球春到来。待望の練習再開。

 三月初頭の風はまだ冷たかったが、グラウンドで文字通り躍動しているみづほを見ていると、寒さも忘れてしまう。

 野球をしているみづほは、やっぱり最高だ。


 現在、部員は8名。

 開校前にこれだけ人数が揃ったのは上出来だが、野球は9人で試合をする。当然、足りない。

 さらには投手とできれば、捕手。これももう一人か二人ずつ居ないと、チームとして戦えない。

「ホントは18人は欲しいね、紅白戦ができる人数。入学予定の知り合いで、野球経験者を誰か知らないかな?」

 大屋監督の問いに、監督を囲んで座っていた俺たちは、顔を見合わせて首を振る。

 千秋クラブは、この五人。あとは東京、埼玉、神奈川の野球部に散らばった。

 うちの中学は……

「都立との併願で30人近く受けたけど、みんな女の子よ」

 そうだよな。みづほは女子の知り合いしか居ないよな。

「度会は誰か知ってる?」

「野球部は俺だけ。男はもうひとり受けてたけど、あまり知らないヤツなんだ。剣道部だったかな」


 根来がひとり、手を挙げた。

「うちの中学は野球弱かったし、そいつが野球続けるか分かんないけど、ひとり知ってますよ」

 みんなの注目を浴びたことに気づき、控えめな性格の根来は恥ずかしそうに、組んでいた腕の中に顔を半分埋めた。

「ゴロちゃん! そいつ、どんなヤツだっ!」

「どうして、練習誘わなかったんだよっ」

 みんなが身を乗り出してくるのを見て、根来はどんどん下を向いてうずくまる。

「誘ったんだよ、少しだけど……そいつ、体ちいさいんだ。高校で野球やれる自信がない、つってさ……俺は、もっと自分に自信を持てよ、て言ってんだけど……」

 そう言う根来の声も次第にか細くなり、最後はほとんど消え入るようだった。

 こいつも自分に自信持っていいよなあ。

 肩は普通だけどキャッチングは凄く巧いし、何といっても、相棒の安田のいいとこ全部引き出してくる、優秀なキャッチャーだ。


 そいつ、ぜひ欲しい人材だ。

「あたし、一緒に誘いに行こうか?」

「いや……俺が行くよ。な、ゴロちゃん」

 みづほの申し出に安田がボソッと呟き、根来の肩にポン、と手を置いた。


 安田は、ちょっと見は野球選手に思えない風貌だ。

 背は中くらい、四角い顔に太い八の字眉と、黒目がちの垂れ目。性格も優しく、確かに相手に警戒心を抱かせにくいキャラである。

 それでいて左から投げるクセ球は結構エグく、相手打者は翻弄されるんだが……

 ついでに、コントロールが抜群に良く、投手の投げるコースで守備位置を変える俺たち二遊間とは、相性バッチリだった。


 安田の言うとおりだと思う。

 みづほは、本人は気付いてないだろうが、あいつは言わば太陽なんだ。

 居るだけでグラウンドがぱあッと輝き、チーム全体を明るく照らすような存在。

 それを心地よく感じるヤツも居れば、あまりの才能の熱量に火傷を負って、立ち直れないヤツも居る。

 みづほより先に、根来をいちばん知っている自分が一緒に行こうという、安田らしい配慮だった。


 監督が肯く。

「じゃあ、安田くんと根来くんに任せよう。根来くん、その彼の名前は?」

「有沢と……いいます」


「あの、自分の友だちですが……野球部入りたいそうです」

 志田がちいさく手を挙げる。

「ええーっ!」

「早く言えよーそういうのは」

 見ろよ、大屋監督なんか天を仰いでガッツポーズしてるぞ。


 志田は少年野球から一緒だったが、本当に真面目な努力家だった。

 小学生の頃は、少し足が速いくらいの目立たない存在だった。

 しかし中学生になり、体が大きくなるにつれてじわじわと力をつけ、三年生になってようやく、レギュラーポジションを勝ち獲った。

 脚力のわりには盗塁が巧くないので下位の打順だったが、ヤツの守備の確実性は練習で身に付けたものだ。


「ただ、野球は未経験者です。部活にも入ってませんでした」

「お……」

「まったくの初心者かしら?」

 水谷先生が志田に訊ねる。

「中学の時、遊びで少し。悪くはなかったですよ」

「そう。女子野球はね、高校入学までボールもバットも触ったことがない子もいるのよ。私、初心者の指導は得意よ」

 水谷先生が笑顔で話す。

「おお! そしたら志田くん。彼に入部の意思があるようなら、入学前の練習に連れておいで。水谷先生、ご指導ぜひお願いします」

