みづほラプソディ2
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「これから塾?」
涙を拭いているみづほに、そっと訊ねる。
「今日は休みにする」
「それじゃあ、帰ろうか」
「ん」
思えば、ここんとこみづほは塾に通ってばかりなので、ふたりで下校するのは久しぶりだった。
校門を出たところで「ちょっといいかな?」と声をかけられ、みづほは名刺を渡される。
神奈川の私立高校野球部とのことだが……知らない校名だ。
「知ってる?」
「いや……」
ふたりで顔を見合わせて、小声で囁き合う。
関係者と名乗る男は、やたら態度が大きかった。
「緑陵?知らないなあ。それよりうちは授業料無料、寮費無料の特待生待遇で迎えたいんだけど」
いやいや、そっちの高校こそ俺たちゃ知らないぞ。野球全然有名じゃないだろ。
男が鞄をごそごそ漁って、大量のパンフレットや書類を取り出し、渡そうとする。
「こういういい話はめったにないよぉ。できれば、この場で決めてほしいんだけど」
何言ってんだ、こいつは……相手が中学生だと思って舐めてないか。
「……行こ」
「おう」
「すみません、高校の勧誘はクラブを通してください」
みづほはお辞儀をすると駆け足でふたり、その場から逃げた。
「おーいっ! クラブってなんだ?」
背後から男の声がする。
まさかあいつ……シニアクラブも知らないでみづほをスカウトしに来たのか?
*
おおきな通りの交差点を過ぎ、路地に入った時だった。
「やあ、やっと会えた。遠野みづほちゃんだね」
男がふたり近づいてくる。嫌なニヤニヤ顔の男たち……ヤバい雰囲気がプンプンする。
男たちは雑誌の記者だと名乗った。
名刺を見せて、すぐに胸ポケットに仕舞おうとする。
「すみませんが名刺いただけますか?」
みづほの言葉に、男は渋面を作りながら、仕舞いかけた名刺を二人分、渡した。
……案の定、知らない会社だ。
いや、右上に書いてる雑誌名……多分エロ芸能誌じゃないか?恥ずかしながらお世話になったことがある。
「みづほ、話聞かない方がいいぞ」
「……えっ?」
男は委細構わず話しはじめた。
雑誌の企画に出てほしい、という内容。
一躍野球界のアイドルになったみづほの、才能の秘密を徹底大解剖する、という話だった。
野球の専門誌でもないのに……イヤな予感しかない。
「いや、簡単な身体測定とインタビュー、それとプレイしてる写真を撮りたいだけなんだ」
それのどこが「徹底大解剖」なのだろう。
「もちろん中学生だから服は着てもらうよ。君の企画は裸はなし、だ」
「おい」
みづほに耳打ちする。
「きっと違うぞ……裸じゃないけどすごく恥ずかしい水着とか着せて、股開かせたりするヤツだ」
「えっ……」
みづほの顔が、みるみる赤く染まる。
男のひとりが、俺を見た。
「彼氏も一緒に企画に出ないか?みづほちゃんと写真撮ろう。いい絵になりそうだ」
男たちが小声で囁き合うのを、確かに聞いた。
「絡みか……」
「いいな、それ……本番行ければ裏で……」
こいつらいったい、みづほに何させる気だ。
逃げるぞ。みづほに目で合図をする。ここら辺りの呼吸は、野球でバッチリ掴んでいる。
「すみませんっ、お断りしますっ!」
みづほがお辞儀をした瞬間、俺が背中で男を押しのけ、道を作る。
「あっ……」
男たちが一瞬怯んだ隙に、みづほと俺はダッシュで逃げて行った。
*
「はぁ、はぁ……なぁみづほ、お前毎日こんな目にあってるの?」
結局怖くて家には戻れず、自宅近くの神社裏に身を隠した。
「うん、最近は毎日じゃないけど……今日のは特にひどかった……」
「でも……やっぱ帰らないとな」
もうすぐ日が暮れようとしていた。
「うん……」
人の気配に注意を払いながら、夜に紛れて帰宅する。みづほは余程ショックだったのか、俺の腕を掴まえて離そうとしなかった。
「独りになるの、イヤ……」
自宅に入ろうとしないみづほ。仕方なく俺ん家に来てもらう。
「そう、怖かったでしょ、かわいそうに」
お袋が夕食の支度をしながら、ホットココアを二人分、作ってくれた。
「ありがとうございます」
みづほはココアを少し啜り目を閉じて、ふーっと長い息を吐く。
「ちーちゃん」
「ん?」
「いつも、ありがとう」
みづほがちょっと疲れた顔で、眩しく微笑んだ。
「みづほちゃんも楽な服に……千尋の洗ったのだけど、着る?」
少しして、お袋が着替えを持ってやって来た。
「あっ、はい。ありがとうございます」
着替えを手に取ったみづほは風呂場へ。脱衣場でみづほが着替えている気配を感じる……
「えへへ、ぶかぶかだぁ」
俺のグレーのスエット上下を着たみづほは、あちこち体を触って感触を確かめながら、すっかり機嫌が直った様子だった。
「あ、そうだ。ちーちゃん、スマホ貸して」
「いいけど、どうして?」
「お父さんに連絡するの」
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from みづほ
to お父さん
件名:SOS!
ちーちゃんのスマホを借りて打ってます
家には怖くて帰れない 秋山さんちにお邪魔してます
お父さん! 早く帰って来て!
あたしもう、限界!!
