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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校二年生編
106/297

西東京大会決勝戦 (VS早田実業3)


 緑陵が3対1と逆転に成功し、四回表の攻撃は、4番の大木さんから。

 長打警戒、細心の注意を払いながら安田の投球が続く。

 四球め、巧くタイミングを外して泳がせたが、それでも無理やり引っ張った打球が、三塁線をケアしていた船田の頭上をポーンと越えていった。

 不運と言うしかないが、あの打球を二塁打にしてしまう大木さんのパワーも、さすがと思う。

 点を取った直後に、いきなりランナー二塁、打席に清田のピンチを迎えた。


 ここで清田がバントの構えを見せ、場内は騒然となった。

 今大会評判のスラッガーが、まさかバントとは。

 小技が巧そうには見えないし、故障上がりの大木さんの足だと、それなりにリスクのある作戦に思えるが……前打席で安田に手玉に取られた打撃内容が影響してるのだろうか。


 うちのバッテリーはある意味老獪で、初球、外に大きく変化するボール球を投げて、本当にバントするつもりかどうか、確かめてみる。

 清田はバットを出したまま、ボールを目で追って見送った――これはバントのサインが出てたのは明白。

 まだ一年生、バッティングは一流だが腹芸や演技はあまり巧くないようだ。


 さあ、一連のやり取りを見た早田のベンチがどう動くか、だが……清田は引き続きバントの構えをしている。

 バッテリーはバントをさせることに決めたようだ。みづほからもバントシフトのサインが出た。

 ファーストサードは前進してプレッシャーをかけ、ショートとセカンドは万一のバスターに備え、少し遅れてベースカバーに向かう。

 外野は前進しバックアップ。相手が相手なので、バスターからの長打をケアするため、こっちもタイミングを遅らせざるを得ない。


 安田はゾーン内の速いカーブで勝負した。

 コン。

 サードとピッチャーの間にボールが転がる。これでは大木さんの足でも、三塁は間に合わない。

 船田が捕って一塁カバーのみづほに送る。送りバント成功。

 スタンドからため息混じりの静かな拍手が起こる。ベンチに下がる清田が小さくガッツポーズしたのを、俺は見逃さなかった――ふうん。

 フォアザチームか。こいつ、いい性格していやがる。


 1アウト三塁、バッターは前打席ホームランの、関さん。

 内野はバックホームを視野に入れた中間守備。スクイズの可能性は低いが、頭の隅に入れておく。外野はほぼ定位置だ。


 この場面。緑陵バッテリーが為すべきことは、比較的明快である。

 三塁ランナーの足が遅いので、機動力を含めた小技は使いにくい状況。99%ヒッティングだろうが、それなら打球を外野に飛ばさせないことが肝要になる。

 すなわち、ボールを低めに集めて、可能な限り内野ゴロを打たせることに尽きる。


 安田のコントロールと関さんのパワーの勝負は、関さんに軍配が上がった。

 ファウルで粘りに粘ったフルカウントからの八球め、わずかに上ずったスライダーを逆らわずに押っつける。

 ライトほぼ定位置へのフライは、際どいタイミングだったが、1点差に詰め寄られる犠飛となった。




 四回裏、ベンチに座った俺の隣に、みづほが腰掛けてきた。

「ちーちゃん、どうだった? さっきの手応え」

「――えっ?」

「さっきのバッティングよ。当たりが良すぎてホームランにならなかったけど、凄い打球だったじゃない」


 ああ、三回裏のタイムリー二塁打のことか。

「みづほ……分かってたんだ」

「うん」

 みづほは、グラウンドを見据えたまま、わずかに笑みを浮かべて肯いた。

「スライダー見送った時の動作で、分かった。ボール見えてたでしょ」