「はい」

「はい。私にやれることがあって、良かったです」


「君たちの卒業式が済んだら、練習を週3回に増やします。スケジュールは後で連絡しますが、まだ君たちは入学前なので、練習より家庭のことを優先してください」

「はい」




 卒業式では案の定、みづほは涙でボロボロになっていた。

 主な原因は、レッズ女子のグループだ。

「わーん……みづほちゃあーん……」

「うん……うん……」

「高校に……ぐすっ……高校でも野球、がむばってで~~」

「うん……あたし……がんばる……」

「うえーん……え~~ん……」

 みんなで抱きしめ合いながら、あられもなく大声で泣いている。


 通称レッズ女子。

 この三人グループは、超がつくくらい野球好きで、広島レッドリーブズの大ファンだった。学校ではみづほと一緒につるむことが多く、塾にも一緒に通っていた。

 これほどみづほが好きなんだから、緑陵を受けてもよさそうなものだが……

 なぜかひとりも入らず、それどころか三人とも別々の高校に行くことになった。

 ……まあ、人にはいろいろ事情がある。詳しく訊くのは野暮というものだろう。


「おーい、秋山」

 度会が卒業証書の入った筒をブンブン振っている。

「高校でもよろしく、な」

 爽やかに笑う度会は、ネクタイはおろか、ブレザーもカーディガンも女子たちに獲られてシャツ一枚になっていた。

「相変わらずモテるなあ」

「いやあ、まいったよ」


 社交的な性格でルックスもよく、野球部の主将だった度会は、学校でも一、二を争う人気者だった。

「寒いから、って貰ったけど、さ。これどうしよう」

 度会が手に持ってたのは、女子用のブレザー。

「着ればいいんじゃないの、せっかくだから」

「ったく、他人事だと思って」

 そう言いながらも、満更でない様子だった。


 数回一緒に練習しただけなので、度会の野球の実力は未知数だが、さすが経験者という動きはしていた。

 ポジションは野口と思いっ切り競合。サードのポジションを争う。ファーストなら松元もライバルになるだろう。

 ショート、セカンドについては、現時点では正直、俺やみづほの方が上かな、と思う。


「ちょっと羨ましいな」

 おどけて女子用のブレザーを羽織り、周囲から喝采を浴びている度会に話しかけた。

「何が?」

「いや、お前モテモテで、さ」

 度会に、意外そうな顔をされた。

「お前には、みづほちゃんが居るじゃないかよ」

「え。みづほは幼馴染で、野球の貴重な相棒だけど……うーん、そういう関係じゃ……」

「周りはそうは思ってねえ、ってば」

 度会の顔が、一瞬真面目になる。

「俺にとっては、お前らの方が羨ましいよ」


 ひとしきり騒いで、泣いて。そんな感じで俺たちの卒業式は終わった。

「ちーちゃん、帰ろ」

 当たり前のように、みづほが隣に寄ってくる。

「ああ」

 俺も当たり前のように返事をして一緒に帰る。

 そんな関係が度会には羨ましかったのかな。ふとそんな事を考える。


 しばらく空を見ながら、ふたりで取り留めもない話をして帰った。

 みづほはレッズ女子たちに、野球で使っていたボンボンや髪留めをひとつずつ、記念品にあげたそうだ。

 手紙付きで。みづほらしい心遣いだと思う。

「あいつらからは何をもらったの?」

「うん……手紙」

 三通あるそれは、何枚もの便箋が入った分厚い封筒で、きっと野球やみづほに対する思いが、切々と綴られているのだろう。

「後で読むよ、きちんと」

 みづほは嬉しそうに苦笑した。


 それにしてもいい天気だ。

 俺たちの卒業を祝福しているかのような、そんな蒼空。

 ふと、会話が途切れていることに気がつく。

「……ちゃん……ねえ、ちーちゃん」

 みづほの囁きに頚を巡らせると、みづほは真っ赤になって下を向いていた。


「ん?」

「ちーちゃん……ネクタイ、ちょーだい?……」


 絞り出すような声だった。

 ゆっくりと歩く俺たち。ウグイスの鳴き損ないが、遠くで聞こえる。


「今?」

「うん……今、ちょーだい……」


 みづほの声は春の空に溶けて、ほとんど聴き取れないほどに消えていった。



 中学三年生編、完結です。

 少し書き溜めてから高校一年生編、スタートします。

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