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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校二年生編
107/297

西東京大会決勝戦 (VS早田実業4)


 六回表の早田は、2番から。

 三巡めに入り、次第に安田のボールに慣れてきたのか、今まで音無しの3番井野さんが、1アウトからレフト前に打球を運ぶ。

 4番の大木さん。前打席と同様、内外野ともに深めの守備位置。特に三塁線のラインはしっかり締めて、長打を警戒する。

 大木さんも低めのボール球には、もはや手を出さない。安田が額の汗を拭う。


 いつになく、安田の投球数が多い。この時点で100球を越えている。

 下位でも気の休まらない早田の強力打線を相手に、フルカウント近くまでボール球を駆使しながら勝負しているので、無理もない。

 大木さんに対しても、フルカウントから投げたスローカーブが低めに外れた。

 安田、今日初めてのフォアボール。1アウト一二塁。


 打席の清田は、打つ気満々だった。

 ――さっきは送りバントだったからな、打ちたくて仕方ないだろう。

 緑陵バッテリーもそこはよく分かっていて、アウトローのボール球から入る。

 見送る清田。打ち気にはやってる筈なのに、さすがだ。

 二球め、安田は一打席目で空振りをとった、リリースを遅らせるカーブを低めに投げた。

 清田が踏み込んで来る――カキーン。

 タイミングよく合わせた打球が、ライナーになってライトへ飛んで行く。

 しかし、少し伸び過ぎたのか、深めに守っていた松元が少し前進してキャッチ。

 助かった。

 緑陵、ピンチを無失点で切り抜ける。


「すごいね、清田くん。安田くんのあのボール、一球見ただけでタイミング完璧に合わせてきたよ」

 守備から戻りながら、みづほが心なしか嬉しそうに話しかけてくる。

「あれで一年生なんだよねえ……いいバッターだね、清田くん。パワーだけじゃない、適応力もあるし、バッティングの柔らかさもある――すごい選手になるよ、きっと」

 みづほが褒めちぎるのは、それだけ安田の力も認めているからなんだろう。


 安田も相当いいピッチャーだ。少なくとも五回までの安定感なら、都内でも一、二を争う。

 球速が遅く、スタミナに不安を残すが、球種の豊富さと精緻なコントロール、打者との駆け引きにかけては、他の追随を許さない。

 はっきり言うと、安田の投げるボールは、かなり目を慣らさないと、そうは打てない筈なんだ。

 研究もしたんだろうが、わずかな情報量でジャストミートまで漕ぎつける――清田が非凡な打者である証拠だった。


 試合の流れが止まった。

 綿貫さんから交代した田所さんの調子が、すこぶる良い。

「――田所さん、準決勝以上の出来かも知れないわよ……」

 緑陵の下位打線を切って捨てる田所さんの投球内容を見て、みづほの顔色が変わった。


 七回裏の攻撃前、早速円陣を組んだ。

「スライダー、すっごいキレてる。あと右バッターの膝元に落ちてくるツーシーム」

 円陣を組むやいなや、みづほが口を開く。

「――あれでストライクが取れてるの。右の内角、左の外角は捨てるくらいの覚悟で見極めてね」

「分かった」

「外のストレートが狙い目だと思うけど、ゾーン内に一球投げてくるかどうかだから、ボール球をうっかり振らないようにね」

「オーケー」


「それじゃあ、行くぞっ!」

「おう」

「勝って、甲子園だ!!」

「おうっ!!」

「りょくりょーお」

「ファイトッ!!!」


 しかし田所さんの勢いは止まらず、三者凡退。

 福富はセーフティバントも試みたが、どうしてもランナーを出すことができない。




 迎えた八回表。

 甲子園まで、あと二回。

 早田実は1番からの好打順、ひとつの大きな山場である。


 炎天下の中、安田の投球数は130球になろうとしていた。

 スタミナの消耗は如何ともしがたく、徐々にではあるが、コントロールの精緻さ、変化球のキレ、ともに落ちてくる。

 早田打線は中盤から、安田に球数を投げさせ、失投を狙う作戦に出ていた。

 それに対して緑陵バッテリーは、真っ向から勝負していったが、その結果、投球数はどんどん増えていった。


 そしてとうとう、はっきりと外れたボール球が行くようになってしまった。


 カキーン。

 快音を残して、先頭打者の打球が安田の足元を襲う。

「ちーちゃん!」

「おうっ!!」

 みづほがグラブを伸ばし、センターに抜けようかという当たりをダイビングキャッチ。そのままカバーに来た俺にトスする。

 淀みない動作で素早く送球。相手は俊足だ、間に合えっ!

