進路
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クラブ選抜戦。本当に得難い経験をした、と思う。
懸命の近畿の守備も追いつかず、ショートとセンター、レフトの三人の真ん中にポトンと落ちた、俺の打球。
手を叩きながら本塁生還を果たす、みづほ。そしてそれが、決勝点となった。
ベンチのみんなとハイタッチした後に、みづほが俺に向かって大きく手を振る。
その時のみづほの、泣き笑いの表情。
七回表、最終回を三者凡退で切って落とした、マウンドの桐谷のガッツポーズ。
優勝の瞬間、グラウンドに駆けて行く東京チームの選手たち。
櫻田と堅く交わした握手。
練習を切り上げて全員で応援に来てくれた、千秋クラブのみんな。
関根監督に、俺の親父お袋……みづほの父親の姿もあった。
目を閉じただけで、決勝戦の場面が次から次へと、鮮明に浮かび上がってくる。
こうしてクラブ選抜戦を戦ってきて、新たに芽生えた感情がひとつあった。
俺はみづほと、これからも一緒に野球をしていたい。
これで終わりにしたくはなかった。
みづほが高校でも野球を続けるのならば、一緒の高校でチームメイトとして、もっと側に居たい……という感情だった。
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お祭り的な大会とはいえ、シニア日本一のレギュラーだった。すこぶる気分はいいが、週が明けてみれば待っていたのは、いつもとほとんど変わらない中学校の日常だった。
野球のクラブ活動は、学校の部活動とはまったくの別枠なのだから、当然と言えば当然。
優勝した直後、俺とみづほに、関根監督がしてくれた最後の訓話を噛みしめる。
「秋山くん、遠野さん。まずは、おめでとう。君たちが為し得たことは、誰でもできるような簡単なものではありません。しかし大きな世の中から見れば、君たちは単に、野球で勝っただけです。それ以上のものじゃあ、決してないんです。何か大きな仕事に成功すると、自分が偉くなったように思う人がいますが、それは大きな勘違いです」
「はい」
「はい」
俺もみづほも、姿勢を正したまま、関根監督を見つめた。
監督は伏し目がちに、しかし淀みなく話す。
「まずは、大会に関わった皆さん、そしてチームメイトに感謝をしなさい。自分ひとりの力で得た勝利じゃない事は、重々承知しているはずです。君たちは優秀な野球選手ですが、世の中には君たちよりも凄い人は、いくらでもいます。野球がうまいことを理由に甘えたり、驕ったりせずに、これからの将来を歩んでください」
「はい」
「はい」
「……楽しみに、してますよ」
監督の言う通りだと思う。野球がなければ俺はただの中学生だ。
みづほの助けもあって活躍できたとは言え、選手としてさえ、俺はまだまだだろう。
天狗には絶対ならない。
自分にそう言い聞かせながら、俺は退屈な授業を大人しく受け、休み時間には友達とバカやって過ごした。
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だが、みづほは、周りがそうさせてくれなかった。
話は今朝に遡る。
リトルシニア選抜大会は、ケーブルテレビで放送中継されたが、その親会社である全国ネットのテレビ局が、昨夜のスポーツニュースで、みづほを大々的に取り上げてくれたのだ。
言うまでもなく、準決勝でみづほの特集を組んでくれたテレビ局だ。
テレビには何度も、「美しい」としか形容しようのない、四回表のみづほの「例の」ファインプレーが映され、次いで高須のシンカーをクリーンヒットするみづほ、決勝のホームを踏むみづほ、優勝の瞬間に泣きながら歓喜の輪に加わるみづほの姿も流された……みづほ、また泣いてたんだ。
ちなみに決勝のポテンヒットを打ったのは俺だが、幸か不幸か、背中しか映ってなかった。
追い討ちをかけるように、東京チームを率いた漆畑監督がみづほの才能を熱っぽく語り、大会のMVPを獲った櫻田が、自らの好守や快打の陰には、みづほからのアドバイスやヒントが多大にあって、自分ひとりの力ではここまで活躍できなかっただろう、とインタビューに応えていた。
「本当のMVPは遠野さんだ、と思います」
櫻田は、きっぱりと言った。
ああ、関根監督の談話もあるんだ。テレビでも相変わらず飄々としている。
「遠野さんですか……うーん、そうですねえ。すごく優しい子ですよ……あ、そうそう、感心するのが、自分をよく知ってるとこですね。自らの能力を、過大にも過小にも考えていない。これは、15歳という年齢を考えると、驚くべきことだと思いますね」
うーん、さすが監督、含蓄あるなあ。
みづほが地元の私立高校を受験して、新設される野球部で野球を続けたいと熱望している、とテレビは紹介していく。
続いて、みづほのインタビュー。
「野球を……もっと……したいです……」
と、一言。
ああ、知ってる。傍で聞いてたから。