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「このくらい大げさにしとかないと、ね」
屈託なく笑うみづほ……もう大丈夫、かな。
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「あ、お父さん。おかえりー」
泡食って帰ってきた父親に、みづほがにっこり笑って手を振った。
「みづほっ! お前、いったい……なんだ、よかった」
「でもひどい目にあったらしいぜ、特に今日は」
腰が抜けたようにソファに倒れ込む父親に、既に帰宅していた俺の親父が真面目な顔で言った。
俺の家族も含めた、家族会議が始まる。
議題はもちろん「これからのみづほの安全を考える」だ。
一部始終を聞いたみづほの父親は、腕組みをしながら「そうか……済まなかった」と謝罪の言葉から始めた。
「世の中にはどうしようもない輩が一定数いるが……それは嫌な思いをしたな。高校の失礼なヤツは、そんないい加減な仕事してたら、すぐにクビになるだろう。雑誌のヤツらも、失敗したな。多分みづほに関わることは、もうないと思う」
「どうしてだ?そういう奴らってしつこいだろ」
親父の問いかけにみづほの父親が言葉を継ぐ。
「考えてみろよ、みづほは今現在の瞬間、有名人になっている。そんな有名な15歳の娘にいかがわしい事させてみろ。みづほの人生が壊れるだけじゃなく、流通してる雑誌なら大問題になって潰れるぞ。みづほを使った企画自体が成立しないんだよ……俺だったら体育大あたりのよく似た娘を使って、目線を入れて企画を通す。本人にはもちろん黙って」
親父が口をあんぐりさせて聞いている。
「本人じゃない方が、却って自由度が高まる好例だな。いずれにしても、本人に声かけたのはそいつらの大失敗だよ。当事者に警戒されるから、便乗企画さえ通らなくなってしまった。念のため先方に釘を刺してはおくが、みづほのとこには、もう来ない」
「遠野お前、悪知恵回るなあ……」
「お前ほどじゃないよ」
エロ雑誌に関しては、みづほはピンと来ない感じだった。確かに、まったく無縁の世界だろう。
「あの人たちは嘘ついて、あたしに何をしようとしたんですか?」
「いや多分な、微妙に嘘はついてないと思うんだ。うーん、口で言うのも憚れるなあ……とんでもない目に遭うとこだった、とみづほちゃんは分かってくれたらいいよ」
親父の言葉に、みづほの父親が目をつぶって伸びをする。
「ま、そういうことだ」
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「エロ本の話は、もういいよな」
みづほの父親がこれからの事について話しはじめた。
「結論から言うと、さ……みづほ。お前はいつもどおりでいいよ」
「えっ?」
「早朝のランニングも続けていいし、学校も毎日行っていい。塾も通いなさい」
呆気にとられるみづほに、父親は話を続ける。
「学校に呼び出された後、俺が仕事に戻った理由は有給休暇を取るためだったんだ。俺はしばらく、ずっと家に居る。いちばん危ないのが下校時間と塾の帰りだから、その時間になったら、俺が車で送り迎えするよ」
「……お父さん」
「野球関係者には、選抜大会でみづほの実力は充分に知らしめただろ。問題は一般の人たちだが…スポーツニュースで数回報道されただけ。その後音沙汰なければ、ああそういう人も居たな、くらいで、きれいさっぱり忘れてくれる。今のみづほは、実はその程度のもんなんだよ」
みづほの父親は、みづほをじっと見つめながら話した。
「俺はその期間を、一ヵ月と踏んでいる。一ヵ月間、俺はみづほと一緒にいよう」
「お父さん……」
みづほが父親を、瞳をうるうるさせて見つめている。
「遠野お前、まるで父親みたいじゃんかよ」
「バッキャロー、日本よりみづほの方が大切に決まってんだろ」
親父の混ぜっ返しに、みづほの父親が耳を真っ赤にさせて反論する。
「ああ……そうだな。今まで父親らしいことを俺はしなかった……みづほ、すまん」
みづほがとうとう泣き出した。
「お父さん……ううん、いいの……お父さんはずっと、あたしのお父さんだから……世界一大好きなお父さん……」
「みづほ……」
俺たちはしばらく、みづほ父娘がしっかり抱き合う姿を見させられる羽目になった。
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みづほの父親の行動は素早く、読みも的確だった。
早朝のランニングと登校は、俺が一緒に居る。その時間帯に何かあることはなかった。
校内でもできるだけ、みづほを独りにはさせなかった。俺や度会、それとレッズ女子たちが積極的に力になってくれた。
下校時刻になると、塾に行く時間。
レッズ女子たち、それと度会がみづほと一緒に裏門まで行く。そこから父親の車で、塾へ。
度会はみづほのために、自分の通う塾を変えてくれた……緑陵志望の度会は、みづほと同じカリキュラムなのだ。
みづほの父親は、送迎する人数が多いとみるや、車をバンに替えた。
塾までみづほたちを送り、契約した駐車場でみづほの帰りを待つ……という状況が続いた。
元々、真面目にトレーニングを続け、真面目に学校に通い、真面目に野球をしてきた毎日を続けていたみづほである。
そんな地味な日常に、つけ入る隙は見つかりはしない。
みづほの父親が言った通り、一ヵ月もするとみづほの周囲は静かになっていった。
その一ヵ月の間に体育祭があったのだが、幸いなことに、何事も起こらなかったようだ。取材についてはすべて断っていたし、隠し撮りは防げないが、どこも記事にはしなかった。
あるいは、俺たちは知る由もないが、みづほの父親が何かしら手を打ったのかも、しれない。
エロ雑誌の部分を詳しく書き過ぎたので、一部省略w
そういうお話じゃないのにね……悪い癖です(^-^;




