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異世界への漂流者  作者: アキ
第1章「賢者の娘」
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第6話

 一応の納得をしてくれたルドルフから、今日はもう休むように言われた。

 丸め込むために余裕のある言動を心がけてはいたけど、当然のように見破られていたみたいだ。とはいえ、疲労はもちろんとして感情を整理しきれていないから、彼の言葉に甘えて先に休ませてもらう。


 城に来た時に案内をしてくれたアンナというメイドは、ここにいる間は俺専属だということで、用意された客間へ案内をしてもらうときも彼女であった。

 ヴィクトリアンメイド風の仕事着に、シニヨンにした赤みのある金髪、前世の世界では“委員長”と呼ばれてそうな少し釣り目なブルーの瞳と真面目そうに見える顔立ちの10代後半の女の子である。

 余裕が出来たことで、今更ながら彼女を観察して全体像を捉えてつつ、改めて美形が多い世界だなと思う。

 まあ、今まで真正面から相手を見ることが出来た人物を考えると、領主と親しい老紳士、竜騎兵の隊長らしき青年、領主である伯爵夫妻、客人扱いな俺の世話を任せられるほどのメイドと、凄い人ばかりだから偶然の連続で誤解しているだけかもしれない。

 でも、着替えさせられるときに見る自分の容姿は、子供ながらも美形の部類に入るのではと思う。口に出して言うとナルシストになるから、口が裂けても言わないけどね。


 そんな考え事をして、トロトロとした俺の歩調にも合わせてくれたアンナが、俺に宛がわれた客室の扉を開けて入室を促す。

 前世では小市民として暮らしていたので、こうした奉仕に慣れず、無意識レベルで自然にお礼を言いながら部屋へと入っていく。アンナの方は、事あるごとに礼をいう俺に慣れたのか、最初の時のような驚いた反応はせずに会釈をすることで対応している。


 前世では旅館などの和風な部屋に泊まったことはあったが、ホテルなどの洋風の部屋に泊まったことはなかったので、ある意味では初めての“お泊り”である。

 白を基調としていて、天蓋付きのベットと大きい篭、クローゼット、テーブルとイス、ソファ、天井には小さなシャンデリア。

 個人的には10歳の少女が使う部屋として、豪華すぎやしないか?とは思うが、この世界については無知な俺が変な事を言って、養父であるルドルフの評判に傷をつけるわけにもいかないので何も言わない。

 当然、部屋にいた三人の人影についても、内心ではビックリしつつもアンナが何も言わないので、当然のよな態度で彼女等の前に立つ。


「お待ちしておりました」


 人影―――アンナと同じメイド服に身を包んだ三人のマダムな雰囲気を持つ女性が、娘と同世代だろう俺に対して跪き、挨拶してきた。どうやら、滞在中の部屋の整備や衣類の準備などを担当するらしい。

 俺の知識で当てはめると、アンナはレディースメイドで、マダム等はチェインバーメイド的な感じだろうか?


 しかし俺の私物と言えるものなんて、ルドルフに作ってもらった装備一式と、ナターリエから下げ渡された衣装一式ぐらいだろうから、そこまで人手は要らないじゃないかなとは思う。

 とはいえ、ここで「こんなに必要ありません」とか言っちゃうと、俺がメイド達に不満があり変更を要求している的な解釈をされるって、読んだことがある気がしたので「よろしくお願いしますね」と微笑みながら返しておくことにした。


――――――――――


――――――――


――――――


――――


 翌朝、陽の光で目を覚ます。

 昨日の夜にメイド達の手によって、フリルのついたレースの白いネグリジェ姿に着替えさせられて俺は、疲れていることを理由に早々に寝ることにしたことで、たっぷりと取れた睡眠から疲労解消や感情の整理が出来たのか、スッキリとした目覚めの良さに自分のことながらビックリする。ああ、ルドルフから魔力が返還されたことも関係あるのかもしれない。

 起こしに来たアンナ達メイドと朝の挨拶を交わした後、着替えを手伝って貰っていると、文庫本サイズの手帳を手にしていたアンナが、今日の予定を伝えてくる。委員長みたいなアンナのそんな様子に、なんか偉い人になった気分だ。

 着替えや案内とかは、微かに残る前世の子供の頃や少し高め店に入った際の店員の対応で体験したことがあるが、面会の予定とかのスケジュール管理とかをしてもらうとか、初めての経験だ。

 

 朝食はキルヒアイゼ夫婦やルドルフと共に摂って、その後は執務室で今後について話し合うらしい。

 時の長さを表す単語が出てこないが、この部屋に時計がないから細かくても“刻”ぐらいかな?なんて思いつつ言われるがままに体を動かして着替える中で自分の予定を聞いていると、朝食時のメンバーで昼食を終えた後の予定に疑問の声を上げてしまった。


「ナターリエ様と共に、服の採寸ですか?」

「はい。昨夜、アリシア様が就寝されてからルドルフ様がいらっしゃいまして、そう伝えるようにと」

「そうなのですか。分かりました」


 人前に出れる服が下げ渡された物だけというのは、やっぱり外聞が悪いのかもしれない。

 今日の話し合いの時に、ルドルフと服飾関係の話をしようと考えていたから丁度いい。ナターリエと一緒と言うのは予想外ではあるけど、女性目線はもちろん貴族目線があると考えれば歓迎すべきことだろう。

