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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校二年生編
108/297

西東京大会決勝戦 (VS早田実業5)


 八回裏の攻撃前に、三たび円陣を組んだ。

 先頭打者のみづほ抜きの円陣なので、俺と根来が中心になる。

 逆転されても根来は冷静だった。

「――とにかく、ランナーを貯めよう。みづほが言ったように、追い込まれるまでは外のストレート狙い……だけど、実際には内に切れ込んで来る変化球を、どう処理するかになると思う」

 田所さんにスイッチしてから、七人連続アウト。まだ明快な攻略法は見出せない。

「まだ、二回ある」

「おう」

「逆転するぞっ!!」

「おうっ!!」

 キャプテンとして、こんなことしか言えないのが、歯がゆかった。


 バッターボックスのみづほは、自らのアドバイスとは裏腹に、外のストレートは手を出さないだろう。

 立て続けに同じボールを狙い打っていては、相手バッテリーに警戒されてしまう。

 チーム全体のことを考えながらも結果を出してしまう。それが、みづほという選手だった。


 外、外と突いてきたボール球には、案の定ぴくりとも動かない。

 内に切れ込むスライダーでストライクをとった後、外いっぱいのストレートさえも、平然と見送った。

 判定はストライク、2ボール2ストライク。

 そして決め球に用意してあっただろう、膝元に沈んでいくツーシームを、肘を畳んで巧みに振り抜く。

 コーン。

 打球は、ほぼ定位置に守っていたレフトの前に、ライナーで転がっていった。


「みづほ、ナイスバッチ!」

 田所さんの前にはじめてのランナーを出し、反撃の狼煙を上げる。

 そして、俺の打順となった。


 前打席までの感触を思い起こしている。

 綿貫さんとの対戦時、俺は、今までになく投球の行方が見えていた。

 どこにボールが来るのか分かっていて、そこにバットを出せば届くような、不思議な感覚。

 その感覚が今でも生きているのならば、間違いなく逆転のチャンスは広がるだろう。


 早田バッテリーの配球は、外のボールを見せ球にして、内角のスライダーかツーシームで仕留めるのが基本のようだ。

 4番の俺に対しては、長打を警戒するべく、外角のボールが多くなるだろう。

 そういう予想はしていた。


 この局面で必要なのは、ホームランよりもむしろ、出塁してランナーを貯めること。

 俺自身が同点のランナーになって、繋ぎに繋いで、一気に逆転まで持っていくのが理想だろう。

 そう思い、心持ちバットを短く持って構える。


 初球は、外角のストレート。これはボール――よし、軌道が見えてる。球種も分かるぞ。

 二球め、内に切れ込んで来るスライダー。タイミングを計りながら見送る。ストライク。


 三球めはきっと外に投げてくるだろう、という予感があった。

 今日の――と言うか、今の俺は冴えてる。きっと、そうなるだろう。

 ゾーン内であれば迷いなく振って、右中間へ運んでくイメージで打とう。さあ、投げてこい。


 田所さんがプレートを外し、一塁に牽制球を投げる。

 ボールを受け捕りながら、ゆっくりと足でマウンドを馴らした。

 セットポジションから投げた三球めは、低めに外れるスローカーブだった。

 ――なるほど。これを投げたかったから牽制を入れたんだな。

 しかしこれなら、読みを変える必要はない。

 2ボール1ストライク、外の速い球狙いだ。バットを握る手に、力が入る。


 バッティングカウント。さあ、勝負だ。

 ところが田所さんは、またもみづほに牽制をしてきた。しかも、続けて二球。

 一球めはゆっくり、二球めはフェイント気味に素早く。

 みづほは女子にしては足が速いとは言え、そんなに大きなリードをとってはいない。

 ランナーを気にする局面ではない筈だが――ああ、焦れる。早く投げてこいよ。


 ゆっくりと間合いをとって、四球め。

 読み通りに速い球が外角やや低めに来た――この球だっ!

