クラブ選抜戦・決勝戦2
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立ち直った高須の球は、なかなか打てなかった。
二本の二塁打で一点差に詰められた三回裏。
一番岩部が内野安打、無死一塁で迎えたみづほの第二打席は、送りバント。連続出塁は途切れたが、点差や状況を考えると妥当な采配だ。
しかし、三番櫻田は、外のスライダーに手を出さざるを得ず、セカンドゴロの進塁打がやっと。
四番宮永は全くタイミングが合わず、三球三振だった。
四回表も、近畿チームの猛攻は続いた。打順関係なく、バンバン鋭い打球を飛ばしてくるので、気の休まる間がない。
1アウトながら、2本のヒットで走者一三塁のピンチ。
カキーン。
鋭い金属音とともに痛烈なゴロが、幸田投手の足元を襲う。
センター前に抜ける……誰もが失点を覚悟した。
しかし。
二塁ベース近くに守備位置を移していたみづほが、スライディングしながら、余裕を持って逆シングルでキャッチ。
そのまま踊るように二塁ベースを左足で踏み、2アウト。
その左足を軸に、高く伸び上がってジャンプし、一塁に向かってボールを投げた。
みづほの頭から帽子が脱げて、ドームの天井目がけて飛んでいく。
たった今眼にしたプレーは、野球選手のそれではなかった。
あたかも、スタジアムに降臨した天女がみづほの体を借りて、気紛れに美しい舞を披露してみせたとしか思えない、あまりにも優雅で儚い一連の動き。
流れるような動作のひとつひとつ、みづほの一挙一頭足が、スローモーションとなって俺の目に焼き付いた。
一塁アウトを空中で確認したみづほが、歓びの表情を浮かべながら地上にゆっくり降りてくる。
みづほの前髪が、後ろに結んだおさげがふわりと舞い上がり、それより遅れて帽子がグラウンドに落ちてきた。
一瞬、鎮まりかえる後楽園ドーム球場。
時が、止まった。
俺と一緒で、誰もがみづほの姿に釘付けになっていたのかもしれない。
が。次の瞬間、スタンドが総立ちとなり、割れんばかりの拍手と歓声がドームを包んだ。
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已まない拍手の嵐のなか、出迎えた幸田とグラブでハイタッチをしながら、ベンチに駆けて行くみづほ。
……常識では有りえないプレーだった。
定位置近くにいたみづほが、いつの間にベース近くまで移動していたのか?
鋭いヒット性のゴロを、なぜあんなにも柔らかく捌けるのか? 疑問は尽きない。
「うーんと、ね……打った滝川くんは典型的なプルヒッターだ、ってことは昨日と今日で分かってたから……幸田くんの投げるコースが真ん中低めのカーブだから、当たり損ね以外は右に行かないだろう、って……最後はバッティングのインパクトの瞬間ね、それで打球の方向が読めたの……」
打席の準備をしながら訊いた俺に、みづほはちょっとモジモジして、照れたように話した。
「だから、準備はできてたの。あとはバウンドのタイミングを合わせるだけ」
「――すごいね」
ほんと、それしか言えなかった。
四回裏、東京の攻撃。
この回のトップバッターは俺。まだ球場内のどよめきが、収まらない。
高須が怖い顔をしている。ヤツもまたみづほの守備を見て、何か感じたのだろう。
何とかしないと、せっかく押し戻しかけた流れが、また変わってしまう。みづほのプレーには、それだけの価値があった。
こっちとしても、掴みかけた流れを離すわけにはいかない。
絶対に――打ってやる。
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高須がセットポジションで構える。第一球。
さっきの打席と同じく、消えた球が手前で現れ、浮き上が……らずに、ストンと落ちた。
シンカーだ。ストライク見逃し。
高須のヤツ、みづほたちに打たれて封印していたシンカーを、一球めから復活させた。
それにしてもすごいキレと落差だ。
あいつら、ホントにこの球、打ったのか?!
……思い出せ。思い出すんだ。
みづほと櫻田のあの打席を……タイミングとバットの軌跡をイメージするんだ……
高須の一球めのシンカーは、試運転。
俺を仕留める決め球に、もう一球シンカーをきっと投げてくる。
二球め。一球めと同じ軌道にストレート。
コース的には真ん中近くの打ち頃のはずが、さっきのシンカーが目に焼き付いて、タイミングが遅れる。ファウル、ツーストライク。
三球め――マウンドの高須の雰囲気から察すると、一気に勝負をつけてきそうな気がする。
だとすると、決め球のシンカーを使ってくるだろう。
来い。バットを少し短く握り直し、構えた。
高須が投げる……イメージと少し違う。少し外寄り……スライダーだ!
