秋季大会・展望&一次予選
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夏の都大会準優勝という、対外的には輝かしい、俺たちにとっては悔しい結果となった緑陵高校野球部だったが、いろいろな余韻に浸ってる暇はない。
新学期に入って息つく間もなく、春のセンバツを睨んだ秋季大会が、もう始まる。
サッカー部主将の笹田とも久しぶりに会った。
教室に入ってきた笹田は、群がる女子たちを、爽やかな挨拶とともにやり過ごしながら、まっすぐ俺の席にやって来るという、どっかの漫画に出てくる登場人物も真っ青の立ち居振る舞いをしてくる。
「超モテモテなのに女子の尻を全然追いかけないし、サッカー一筋なのが、乙女心をくすぐるのよっ」
とは赤川さんの笹田評だが、そういう事に縁のない俺から見ると、それでも女子と普通に会話してるような気がする。
笹田は、俺の前の席にドッカと腰掛けながら、ハイタッチをしてきた。
「よう。野球部、惜しかったな」
「よう。サッカー部の調子は、どうだい?」
「まあまあ、かな」
創部二年めにしてようやく人数の揃ったサッカー部も、快進撃を続けている。
春に行われたインターハイの東京都予選は、初出場にしてベスト4。
冬の全国大会に繋がる予選は既に始まっていて、予選を楽々突破し、本戦出場を決めている。
桜陽女子が共学化して緑陵高校となってから、新設されたのは野球部と男子サッカー部だったが、対外的にはふたつとも、早くも上々の戦績を上げている。
さらに最近低迷していた勉学面でも――俺にはほんとに縁がないが――進学クラスの立ち上げが功を奏したらしく、昨年度卒業の一期生で、久々に東大合格者がひとり出た。今年も二、三人、合格圏内の生徒がいるという噂だ。
「野球部は、今年もサッカー部来るのか?」
ああ、そう言えば、去年のシーズンオフはそうだったよな。
去年は本戦一回戦で秋のシーズンが終わったから、視野を広める意味で、俺らの何人かがサッカー部の助っ人に仮入部したんだった。
「そうだなあ――監督と相談することになると思う。結構役に立ったからお願いしたいとこだけど、甲子園出られるようになったら、ちょっと分かんないな」
「お。言うなあ。うちも立場は同じだぜ、全国出場決まったら、悪いけどお前らの面倒はあまり見られないと思う」
改めて顔を上げ、笹田の顔つきを見て、俺のニヤニヤ笑いが止まった。
唇の端でわずかに笑みを作っているが、完全に真顔だ。
野球部、サッカー部ともに、全国大会出場への道は険しいが、実現不可能ではない。
野球部は、都大会優勝が絶対条件、または21世紀枠の推薦を貰うこと。
サッカーの東京代表は、二校。A、Bいずれかのブロックで優勝すること。
双方とも前の大会では、それに準ずるところまで駒を進めた実績がある。
前回よりあと一勝、勝ちを積み上げれば、全国の切符を手にすることができる。
その一勝が、たまらなく険しく難しいことも、互いに重々承知していた。
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野球一家の我が家の居間には、野球のマガジンが定期購読然として、常備されている。
教科書を含め、ほとんど本に縁のない俺が、唯一愛読する活字媒体だ――最近は漫画も、なんだか難しいのが多いし、なあ。
それでプロ野球選手となった兄貴の成績をチェックしたり、全国の高校の野球部の動向を調べたり、元プロ選手が書いてる技術論を読んで、勉強したりする。
分からないことや難しい言葉、読めない漢字は、すかさずみづほに質問する。
みづほは勉強ができるだけじゃなく、怖ろしく頭の回転が早い。
俺の質問の意味を的確に察知し、この技術論がどういう意図のもとに書かれたのか、どんな時に有効か、その技術を獲得するために、どんな練習が必要か……などなど、微に入り細に渡り解説してくれる。
そして俺が常識的な言葉を知らなくても、けして馬鹿にしない。
みづほが俺ん家に居候して、こうして傍に居てくれることは、俺にとってメチャクチャ有難い。
今、俺は居間のソファで『高校野球・秋季大会特集号』を読んでいる。
俺の隣にはみづほが腰掛けていて、やっぱり別な野球雑誌を読んでいた。
『センバツを狙う注目選手たち』のトップには、でかでかと帝山の櫻田、そして早田実の清田の写真があった。