 そうなんだ。あの瞬間は綿貫さんのボールが、球種からコースから、手に取るようによく見えていた。あるいは、見えてるように感じた。

「うん――すごい不思議な感じだった……どこにボールが来るのかあらかじめ分かっててさ、そこにバットを併せていくだけだった」

 話しながら、左手に残った感触を、じっくりと反芻していた。

「何もかもが見えてて、その時だけ時間が何倍にも長く感じて――みづほってさ、そういう経験しょっちゅうしてるの?」


「あたしの場合は、ちょっと違うかなあ……あっ、根来くん、巧いっ!」

 グラウンドでは根来が巧みな流し打ちを見せて、鋭い打球が一二塁間に転がっていったが、セカンドの好守に阻まれた。

「あ~、惜しい……」

 ふたり同時に一瞬腰を浮かせ、再び同時にどっかと座り直す。

「で、どこまで話したっけ?」


「根来くん、惜しかったね。ナイスバッチ――んー、あたしの場合はね……」

 ベンチに戻ってきた根来をねぎらうと、みづほがまた話し始めた。

「スイッチを入れる、て言い方がいちばんしっくり来るかなぁ」

 それは何度か聞いた事がある。みづほがよく使う言葉だ。


「普段の時はなるべく視野を広げて、いろんなモノを見るようにしてるよ? で、今まで得ていた情報が正しいかどうか、常に確かめてる感じかな。スイッチを入れるタイミングは、相手ピッチャーが投球動作に入った時とか、守備ならバッターがバットを振り始めた時よね――」

「スイッチ入れたらみづほは、何でも見えるようになるわけ?」


 俺の言葉に、みづほはゆっくりとかぶりを振った。

「ううん。あたしが出来るのは、より集中して見えるようになるだけ。それに情報と経験を加味して、結果を予測してるに過ぎないわ」

 それを常時できてるのは凄いことなんだ、って俺は言いたいけどなあ。

「――それとね。女子の筋力にスピードだと、どんなに頑張っても力負けしちゃうから。イメージ通り行くのなんて、バッティングに限れば一試合に二回あれば、いい方ね」


 なるほど。みづほの公式戦打率は5割くらいだから、肯ける話だ。

 試合前の準備から始まって、相手の情報を取り込みながら、常に集中力を高いレベルに置いてプレーし続ける――とても真似のできない芸当だと思う。

「そう? ありがと。でも、ちーちゃんがさっき経験したような境地って、きっとあたしの遥か上を行ってると思うの。その感覚、忘れないようにしないと、ね」


 四回裏の緑陵の攻撃は無得点。

 五回表、早田実も下位打線で無得点に終わり、五回裏の緑陵の攻撃に移る。




 この回、先頭打者は1番の福富。好打順だ。

 綿貫さんはベース寄り近くに立つ左打者に対して、やはり投げにくそうにしている。

 福富は、落ち着いていた。じっくりとボールを見極め、フルカウントから四球を選ぶ。

 ノーアウトでランナーが出て、ベンチの指示が忙しくなった。


 3対2と1点リードの五回表、ノーアウト一塁、打席には2番の何でも出来る船田。

 こうしたケースで、緑陵は送りバントを多用してきた。

 野口や君波を除いて、ほぼ全員が小技を得意にしていたし、パワー不足の緑陵打線では、可能な限りランナーを進めて、ノーヒットでも点をもぎ取るのが必要だからだ。


 だが、バントを多用してきた理由は、もうひとつある。相手にバントの確率が高いと思わせるためでもあった。

 実は今のケース、送りバントは最善ではない。1アウト二塁で、早田バッテリーがみづほにまともに勝負して来ない可能性があるからだ。

 選球眼のいいみづほなら、きっと四球を選ぶだろう。

 1アウト一二塁で、振れている俺と松元。これでも悪くはないが、相手にアウトをひとつくれるより、送りバントと思わせて、同じ進塁打でも大きく狙う手がある――果たして大屋監督は、その手を採ってきた。


 船田はバントの構えを見せた。初球は外へのスライダー、ボール。船田はわずかにバットを引いて見送る。清田と同じ一年だが、小技の得意な船田は、この辺の機微は心得ていた。

