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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校二年生編
102/297

西東京大会準決勝 (VS都立目野5)


 七月末の午後の太陽は、眩しくグラウンドを照らし、勝負の大詰めに神宮の杜球場全体が、沸騰したように熱くなっていた。

 スタンドだけでなく、両ベンチまでもが声を涸らし、どちらか或いはどちらもに声援を送り、またある者は俯いて祈りのポーズをとり、ギュッと眼を閉じたまま固まっていた。

 そんな中で、マウンドの村田さんは無表情で渾身のストレートを投げ込み、みづほが冷静にボールの軌道を見極め、静かな勝負が繰り広げられている。


 ストライク、ボール。

 主審が判定する一球一球毎に、球場が一斉に沸き返る。

 三球め、ベルト付近の甘いコースに速い球が来た。

 来たぞ! ヒッティングコースだ。

 行けっ! みづほっ!!

 小さなテークバックから巻き込むようにバットが回ってきて――


 え? バットが止まった。見逃しストライク。

「タイム、お願いします」

 みづほは一呼吸置くため、ロージンを取りに、ネクストサークルの俺のとこへやって来た。


「どうした? あのコースは、みづほなら打ち頃だろ?」

 ロージンを渡しながら、話しかける。

「ツーシームよ、速球系の。あのままバットを出してたら、芯を外されてた……まだあんなの隠し持ってたなんて――」


「凄いわ、ゾクゾクする」

 グローブをしてない右手を滑り止めで真っ白にしながら、みづほが嬉しそうに呟いた。


 なるほど。速球系のツーシームは、いわば動くストレート。さっきまでの感覚でバットを振っていたら、おそらくボールの上を叩いて内野ゴロに打ち捕られていただろう。

 今まで村田さんが投げていなかったのは、まだ完成してない球種だったのか、秘密兵器として隠していたのか。

 多分前者だろうが、この土壇場で、充分に有効なボールとなった。


「もっと引きつけて……ボールをよく見て……」

 既に解答は得ているのだろう、二三回素振りをしながら、みづほがバッターボックスに戻っていく。


 プレイ再開。カウントは1ボール2ストライクと、追い込まれている。

 感覚を確かめるように、見送りボールを挟んで、ファウルを二回続けた。

 心なしか、若干振り遅れているように感じる。多分、ボールを引きつけて打つ目的で、急遽バッティングポイントを意識的にずらしているのだろう。


 2ボール2ストライクからの七球め。

 渾身の速球が、アウトローぎりぎりを狙って投げ込まれる。凄くいいボールだ。

 しかし、このコースこそが、みづほの狙っていたボールだった。


 ツーシームだったような気がする。

 充分に踏み込んだ後に、バットをコンパクトに逆らわず、しかし強く振る。ボールが少し落ちたところを真っ芯で捉えたのが、インパクトの瞬間、分かった。


 カーン。

 木製バット特有の乾いた快音を残し、きれいな放物線を描いて、打球は右中間を真っ二つに破った。

 諦めずに必死に追い掛けた外野がボールに追いついた時には、二塁走者の志田が快足を飛ばして、既に本塁を駆け抜けていた。


 3対2、緑陵のサヨナラ勝ち。


 みづほは、一二塁間のハーフウェイで志田のホームインを見届けると、その場で何回もぴょんぴょん飛び跳ねて、喜びを爆発させた。

 弾けるような笑顔が、みづほにようやく浮かんでいた。

 一塁ベースコーチの有沢がみづほに向かって走って行き、かるく抱き合いながら、みんなの待つ本塁前に戻って来る……

 後述するが、みづほのこの一連の行動は、各方面から微笑みをもって軽いお叱りを受けた。


 試合後の整列。

 敗れた目野ナインは、泣き崩れる者、涙をこらえる者それぞれだが、ほぼ例外なく眼を真っ赤に腫らしていた。

「ありがとうございましたっ!」

 帽子を取って礼をした後、主将の若林さんと握手を交わしている間に、村田さんが思いっ切り、みづほの両肩に手を置いていた。

「遠野っ!」

「ひいいっ」

 傍からは小柄なみづほを、長身の村田さんが襲ってるように見える――もちろん違うのだが。


「遠野! 絶対、甲子園に行ってくれ! 男女なんか関係ない、お前はそれに値する選手だっ!」

 村田さんの激白を聞き、みづほが眼を見開きながら、ゆっくりと顔を上げる。

「村田……さん……」


「おいおい村田、抜け駆けすんなよ」

 顎をぽりぽり掻きながら若林さんが苦笑した。

 若林さんは改まった様子でみづほの前に立ち、軽く咳払いすると話を切り出した。

「遠野さん。君は凄い選手だ――今日活躍したからとか、そんなんじゃなく、何度も対戦した俺たちが言うんだから間違いない」

「えっ、はい――いえあの、そんな……」


「君たちに勝ってほしいのはもちろんだけど、優勝して甲子園に行くようになったら、俺たち目野高校野球部は、遠野みづほさんが出場できるよう、全面的に応援するよ。ぜひ甲子園でプレーしてくれ」