 そんな感じで、合間に質問を挟みつつもアンナからの話を聞いている間に、俺の着替え(させられるの)が終わる。


 淡いピンク色でシンプルなデザインのドレスを身に纏い、整えてもらった髪は陽の光を受けてサラサラと輝いていている。そんな小さな女の子が無表情で、姿鏡を通して俺を見つめていた。


 感情が戻ってきてから初めて目にするこの世界での俺の姿を見て、「似合ってる」という感情を最初に抱いたことにショックを覚えつつも、ホッと安堵もしていた。

 最初期にルドルフによって打ち砕かれていても、自分の容姿にショックを受けているという事実は、「男であった」という“俺”と言う自我の存在を肯定しているようで、前世の記憶は本物だと安心させてくれる。

 それとは別に、取り乱すこともなく女としての“私”を受け入れている自分もいて、これからの生活に対する不安が幾分か和らぐのが分かり安堵している。


「まるで二重人格だ」

「アリシア様?」


 思わず零れてしまった感情をお礼と笑顔で誤魔化して、アンナに食堂への案内をお願いする。

 悩んだところで解決しない現実よりも、朝食の後に待ち受ける話し合いに意識を割いた方が建設的だろう。奴隷とか冒険者とか貞操や命の危機に怯えながら生活をしなくて済むだけでも、すごく有利なスタートなのだと思って行動したほうが気分が楽だ。


 そうこう考えてるうちに通された食堂の広さは学校の教室ほどで、想像していた部屋よりも小さくて少し拍子抜けした。

 とはいえ、近づくのも怖い高そうな調度品や、真っ白なクロスの掛けられたテーブルの上に並ぶ食器とかは、お金の掛ける場所が違うだけで貴族には違いないのだと分かる。


「おはようございます。養父様」

「おはよう。アリシア」


 そんな部屋の中でモーニングティーを味わっていたのか、優雅にカップを口元に運んでいたルドルフと朝の挨拶を交わしつつ、彼の隣のクッションが用意された席へと腰かける。

 クションのおかげで座高が高くなった俺の視界に映る席位置や食器の数からして、キルヒアイゼン夫婦と誰か一人と一緒に食事の時間を共にすることになっているようだが、状況からして彼等の子供だろうか?


「昨日は、よく眠れたかね?」

「はい。熟睡できたと思います」

「そうか。話の結果によっては、忙しくなってしまう。違和感を感じたら、直ぐ報告するように」

「分かりました」


 給仕の人が用意してくれた紅茶のような飲み物を味わいつつ、ルドルフと他愛もない会話をする。

 彼は接待スキルも備わっているのか、俺の教育的な方向性とはいえ変に会話が途切れることはなく、ダリウスがナターリエと一人の少女を連れてやってくるまでの間が、あっという間であったと思うほどであった。


 ルドルフと共に席を立って、まずはキルヒアイゼン夫婦と挨拶を交わすと、彼らの後ろに控えていた少女が前へと進み出る。

 その子は俺より頭一つ分ほど高く、髪の毛をツインテールにした少女版ナターリエと言えるほどに外見が似ているのだが、好奇心に満ちた瞳を俺に向けてくる様を見るに、中身は年相応のようだ。

 双方、自分の父親から相手の紹介を受けて、まずは俺から挨拶をする。


「お初にお目にかかります。アリシアです」

「シャルロッテです。よろしくね」


 未だにぎこちない挨拶をする俺とは違い、シャルロッテと名乗ったダリウスとナターリエの長女は一つ一つの動作が優雅で、さすが貴族令嬢であると素直に感心した。

 食事の前ということで簡単な挨拶で特に会話らしい会話もなく、シャルロッテも好奇心が覗かせながらもダリウス達の言う事に素直にしたがって、自分の席へと自分のメイドを連れて移動していく。

 そうして、全員が食事の席に着くと給仕の人などがスープやパンなどを並べていく。


「……ルドルフ様」

「どうした?アリシア」

「……私、びょうい―――スープ以外の食事を頂くのは、この世界で初めてです」


 並べられていく温かい料理などを見つつ、ルドルフに救援を求める。もちろん、給仕をしているアンナ達へ聞こえないように注意しつつだ。

 親戚の結婚式や、学校で授業の一環としてテーブルマナーを学んではいるが、それは前世基準であって、この世界の基準ではない。というか、同じであっても使う機会が少なすぎて覚えているか怪しい。

 配膳される食器等を見る限りは、そこまで差異はなさそうではあるが失敗の可能性は出来る限り潰しておきたい。


「私のマネをするようにしなさい」

「分かりました」 


 幸いにも前世のマナーと大きく違う所はなかった。

 それに、ダリウスが最初に食べないと俺達も食べられないので、ダリウスとルドルフというお手本を二度も見ることができ、ルドルフから俺の行動に対してフォローするようなアクションがなかったので及第点は貰えているはずだ。

 こうして失敗を未然に防げはしたが、そのための代償は大きい物だった。

 隣に試験管がいる食事が楽しい思えるだろうか?俺は思わない。故に、一つ一つの動作に神経を集中させていたおかげで、この世界で初めてのスープ以外の食事の味を覚えていないという。ひどく残酷な代償を支払う羽目になった。デザート付きの食事だったのに……。

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