みづほラプソディ
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再度言うことになるが、野球でクラブ日本一になったって、俺もみづほも、普通の中学生。
しかし、あれだけ大々的にテレビで紹介された今、みづほは学校でも、ちょっとした有名人になってしまった。
元々、女子の人間関係は詳しく知る由もないが、みづほは孤立こそしていなかったが、女子の友人は多くなかったはず。
野球中心の生活を送って来た分、仕方のないことだった。
超野球好きの「レッズ(広島レッドリーブズ)女子」グループとじゃれあっているのはよく見かけたが、他は会話を交わす程度だった、と思う。
164㎝という身長は、男子だらけの野球選手の中では既にやや小柄な方だが、学校の女子のなかでは大きい。
しかも筋肉がついてて、さらに一回り大きく見える。
学校でのみづほは、普段目立つ言動はないが体格のせいで、居るだけで目立つ。気は優しくて力持ちの女子的な、そんな存在だった。
ところが今日は、朝から放課後まで、みづほを囲む人の壁が途切れることはなかった。
遠巻きに見ている連中も、かなり居た。
改めてテレビの力って凄いんだ、と思う。
女子の大部分は、日頃は野球何それ? 程度の興味しかないので、学校の野球部とクラブチームの違いを説明するところから始まっているようだ……
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「おう、遠野、人気者だな」
同じクラスの度会が話しかけてきた。
うちの中学の野球部の元主将だ。三年なので既に引退している。
「秋山も日本一のメンバーだったんだろ?」
「ああ。みづほが二番で俺が五番だった」
「そうかぁ……」
度会が大きく伸びをして呟いた。
「お前らふたりが居てくれたら、都大会に行けたかもなあ」
「よせよ。土日は俺たちゃクラブの練習に行く。ハンパな練習でレギュラー掻っ攫ったら、毎日真面目に練習してるヤツに失礼だろ? それはお前も納得済みのはず……」
「ああ、知ってる。メガキューもそんなの許しちゃくれないだろうし」
メガキューというのは体育の鳥原先生で、野球部の顧問をしている。
キュウリみたいな顔に大きな黒ブチ眼鏡をかけてて、メガネキュウリ略してメガキューだ。
うちの野球部はわりと頑張っている方で、地区大会でも結構いいとこまで行く。
その代わり土日も練習があったり、拘束時間は長かったようだ。
「それに遠野が入ったらメガキュー、得意の下ネタ炸裂弾、発射できないし」
「お? そうなの?」
そりゃ初耳だった。
「女子がいるとセクハラなんたらうるさいからさ、男だけだと凄いんだ。俺たちはメガキューじゃなくてエロキューって呼んでるよ」
「はははっ」
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度会の話は続く。
「お前ら、高校はどこで野球やんの?」
「俺もみづほも、緑陵」
「緑陵? ああ、来年新しくなるとこか。お前らだと、もっといいとこから話来るんじゃないの?」
俺は今んとこ緑陵だけ。みづほは試合直後から、いろいろ話があったらしい……
「そうか……断るの、大変だなぁ」
「ああ、そうだろうな」
「なぁ……」
「ん?」
「秋山も、遠野のファンか?」
そういや棚方の投手、丘が言ってたなぁ……みづほのプレー観たら、野球やってるヤツなら誰でも惚れる、って。
「……ああ。ファンだ」
間違いない。野球をしているみづほも好きなら、仔犬のようにじゃれてくるみづほ、努力家で頑張るみづほ、泣き虫なみづほ、世話焼きなみづほ……全部、俺は好きだ。
「遠野ってさ、ファン多いんだよ。あいつ運動神経、チョーいいもんなあ」
ニカニカ笑っていた度会だったが、ちょっと真顔になって顔を近づけた。
「俺もさ……頑張って緑陵、受けてみるよ。今度こそ、お前らと一緒に野球したいんだ」
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放課後になってもまだ、レッズ女子の三人組が、みづほに纏わりついて離れない。
どうやら大好きな野球で、友だちのみづほが有名人になったのが、嬉しくて仕方ないらしい。
でもなぁ。待ってるのも飽きたし……みづほのとこにツカツカ歩いていく。
「なぁ。そろそろ帰んね?」
家が隣同士の俺たちは、いつしか一緒に帰るのが習慣になっていた。
レッズ三人娘にとって、俺は招かれざる闖入者なのだろう、ギロリと睨まれた。
「なんだー、秋山か」
「みーちゃんは今日はあたしたちと帰るのー。それとも秋山、塾行く?」
「えっ。塾?」
みづほが帰り支度をしながら、俺を見上げる。
「ごめん、言う機会がなかった。あたし今日から、みんなと塾行くの。ほら、あたし受験するでしょ」
「あっ、そうなんか……」
みづほの成績なら緑陵くらい軽く合格するような気もするが……俺がとやかく言うことじゃないな。
「早く行こー、塾」
「ねねっ、みーちゃん。塾終わったらみんなでプリクラ撮らない?」
「うん、いいよ?」
「やったー。優勝記念写真、撮ろ撮ろっ」
すっかり女子の会話をしているみづほたち……ついて行けない。
「ちーちゃん、そんなわけで……またね」
「おお。じゃあな」
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教室にぽつんと取り残される。
あ……何だ?
すごく変な気分だ。
原因がみづほだ、てのは薄々感じるが……かと言って、みづほには何の非もない。
「おう、帰ろうぜ」
よく分からないモヤモヤのまま、俺は教室に残っていた度会に、声をかけた。
校門を少し過ぎたところだった。
レッズ女子のひとりが、血相変えてこっちに走ってくる。
「秋山っ! 度会っ! みーちゃんが変な男たちに囲まれてんのっ!! あたし、先生呼んでくるっ!」
「な、なにーっ!!」
みづほっ! 今、行くからなっ!!
