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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
中学三年生編
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冬から早春へ


 冬になり、緑陵グラウンドでの練習は、後ろ髪を引かれる思いで終了。三年生は受験の追込みの季節だ。

 と言っても、俺の周囲は比較的のんびりしていた。


「おはようちーちゃん。今日も寒いね」

「おはよう……行こうか」

 毎日の早朝ランニングは、ふたりとも続けていた。この時期になると、まだ夜が明けない。

 上下のヒートテックにウィンドブレーカー、手袋まで必須の完全防寒対策バッチリ。

 トップスピードで走ると、寒風で顔が痛む。時には凍結した地面に足を取られそうになる。


 どんなにつらくても、雨が降っても、毎朝続けるんだな、これが。

 日常の一部になってしまった、というのは、ある。

 体を動かさないと気持ちが悪い、というのも、ある。

 でも最大の理由は……みづほと二人きりになれる、ということだった。


 みづほが塾に行くようになり、周囲に友だちも徐々に増えていった。

 野球もオフシーズン。

 みづほと俺とは、一緒にいる機会がドンドン少なくなっていった。

 こうして二人で居られる時間が、俺にとって貴重なものとなりつつある。


 前を走るみづほの後ろ姿が、街灯に時折照らされては消える。

 みづほの息遣いを感じながら、黙ったまま追い駆けていった。


 家では、お袋が温かい飲み物を用意して待ってくれていた。冷え切った体に徐々に血が通っていくのが分かる。

「お母さん、いつもありがとうございます」

 みづほがお袋のことを「お母さん」と呼ぶようになったのは、いつからだろう。

「どういたしまして」

 お袋は自然に返事しながら、みづほ父娘の分も含めた、五人分の朝食を用意した。みづほが支度を手伝うので、俺も仕方なく皿をゆっくり並べたりしている。

 台所に並んで立っているふたりを見ると、仲の良い母娘みたいだ。


 みづほはウィンドブレーカーを脱いで、黒い上下のヒートテック姿になっている――その恰好に意識してしまうのは、俺だけなんだろうか。

 体のラインは丸分かりだし、下着の線も見えている。

 けれども、誰も何も言わないので、おかしいのは俺の方なんだ、と思い込むことにする。


 いつもと変わらない朝の食卓だった。


「冬休みには海斗くんは帰ってくるのかな?」

「まだ連絡はないけど、さすがに正月は帰ってくるだろ」

 明王大附属の野球部寮に入っている兄貴のことだ。冬になっても、まだ野球漬けの生活を送ってるんだろう。

 秋の大会には応援にも行った。都大会ベスト4。

 悪くない結果だが、今回も甲子園出場は叶わなかった。


 話題はいつしかクリスマスに移る。

「今年はクリスマスはなしかねえ。千尋はともかく、みづほちゃんは受験生だし……」

「あら、やりましょうよ? プレゼント、今年は手作りというわけにはいかないけど」

「そんな……気を遣わなくていいのよ?」

 そう言うが、多分クリスマスをいちばん楽しみにしているのは、お袋だ。

 去年はみづほの家でホームパーティをしたが、親父もお袋も、みづほからのプレゼントに尋常じゃないほど感激していた。

 端切れの布を繋ぎ合わせて作ったものらしい、ちいさなポーチだった。

 少なくともお袋のそれは演技じゃなかったらしく、今でもみづほのポーチを愛用して「これ娘からのプレゼントなの」と自慢しているのを聞いたことがある。


 そうか、クリスマスプレゼントか……

 俺は、女の子が喜びそうなものは知らないが、みづほが好きなものは分かっている。

 みづほが野球で使っている、ピンクのリストバンド。あれは俺がプレゼントしたものだ。


「お邪魔しました」

「行ってきます」

 親父たちは勤務先に、みづほは学校の支度にいったん自宅に戻る。これからシャワーを浴びて髪を乾かして……女の子はいろいろ大変らしい。

 俺はシャワーで汗を落とし、制服を着れば学校の準備完了。