 コースはゾーン内、タイミングもバッチリ行ける。思い切ってバットを振った。


 と、インパクトの瞬間、ボールがかるく沈んだ。

 ――やばいっ! ストレートじゃない、ツーシームだ!

 軌道修正は行えようもなく、バットはボールの上っ面を叩いてしまう。


 強い打球が二塁ベース寄りに転がっていく。セカンドの守備範囲だ。

 ランナーのみづほは二塁フォースアウト、すかさず一塁に送球される。

 必死になって走ったが、ボールは俺の手前でファーストに捕球された。

 4-6-3のダブルプレー。

 みづほが足掛かりを作った逆転のチャンスを、みすみす潰してしまった。


「みづほ――ごめん……」

 ベンチに戻るみづほと目が合い、無意識に俯いてしまう。

 みづほは俺に駈け寄ると背中をポン、と叩き、耳打ちしてきた。

「打ち急いでたね、ちーちゃん。田所さんは、そこを巧く突いてきた」


 ――そうだったのか。田所さんがしきりに牽制を入れてきたのは、ランナー警戒のためではなかった。

 俺の、打ち気を逸らすためだったんだ……

 それにしても、情けない。

 確かに今日の俺は、ボールがよく見えていたし、読みもズバリ当たっていた。

 しかし、それに慢心して、打ち急ぐ心を田所さんに利用され、結果的に手玉に取られてしまった。


 野球は、相手がいるスポーツなんだ。

 そのことを忘れ、自分の思い通りに事が運ぶものと信じ切ってた、俺は大馬鹿モンだ。

 うまく行ってる時こそ、細心の注意を払って臨むべきだった。


 この後のことは、正直、うっすらとしか記憶にない。

 九回表。竹本も早田実の勢いを抑え切れず、絶望的とも言える追加点を献上する。

 3点ビハインドで迎える最終回は、下位打線。


 ワッと歓声が上がり、気付いた時には、俺はベンチに座っていて、1アウトから代打の度会が、意地のヒットで出塁したところだった。

 しかし竹本の代打の梶本、次いで志田が打ち捕られ、3アウト。

 4対7。試合終了。

 俺はベンチ前に立って、マウンドに集まって歓喜する早田実の選手たちを、呆然と見つめていた。


「君たちは、本当によく頑張ってくれました」

 閉会式も終わり、大屋監督は俺たちを集め、負けた悔しさに唇をギュッと噛みしめ、眼を潤ませながら話しかけた。

「創部二年目で都大会準優勝。この結果には、君たちは充分に胸を張っていいと思います。今日の敗戦では、あのワンプレーが、あの一球が……と悔やむ気持ちはあるでしょうが、その場その場では、君たちは最善を尽くした、と断言します。最善を尽くして、この結果なんです」


「監督……」

「悔しいです……」

 すすり泣きとともに、ナインから声が聞こえる。

 監督は涙を拭く仕草を見せたが、すぐに俺たちを見渡して、優しく語りかけた。

「――敗戦の中にこそ、君たちが成長できるヒントが隠されている筈です。明日はゆっくり休んで、どうすればよかったのか、君たちに足りないもの、出来ることはなにか。明後日に検証して、今後の糧にしましょう」