俺も度会も、指を差された方角へ、全力疾走した。
ひとつ目の角を右に曲がると、みづほたちの姿が見えた……あれっ?
確かに、みづほたちを十数人の男たちが取り囲んでいる。その図式に間違いはない。
ただ、雰囲気がずいぶんと和やかだ。みづほに至っては、笑顔さえ見せている。
「あっ、ちーちゃん。度会くんも……来てくれたの?」
息せききって駆けつけた俺たちを見つけ、みづほが大きく伸び上がって手を振る。
「みづほ……この人たちは、いったい?」
「えっと、ね……いろんな高校の、野球部関係者の方々」
みづほの両手には、男たち人数分の名刺が握られていた。
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「驚かせて済まなかったね。直接名刺を渡して挨拶だけでも、と思ったんだが、まさか同じこと考えてたヤツらがこんなに居たとは……」
明王大附属の島と名乗った人は、苦笑した。
他の大人たちも済まなそうな顔で、うんうん肯いている……どうやら、みづほに近づこうと待ち伏せしていた野球関係者が次から次へ押し寄せて、こんな人騒がせな事態になったらしい。
明王大附属……兄貴の行ってる高校だ。
みづほの貰った名刺を見ると、京和、帝山といった東京の名門から、関東全域の甲子園常連校、果ては大阪、青森、新潟……といった、野球強豪校ばかりだった。
「これからはきちんとクラブを通して話をするよ。本当に済まなかった」
島さんの言葉に、みづほがかるく頭を下げる。
「あの……すみません。あたし、これから塾があるので……」
「そうか、塾か。遠野さんは文武両道を目指しているんだね。そしたら俺らの出る幕はないかなあ」
ポリポリ頭を掻きながら島さんは呟いた。
「でも、これだけは覚えといて。野球選手としての遠野さんを、これだけたくさんの大人が評価してくれた、ということを。受験、頑張ってね。応援してるよ」
「はい」
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この後、竹刀を片手に駆けつけた先生たちに、島さんら野球部関係者は平謝りに謝り、あとは和やかに名刺交換になった。
みづほとレッズ女子は塾へと急いだ。
「君は、秋山くんといったね。うちの秋山海斗の親戚かな?」
島さんから話しかけられる。
「はい、弟です」
「そうか……千秋クラブだよね?」
「はい」
「うちには千秋出身は少ないけど、いいクラブだね。自分で考えることのできる子が多い。それでいて仲間への思いやりも、人一倍ある」
明王に行った千秋の先輩は、今まで三人しかいないはず――ということは、俺の兄貴を褒めたも同然の言葉。しかも千秋自体にも賛辞を頂き、嬉しくないはずはなかった。
「秋山くんは、高校どこ行くの?」
「はい、緑陵です」
「遠野さんと一緒か。大きな声じゃ言えないけど、個人的にはね、俺は遠野さんの緑陵は、いい選択だと思っているんだ。彼女は素晴らしい野球選手に育っている。千秋によく似た環境で野球を続けるのが、彼女にとって最良じゃないかなあ」
「本当に失礼なことをいたしました」
「いえいえ、何事もなくてよかったです。ただ、女の子ですし、受験シーズンにもなりますので、今後はご配慮を……」
野球部の人たちはペコペコ詫びを入れながら、三々五々散って行った。
どうしてこういう事になったかは、見当はつくんだ。
通常、シニアクラブは強豪高校とのパイプを持っていることが多い。例えば英峰は漆畑監督が帝山OBなので、櫻田は十中八九、帝山高校に行くだろう。
ところが、関根監督の方針なのだろう、千秋はそうしたパイプが極端に少ない。
となると、高校側としては他校とのしがらみもなくスカウトできるので、有望選手の一本釣りが可能になる。
みづほの場合、多数の高校が積極的に獲得を狙った結果、今回の事態を生じたのだろう。
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さらに後日。みづほが父親と一緒に、学校に呼び出された。
「何の話だったの?」
放課後、ひとり教室に戻って来たみづほに訊く。
父親はまた仕事に行ってしまった。今晩は早く帰ると約束したそうだ。
「うん。実はね……」
みづほの話では、学校に取材の申し込みや何やらでしばらくの間、朝から晩まで電話が鳴り続けていたらしい。
中には、アイドルが訪問してみづほと野球対決とか、グラビアでみづほの筋肉美を撮りたいとか、常識を疑う内容のものも少なからずあった。
「それは腹立つなあ。みづほを興味本位のオモチャとしか、考えてないよ」
「そうでしょ。ひとまず受験が終わるまでは全部断ることになった。きっとその頃には、みんな忘れてるでしょ、てことで」
「そうか。いろいろ大変だなあ」
「んー……あたしは受験に集中するだけ。でも、体がなまらないよう、自主トレも続けなくっちゃ……」
みづほが窓の外の景色を、ぼんやりと眺めている。
少し陽が傾いて、空の遠いところが赤く染まり始めた。
高校でも公式戦に出場できるよう、みづほは野球選手として名前を売る必要があり、それは予想以上の大成功を収めた。
来年の四月には規約が変わってくれたらいいな、と心から思う。
しかし、選手としての活躍を大々的に取り上げてもらったことにより、周囲から想像以上の雑音がみづほを襲ったのも事実だった。
まだ実害はないものの、みづほの心の負担は相当なものだろう。
「今までみたいに、普通に暮らせたらいいのに、なあ……」
気がつくと、みづほの横顔に涙が一筋伝っていた。
「あの……俺にできることがあったら……力に……」
そう言うのが精一杯で、俺の言葉は次第にか細くなり、消えた。
ラプソディは邦訳で「狂詩曲」です。まあ、そんな雰囲気で。