ふたりとも、夏の甲子園で大活躍し、全国区のスターとなった。
やはり甲子園のマウンドで存在感を示した、大阪の丘の扱いも大きい。
「みづほ――みづほも載ってるよ。ほら、ここ」
みづほも注目選手として、目野の井上と並んで、やや小さく採り上げられていた。
「ほんとだ……この写真、いつのかなあ――」
「決勝戦の時かな――『愛らしいルックスからは想像できないほど、プレーに隙がない』だってさ」
それを見たみづほが、少し口吻を尖らせる。
「容姿を褒められてイヤな気分はしないけど――いつもそればっかりだよね。たまにはプレーで注目されたいな」
みづほの気持ちも分からないではないが、全国でほぼ唯一の女子の活躍選手なので、仕方ないかもしれない。
東京、神奈川、埼玉で女子選手の公式戦参加の試験が開かれているが、合格しても、みづほ以外のレギュラーは皆無。ベンチ入りも叶わなかった人さえいたそうだ。
現在のところ、男子と同条件で競うことの厳しさを、まざまざと見せつけられている。
「前なんか、さぁ。取材してくれたけど、制服姿の写真がいちばん大きいの。野球の雑誌なのにね」
――ああ、覚えてる。赤川さん青柳さんと一緒に笑い合ってるスナップで、髪が春の風に吹かれて、めちゃめちゃ可愛く写っていた。実は俺の本棚に、永久保存版で置いてある。
「今回だって褒めてるじゃないかよ。『シュアな打撃と華麗な守備で、チームを牽引する』って」
「あはは。あたし、チームを引っ張ってるんだぁー。そんな柄じゃないよぉ」
大袈裟な照れ笑いをするみづほだったが、とんでもない謙遜だ。
3番打者としてチャンスではほぼ必ず結果を残し、守備では内野の実質リーダー。おまけに根来とふたりで作戦と対策を担当し、試合中には狙い球のアドバイスをする。
中心選手としてだけじゃなく、コーチやスコアラー、監督の役目だって担っている。チームを牽引という表現は、けして褒め過ぎじゃない。
て言うか、緑陵はお前のチームだ、みづほ。
お前が居なきゃ、ここまで来れてなかった。
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マガジンをぱらぱらとめくる――あった。各都道府県の、秋季大会の展望。
チロッとしか書いてないだろうが、緑陵が外からどんな評価を受けているか、気にならないわけじゃないもんな。
みづほも膝を合わせて、俺の読んでるマガジンを横から覗き込んでいる。
最有力候補はなんと、我が緑陵だった。
夏の甲子園ベスト4の早田実を相手に、決勝戦で互角の戦いを演じたメンバーが、そっくりそのまま残っている、というのが最大の理由。エースの安田と内外野の堅守を主軸にした守りのチーム……だそうで、打線はパワーに欠けるものの、小技を絡めた攻撃で得点力は高い――とマガジンに書いてあった。
次いで、都立目野と大日三。
目野は、村田さんたちが抜けたものの、大会屈指の好投手井上に、二年の浅野の二枚看板を擁し、粘り強い打線も健在。敗けたとは言え、緑陵との激闘も評価されていた。
大日三は、やはりどこからでも得点を狙える重量打線の存在だろう。調子に乗せると怖い。
本来なら夏の甲子園優勝校の帝山が最有力でおかしくない筈だが、夏のメンバーがひとつの完成形だったようだ。レギュラーで唯一残った櫻田を中心に、新チームで臨む。
同じく夏の甲子園ベスト4の早田実も、レギュラーがごっそり抜けた。早田が誇るスラッガー、清田の評判は相変わらず凄いが、投手陣に不安があるそうだ。
夏の甲子園で大活躍した強豪が、即優勝候補とならないのが、高校野球の難しさだ。
帝山も早田実も、最終日近くまで甲子園にいたので、そこから秋季大会開幕まで、二週間ちょっとしかない。
その間に新チームを立ち上げ、試合に臨まないといけないのだから、あらかじめ準備してないわけではないだろうが、やはり大変だ。
夏春の甲子園連続出場は、他の道府県もそうだろうが、名門強豪校の揃う東京都では、特に難しいと思う。
これらの高校に続く有力校が、チームワークの普門館、秋に強い国志館、好投手を擁する関東高などなど――
「いち、にぃ――15校くらい書いてあるじゃん」
ご丁寧に『ほぼ横一線』という言葉で結んである。つまり、優勝候補がそのくらい有るということだ。
「実際に勝たないと、意味ないもんね、こんな予想」
