第4話
空から城へと近づいていくと、内側の壁は住んでいる者を区別するためのものなのだと分かった。
一番外側の区画は木造の建物が多く、大通りには出店なども出ていて、見える道路と人の頭の割合が2:8ぐらいの人でごった返して、良く言えば活気に満ちた。悪く言えばゴミゴミとしている。
それと比べて、真ん中の区画は石造りの建物が多く整備が行き届いた閑静な住宅街のようで、たまに二頭仕立ての馬車が走っているだけで人通りが殆どない。
そして、俺達が降りようとしている一番内側の区画は、某ネズミの王国で見た城よりも一回り大きい白い城を中央に添えて、それをを囲むようにある城壁と四隅の城壁塔、更に三つの塔が正三角形の頂点として綺麗に建ち並び、外部からの侵入拒むかのような造りをしていて、当たり前のように要所要所に鎧を来た兵士が二人一組で巡回しているという万全の警備が敷かれている。
本当に、ここに降りていいのだろうか?
自分が運転しているわけではないので決定権などはないのだが、前世でもこんな厳重な警備態勢の施設等には入ったこと勿論、近づいたこともはないので、別段悪い事はしていないのに落ち着かない。
こういうときにこそ、香の効果を発揮してほしい所なのだが、抑制されててコレだというのならば通常状態の自分はどれだけパニックになっているのだろうかと、恐ろしくなる。
と、先導している竜騎兵とは別の……たぶん報告に戻った竜騎兵がこちらへとやってくるのが見えた。
その人は、エルヴィンの傍まで寄って何かしらの報告をした後に、エルヴィンを残して他の竜騎兵と共に先導から外れて近くにある塔へと向かって行ってしまった。
「申し訳ありません。中庭へと向かう予定でしたが、直接バラ園へ降りることになりました」
「ということは、伯爵夫人は戻られているのか?」
「はい。フロイラインの状態をお聞きになり、バラ園から直接部屋へ向かうようにと」
「……説教が二倍になるな」
「……?」
ルドルフの小さな呟きを拾った俺は、彼を見上げてみるが表情に変化はなく。
俺の視線に気づいて「あと少しの辛抱だ」と軽く頭を撫でてきて呟いた内容の事などなかったかのようにふるまう。
というか、本人は呟いたことすら気づいてないのかもしれない。
結局、エルヴィンの視線と運転の邪魔しないようにと、事態が呑み込めていないままルドルフへと説明を求めずに成り行きに身を任せていき、赤いバラが綺麗に咲き誇るバラ園だと思う場所へと降り立った。
……って、エルヴィンのワイバーンが風を立てずに降り立ったんだけど!!これも魔法なの!?
「私に捕まって、落ちぬ様に」
「はい」
マントで体を隠されたままルドルフの左腕に座る様に抱えられ、俺は落ちないように彼のマントと服を握りしめる。
その間に、着地の邪魔にならないように少し離れていた一団が傍達の方へと歩いてくるが、その前にと目立たぬように控えていた騎士風の女性が、慣れた手つきでルドルフから馬と荷物を預かって離れていく。
そうして、俺という荷物以外は手ぶらとなったところでタイミングよく、その一団が到着した。
「久しぶりですね。ルドルフ様」
「お久しぶりでございます。伯爵夫人。また娘の為のお気遣い感謝します」
勝手な先入観から伯爵夫人は年配の人かと思ったが、ゆったりとしたシンプルな青いドレスに身を包み、ショートボブの金髪に優しそうな少しタレ目気味な碧眼、そして癒されるような微笑みを向けてくる姿は30代……いや20代後半に見える美女だった。
そんな人が、俺へと視線を向けた時に、ふと既視感を覚えた。
その視線はつい先ほども浴びたことのあるような……そう、この人のような金髪碧眼の美青年、か、ら…………いやいやいや、姓が違うんだから、そんな、まさか……ねぇ?
疑惑を抱いてしまっている俺の視線にどちらとも取れる視線向けつつ、彼女はルドルフと話を続ける。
「この子が、そうなのですか?」
「はい。私の養女でアリシアです」
「アリシア=エーベルストです。姿を見せない無礼、お許しください」
「許します。ナターリエ=キルヒアイゼンです。話は聞いています。直ぐに部屋へ……アンナ」
ナターリエの言葉に、後ろに控えていたメイド服姿の少女が毛布を持ってこちらへやってくる。
ルドルフは、彼女が傍に来るのに併せて俺を地面へと降ろしてマントを取り払うと、ほぼ同時に毛布で全身を覆われた。
「アリシア様、こちらへ」
「よろしくお願いします」
あれ?ここでお礼を言っちゃダメなんだっけ?
