第7話
五輪とお盆などが重なって、PCに向かう時間が現在進行形で取れてない……。
味は覚えていなくとも、食後の満腹感があるのに若干の気持ち悪さを感じつつも、アンナから聞いた通り伯爵夫妻とルドルフの三人と共に、今後について話し合うために昨日も訪れた執務室へとやってきた。
昨日は食事も終えた夜だったために部屋着しか見ていなかったが、昼間のダリウスやルドルフは前世の軍服を思わせる装飾がされた紺色の上着を身に纏い、シャツとネクタイの代わりにスカーフ、脹脛まである大きいマントをそれぞれ色違いで身に纏っていて、俺が貴族と聞いて想像していた学校の音楽室に飾られている肖像画のような服装とは違うようだ。
ナターリエは俺達を出迎えた時と似たドレスだから、そこまで新鮮味はなかった。口にしたら凄い失礼だから、口が裂けても言わないけどね。
エーベルスト家、キルヒアイゼン家と言う感じでテーブルを挟んで座ると、ゲンドウポーズをとったダリウスが皆へと視線を向けつつ、言葉を投げかけてきたことで俺のこの先の人生を決める話し合いが始まった。
ちなみに、今回も使用人を含めて人払いがされている。あと、お茶等の準備をしてくれたので、長話になっても問題ないようにしてある。
「さて、アリシアの今後を決めるとしよう」
「私が戻るのは了承したが、それ以外は大まかに決めただけであるからな」
「戻る?」
「お主を、正式に我が子として迎えたのだ。となれば、娘を育てるにあの家では色々と不便であろう?」
「俺個人はもとより、領主としても、ルドルフが戻ってきてくれるのは助かるからな、ある程度の援助はするぞ」
子育ての為に森から、この街へと住居を移すのは昨日のうちに決まっていたようだ。
引っ越しの理由が俺というのは少し申し訳なく思うも、ルドルフは苦とも思ってないようだし、ダリウスの言葉から引っ越しにかかる負担は軽いものとなるだろう。
というか、領主から戻ってくるのを歓迎されるって、二人のやり取りから気心の知れた間柄だとは分かっていても凄い事だと思うが、そもそもルドルフ自身も高位の人間だったりするからなのだろうか?それにしては妙に口調が砕けているのは気になるけど……。
自分の養父となる相手の事を知らないわけにもいかない。話し合いのが設けられているのだから、思い切って聞いてしまった方が良いだろう。
「ルドルフ様。ルドルフ様は、領主様と同位の方なのですか?」
「いや。個人的な付き合いがあるが、ダリウスの方が位も身分も上だ」
「だな。とはいえ、公の場では仕方ないにせよ。私的な場くらいは昔と同じに接して貰わねぇと、俺の気が休まらんわ」
「……ということだ」
「なるほど」
当然だという顔で腕を組んで胸を張って答えるダリウスと、眉間にできた深い皺を指先で揉み解しつつ渋々といった感じで答えるルドルフ。
なんとなくだけど、二人の関係性が見えたような気がした会話である。
「我々の事より、お主の事だ。転生者であることを秘匿せねばならぬから、今後の事を決めるのに併せ、出生について口裏を合わせねばならん」
「荒事を招かないようにですか?」
「それも当然あるのだが、一番はお主の身の安全を確保するためだ」
「だな。今の情勢だと、世継ぎの為に王家か、貴族の中を“女”でなくなるまで転々とすることになる」
「……」
サァーっと、全身から血の気がなくなっていくのが分かった。
特殊な能力を持っているので面倒事に巻き込まれる可能性は考えていたが、“ソッチ”方面での危険性については考えてはいなかった。といより、自分がそういった対象になるという考え自体を持っていなかった。
青い顔で呆然としていると、ナターリエが軽く溜息をつきながら、少し咎めるような声を男性陣へ向かって投げかける。
「お二人とも、事実を知らせるのは良いですが、もう少し言葉を選んでください」
「少し怖がらせるつもりだったが、刺激が強すぎたか?」
「……すまぬ」
「あっ、いえ。少し驚いただけですので……話を進めてください」
変にギスギスとした雰囲気になるのは嫌なので、カップの中身を飲み干しつつ気分を落ち着けて、話の続きを三人に促す。
「それじゃあ話を戻すが……アリシアは見た目からして、無理に設定を作らなくても問題ないと思うぞ?」
「私、どこか変ですか?」
自分の体を見下ろす。……なんか、最近は似たような行動ばかりしてる気がする。
「お主の澄んだ赤い瞳というのは、魔を呼ぶとして平民には歓迎される容姿ではないのだ。それに白に近い銀髪という、あまり見かけぬ要素もあるから余計に禁忌される可能性があるのだ」
「貴族は気にしないのですか?」
貴族は政治家と似て、外聞を気にする人種だと思っているので、確認した方が良いだろう。
「赤い瞳は、多くの魔力を持っている者から発現したりする特徴の一つなのだ。ただ多くあるが故に制御が難しく、魔獣を引き寄せたりしてしまうのだ」
「では、私が魔力制御を学んでいたのも……」
「そういった面もあった」