優勝や何やらで胸がいっぱいになってたみづほは、口の中でもごもご言うばかりだったので、きっと放送に拾えそうな言葉が、これだけだったんだろう。
画面に登場したのは、先日に引き続いて桑野さんだった。
「現在、高野連は、女子の公式戦参加を認めていません。みづほさんはこれだけの才能がありながら、現行のルールでは、甲子園を目指すことさえできないのです。私は一野球人として、みづほさんの道を拓いてあげたいと、強く思いました」
真面目な顔で、言葉を締めくくった。
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俺とみづほは早朝のランニングを早めに切り上げて、俺ん家で親父が録画してくれた特集を観ていた。
「みづほお前、『面と向かって話すと、大人しくて可愛い子』って言われてるぞ」
俺の茶化しに、みづほがちょっとむくれる。
「だって、テレビカメラにマイクなんて、初めてだったもん……泣いた後で顔も気になったし」
ずっと俯いてたのは、そのせいだったのか。
でも『野球になると人が変わる』てのは、ほんとだもんな。テレビの人たちも、みづほのことよく見てるわ。
親父が出勤の支度をしながら居間に現れた。
「あ、そうそうみづほちゃん。緑陵の大屋監督が『くれぐれもよろしく』って言ってた。多分いろんな高校から特待生の話がわんさか来ると思うけど、どうか緑陵に入ってください、てさ。みづほちゃんが決めることだから、俺は伝えるだけ、な」
「あたし、緑陵に行きますよ? 男子野球部で声かけてくれたの大屋監督だけだし」
不思議そうな顔のみづほを見て、親父が苦笑する。
「いや……これからが凄いんだよ、きっと。シニア日本一の立役者が、可愛い女の子。おまけに元プロ野球選手にテレビ局の応援までついてる。今や、みづほちゃんを欲しくない学校なんて、どこにもないよ。まあそれは大人の事情で、みづほちゃんには関係ないけど」
「今朝、お父さんが『火の粉がかかったらいつでも言え。俺がふり払ってやる』って言ってた……いったい何のこと? て思ったけど、そういうことなんですね」
「うん」
親父が苦虫を噛み潰した顔で肯いた。
試合直後でさえ、10校ほど「話だけでも」とオファーが殺到してたそうだが、少しそっとしておいてくださいと、片岡さんたちが必死にブロックしたそうだ。
「みづほちゃんは、ほんと頑張ってるよ……その頑張りの代償がこれって、やり切れないな」
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そうだ。緑陵と言えば。
「父ちゃん、俺も緑陵に行きたいんだ」
「えっ?それ、ほんと!?」
みづほが俺の手を取って、眼を輝かせる。
「ねえねえ、ちーちゃん……ほんと!? あたしと一緒に、野球してくれるの?」
「ちょっと待つんだ、千尋。おーい、母さーん、ちょっと来てくれーい」
親父が俺を制止し、お袋を呼ぶ。
「こういう大事なことは、ふた親の前できちんとやるもんだ……さあ、話しなさい」
「うん……はい」
俺は居住まいを正し、両親の目を見る。
「父ちゃん、母さん。俺、緑陵高校に行きたい。緑陵の野球部で、みづほと一緒に野球をしたいんだ」
俺の隣で、みづほが両手で鼻と口を覆い、眼をうるうるさせている。
泣くなよ……頼むから、泣くなよ……
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「分かった」
親父がニヤリと笑う。
「お前、緑陵受験するんだな? 入れそうか?」
「うっ」
緑陵の前身である桜陽女子は、意外に偏差値が高い。
超がつくような進学校ではないが、この地区では上から数えた方が早いはずだ。
俺はと言えば、野球ばかりやって来た人間。自慢じゃないが、勉強に関しては落ちこぼれている。
「そうだよちーちゃん、頑張んないと。こないだの数学、23点て何よあれ」
みづほが口を挟む。
「うっせーな。みづほみたいに頭良くねーよ……つか、人の点数バラすなよっ」
「千尋っ!あんた、テスト悪いの隠してたわねっ!!」
「あうっ。いや、今はそーゆう話じゃ……」
お袋の剣幕に思わず怯む。
「お前、俺に頭、似ちまったんだなあ」
親父が優しい顔になり、くるりと背を向けた。
「あ、そうそう。言い忘れてたけど、緑陵の大屋さんから、お前にも言伝てがあったんだよ。お前を野球特待生として迎え入れたいから、今度挨拶に来ます、ってさ。お前さえよければ、無条件で緑陵に入れるぞ」
「……とーちゃんっ!!」
思わず叫び声をあげる。早く言えよう、そういうことは……
ちょっと肩の力が抜けちまった。
「うん……俺、行くよ、緑陵に……」
「やった……やったぁ……あたし、受験頑張るからっ!」
隣で大はしゃぎするみづほの声も、上の空で聞いていた。
クラブ選抜戦の後日譚を含みます。
この作品を書いてて思わぬ体の変化が……体重が落ちてきたのです。
どうやら筆者も、千尋やみづほと一緒に、試合を戦ってきたようです(#^.^#)
思わぬダイエット効果でした♪




