クラブ選抜戦・準決勝
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本選前の木曜金曜と、放課後の2時間だけだが、ナイター練習に呼ばれた。選抜メンバーになって、貴重な体験をたくさんさせてもらっている。
英峰クラブがホームグラウンドとして使っている球場に、みづほとふたり、電車を乗り継いで行く。
練習自体は、全体の合わせやバッティング、かるいノックなど、試合勘を錆びつかせないためのもの。
練習後にベンチに戻ると、英峰の父兄の方々が、おにぎりを作って出迎えてくれた。
身内に日頃してもらって、当たり前と思っていることが、こうして知らない人に同じように親切にしてもらうと、実はすごく有り難いことなんだ、と身に沁みて感じる。
可能な限りのお辞儀をして、両手でおにぎりを頂いた。
「遠野。秋山」
並んでおにぎりを食べていると、櫻田がやって来た。
「息ぴったりだな、お前たち」
「ありがとう」
みづほがにっこり微笑む。
「で、秋山。監督のとこに、一緒に来てくれないか?」
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「監督。秋山を連れてきました」
「おお。どうもありがとう」
漆畑監督が俺にした話は、ちょっと信じられなかった。
明日の準決勝、決勝と、俺をショートで使う、ということだった――櫻田がいるのに?
「櫻田はサードに回る。それは本人も了承済だ」
櫻田が俺を見据えて、肯いた。
そうなのか――やった。込み上げる嬉しさを抑えきれない。
「わかりました。ありがとうございます」
櫻田と一緒に、グラウンドに戻る。
「こないだの試合をベンチで見てて、驚いたんだ。お前と遠野が組んだ時、遠野の輝きがハンパなかった……ほんと、あれは惚れ惚れしたな」
俺を立ち止まらせて、櫻田が話しはじめた。
「俺だってさ、ショートの守備にプライドはあるよ。でも思ったんだ。チームとして考えると、俺がサードに回って、お前と遠野で二遊間を組んだ方が、総合的な守備力が上がる、ってさ」
「櫻田……!」
俺は驚いて櫻田を見つめた。
「お前、自分でサードに回るって、言ったのか……! 俺にポジションを譲ってくれるのか!」
「なあ、秋山。お前はいいショートだ。まあ、俺の方が上だけど、な」
ああ、それは分かっている。
「だが、お前はまだ、遠野に頼っているとこがある。遠野あってのお前、になってんだ。お前らふたりが対等の関係になった時、すげえコンビが完成するんじゃねえかなぁ……」
櫻田は再び、グラウンドに向かって歩き始めた。
「秋山、お前がどこの高校行くかは知らねえが――遠野の手は離さない方が、いいかもよ」
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本選の会場、後楽園ドームに到着する。
「すごい。広いねえ」
みづほが辺りを見回して、驚いたような声を上げる。
「おっ、テレビカメラも来てるぞ」
「ケーブルテレビで放送してくれるんだって……あっ、片岡さん?」
グラウンドに、千秋クラブの片岡コーチの姿があった。
「やあ、ふたりとも活躍してるね。嬉しいよ」
笑顔で手を振る片岡さん。俺たちは帽子をとって挨拶する。
「片岡さん……後ろの方たちは?」
片岡さんの後ろにいる人たちは、どう見てもテレビクルーだ。カメラにYテレビのロゴがある。全国ネット局、だよな。
「ああ。実は、ね。遠野さんを取材したいんだって、さ。今晩のニュースで流すらしい」
「えっ――ええっ?!」
思わず俺の背後に隠れるみづほ。
「で、こちらは元東京タイタンズの桑野さん。君たちも知ってるよね?」
スーツ姿の男性がにこやかに、みづほに手を差し伸べる。
「桑野です。みづほちゃんだね。プレー、見させてもらうよ」
「あっ、遠野みづほです。よろしく、お願いします……」
ああ、こりゃ逃げ道ないわ。握手をするみづほを見ながら、俺は思った。
