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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校二年生編・秋
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野口のスランプ脱出大作戦


「今日も居残り練習やるのか? 野口」

「んあ」


 夏の大会が終わってからずっと、野口が練習の虫と化している。

 今日も、練習後に楠城を掴まえて延々とトスバッティングを続け、後片付けの邪魔になるので無理やり止めさせたところだった。

 雑用当番を終えてもなお、野口はバットを離そうとしない。

 これから一時間でも二時間でも、灯りの消えた練習場の隅で素振りをしようとしている。

 ――多分、野口の両掌は、毎日の素振りで数多くのマメが破けて、凄いことになってるだろう。


 器用で小技が得意な緑陵の選手たちの中に在って、ほぼ唯一の長距離砲。

 体が大きくパワーもあって、直球に滅法強い。


 しかし、今年の夏のシーズンは、野口は不振だった。

 好投手との対戦が続いたせいもあって、変化球に対する弱点を突かれ、いつしか直球にも振り遅れるようになった。

 夏の予選の打率は2割ちょっと、ホームランはゼロ。

 ヤツもまた、甲子園に届かなかった責任を感じているのだろう。


 しかも、このままだとレギュラーポジションまで危なくなる。

 元々、控えの度会との差は、ほとんどない。

 どこでも守れて器用になんでもこなす度会は、たまたま同型の船田と被ってしまうために、控えに甘んじてるに過ぎない。

 さらに先日の一次予選で、スタメンに抜擢された梶本が大活躍しただけに、野口の尻には火が点いてる状態だった。


 気持ちは、痛いほど分かる。

 分かるんだが――最近、とみにオーバーワーク気味だ。

 しかも、パワー中心の筋トレメニューを組んでおきながら、打撃練習ではバットを短めに持ち、ミートに徹するという、ちぐはぐな事までし始めた。

 今の野口は、いろいろと考えすぎて、頭の中がぐちゃぐちゃに混乱しているような気がする。


 確かに、ボールがバットに当たらない限り、打球は飛ばない。

 それはそうなんだが、当てるだけのバッティングでは、野口の最大の魅力である長打力が殺されてしまう。

 それは野口も、重々分かってることなんだろうが――


「なあ、野口」

「んあ」

「毎日筋トレやって、居残りのバッティング練習して――凄いと思うんだけどさ、もうそろそろ体を苛める時期じゃないと、思うんだ」

「んーあっ、んあっ」

「いや、そうは言うけどさ……お前、実は体ボロボロなんじゃないか? 危機感持って練習するのはいいけど、あまりやり過ぎるとプレーに支障出るぞ?」

「んあー……」

「そうか――お前も分かってないわけ、ないもんな……どうすりゃ、いいかなあ……」


 だいたい、野口が「んあ」しか言わない時って、相当疲れが出てる証拠なんだ。

 少し練習を休ませて、自分のバッティングを見つめ直すのがベストと思うが――本戦が間近に迫った今、どうやって野口を説得しようか、俺も悩んでいた。


「野口くん、ちょっといいかな」

「んあ――はいっ」

 やはりと言うべきか、助け舟を出してくれたのは、大屋監督だった。

 監督は、日頃は俺たちの練習に、あまり口を挟まない。各々が二本の足でしっかりと立って、なおかつ協力し合うから、野球は面白いんだ、という持論のもとに、高圧的な命令を極度に嫌っている。


 例えばある選手が、基本的なプレーで同じ過ちを何度も繰り返したとしよう。

 大屋監督はそうした場合、頭ごなしに叱りつけるのではなく、なぜ彼が出来ないのかを考えてくれる。

 その多くは単なる技量不足なのだが、ならばその技量を身に付けるためどうすればいいか、アドバイスや練習方法、あるいは誰に習えばいいかを教えてくれる。

 これは俺やみづほが育った関根門下の流れだったが、監督はその方針を徹底して貫いた。


 有沢や野球初心者の竹本、一年でいえば楠城やこころが、公式戦で充分戦力になるレベルまで上達したのは、大屋監督のお陰だろう。


 野口は、野球初心者ではないし、ずっとレギュラーの一角で頑張ってきた選手だ。

 ――ただ、今の野口は、明らかにに迷走している。アドバイスが必要だった。


「野口くん。荒井くんて覚えてるかな? 去年コーチに来てくれた人」

「ん、はい」

「彼に、君のバッティングフォームを見てもらった――あとこないだ、水谷先生にも、君の体を見てもらった。それも覚えてるよね?」

「はい」


「結論から言うと――野口くん、君はオーバーワークだ。結果が出ないせいで焦って猛練習して、体に疲れが溜まってしまって、バッティングフォームがバラバラになってる。今の君にいちばん必要なのは、疲れをとってリフレッシュすることだ……ここまでは、分かってくれるかな?」