 二球め、外から内にシュートするストレート。福富が半歩遅れてスタートを切り、船田がバットを引く。

 バスターエンドランだ。

 押っ付けるようにして流し打った打球は、やや詰まった当たりながら前進してきたファーストの逆を突き、大きく空いた一二塁間を破っていった。


 ヒットエンドラン、大成功。


 緑陵ベンチの誰もがガッツポーズを作りながら、湧きに湧き返った。

 ノーアウト一三塁、打者みづほ。この状況は、うちのチーム的には、得点がほぼ確実なことを意味する。

 みづほの卓越したミート力があれば、守備に疎漏があればそこを難なく突破するし、外野フライを狙うこともできる。それも無理なら、スクイズも可能だ。

 みづほなら必ず三塁走者を還してくれる。これは信頼というより、もはや確信に近かった。


 大屋監督も同じ思いなのだろう、サインはヒッティング。

 全面的にみづほに任せるつもりだ。

 みづほは、出来るだけ打球を遠くへ飛ばす打法を選択した。

 真ん中低めのカーブを振り抜き、レフトへの大飛球となる。

 追い風に乗ってフェンスぎりぎりまで伸びた打球は、捕られはしたが悠々と犠牲フライになった。4対2。


 打席に向かいながら、ベンチに戻って来るみづほと、かるいハイタッチをする。

「ナイスバッチ」

「風に期待したんだけどなぁ――ちーちゃん、ガンバ」

 みづほは少し残念そうにしていたが、最悪犠牲フライにするため、わざと打球を高く上げたんだろうし、仕方ないと思う。

 

 1アウト一塁。さあ、俺の打席だ。


 いったん掛かった暗示は、幸いまだ有効だった。綿貫さんのボールが、よく見える。

 ――出来れば、ストライクになるスライダーを打って、トドメを刺したいな。

 そんな欲張ったことを考えていたら、三球めにイメージ通りのスライダーが来た。迷わず踏み込んで振り抜く。

 カキーン。

 打球は深々と右中間を破り、1アウト二三塁。

 なるべく塁上でガッツポーズをしないよう心掛けてはいるが、思わずかるく拳を握っていた。

 ――やっぱり、今までにない感触だ。バッティングの極意とまでは行かなくても、俺はこの試合で、何か掴んでるのだろうか……掴んでると、いいな。

 早田ベンチから投手交代が告げられ、綿貫さんに代わってエースナンバーの田所さんがマウンドに上がった。


 追加点のチャンスで、左対左の松元。

 緑陵ベンチとしても考えどころだったが、結局動きはなく、そのまま松元がボックスに入った。


 ここでも、スクイズかヒッティングか、緑陵側にもいくつかの選択肢があった。

 ただひとつ言えるのは、左投げの田所さんに対して、三塁走者の船田は大きめのリードを取れる、というアドバンテージが、こちらにはある。


 初球。

 投球動作と同時に、船田がスタートを切った。

 キャッチャーが立ち上がり、田所さんが大きく外にウエストボールを投げる。

 懸命にバットを伸ばす松元。だが届かない。


 しかし、船田はスピードを緩めず、そのまま本塁にヘッドスライディングをかけた。

 ――緑陵のもうひとつの狙い。スクイズに見せかけたホームスチールだ。

 倒れ込む松元をかいくぐりながら、船田にタッチが来る。際どいタイミングに見えた。

 判定は……


「タイム」

 判定保留のまま、主審がタイムを掛け、そのまま塁審の方々と協議に入った。

 ――やばいな。

 三塁ベース上から俺は見守ったが、バントを空振りした松元と、キャッチャーと、ランナーの船田が一瞬交錯したように見えた。守備妨害を取られないといいけど……


 主審の方がマイクを持ち、緑陵の守備妨害でホームインを取り消し、アウトを宣告した。

 ――松元がベースと捕手の間に倒れ込んで、船田も松元に向かってヘッスラかけてたからなあ。

 仕方ない。今度機会があったら、守備妨害にならないよう、巧くやるだけだ。

 この場合、三塁走者の船田がアウトになり、俺は二塁に戻される。

 五回裏の攻撃は、1点どまり。スコアは4対2。

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