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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
中学三年生編
12/297

クラブ選抜戦・決勝戦

 明くる日。

 後楽園ドームのグラウンドに降り立って、驚いた。

 スタンドにいる観客の数だ。多分、1万人は超えている。リトルシニアの試合では驚くべき数だと思う。

「昨日のテレビのせいだな。みんな遠野を観に来たんだろ」

 櫻田の声に思わずスタンドを見渡す。

「そうかぁ……テレビって、凄いな」


 みづほのことは、昨日の夕方のニュースと、夜のスポーツニュースで流れたらしい。

 夕方は俺たちはまだ、電車の中だった。

 夕食後にみづほの家で打ち合わせして、試合に備えて早めに寝たので、とうとうニュースは観ず仕舞いだった。


 朝になって親父が、録画したニュースを俺とみづほに見せてくれた。

 スポーツニュースだけあって、結構長々と特集されていた――

 中学生離れした華麗な守備や、大会での打率が6打数ながら10割であること。

「みづほちゃんの中学最後の挑戦が、明日でいったん終わりを告げます」

 テレビのナレーションはその言葉で締めくくった。

 昨朝お会いした桑野さんがゲストで呼ばれて、高野連の規約を変えてみづほを公式戦に出場させるべきである、危険とか男女差とかで論ずるレベルの選手ではない、と熱弁を奮っていた。