メイドさんに驚かれたんだけど……ルドルフ先生ぇー!ヘルプミィ!!
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袖フリルがついた膝下まである水色のシンプルなワンピースドレスを身に纏い、服とおそろいの水色の靴に、髪の毛は黄色いリボンを使ったポニーテール。
新品のような状態の良さなのだが、これらは全て“お古”だそうで無償で提供してもらっている。
となれば、相手がたの“お願い”を無下に出来るわけもなく。
「私の養女だ。―――アリシア、挨拶を」
「お初にお目にかかります。アリシアです」
ルドルフの紹介を受けて、ドレスの裾をちょこんと摘まんで軽くひざまずくようにして頭を下げる。物語のお嬢様とかがする挨拶だ。
キルヒアイゼン伯爵は頷くことで俺の挨拶を受け取った。
そう伯爵だ。伯爵なのだ。
メイドに服をひん剥かれて、全身を洗われて、着替えさせられて、グロッキーになって、呼び出されて……気が付いたら、伯爵の執務室にいた。
ルドルフが家でいつも着ていた服―――ウプランドと言うらしい―――は室内用の服らしい。
伯爵は黒、伯爵夫人は薄紫色のものをそれぞれ着用していて、椅子に座る伯爵の後ろに夫人が立ち、対面に見慣れた格好のルドルフとオシャレ?した俺が立っているという構図だ。
というか、伯爵は貴族というより武人が似合いそうな猛々しさを感じさせる年配の人だということに、納得と驚きを感じていた。
ルドルフと知古だと思えるような会話がちらほらあったので、そういう点で彼を見れば納得するのだが、後ろの夫人の旦那と考えると……親子?っと思えるほどに双方の見た目の差が酷いのである。
後妻かなと思ったが、下手な詮索はロクな事がないだろうと思考を切り替え、気持ち姿勢を正す。
「ルドルフから話を聞いた。アリシア、お前は“転生者”で間違いないな?」
「はい。間違いありません」
性別が変わっていることを除けば、異世界転生については理解と納得は出来ている。
最終的には納得するしかないのだから、香の効果によって情緒不安定になることなく今の自分を受け入れることが出来たのは、歓迎すべきことだろう。
「転生者について、どこまで知っておる?」
「生まれながらにして加護を持っていること、天から突如として生まれ落ちることを、教えてもらいました」
過去の記録から、転生者は例外なく何かしらの加護を持っていた。
それは超人的な身体能力だったり、見た者を魅了したり、不老だったりと様々だが、共通して最初から不自由なく会話が出来ていたそうだ。
そして、転生者は人から産まるのではなく、子供の姿で天から降ってくる。若返りとは違うのは、皆が一様に元の顔立ちとは別人であると証言しているからである。俺なんて、性別すら違うんだけどね。
「ふむ」
俺の返答から何かを得られる物であもあったのか、伯爵は顎に手を当てると視線を俺からルドルフへと移す。
「ルドルフ。領主として言わせてもらうが、考えは変わらんのだな?」
「変わらない」
「場合によっては……」
「覚悟している」
「だよな。まあ、ここで考えを変えていたら殴っていたが」
「知っているよ」
男二人の分かりあっているような感じの会話から、完全に置いてけぼりにされつつも黙って見ていたら、伯爵は後ろにいるナターリエを見やる。
すると、彼女はA4サイズの二枚の紙を伯爵へと渡して、受け取った伯爵は内容を見た後に、ルドルフと俺それぞれに見せるように紙の向きを変えて机の上に置いて差し出してきた。
その紙には、現在勉強中のこちらの世界の文字が書かれているのが分かるのだが、パッと見では何と書いてあるのかまでは分からない。
ただ、書式を見るに契約書的な何かであろうことは推測できた。
「アリシア」
「はい」
紙を見つめている俺を呼ぶルドルフの声に視線を移すと、こちらに向かって跪いているルドルフがいた。
視線の高さが同じになった為に、初めて見る彼の真剣な表情と視線を真正面から受けて、緊張から体が硬くなるのが分かった。
そんな俺の両手をルドルフは、恭しく取る。まるで男性が女性に向けてプロポーズするかのような……
「私はお主に謝らなければならない」
「……え?」
真剣な表情のルドルフの口から出た言葉は、愛の言葉ではなく。謝罪の言葉だった。