 判定は――アウト。ふう、ぎりぎり間に合った。

 ファインプレーに、万雷の拍手が球場を包み込む。


 しかし、これが早田実猛攻の始まりだった。

 レフト前ヒットに続いて3番井野さんが四球を選び、1アウト一二塁で4番の大木さんを迎える。

「タイム、お願いします」

 マウンドに緑陵野手陣が集まった。


 改めて見ると、安田はかなりしんどそうだった。

 凄い汗をかいて、息をするたび、かすかに両肩が上下している。

「安田くん、大丈夫?」

 無駄な質問だと思うが、真っ先にみづほが声をかけた。


「ああ。燃料タンクの底に、ガソリンがまだ、ちこっと残ってる」

 よかった。安田が正直に応える時は、まだ大丈夫な証拠だ。


 度会がやって来て、監督の言を伝える。

「あとふたり、頼むって。大木さんと清田を抑えられるのは安田しかいない、ってさ」

 竹本が聞いたら落ち込むだろうが、90%以上本気だろう。


「オーケー。そしたら方針はひとつだな。安田のガソリン、二人で燃やし尽くす」

「もっと具体的に行こう。あくまで低めで内野ゴロ狙い。クサいとこはつくけど、多分ゾーン内での勝負になるから、強い打球くると思う」

 根来の話に一同が肯く。

「ゲッツーは無理して狙わないで、打球を止めることを第一に。でも大木さん脚遅いから、チャレンジするだけはしようね」

みづほが、言葉を繋げた。

「おう」


 プレー再開。

 バッターの大木さんは、ボール球にはぴくりとも動かない。

 相当に目が慣れてきたせいもあるだろうが、安田のボールに力が無くなってきつつあるのだろう。

 それでも安田は臆することなく、丁寧に低めを突いていった。

 2ボール1ストライクからの四球め、アウトローぎりぎりいっぱいにカーブが決まり、追い込むことに成功した。

 ここまでは思いどおり、次が勝負の球だ。


 五球め、コースはほぼ同じアウトロー。しかし球速と球種を変え、少し落としてきた。

 カキーン。

 大木さんは果敢に振ってきた。ボールの上っ面を叩いたが、強引に引っ張ってくる。


 地を這うような打球が、船田の右を抜ける。

 俺は必死に右に走りながらグラブを伸ばす。届けっ!

 バシーン! 手応えあり。しかし強い打球が俺のグラブを弾いた。

 ボールは転々と、レフトに転がっていった――


 一瞬、時間が止まったような気がした。

 志田のカバーが早く、ランナーは三塁どまり。

 記録はショート強襲のヒット、エラーではない。

 しかし――しかし、俺が捕れていたらピンチは広がらず、あわよくば併殺も狙えた打球だった。

 1アウト満塁と、2アウト一三塁または3アウトチェンジ。この差は、比べようもなく大きい。


「ナイス守備、ナイスカバー、ちーちゃん、志田くん! 今のがベストよっ!!」

「そうだぞー! お前ら、サンキューな!!」

 みづほの激励に引き続き、安田が叫びながら、俺に向かって右手を挙げる。


 ――そうだ。気落ちしている場合じゃない。

 まだリードしているし、今のミスはこれからの守備でカバーすればいい。

 みづほや安田がかけてくれた言葉が本音かどうかは、この場合関係ない。

 気持ちを切り替えて、清田の打席に集中しようと身構えた。


 バッターボックスの清田は、これが一年生かと思うほど落ち着いて見えた。

 対する緑陵のバッテリーは、丹念にコースを突きつつ、なおかつタイミングを外させるという、いわば警戒度最高ランクの対策を講じることにした。

 初球、リリースポイントを遅らせた早いボールで低めを突く。

 見送り、ボール。

 二球め。

 今度はクイックを更に早めたリリースで、緩いスライダーを外いっぱいに放った。


 清田のバットが、信じられないようなスイングスピードで一閃する。

 カキーン。

 ライナーで上がった打球は、ライトへ。

 松元が一歩前進し、内野陣はバックホーム態勢に移動する。


 ライナーで上がった打球が、そのまま上昇を続ける。

 前進した筈の松元が、今度は背中を向けて後退する。

 やがて松元は、全力疾走でフェンス近くまで下がったかと思うと、ライナーのままスタンドに突き刺さった打球を見送っていた。


 水を打ったように静まり返ったスタジアムは、すぐに地鳴りのような歓声と拍手に変わっていった。

 清田、起死回生の逆転グランドスラム。


 うだるような熱気の中、スローモーションのように清田がダイヤモンドを周っていく。

 安田が、かるく顎を上げて汗を拭う。

 スタンドの向こうに消えていったボールに、突き刺すような視線を送るみづほ。

 一瞬にして試合を引っくり返されてしまった、この現実を、俺たちは受け容れなければいけなかった。 


 ここで投手交代、安田は降板し、竹本がマウンドに上がった。

 いつものように登板直前、ブルペンでこころが竹本の頬をぐりぐり撫で回している。

 緊張を解く好投のおまじないなのだが、今回はそれさえ空しく感じた。

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