打ち気に入っていた俺は、スイングするしかない。上体を屈めて腕を伸ばす。届け……! バット、届いてくれ!
ボールはバットの先に当たった。インパクトの瞬間、手に痺れが来る……完全に芯を外された。
それでも強引に振り抜く。ファーストへのファウルフライだった。
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五回の表裏はともに無得点。
六回表、東京は継投策を採った。
投手、幸田に代わって桐谷。
右のオーバースロー、江戸川のエースで、全国大会の経験もある。
球の速いピッチャーで、この大会は北海道戦の先発と、準決勝のリリーフで登板した。
「ライン際、注意しといて」
守備に就く前、みづほが俺たちにボソッと呟いた。
宮永、そして櫻田が短く肯く。
残り二回。点差はわずか1点。決勝は息詰まる接戦となった。
一本のヒット、ひとつのミスが勝負の分かれ目になるだろう。
近畿の先頭打者は、三番の田中。桐谷は、いきなり強力クリーンアップとの対戦となる。
振りかぶって第一球。外へストレート、ストライク。
球は走っているようだ。
二球めのストレートを田中が捉える。
三塁線への強い打球だ。櫻田が横っ飛びで押さえ、素早く立ち上がって一塁へ送球した。アウト。
いきなりみづほの助言が活きた形になった。
ファーストの宮永が目を点にしてみづほを見つめている。
いや、みづほには超能力なんかないよ。彼女なりの理由があって、予測してるはずなんだ。
後で訊いてみよう。
それにしても櫻田の守備が見事だった。急造のサードとは、とても思えない。センスの違いをまざまざと見せつけられた思いだった。
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四番、谷岸。
みづほの話では、というよりチームの共通認識だが、彼がいちばん怖いバッターだ。
選球眼もいいし、パワーもあるので、打球は引っ張りが多いが傾向が掴めない、とのこと。
この場面では、オーソドックスな長打ケアの守備形態で臨むしかないだろう。
今日の谷岸は2打数2安打。得点に絡む二塁打を打っている。
東京のバッテリーも、そこは分かっている。初球は外のボール球から探りを入れてきた。
谷岸はもちろん、ぴくりとも動かない。
二球めもボール。三球めはインコースにストレートを投げて、上体を起こさせた。ストライク。
四球め、カーブでストライクを取りに行った。
――ヤベえ、甘い!
ほぼ真ん中に来たボールを、谷岸は見逃さなかった。
鋭いスイングに乗せてボールは高々と舞い上がり、レフトスタンドに入っていく。
同点ホームラン。
帽子のツバを握りながら足でマウンドを馴らす桐谷の背後で、ガッツポーズを作った谷岸がダイヤモンドを走っていった。
「まだ、同点、同点!」
「後ろ、きっちり抑えよう!」
内野陣から声が飛ぶ。
そうだ、まだ負けてるわけじゃない。
桐谷の調子もけして悪くはなさそうだ…打った谷岸が凄いだけだ。
しかし近畿の強力打線は続く。五番大島、左バッターだ。
比較的右寄りに守備位置をずらす。
桐谷もしっかり腕を振って、渾身のストレート――よかった。ダメージは少ないようだ。
ライトフライに打ち取る。ツーアウト。次打者は空振り三振で、六回表を終了した。
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六回裏、東京の攻撃。近畿は、高須の続投だった。
まあ、そうだろうな。2点は取られたが、五回を投げて3安打1四球。
ジャストミートされたのは、初回のみづほと櫻田だけ。調子はかなりよさそうだった。
先頭打者は、みづほ。
そういや、さっきの助言のことだけど……と、守備形態の質問をしに、近づこうとする。
みづほは静かに、打席の準備をしていた。
両手首にリストバントを巻き、眼を閉じながらヘルメットを被る。
取り出したバットを祈るように掲げて、口から長い息を吐いた。
――集中している。
蒼い炎を宿したかのように一瞬、みづほの体が光彩を放って見えた。
声をかけられる雰囲気ではなかった。
息を吐き終わったみづほと眼が合う。
「行ってくるね。ちーちゃん」
「ん……ああ、ガンバ!」
かるく微笑むみづほに、そう応えるのが精一杯だった。
もはや中学野球のレベルを越えてる気もしますが……全国のトップレベルの試合と言うことで、ご容赦を(^-^;