 あとはみづほの連絡を待って、一緒に登校するだけ。

 ……帰りにスポーツ店に行って、みづほのプレゼントを探そう。スマホを眺めながらそんなことを考えていた。




 年も明けると、受験本番はもうすぐ。

 みづほは頭がいいから余裕じゃん……と思うのは当事者じゃないからだろう。

 野球中心の生活をしていた時でも、みづほは学年で二、三番くらいの成績だった。

 本気を出したみづほは、さぞ凄いだろう……と思ったが、そうでもなかった。

「他の人も頑張るから、そりゃ当たり前でしょ」

 そんなもんなのかな。それでも模試では学年トップで、成績優秀者に名前が出たりもした。


「特進クラス? 何、それ」

「ちーちゃん、自分が行く学校のことくらい、把握しておこうよ」

 前身の桜陽女子は、一学年150人くらいのこじんまりした学校だったが、新設移転するにあたって定員を大幅増員させ、文武両道を狙うらしい。

 「武」の方は、俺みたいなスポーツ推薦の生徒。男女合わせて20人くらいいるとのこと。野球部と男女サッカーの充実を図る。

 そしてみづほの言った「特進クラス」というのが「文」の方。

 噂では、学業推薦と入試成績上位者で、進学目的の特別クラスを作るそうだ。二年になると、それがさらに文系と理系に分かれ、少数精鋭で大学受験を目指す。

「塾の先生にも勧められたけど……折角だから、あたし特進クラス目指すことにしたの」

 みづほはちょっと微妙な表情で笑顔を作った。


 ちなみに、入試の前日も、早朝ランニングはふたりで走った。


 みづほの入試当日。

 その日が俺に分かるのは、早朝ランニングにみづほの姿がないからだ。

 まだ暗いなか、ひとりでするランニングは寂しかった。


 ……今まで当たり前のように隣同士、ほぼ一緒に過ごしてきた。が、受験に差しかかって、俺とみづほの間に微妙に距離が生まれてきたような気がする。

 大人になっていくと、その距離はもっと広がるのだろうか。

 みづほの俺に対する態度は、全然変わってないんだけど……俺の気のせいだったら、いいな。

 

 自宅が見えてきた。ランニング終了。みづほが出掛ける時間に間に合ったので、見送ることにする。

「ちーちゃん、走ってきたんだ。いいなあ」

 マフラーを巻いた、コート姿のみづほが、いつものようにそこにいる。

「今朝も走るつもりだったのかよ……試験、ガンバ」

「うん」

 親父もお袋も、今日は休みのみづほの父親も一緒に、寒空の下でみづほが見えなくなるまで手を振り続けた。

 みづほは何度も振り返り、小さくお辞儀をしたり手を振ったりしていたが、やがてバス停に向かって飛び跳ねるように駆けていった。


「みづほちゃんは合格決まってんだよ……100%合格。だって緑陵からしたら、元々推薦枠使ってでも欲しかった人材だぞ、白紙でも合格するわ。みづほちゃんも一校しか受けないのは、そこんとこ分かってんだわ」

 居間に戻って暖をとりながら、親父がまくし立てた。

「ただ、なあ。みづほちゃんは、もっと別のとこ目指してんだよ。特進クラスだっけ?それもそうだが、さらにもっと先のとこ。遠野が昔っからそうだったよな、母さん」

「そうねえ……遠野くんは女子の目では孤高の人、て感じだったのよ。みづほちゃんは、女の子てのもあるけど、ずっと優しくて、人当たりのいい感じじゃない? お父さんとお母さんのいいとこを受け継いだのね、きっと」


 親父とお袋は、高校の同学年だった。

 親父が野球部のピッチャーで、お袋がマネージャー。

 みづほの父親がやはり同期でキャッチャーだったのは前述のとおりだが、亡くなった母親も同学年だったそうだ。

「雅美ちゃんはテニス部で、ね……私、仲良かったのよ。ファンクラブがあったんでしょ?」

「そうそう。美人で性格もいいから、みんな憧れてね。テニスする姿もきれいだったな……」

 親父が何かを思い出すようにそっと目を閉じ、お袋はそれを見て、呆れたように苦笑いした。


 入試の翌々日、みづほは緑陵高校に合格。

 少し遅れて、度会と志田も合格したと、連絡がラインに届いた。


 次でいよいよ卒業式。中学三年生も終わりになります。

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