表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
中学三年生編
2/297

シニア卒業試合の朝


 遠野みづほ。物心ついた時から隣同士の、いわゆる幼馴染。

 二歳上の兄貴、俺、そしてみづほは、ガキの頃から一緒に遊んだり、野球を観に行ったりした。

 そして中学三年の、今。

 俺とみづほは、シニアクラブチームのチームメイトだった。

 俺はショート、みづほはセカンド。中学一年の終わりから三年まで、レギュラーとして二遊間のコンビを組んでいた。


 クラブチームは、高校やプロが使うのと同じ、硬式ボールで野球をする。

 小学生のジュニアリーグ、中学生のシニアリーグがあり、全国規模、さらには世界規模の大会も行われる。

 強豪クラブの中には、甲子園常連校にパイプを持っていて、高校野球の即戦力を育てると謳っているところも少なくはない。クラブ出身のプロ野球選手も、相当数いる。

 幸か不幸か俺たちのクラブは、そこまでは強くはなかった。プロになった選手はなく、野球名門校にスカウトされた先輩も多くはない。

 ただ、俺たちの代は史上最強に近いメンバーで、全国目前まで行ったことは、声を大にして言いたい。


 中学三年の夏休みも終わりに差しかかっていた。

 シーズンは既に終了し、今日は俺たち三年生がクラブを卒業する日。

 クラブは俺たちのために、卒業試合を組んでくれた。

 俺たち三年生が後輩と対戦する、最後の試合だ。


 習慣とは恐ろしいもので、6時前には目が覚める。

 いつもなら、みづほと二人で早朝の走り込みをするが、試合日なので今朝は休み。

 代わりに、半ば脊髄反射的にたらふく朝食を摂りながら、眠い体を徐々に起こしていった。


 朝食が終わったか終わらないうちに、みづほが父親と一緒に我が家を訪ねてくる。

「お。今日は早いな」

 眠気覚ましの手製エスプレッソを、鬼瓦のような顔をして飲んでいた親父が、カップを置いて玄関に向かう。

「お前も来いよ、千尋」

「うん」


 玄関に向かうと、親父とみづほの父親が立ち話をしていて、みづほは既にユニフォームに着替えて父親の横に立っていた。

 うなじを隠す程度のショートカットは、いつも通りにボンボンでふたつ結んで、ちいさなお下げにしてある。試合の準備は、もう済んでいるようだ。

「ちーちゃん、おはよ」

 俺に気づくと、みづほはにっこり笑って、手をぴらぴらと振った。


「そうか……今日も仕事か。残念だな」

「いつも済まんな、秋山。みづほをよろしく頼む」

「なあに、俺とお前の仲じゃないか。そんなの気にすんなよ」


 自称スチャラカ社員の親父と、超エリート官僚の、みづほの父親。

 ほんとに信じられないのだが……このふたり、唯一無二と言っても過言でないくらい、仲がいい。

 わざわざ隣同士に家を建てたのも偶然じゃなかったらしい。

 ふたりが野球のチームメイトで、中学高校とバッテリーを組んでいたことは、少しして知った。

 親父がピッチャーで、みづほの父親がキャッチャーだったそうだ。


 お袋もやって来た。

 実はお袋もふたりと高校の同期で、野球部のマネージャーをしていた。

「遠野くん、あまり無理しないでね。自分ひとりの体じゃないんだから……」

「……ああ。それは分かってる」

 父親が少し俯いて応える。


 誰も、全部は口に出さないが、何のことかは誰もが承知していた。

 みづほの母親は、既にこの世に亡い。父ひとり、娘ひとりの生活だった。

 俺も忘れはしない……小学校低学年の頃、みづほの母親が病気で亡くなった時は、自分の母親が死んだかのように悲しかった。

 親父たちふたりが人目もはばからず、抱き合って号泣していたのも覚えている。


 みづほは家に上がり込んで、居間ですっかりくつろいでいる。

 父親はとうに、仕事に出掛けた。

 放っておくと、お袋といつまでも喋っている。よく話の種が尽きないな、と思う。

 実は、これも我が家では日常的な光景だ。父親が帰れない日は、夕食もしばしば一緒に摂った。


 お袋と話しているみづほの横顔を、それとなく伺う。

 真っ黒に日焼けしてはいるが、記憶の片隅にある亡くなった母親の面影に、どこか似てきたような気もする。

 身長は164㎝と聞いた。中学の間に俺が追い越して、今じゃ俺の方がずっと大きい。

 それに……体つきがずいぶんと女らしくなった。


 今日が、みづほと野球をする最後の日かもしれない。

 俺はその思いを、どうしても捨て去れなかった。


 俺の将来の夢は、野球強豪校に入って、甲子園に出ること。さらに行く先はプロ野球選手。

 できることなら、高校でもみづほと一緒に二遊間を組んで、甲子園を目指したい。その気持ちは、かなり強い。みづほは優秀な二塁手で、俺との息もぴったりだった。


 しかし。

 みづほが女子、というのが問題なんだ。

 高校野球では女子の公式戦参加が認められてない。女子というだけで練習試合がせいぜい、俺たちの住んでる東京都では、公式戦では試合前の練習で、外野へのノックが認められているだけだ。


 みづほほどの才能なら、高校野球でも充分にやれるどころか、かなり活躍できるんじゃないか、と個人的には思う。

 しかし、一介の中学生では、高野連の規約をどうやって変えたらいいのか、見当もつかなかった。


「そろそろ時間だな、行こうか」

「はい」

「うっす、父ちゃん」

 親父の声に、俺たちは用具をバンに運んでいく。

 ジュニアの頃から、練習や試合の度にずっと、車で送り迎えしてくれた親父……マジで感謝。それも今日で最後になる。


 用具運びでも、俺とみづほの息はぴったり合ってる。

 ガキの頃から、みづほが父親の仕事でアメリカに行ってた三年間を除いて、ずっと一緒だったもんな。


 野球一家だった、秋山家と遠野家。

 兄貴の影響もあって、俺とみづほもジュニアの頃から野球をしていた。

 ジュニアでは女の子も活躍の場があって、みづほはクラブでいちばん巧かった。

 母親が亡くなり、傷心も癒えない頃に渡米。

 日本に帰ってきたのは、中学一年の夏休み明けだった。

 三年ぶりに再会したみづほは、俺よりも背が高くなり、なんだか女らしくなって、そして……真っ黒に日焼けしていた。

「ちーちゃん、野球やってる?」

 それが、久しぶりに聞いたみづほの第一声だった。


 以前より構想にあった題材ですが、女子野球やソフトボールで頑張っている選手たちを目の当たりにするにつれ、敢えて高校野球に挑戦する話は、彼女たちに失礼なのではないか、とも思うようになりました。

 女子野球、ソフトボール、その他の競技をディスるつもりはさらさらありません。

 そのことは追記したいと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