「んあっ? ――はいっ」

「ここからが本題だ――野口くん、君には、一週間部活動を禁止します。ボールもバットも持ってはいけないし、筋トレもしてはいけない。一週間まるまる、休養に充ててください」

「んがんあ、んあ、んわんあっ!!!」


「――いや、君の言うのももっともだ、大事な大会前だもんな。ブランクが空くのは確かに不安だよね……しかし幸い、本戦一回戦まで二週間あります。このうち一週間を休養しても、最後の一週間で仕上げることは可能だ」

「――んあー……」

「そして何より、今の状態でどんなに練習しても、野口くん、君は上達しない。いいですか、野口くん。これは監督命令です。一週間、しっかり休みなさい」

「んー……あー……」

 野口の度重なる抗議にも、監督は冷静だった。

 そして、ほとんど経験のなかった監督命令まで持ち出されては、野口も折れるしかなかった。


「――監督……野口くんの休養って、今日からですよね?」

 みづほの問いに、大屋監督が深く肯く。

「その通りです。もちろん、たった今から練習禁止。野口くん、君は制服に着替えて下校してください。野球以外の事をしてリフレッシュして、一週間したら帰っておいで」


 大屋監督の言葉に、野口は半泣きになりながら、戸惑いを隠せなかった。

 そりゃそうだよな――緑陵に入学してからこの方、推薦組である野口を含めた俺たちは、ほぼ野球中心の生活を送ってきた。テスト期間の休みだって、こっそり筋トレしてたくらいだ。

 それをいきなり、何もするな、休養しろと言われて、どうすればいいのか途方に暮れてるだろう。

「野口、お前何か趣味はないのか?」

「――んあ」

「趣味は野球、か……」

 俺たちの問いにも野口は、うなだれて一言返すだけだった。




「ノグちんは、あたしらが面倒みるよっ」

 ここで口を開いたのが赤川さんだった。

「え? だってキコは練習にいてくれないと、困るよ?」

 緑陵の練習は、時間が短い分テンポが早くて、マネージャーも右に左に走り回ってるんだ。

「うん。だから、あたし『ら』――ね、真奈美さん」

「はい」


 振り返ると、いつの間にか喫茶店兼下宿屋『うさぎや』のマスターでもあり寮母でもある、真奈美さんがニコニコと佇んでいた。

「野口さんには、チーム『うさぎや』が責任を取って休養させますわ」


 事の次第がよく飲み込めず、固まったままになってる俺たちに、水谷先生が説明した。

「野口くんは体を休める必要がある、ていうのは私たち指導役の一致した見解なのよ。ただ、単純に休養するだけじゃなく、その間に傷んでるとこを治して、新たに練習に臨んでほしいってことで、それで――」

「私にお話が来た、ということですわ。伊勢真奈美です、よろしくお願いします」

 そう言うと真奈美さんは、監督に向かって優雅に会釈をした。


 大屋監督はと言えば、真奈美さんの惜し気なく振り撒く、笑顔と乙女オーラにたじたじの様子だ。

「えっと……あの、その――優秀なアスリートと伺ってましたが、まさかこんなに可憐で美しい方だとは……」

 うーん。初対面の人は、真奈美さんの外見にすっかりやられるんだよなあ。

「まあ、そんな――恥ずかしいですわ……」

 監督の言葉に恥じらいながら微笑む真奈美さんからは、まさか彼女が、みづほに怪力属性をくっ付けたバリバリの武闘派だとは、夢にも思わないだろう。


「あの――渡辺くんの特訓の時に、大変お世話になったそうで、その……」

 そうだった。春にこころが認定試験を受ける際、みづほから猛特訓を受けたんだが、マネージャーたちのマッサージに加えて、下宿に戻ってからも真奈美さんにケアをしてもらったらしい。