 いつの間にか目野の全選手がみづほの前に集まり、うんうんと肯いていた。


「頑張れよ。大人の都合なんか、気にすんな」

「規約をぶち破ってくれ。お前にはそれだけの力がある」

「俺たちに出来ることがあったら、何でも言ってくれよ――秋にはまた、敵同士だけど」

 口々に言いながらみづほに握手を求める、目野の選手たち。


 瞬きもせず見つめるみづほの瞳から、やがて大粒の涙が、ぽろぽろと零れ始めた。

「ありがとう……ございます……ありがとうございます……」


 長々とグラウンドで、握手と抱擁を交わす俺たちを、審判の方々も見て見ぬ振りをして進行を止めてくださっていた。

 何が起きているのか正確には分からない、両校のスタンドからも、惜しみなく温かい拍手が届けられた。




 ベンチに戻ると、大屋監督と部長の水谷先生が帽子を取り、深々と目野ベンチに向かって頭を下げていた。

 で、案の定、監督は貰い泣きしていた。

「いやあ、いいものを見せてもらったよ……負けてアレを言える目野の子たちは、大したもんだね」

 涙を指で拭きながら、監督が話す。

「で。水を差すようで申し訳ないんだが――みづほちゃん。サヨナラの時、君はどうして二塁ベースを踏まなかったの? 完全にツーベースの当たりだったけど」


 一瞬、監督が何を言ってるのか分からなかった。

「あれだと多分、記録は単打になっちゃうんだ。二塁ベースさえ踏んでいれば、記録はサヨナラツーベースになって、みづほちゃんはサイクル安打を完成してたんだよ」

 あ――そういうことか。

「えっ、あの――プレーに集中してて、あと勝った瞬間、全部真っ白になっちゃって……」

 みづほの嘘はすぐバレる。またやりやがったな。

 目立つ記録がイヤだったのか、訳の分からない情けが働いたのか、真意は汲み取れないが――わざと単打にしたのは、間違いないようだった。


「そういうことに、しておこうね」

 監督がかるいため息を吐いた。

「僕はね、みづほちゃん。選手としての君だけじゃなく、人間としての君も、大好きなんだ。ただ、大人しくて優しい君の人柄を野球に持ち込んでしまうと、いつかプレーに影響が出る時が来るよ――選手でいる時は、野球に集中して、常に全力のプレーを心掛けるように」

「はい――すみませんでした……」

 みづほは少しシュンとしてうなだれた。


 監督はその後、記録員の方に何とか二塁打にならないか、一応掛け合ってくれたらしい。

「いやぁ、ベース踏んでないんだもん、ダメでしょう。あっはっは」

 と、一笑に付されたと話してくれた。


 みづほを甲子園へ、の声はさらにヒートアップしたようだ。

 そりゃそうだろう。5打席4打数4安打1四球と出塁率100%、全ての得点に絡んで、幻のサイクルヒットのおまけ付き。それに加えて守備でも好プレーの数々。しかも相手が春の甲子園ベスト8の目野なんだから、どこからも文句の出ない内容である。

 それにしても、公私ともに大事な試合での、みづほの突出した活躍ぶりは見事だった。


 試合後のインタビューで、都立目野の監督や選手たちが、敗戦の弁を述べた後にみづほの事を付け加えていたらしい。今までに対戦した中でも最高級の選手だ、もし緑陵が代表になったら、みづほを甲子園に出場させてほしいとまで言及してくれたそうだ。

 それを話す大屋監督の眼が潤んでいた。


 日本高野連が「決勝戦の後に緊急理事会を開き、特例措置を検討する」と声明を出したのは、自宅に戻ってからニュースで聞いた。

「特例措置って、なんだ?」

 俺の疑問に、仕事から戻っていた親父が応えてくれた。

「規約は急には変えられないけど、特別に対策を講じる手続きをとってくれる、つーことだ。多分、みづほちゃんに、もうひとりの女の子の出場を許可するつもりじゃないかな」

「そしたら、みづほは甲子園で野球できるんか?」

「ああ。かなり奥歯にモノの挟まった言い方だが、事実上そう考えていいと思うぞ」

「――パパ……ちーちゃん……」

 やり取りを聞いていたみづほの顔が、パアッと輝いた。


「でもな――明後日の決勝戦で勝たないと、これら全部がなくなっちまうからなぁ……相手は強いんだろ?」

 親父の言葉に、みづほから笑顔が消える。

「強いよ。大会中に成長してるチームだから、今までのデータがほとんど使えない。春と練習試合で勝ってるけど、参考にはならないわ」

「そうか……明日しっかり準備して――頑張るんだよ」

「もちろん」

 それを聞いた親父が頭を掻いて苦笑いする。

「そうだよなあ。頑張るのは、当たり前だよなあ」


 しばらくして、ソファに座っていた親父が、テレビに視線を注いだまま呟いた。

「決勝戦は必ず、応援に行くよ。俺も一緒に戦う――それなら、いいだろ?」

「おう」

「ありがとう、パパ」

 親父が振り向き、歯を見せてニカーッと笑った。

「はは、キマったかな」

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