「だからこそ―――魔を恐れて捨てられた子供をルドルフが保護して、育てている―――というだけで問題はない。常識の欠如も、元が平民であれば大半は納得する」
「そうかもしれぬな」
「ですが、そうなるとアリシアは“元平民”として、他の貴族に侮られることになりませんか?」
「“ルドルフの娘”であれば、表立って行動はする貴族はいない」
「……そう、ですわね」
途中から貴族三人の話し合いになった流れに耳を傾けながら、この案で問題ないんじゃないかな?と思う。
本当の事から外れすぎていない設定だから、「口を滑らす」といったポカをしてもリカバリーが効くというは、性別や身分など色々と慣れないことが多い現状では助かる。
問題があるとすれば、見世物パンダ的な状態に俺の精神がどこまで耐えられるかが未知数だという点だろうか。
前世では子供を助けるの為、トラックの眼前に飛び出すという悪い意味で人の意識に残り続けるだろう目立った行動はとったりしたが、それを除くと運動神経も学力も全体の中間あたりをウロウロとしてた、影の薄いモブの一人として生きていたので、誰かの視線を感じながらの生活にどこまで耐えられるのか……。
あれ?よくよく考えると、既にアンナ達に見られながらの生活をしてるけど、不快感は感じてないな……いや、彼女達は仕える仕事のプロなのだから、主に視線などで不快感を与えないような技術があるのかもしれない。
「出生はこんなものでいいだろう。あとは、学院だが……」
「……?」
ダリウスが俺を見た後に、チラリとルドルフへと視線を送る。
「優秀だが、常識の違いが足を引っ張っている。初等部からが妥当であろう」
「初等部か……シャルロッテは中等部だから、何かあっても直ぐにフォローできないな」
「同じ初等部であったとしても、専攻が違っては意味がなかろう」
「それもそうだな……アリシア、専攻は何にする?」
ダリウスは当然のように俺に聞いてくるが、小学校に類する場所に入学するようだと大まかに理解できているだけで、それ以外はさっぱりなのだ。
そんな状態で、専攻は何かと聞かれても、そもそも選択できる分野に何があるのかすら知らない。
「ダリウス。アリシアには学院の事は、まだ話しておらんのだ」
「何だ?まだ話してなかったのか、学部と言うのはな――――」
そうして語り出したダリウスの言葉を纏めてみると、「貴族は、人格の陶冶と将来よき指導者になるための資質を磨くべし」として、10歳から16歳までの貴族に対して義務的な教育制度を昔の王が制定していて、そのための全寮制の学院が王家の直轄領に設置されて、無償で学べて人脈作りも出来るということもあってか、今や全ての貴族はここの卒業生なのだそうだ。
「タダより高いモノはない」と酷い捻くれた考え方をしてしまうと……人質、宗教教育、君主制の信奉、青田刈り……きりがなくなりそうだから、今は素直に制定理由を信じる事としよう。
そして、そんな学院では学問・魔術・武術を一般レベルまで学んだ後は、その三つから中から専攻を選び、他の二つは補助的に学びつつも専攻科目をきわめて行く。
ちなみにシャルロッテは魔術を専攻しているそうだが、俺も三つの中から選ぶとしたら魔術を選びたいところだ。
多くの魔力を持っているというアドバンテージを活用しない手はないし、何より「魔法を使う」と言う思春期時代の男子が一度は抱いたことがある願望が叶えられるかもしれないのだから、他の二つに比べてヤル気の度合いが違うってものである。
「魔術を専攻したいと思います」
「理由は?」
俺の回答に大人三人の視線が集中し、代表してルドルフが志望理由を聞いてくる。
就活時期の面接みたいだと思いながら、建前を前面に押し出しつつも本音を混ぜ込んだ回答を口に出す。
「ルドルフ様から【魔力循環】の術を学びましたが、正式に学べる場があるのならば、そこへ向かうべきかと思います。それに魔力が多い私も、同じような人達の中にいれば目立たずに済むかと」
「ふむ……」
「あの子もアリシアに興味を抱いていますし、同じ専攻であれば色々と面倒も見るでしょうから、私は問題ないと思います」
納得できないのか口元に手を当てて考え込むルドルフに、ナターリエが俺の援護する為に賛成に回ってくれたのだが、「シャルロッテが俺に興味を抱いている」という一句から不穏な雰囲気が感じ取れて、何となく素直に喜べない。
とはいえ、援護であることは変わりなく、ルドルフは「そうだな」と納得してくれたようだ。
ここまで決まった後は、特に話し合うほどの案件は残されてはおらず。
俺がルドルフの養女となるために必要な書類にサインをしたり、ダリウスが俺達の為に用意したという住居などの支援を受け取るための手続きなどといった、俺がいてもいなくても変わりないようなモノばかりだった。
だが、早く事が進んでいたのだろう。昼食の時間までかかると思われた話し合いの場は、予定よりもずっと早く終わった為に、急きょナターリエが用意した場に、俺とシャルロッテが呼ばれるという形式をとっての軽いお茶会が開かれる事となった。
ちょっと待って、お茶会の作法とか全然知らないんだけど!?