「真奈美さんのケア、結果的にはすごく良かったです。マネージャーさんたちと真奈美さんいなかったら、あたし、きっと動けてなかったですよ」

 こころがそう言うんだから、腕前に間違いはないんだろう。


 野口も頬をかるく染めて、満更でもない感じだった。

 ――ただ少し、気になることが。みづほにかるく耳打ちする。

「野口ってさ、『うさぎや』行ったこと、あったっけか?」

「確か一回か、二回くらいよ」

 俺の質問の意味を理解したみづほが、少し不安そうな表情を見せた。

 野口、真奈美さんがどんな人か、あまり分かってないんじゃないかな――


「こころ」

「はい」

「真奈美さんのケア、さっき『結果的には』良かった、て言ってたよね?」

「そーなんです……」


 案の定、真奈美さんのケアはかなり荒っぽいものだった。

「否応なしに服を脱がされて、肩から股から腰から、ゴキゴキ凄い音が聞こえてきて……あたし、全身の関節が外れたかと、一瞬思いましたもん」

 実際に手足に力が入らず、まったく動かせなかったという。

 人形みたいになったこころが次に担ぎ込まれたのは浴室で、中はサウナみたいになってたそうだ。

「意識が遠のいてたんで、よく分かんなかったけど、お風呂のケアはすっごく気持ちよかったです――気がついたらもう朝で、布団の中に寝てて、嘘みたいに体が軽くなってるんですが……でも――」

「でも?」

 言葉に詰まったこころの顔が、茹でダコみたく真っ赤に染まった。

「――これ以上は、あたしの口からは言えません……」


 うーん、大丈夫だろうか……

「真奈美さん、その――野口くんにも、こころと同じことするんですか?」

 心配そうに問いかけるみづほに、真奈美さんは爽やかな笑顔を浮かべた。

「あら、野口さんはお家に帰さないといけないし、殿方には同じメニューは組めませんわ」

 なんかよく分からないけど、そりゃそうだよなあという納得感が強い。

「野口さんには、アイマスクをしてもらいますから」

 ――それって、何かの解決になってんのか……?


「それでは野口さんをお預かりします――野口さん、体の具合を見たいんで、一緒に来て下さるかしら? そうそう、保健室をお借りしたいんですけど」

「よろしくお願いします。キコちゃん、保健室を案内してくれるかな」

「はぁい。じゃあノグちん、行こ」

「むほー」

 若干、鼻の下を伸ばしてノコノコついて行く野口であったが、そんな野口を俺たちは不安げに見送るばかりだった――まあ、経過はどうあれ、結果的に良いのなら、よしとしよう。


 野口抜きで練習を始めた俺たちだったが、少しして校舎の方から「キャーッ!!」という絹を裂くような声が聞こえ、保健室の先生が血相を変えて、野球部グラウンドに飛び込んできた。

「大変よーっ!! はっ、破壊神伊勢さんがっ、野球部の子を、裸に引ん剥いて襲ってるのっ!!!」


 誤解を解くのにかなりの説明を要したが、傍から見れば、どう考えても力づくで襲ってるようにしか見えなかったらしい。


 ――つか真奈美さん、高校時代は「破壊神」て呼ばれてたんだ。

 後で知ったが、当時を知ってる先生方の話によれば、

「迷い猫を逃がそうとして体育館を半壊させた」

 とか、

「地元の暴走族をひとりで壊滅に追い込んだ」

 とか(奪ったバイクを振り回して武器にしたそうだ)、嘘みたいな武勇伝がてんこ盛りだった。




 一週間後。

 五体満足の状態で戻って来た野口に、俺たち全員は、一様に安堵の表情を隠せなかった。

「野口――その……大丈夫か?」

「んあ。だいじょうぶだぁ」

 よかった。通訳が要らなくなってる。


 打撃練習でも、見違えるようなフルスイングで、フェンス越えを連発。

 そうだ。雄大に構えてこそ、野口の持ち味が活きる。

 一週間のオーバーホールの効果は、絶大だったようだ。


「みんな、心配し過ぎよー。ノグちんはきちんと休養できてるって、あたしが毎日報告してたじゃないの」

「おう、そうだったな。キコお疲れ。こころも、ね」

 赤川さんは練習後、毎日『うさぎや』に通って、野口のオーバーホールの手伝いをしてくれていた。

「手伝いつってもさ、あたしは手作りサウナの準備くらい。何か参考になればと思ってたけど、真奈美さんの真似はぜーったいに出来ないわ」

 赤川さんはそう言うと、妙に色っぽい顔つきになって両掌で頬を押さえた。

「真似できない――いろんな意味で……」


 どういう意味か、しつこく訊いてみると、

「一介の高校生女子に、いったい何を言わせる気よっ」

 とキレられてしまった。


 ともかく野口の復調は、チームにとって心強い限りである。

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