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異世界への漂流者  作者: アキ
第1章「賢者の娘」
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第5話

「私は隷属の儀式によって、お主の感情と自由を奪っているのだ」


 そんな言葉から始まったルドルフが語る内容は、驚くべきものだった。

 彼の些細な不注意と不可抗力がいくつか重なってしまった結果として、俺の意思を無視した契約を結んでしまった事。

 この契約により、主となったルドルフの言葉に無条件で従うようになり、反心を抱きにくいよう感情が希薄になってしまった事。

 そして、契約の過程で俺の魔力を大量に奪ってしまったことで、虚弱にさせてしまった事。

 これらの所業を隠すために自分の娘として保護し、治療と並行して魔力の返還を行っていた事。

 

 目を逸らさず普段から重みのあった声で己の罪を吐露していく彼の姿は、あまりにも普段と違って見えて、少し怖くて体が無意識に震えた。


「お主を物のように扱ってしまった事。本当にすまなかった」

「……」


 謝罪の言葉を最後に、ルドルフは俺の手を放して深々と頭を下げた。

 そうして、視線が逸れたことで彼から感じていた怖さが消えると、今度は困惑が俺を襲ってくる。


「あの、突然、で、あの、えと……」

「分かっている。契約を解いた後に、お主がどうしたいのか聞かせてほしい」

「……分かり、ました」


 猶予を貰えてホッとすると、感情の波がスゥっと消えていき考える余裕が出来たので、落ち着いて考えてみる


 ルドルフの話を聞いた後でも、俺は彼に負の感情を抱いてはいないし、それどころか感謝している。

 というのも、彼が俺を拾ってくれなければ、現状を理解できずに森の中で一人彷徨っていただろうし、サバイバル技能のない俺は長く生きていけなかっただろう。

 確かにルドルフの所業は褒められる事ではないだろうが、そのおかげで俺は拾われて治療や食事の施しを受け、彼を教師として世界を学ぶ事が出来た。

 とはいえ、この考えや感情こそが契約の影響なのかを自分で判断できない。

 結局は、ルドルフの言う通りに解除されてから考えた方がいいのかもしれない。


「話は終わったな?方法を説明するから、聞くように。アリシア、お前の為だ」

「よっ、よろしくお願いします」


 あのゲンドウポーズをした伯爵の声によって、思考の海から抜け出し机に置かれた紙の前に移動する。

 視界の端ではルドルフがゆっくりと立ち上がり、俺と同じように紙の前に立つ。

 俺の気が逸れていることに気づいたのか、伯爵が少し大きめの咳ばらいをして、自分へと意識を向けさせると、俺を見ながら説明を始める。


「アリシア。これは契約を解くために用意した【魔紙】だ」

「魔紙?」

「今は魔力に反応する紙と思っておけばよい。ルドルフが行った儀式は、契約の内容が体に刻まれるからな、これが必要なのだ」

「え?」


 反射的に自分の体を見てみるが、見える範囲では汚れ一つない白い肌だ。

 見えない場所に入れ墨みたいのが彫られているのだろうか?それは凄く嫌なんだけど……。


「魔力で心臓に刻まれておるから、道具を使わねば外からは見えんぞ」

「あっ、そうなんですか」

「……」

「……えと?」

「はぁ……契約した証を容易に準備できない以上、契約した者が魔紙に契約した内容を写し取らねばならんのだ」


 溜息をつかれた意味が分からないが、写し取られたという魔紙へと視線を移すと、今度は内容を理解するつもりで文字を見つめる。

 だが、学生時代の古文の授業を思い出させるような感じで、読めても意味が分からなかったり、そもそも読めない所が多すぎて暗号文を読んでいる気分になる。


「読める……訳がないか」

「申し訳ありません」

「構わん。こういう事も含めて、我々がいるのだからな」


 伯爵は俺の目の前にあった紙を自分の元へと引き寄せると、呪文でも唱えているかのような古めかしい言葉の羅列を読んだ後に、俺にも分かる様に訳した今風?の言葉で伝えてくれる。

 書かれていたのは、ルドルフが己の罪として吐露した内容と一致していて、最後に“この書を以て契約を解く”という言葉で締めくくられていた。

 そして、「異存はないな?」という伯爵の確認に頷くことで答えると、再び紙が俺の目の前に差し出された。


「内容に不備がないなら、紙の上に掌を置いてみよ」

「はい……わっ!?」


 伯爵の言葉を受けて紙の上に掌を置くと、スッと磁石のように紙が手に吸い付いた。

 驚いて手を引いても、魔紙は重力に逆らって俺の手にくっついたままだ。


「魔力に反応しているだけだ、危険はない。そのまま魔紙に魔力を注いでみろ」

「注ぐ?」

「ルドルフから体内魔力を動かす方法を学んだと聞いたぞ。それの応用だ」

「はい」


 手にピッタリと魔紙が貼り着いているので、体の一部になったと考えて、慣れてきた魔力循環をいつもより意識して行う事で、魔紙へと自分の魔力を浸透させていく。

 すると、魔紙に書かれていた文字が光り出したた。隣を見れば、俺と同じように魔紙に手を置いて文字を光らせているルドルフがいる。


「準備が整ったな。―――我がダリウス=キルヒアイゼンの魔力により、此度の契約が双方の同意を以て結ばれた」


 初めて知った伯爵の名前に反応する間もなく、手に張り付いていた魔紙に書かれていた文字がフラッシュが焚かれたかのように強い光を一瞬だけ放ったかと思うと、手から離れてヒラヒラと机の上に落ちた。

 机へ落ちた魔紙は、先ほどまで文字が光っていたのが嘘だったかのように、普通の紙のようになっており、それ以外の違いは文末あたりに伯爵―――ダリウスの名前が書かれているだけだ。


 これで契約は解かれたのか?