そうだよな。最有力とか書かれていても、それで緑陵が優位に立つわけじゃない。
チームは最後の仕上げの段階。
来週末には、一次予選の一回戦だ。
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秋の初戦を睨んだミーティング。
いつも通りみづほが進行役となって、相手チームの傾向と対策を主体に行われた。
「――ストレートの出し入れで勝負するタイプだと思う。カーブが調子いいと苦労するかもだけど、フォームを見る限り不安定ね。外のストレートをしっかり見極めて」
「OK」
「初戦の先発は竹本くん、頼むよ」
「うおっ、はいっ!!」
監督のひと声に、竹本がやたら張り切って反応する。
竹本を茶化すヤツは、もういない。
時々アツくなる欠点はあるが、充分に信頼できるピッチャーになってくれた。
「五、六回の予定でお願いします。安田くん、試合の展開によっては西井くんにも投げてもらうので、よろしく」
「はい」
「竹本-西井-安田の継投だと、どんどんストレートが遅くなるな」
「ほっとけよ」
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本戦出場の64校を決める一次予選は、基本的に当番校のグラウンドで行われる。
24校の当番校同士が予選で当たることはないが、実質シード無しの横一線の組み合わせ(例えば緑陵も目野も、当番校ではない)なので、運が悪いと一次予選で強豪同士の激突もあるわけだが――今回は幸いにも、有力校はうまく散らばってくれた。
緑陵は、堀内学園のブロック。
先発の竹本にとっては懐かしい、投手デビューした思い出のグラウンド。
あの頃は緑陵野球部自体も創部したばかりで、強豪の堀内に胸を借りに行ったんだ。
――あれから一年とちょっと。
今や優勝候補の一角として、このブロックでは最も注目を浴びるチームとなった。
グラウンドでは懐かしい人に会った。
「あっ、みづほちゃん、ちーちゃん。久しぶりっ! 早速だけど取材お願いできるかな?」
「早矢香さーん! わー、お仕事ですか?」
派手めの夏物スーツに身を包んだ上杉さんが、マイクにテレビカメラ付きで俺たちを待ち構えていた。
そう言えばここ、上杉さんの母校だったよな。
上杉さんは高校卒業後、タレントとして活躍中。
ケーブルテレビと契約して、東京都秋季大会のリポーターを務めることになったそうだ。
「すごいですねー、早矢香さん」
「みづほちゃんの方がよっぽど凄いわよ。夏は惜しかったけど、頑張ってね。立場上それしか言えないけど同じ女性として、応援してるわ」
「はい。ありがとうございます」
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「じゃ、また。時間とれたら連絡するから、今度ゆっくりお話ししましょ」
上杉さんはてきぱきと働いて、忙しいのだろう、別会場にさっさと移動していった。
「早矢香さん、相変わらずキレイ――同性として羨ましいわぁ……」
いつの間にか俺の傍に赤川さんが居て、上杉さんに向かってぴらぴらと手を振っている。
「キコだって同じくらい可愛いよ。お前、もっと自分に自信持てよ」
「だからさぁ。そう言ってくれるのは嬉しいけど、アッキの審美眼、チョー狂ってるよ? あたしと早矢香さんじゃ、レベルが違いすぎるってば。あれだけ違うと嫉妬さえしないよ」
――あ。その感情は分かるような気がする。
櫻田や清田は同世代だし、戦わなくちゃいけない相手なのでライバルという意識はまだあるが、兄貴に対しては既に、尊敬の感情しか無いもんなあ。
そう言えば、上杉さんのみづほに対する態度は、純粋な応援以外のそれしか感じられなかった。同じポジションの選手だったのにな。
「そう――あたしは選手じゃないから分からないけど、こころちゃんなんか、みづほを全くライバル視してないもんねぇ。上杉さんも、似たような感じかもしれないね」
みづほは、開幕した秋季大会でも大活躍だった。
初回のチャンス、1アウト二塁から、技有りの先制タイムリー。大量得点の足掛かりを作った。
先発の竹本も終始安定していた。ストレートとカーブのシンプルな組み立てだったが、新しく覚えたフォークも少し投げた。
一、二回戦と危なげなく勝ち進むことが出来、緑陵高校は一次予選を突破。
ベスト64、十月の本戦へと、駒を進めた。