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試合前の練習をするみづほを、テレビカメラがずっと追っている。グラウンドの脇で、桑野さんがメモを取りながら、片岡さんの話に耳を傾けているのが見えた。
――これからの試合に集中しよう。
準決勝の相手は、東海チーム。強敵だ。勝った方が、次に行われる近畿A-北関東の勝者と優勝を争う。
スタメンだが、みづほは二番セカンド。とうとう上位打線に組み込まれた。
俺は六番ショート。打順は元に戻った。
一回表、東京の攻撃。東海の先発投手、蛯名は立ち上がり早々、みづほの洗礼を受けた。
何を投げてもバットに当ててくる。
傍から見ると10球粘って四球を選んだだけのように見えるが、みづほの場合ちょっと違う。
ファウルでカットしながら、あらゆる球種を投げさせてタイミングを計っているのだ。
もっと凄い場合には、投手の癖や捕手のリードの傾向まで見抜いてしまう時もある。バッテリーにとっては、嫌な気分だろう。
出塁してからもみづほの観察は続く。それでいて、プレーの集中が途切れることはない。情報処理能力が、圧倒的に違うのだ。
ベンチに帰る頃には、蛯名は丸裸になっているだろう。
三番の櫻田は、蛯名に立ち直りを与えなかった。甘い球を捉え、左中間二塁打。
四番宮永の犠牲フライで、みづほを本塁に送還した。先取点ゲット。
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千秋クラブでは円陣を組んで、みづほから今日の投手の調子や癖、狙い球を説明してもらう時が多々あり、それが少なからず勝利に結びついた。
ただ、選抜チームでは、みづほは黙っていた。
情報を分析する役目の人は他にいるし、監督やコーチ、主将への遠慮もあったのだろう。
だが。
一回裏の守備を終え、戻ってきたナインに、漆畑監督は円陣を組ませた。
「遠野。今日の相手先発の投球内容を教えてくれ」
この人、やっぱ名監督だ。気づいていたのか。
「あっ、はい……決め球のスライダーのコントロールに、苦労しています。修正の可能性はありますが、今のとこ外のスライダーは、全部ボールになります。あと……」
みづほが少し哀しそうな顔になった。相手投手の致命的な欠点を見つけた時の、みづほの癖だ。
「カーブを投げる時、リリースが半テンポ遅れます……多分、狙い打てます……」
「よし、そういうことだ」
二回表の攻撃に入る。監督がみづほに声をかけた。
「蛯名の癖のことは、それとなく向こうに教えておくさ。クラブは卒業で対戦はもうないし、彼にも将来があるからな」
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蛯名は、カウントをとるカーブを悉く狙い打たれた。
二回表はランナーを出しながらも抑えたが、三回表、みづほの二塁打を皮切りに、三連打でまず1点。
とどめは俺の3ランだった。
三球め、蛯名の球離れが少し遅れた――カーブだ。
タイミングを計り、充分に引きつけてから、思いっ切りバットを振る。
打球はがっくりと膝をつく蛯名の遥か頭上を越えて、レフトスタンドに突き刺さった。
守備でもみづほは躍動した。
というより、俺、そして櫻田、宮永の内野守備陣のせいで、東海はヒット三本は損をしていた。これだけの堅守に阻まれては、攻撃をつなげるのさえ苦労する。
それにしても…今日も、みづほのセカンドは輝いていた。
ヒット性の当たりを逆シングルで楽々キャッチ。
次のステップですでに軸足がファーストに向いている…股関節が柔らかいせいだろう。
みづほの場合、ファインプレーが普通の守備に見えてしまう。それが名手というものなんだろう。
俺はそれを、いちばん近いところで見ていられる。
その幸せを噛みしめた。
一二塁間のゴロをみづほが難なく処理してゲームセット。
7対1。強敵の東海に何もさせない、完勝だった。