 そう思って、確認の為に口を開こうとした瞬間、燃えるような熱さが全身を襲ったかと思うと、喜怒哀楽が混ざり合った感情が脳を、思考をかき乱す。


「ぁっ……がっ……!?」

「アリシア!!」


 視界がチカチカと点滅し、体が熱くて、頭が痛くて、立っているのか座っているのかすら分からない。

 何か考えようとしても、様々な感情の濁流が俺に考える暇を与えないどころか、その感情を処理しきれず脳がオーバーフローを起こして意識が薄くなっていく。

 だが、気絶する一歩手前あたりから、程よい冷たさの何かに全身が包まれて、その冷たさが熱暴走していた俺の体や思考を冷やしてき、ようやく自分が誰かに身を預けて座っていると理解できるまで回復できた。


「アリシア、大丈夫?」

「……夫人?」


 俺の体を後ろから抱きとめるようしているナターリエが、微笑みながら俺の顔をのぞき込んでいた。


「はぁ。ナターリエに来てもらって正解だったな」

「すまない。助かった」


 声の方へ視点を移動させれば、ルドルフとダリウスが身を屈めて俺を横目にしながらも、疲れた表情で話しているのが見える。

 そんな二人の様子や、今も俺を介抱してくれているナターリエの存在からして、倒れるのは予測されていたようだ。


「私は……どうなって、いたんですか?」

「契約が解かれたことで、ルドルフが持っていた貴女の魔力や抑制されていた感情が一気に戻ってきて、その反動に対応しきれずに倒れたのよ」


 精神と肉体の両方から来る疲労感から動く気力がわかない俺を、近くのソファへ座る様に促しながらナターリエが疑問へと答えてくれる。

 その返答を聞いて、ルドルフを姿を見つめた。


「……フフッ」

「アリシア?」


 俺の視線と苦笑に気づいたルドルフが、怪訝そうな顔で俺を見やる。

 彼と話をしていたダリウスも俺が笑い出したことが理解できないようで、ナターリエに俺の安否を問うかのような視線を向けていた。

 俺のやや後ろ側にいるナターリエがどんな表情をしているのかは分からないけど、ダリウスの表情からして二人と同じような表情なのかもしれない。


 頭がおかしくなったのだと思われても嫌なので、ルドルフへ視線を向けたまま自分の言動について説明する。


「いえ、変わらないのだなと思ったんです」

「どういうことだ?」

「ルドルフ様に対して、恨み辛みがなくて、感謝をしていることがです」


 未だに処理しきれない感情が残っているとはいえ、彼に対して憎んだり怒りなどといった感情が沸かず、俺を助けてくれたことへの感謝をハッキリと感じる。

 原因に一端であったとしても不可抗力からであるし、罪悪感からくる贖罪だとしても、それが偽善や独善だったとしても、彼の御蔭で俺は生きていることは間違いない。

 それに、ルドルフをここで糾弾しても何にもならないし、ここら辺の領主であるダリウスと仲が良いという人の娘で居続ける事が出来れば、権力や人脈を利用した異世界チートが出来るかも?という打算的な考えあったりする(別名:捕らぬ狸の皮算用)。


 とはいえ、短い間を一緒に過ごすことで感じたルドルフという人物像からして、俺から罰せられたい気持ちがあるだろう。

 現に、俺の言葉に納得していない表情がありありと浮かんでいる。であれば、彼が何か言う前に、丸め込むためにの言葉を重ねる。


「アリシア、私は―――」

「言いた事は分かります。だからこそ、私は許します」

「……理由を聞いても?」

「ルドルフ様は、とても融通の利かない方です」


 ルドルフの眉間に微かな皺が寄るが、無視して話を続ける。


「ですから、罰しないことで罪悪感を抱き続けてもらい、私の保護者として護って頂こうと思うのです」

「保護者?」

「ルドルフ様は、私の養父様なのでしょう?父であれば、娘の幸せを願うのは当然では?」


 大げさな物言いをしつつ、微笑みながら首を小さく傾けてルドルフに問う。

 数舜ほど唖然としていた彼は、苦笑いが含んだ笑みを浮かべながら俺の傍によって来ると跪く。 

 罪の告白をしたときは違って俺は座っているのだが、足が地面に着かないほどのソファなので、目線の高さは前回とほぼ同じだ。


「当然だ。我が子の幸せを願わぬ親はいない」

「これからもよろしくお願いします。“お父様”」

「任せなさい。“我が娘”」

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