 紅く染まった頬に両手を当てながら映像を見ていたみづほだったが、やがて頬に涙が一筋伝った。

「どうしたの?」

「ん……わかんない……」

 俺の問いに、涙を拭うみづほ。

「なんか、いろんな気持ちが混ざって……でも、もう後戻りはできないんだな、って思って……」


 話しているうちに、涙が止まらなくなったようだった。

 みづほの声が、やがて嗚咽に変わる。

「あたし……みんなと一緒に野球やってて、とても楽しかった……時間がこのまま、止まってくれたらいいのに……」


 スタンドのほとんどが、みづほ目当てだったらしい。

 果たして、みづほがグラウンドに顕れると、少なからぬ拍手と声援が起きた。

「遠野さーん」

 グラウンドのバックネット脇で手を振っている人が居る。元東京タイタンズの桑野さんだ。

 今日も来て下さったんだ……挨拶に行くみづほを、にこやかに迎える。

「桑野さんの隣にいるの、大潟さんじゃないか? タイタンズでセカンドやってた」

「ほんとだ――みづほを観に来たのかな」


 手にしていたノートを桑野さんに指摘され、恥ずかしそうに渡すみづほの姿があった。

 桑野さんと大潟さんが、ノートをめくりながら、しきりにみづほに話しかけていた。


「お待たせ」

 ようやく俺たちの処に戻って来たみづほは、ノートを広げた。

 内野陣の守備位置の確認だ。

 結論としては、基本ポジションはセカンドは定位置、それ以外は深めの定位置。

 三遊間がいちばんのホットスポットになるだろう、それがみづほの予測だ。ただ、あからさまにライン際を捨てると、相手はそこを狙ってくるだろう。そのくらいの技量はある。

 基本ポジションから、投球より少し遅れて半歩移動し、そこで待つのがベスト。それが昨夜の打ち合わせの結論だった。


「ちーちゃんと櫻田くんが大変と思うけど、送球に苦労するようだったら浅めに変えてね」

「大丈夫だよ、肩には自信ある」

「相手が相手だから苦労するのは分かってるさ」

 俺たちは親指を立てて、OKを出す。今や櫻田も、みづほに全幅の信頼を置いているようだ。

「うまくいくといいけど……実際に対戦してから、修正も入れるわね」

 みづほはノートを閉じて、微笑んだ。




 クラブ選抜大会、決勝戦。

 東京の先発は英峰の幸田、近畿Aは予想通りに高須。

 全国大会決勝戦と同じ組み合わせ、らしい。

 セカンドのみづほは二番、ショートの俺はひとつ打順が上がって、五番でスタメンだった。


 プレイボール。一回表、先攻の近畿Aの攻撃。

 打撃に自信があるのだろう、少し外寄りのボールでも強引に引っ張ってくる。

 のっけから、強い打球が三遊間に飛んできた――ショートへの打球。少し三塁寄りでキャッチ、一塁へ遠投する。アウト。


 次打者にはレフト前に運ばれたが、迎えた三番打者は、痛烈な当たりをやはり三遊間に飛ばした。

 深めに守っていたサードの櫻田が飛びついてキャッチ。

 素早く立ち上がり、セカンドへ。みづほがノーステップでファーストに送球。

 ダブルプレー完成。湧き立つ東京ベンチ。

「ナイスサード」

「ナイス、遠野。読み通りだったな」

 俺たちはグラブを叩き合ってベンチに戻った。


 一回裏、東京チームの攻撃。

 みづほはネクストバッターサークルで、先発投手の投球を窺っている。

 長い腕でサイドから投げてくる、浮き上がるような軌道のストレートと、同じような軌道で逃げていくスライダー。

 このふたつは、リリースの瞬間の球の握りを見るしかないだろう。右バッターにとっては、背中からボールがやってくるような、嫌なピッチャーだ。


 みづほの考えた、高須に対する基本的な攻略法は、以下のとおりだった。

 ストレートは引き付けてセンター方向を意識して。スライダーは逆らわず、軽打。カーブはなるべく手を出さない。

 そしてみづほの狙い球は、決め球のシンカーだった。

「あたし、シンカー狙ってみる。どのくらい落ちるのか、見てみないと分からないけど」


 トップバッターの岩部は、自分の役割を分かっていた。高須に対して、なるべく球数を投げさせようとしている。

 ファウルで粘った六球め、ボールがスッと落ちて空振り三振を喫した。

 シンカーだ。みづほの目つきが鋭くなった。


 バッターボックスにみづほが向かう。アナウンスはないが、観客席からは拍手と声援が飛んだ。

 リトルシニアでは、少し異常な雰囲気だ。

 ただ、みづほもマウンドの高須も、表情が変わることはない。


 外に逃げるスライダーから入ってきた。見送ってボール。

 次に、同じような軌道を辿るストレート、見逃しストライク。

 それから高須は、ストレートを2球コーナーに散らしてきた。2球続けてファウル。

 五球めは、初球と同じようなスライダー、ボール。

 2ボール2ストライクからの六球め、少し内寄りの軌道――おそらくシンカーだ。


 初見のみづほだったら、おそらく当てるのが精一杯だったろう。しかしブルペンで1球、さらに岩部の打席で一球すでに見ている。

 ……俺には到底できないが、みづほにはそれで充分だった。

 タイミングばっちりで高須の決め球を捉えた打球は、ライナーでセンター前に飛んでいった。


 地鳴りのようにスタンドが湧く。今大会、10打席連続出塁。

 堅実な守備より、こうした分かり易い活躍も必要だ。


 次の櫻田が、もっと凄かった。

 みづほのバッティングでヒントを得たのだろう、高須のシンカーをすくい上げると、左中間スタンドに持っていった。

 見事なツーラン、2点先取。

 おそらく以前の対戦で何度も見て来たボールだったのだろうが、チームメイトのバッティングでタイミングを掴んで、最初のチャンスをモノにする。

 櫻田もまた才能の違いを見せつけてくれた。


 決め球を連続で打たれて動揺したのか、高須は四番の宮永にあっさり四球を許す。

 1アウト1塁。打順は俺だ。サインは――と。「自由に打て」

 まあこの場合、何でも自由にしていいわけではなく、ランナーを貯めたり進めたりして、後続に繋ぐことを目指す。

 何より、みづほと櫻田の連打でダメージを受けている高須に、立ち直る機会を与えてはならない。俺は俺で、責任重大の局面だった。


「タイムお願いします」

 近畿のキャッチャーがタイムを願い出て、マウンドに向かう。ベンチからの伝令も飛んだ。

 シンカーが狙われていることを話しているのだろう。

 いや……あのシンカー、しっかり落ちてたように見えた。あれ打っちゃう二人が異常だと思うぞ。

 しかし多分、シンカーはしばらく封印してくるだろう。相手をそういう状況に追い込んだ、みづほと櫻田に感謝しなくちゃ。


 タイムが終わってマウンドに立った高須は、再びオーラを身に纏っているように見えた。

 ――あいつも一流の選手なんだな。ちょっとしたスイッチで立ち直りやがる。

 しかしそのオーラも、俺が打ちさえすれば、あっさり雲散霧消するはず。打たなくっちゃ。気合いを入れて構える。


 第一球。サイドスローの腕がしなる。球の握りは……ストレートだと思う。タイミングを計ろうとする。

 うっ。投げたボールが一瞬消えた。

 手前でようやくボールが背中から現れて、かるく浮き上がりながら外に向かって逃げていく。

「ストラーイクっ!」

 ちょっと待て……なんじゃ、こりゃ。

 あいつら、こんなボール打ちやがったのか……


 みづほからのアドバイスを思い出す。

 ストレートはセンター返しを意識して強く叩く、スライダーは逆らわず合わせる――

 何にしても、背中からの球にビビッて腰が引けては、打てるものも打てない。

 考える間もなく第二球。スライダーだ――とてつもなく遠くまでボールが逃げていく。

 ボール。見送ったというより、手が出ない。


 タイミングだ。

 タイミングを合わせてボールを引きつければ……

 三球め、ストレート。

 よし。覚悟を決めて強く振る。思ったより球が重い。

 少し振り遅れた打球は、平凡なライトフライになった。


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