「な。俺がサードの方が、うまくいっただろ」
櫻田がしてやったりの表情で、俺の背中をドンと叩いた。
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試合後、みづほがテレビ局のインタビューを受けている。
桑野さんがみづほの肩を叩きながら、にこやかに話しかけていた。
「高校も野球続けるの? って訊かれた――公式戦に出られるといいね、応援するよって、言ってくれたわ」
準決勝二試合目。俺たちは偵察も兼ねて観戦する。観客席に戻ってきたみづほは、俺の隣に腰を下ろしながら話した。
近畿A-北関東戦は、近畿Aが2回までに3点を取り、押していた。
「やっぱり近畿は強いなあ」
「ああ」
あちこちから声が聞こえてくる。
近畿Aには、全国大会を優勝した、神戸の港北シニアのメンバーが多く入っている。
「近畿は打球の速さが、違うね」
みづほが呟きながら、膝の上にノートを広げる。
お。みづほリサーチ、はじまった。試合を観ながら、ものすごいスピードでメモを取っていく。
「秋山――遠野は何やってんの?」
櫻田が後ろから覗く。
「あ。櫻田くん、いいとこにいた。ちーちゃんも、見て」
俺と櫻田はみづほの両隣りに腰かけて、ノートを覗き込んだ。
みづほのノートには、今日の簡単なスコアと、明日の内野守備形態プランがまとめてあった。
「左右に打ち分けるバッターが多い以上、ヒットゾーンが増えてしまうのは避けられないかな……でもね」
みづほは説明しながらも、試合から目を離さず、メモを取る手も止めない。
「四番の谷岸くん以外は、思ったより選球眼がよくない感じ。ライト線レフト戦はある程度捨てて、塁間ケアでいいんじゃないかな」
「センター方向はどうする?」
「いつも通りでいいんじゃない?右バッターあたし、左バッターちーちゃんが捕りに行く」
ここでようやく、みづほが俺たちを視る。
「これはまだ、あたしの予測。データがもう少し必要かも」
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「あれが高須。港北のエース、多分明日の先発だ」
ブルペンに現れた投手に、みんなの視線が集まる。
「右のサイドスロー……持ち球はカーブにスライダー、シンカー……きゃっ」
みづほがビクッと身震いする。
「遠野、どうした?」
「すごいわね……右バッターの背中から来るような感覚……」
俺には、この光景は慣れていた。みづほの感覚はすでに、バッターボックスに立って高須と対峙しているんだ。
「内から外へ逃げていく軌道……ストレートでカウントを稼いで、スライダーで空振りを取るのね。それに落ちるボールもあるんだ……すごいピッチャーね」
「ああ、あいつはコントロールもいいし、手を焼くよ」
みづほが相槌を打つ。
「ストレートとスライダーの軌道は掴んだ……カーブは読みを外す時に使う感じかしら……シンカー投げてくんないかなあ」
そう言いながら、みづほは試合のスコア記帳も続けていた。
「秋山――遠野っていつも、こんな感じなのか?」
目を丸くして呟く櫻田を見て、俺は肯く。みづほの視界の広さは、俺には説明つかない。
観客席から試合を観ているのに、ブルペンでバッターボックスに立ちながら、グラウンドで打球を捌いている。それを同時に行っているようなのだ。
彼女は異次元で野球をしている。
「あ。シンカー」
高須の球の握りを見て、みづほが叫んだ。
「一球じゃ分かんないけど、ストレートと球一個分軌道が違うかな……これは保留ね」
みづほはノートを閉じた。
ゲームセット。9対3、近畿Aの危なげない勝利。
「櫻田くん、データ揃えて明日話すね。ちーちゃん、今夜もよろしく」
「おいおい。今夜もって、お前ら何やってんだよ」
「ただの打ち合わせだよ、試合前の」
少し慌てた表情の櫻田を置いて、俺たちは帰途についた。
もう一個の連載が詰まってる間に、こっちはノリノリです(^-^;