 大屋監督は洟をすすり、一瞬だけ間を置いた。

「――そして、今度こそ甲子園に行きましょう」




 家族揃った夕食時、誰もが言葉少なだった。

「惜しかったな」

 親父が一言、話しかけたその言葉に、すべては集約されていた。

「ああ」

 親父も中学高校大学と野球をしてきた人間だ。敗者にかけてやる言葉なんて存在しないのは、重々承知している。


 テレビではスポーツニュースが流れ、気を利かした親父が消そうとするのを、みづほが押し留める。

「パパ、テレビ点けてて。負けた試合こそ、しっかり観なくちゃ」

 女子選手が甲子園に出るかも知れない試合ということで、俺たちの試合は全国的にも相当な注目を集めていたらしい。

 俺のグラブを弾いた大木さんの内野安打、清田の劇的な逆転満塁ホームラン。俺たちが敗れた瞬間が、これでもかと言うほどに、映像になって流れていた。


 そして何度も、俺たちは決勝戦で負けたんだという事実を、胸に刻み込まされた。


「おやすみ……」

 うなだれたまま、部屋に戻る。

 ドアを閉めてひとりになった途端、後から後から涙が溢れて止まらなくなった。


 ――俺たちは、負けたんだ。


 あの時、大木さんの打球を俺が捕っていれば。

 最後の打席、もっと慎重になって相手に向かっていれば。

 今日負けたのは、俺のせいだ。


 とても眠れそうにない。

 服も脱がず、ベッドに腰かけたまま頭を抱えて、俺はいつまでも泣き続けた。


 ――コン……コン。

 どのくらい経ったのだろうか。ドアをノックする音がした。

「……ちゃん。ちーちゃん? もう、寝た?」

 みづほの声だ。


 ギイ、と部屋のドアが開いて、みづほが照れくさそうに顔を出した。

 少し泣いた後のようだ。


「よかった――起きてた」

 部屋に入ってきたみづほは、薄紫色のワンピースのパジャマに着替えていた。

「あたしも、眠れないの」


「ちーちゃん……ちーちゃんも、泣いてたの?」

 頭を抱えたままの俺を、首を少し傾げて覗き込むみづほ。

 俺の中で何かが、プツンと音を立てて、切れた。


「みづほっ!」

 俺は座ったまま、みづほの背中を強く抱きしめ、その胸に顔を埋めたまま、号泣した。

「きゃっ」

 みづほは一瞬、身を固くしたが、やがて俺を抱きしめ返し、俺の頭を優しく撫でた。

「ちーちゃん……」

 みづほの柔らかな体の感触が、優しい心が、ダイレクトに伝わってくる。

 後で冷静になってみれば、みづほのパジャマの下は裸なんだから、我ながらとんでもないことをしたもんだ。


「俺の……せいだ……」

「えっ?」

「負けたのは、俺のせいだ……俺が、大木さんの打球を捕っていれば……俺が軽率な打撃で、ゲッツー食らってなければ……」

 嗚咽しながら、必死に言葉を絞り出す。


「馬鹿ね。そんなわけ、ないじゃない……」

 みづほが俺の頭を両手で抱えて起こし、瞳を合わせる。みづほの頬にも、涙の筋が光っていた。

 そしてみづほは、ほんとに自然な動作で、再び俺を抱きしめながら、頬ずりをしてきた。


「それを言ったら、さあ……あたしだって、そうだよ?」

 湿った頬の感触とともに、至近距離からみづほの囁きが聞こえる。

「えっ? みづほこそ、何もミスはしてないだろ……」

「ううん、ノーアウト一三塁からの犠牲フライ。あたしは慌てて点を取ろうとしないで、後ろを信じて繋げばよかった……アウトにならない方法なんて、あの時はいくらでもあったんだから――あれで勝てると思った、あたしの判断ミスよ」


「いや、それはちょっと自分に、厳しすぎやしないか?」

「だ・か・ら。ちーちゃんの言ってるミスも、あたしのそれと同じレベルよ……今日の敗けは、ちーちゃんのせいなんかじゃない。それだけは言えるわ」

「みづほ……」


 俺たちは頬を寄せ合い、抱きしめ合って、泣き明かした。

 ふたりの涙が混ざり合って、頬を伝っている生温かいものがいったいどちらの涙なのか、もはや分からなかった。


 俺のことを心の奥まで分かってくれる、かけがえのない相棒。

 今夜、みづほが傍に居てくれることに、ただただ感謝した。

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