第3話
貴族とかの言い回しとか、資料が少なすぎて分からないよ……。
ルドルフから色々と教えてもらっていると、この世界はファンタジーRPGのような魔王と人類の間で、種の存続を賭けた戦争などといったものは起きてはいないものの、前世のように人々がそれぞれ国を作り繁栄させ、人同士で戦争をしているのだそうだ。
とはいえ、魔法の存在や少数とはいえエルフやドワーフといった種族、ドラゴンなどのファンタジー要素が所々に散りばめられているので、タイプスリップではなく異世界転生と言う点に間違いはない。
また、馬が一般的な移動手段として利用されているとの事なので、技術レベルは前世と比べるまでもないだろうが、魔法という存在があるということを考えると一部の技術に関しては、異様に発達してる可能性はあるだろう。
例えば衛生に関しては 魔法で作り出したお湯で体を毎日拭かれ、包帯も2日に一回の高頻度で交換されてた経験から、治療系の魔法の存在は不明ながらも、現実の中世ヨーロッパのような「衛生?なにそれ?美味しいの?」という感じではない。
この点は、魔法文明様様である。近代文明の利便性に慣れ切った俺では中世レベルの生活に耐えて生活し続けられる自信はない。特に“下”関係とか……。
「アリシア。馬には慣れたか?」
「はい。クッションもありますし、速度を上げても大丈夫だと思います」
「そうか。ならば速度を上げるが、不調があれば直ぐに伝えるように」
「はい」
「では、行くぞ。【駆けよ】」
「ぇ……ひゃあっ!?」
未だに森の中ではあるが、あぜ道から踏み固められた主要道へと出た時、速度を出していいかルドルフから暗に聞かれたので、問題ないと答えた。
馬での長距離移動だと全速力で走ることはないと聞いた事があったので、速度を上げると言っても駆け足程度かなと思っていたからだ。
しかし、ルドルフが呟いた最後の一言にゾワリとする何かを感じた瞬間、予想以上の急加速をした馬に反応できず全身をルドルフへと押し付けてしまったが、それも直ぐになくなって今度は立ち止まっているかのように揺れなどが一切なくなった。
「アリシア。大丈夫か」
「あ、はい。ですが、一体何が……」
「……ああ、そうだった。お主は、水の魔術しか見たことがないのだったな」
「はい」
「では、周りを見てみなさい」
「……え?」
さっきまで木でいっぱいだった景色が、今は青空でいっぱいになっていた。
少し視線を下げると、多くの木がものすごい勢いで後方へと流れていき、結構な速度で移動していることが分かる。
馬はそんな状況に驚くこともなく、走り幅跳びでもしているのかのような長い感覚で足を動かして、今も自分の足で前に進んでいるのだと言っているように見える。
「空を駆けるのは初めてか?」
「はい。初めてです」
「……そうか」
飛行機乗ったことは有るけど、馬に乗って空を移動するなんて初めてです。
感情が抑制されているとはいえ、初めての体験に視線は景色へと釘付けになっていた。ルドルフが落ち着いていて、俺が落ちないように方へと手を回してくれていたという安心感も景色へと集中する後押しになっていた。
しばらく景色を楽しんでいたのだが、興奮が完全に抑制されきってしまった後は、ルドルフを教師とした文字通り青空教室の時間となった。
内容は現在進行形で使われている魔法についてだ。
「では、このような移動方法は貴族や騎士などの方々は、普通に利用されているのですか?」
「そうだ。地面を駆けるより速く、賊などの襲撃を回避できる故、余程の理由がない限りは皆、空を駆けるだろう」
この世界―――もしくは今いる国―――は貴族制なのかと説明されている内容とは少し外れた事を思いつつ、ルドルフの語った利便性に納得の頷きを返す。
「一部の商人は、魔石による補充を行いつつ荷馬車で空を駆けることもあるが、王命や戦時などでしか使わぬ」
「魔石とは?それに補充と言うのは……?」
「魔石と言うのは、魔獣が死んでしばらくすると体内で生成される魔力の塊だ。平均的に魔力量が少ない平民などは、魔石から魔力を抽出しながらではないと魔術を維持できぬからな」
「なるほど」
となると、魔石を利用しないで現状を維持しているルドルフは、貴族や騎士という事なると思うのだけれど、どうなのだろうか?
森で一人暮らしするなんて貴族とはとても思えないから、騎士……高齢な点を考えると引退した騎士と言う感じだろうか?いや、それでも森での一人暮らしなんてするのだろうか?
まあ、どちらにせよ。高貴な人に類する方だろうと思えば、授業の内容が言葉遣いや立ち振る舞いに少々偏っていた訳が分かるというものだ。と考えておこう。
時間短縮が目的と言うだけあって、授業が一区切りつく頃には眼前に目的地であろう街が見えてきた。
森を抜け、少し開けた場所に存在する巨大な湖。
その大きさは、中央に小山があるほどの規模を持った三角形の角を丸く下のような形の島を一つ、軽々と内包できる程と言えばわかるだろうか?
島の外縁には侵入者を拒む城壁が一周しており、さらに年輪のように同じような城壁が内部に二つあり、壁の一番内側にある山の頂上には白い城が島全体を見下ろしている。
そんな島へ向かう為に、湖の外側から島に向かって東西南北に四つの石造りの橋が掛けられているが、チラチラと馬が馬車が見える程度と思っていたよりも交通量が少なく、代わりとでも言うかのように湖には帆船がたくさん浮かんでおり、島の港や川や湖の外側にある港などを行き来していた。
中世的な街という事で、侮っていたところもあったのかもしれないが、島一つを丸ごと一つの街にしてしまう技術力と労力の凄さに驚きつつ眺めていると、ルドルフが高度を落としながら解説を始めてくれた。
「ここら辺の森を領地としている、キルヒアイゼン伯爵の城だ。湖の都とも呼ばれて、水運の拠点ともなっておる交易が盛んな街だ」
「へぇ。……?ルドルフ様、城から何か飛び立ってるように見えるのですが」
解説を聞きながら街を眺めていると、城の裏側から一つ二つと何かが空へと上がっていくのが見え、ルドルフに説明してもらおうと少し危ないが目標を指さしながら質問する。
高度を落とす為に、視線が下に向かっていた彼は俺の行為に軽く注意しつつも、俺の指先を辿る様にして目標を確認したかと思うと、眉間に大きな皺を作った。
「あれは、竜騎兵だな。伯爵が保有する戦力の一つだ」
「竜騎兵?」
「竜に乗った兵士の事だ。契約しやすい小型のワイバーンと言えども竜であるから、強力な兵科の一つとされておる」
「何か、あったのでしょうか?」
そんな話している間に5騎となった竜騎兵が、旋回しつつ編隊を組んでいるのが見える。
空を飛べる利点など多くあり、更にルドルフの言葉からも優秀な兵科だとわかる彼らが、無意味に城の上を飛ぶとは思えない。彼らが動かなければならない事件などがあったのではないか?
しかし、俺の気持ちとは裏腹にルドルフは最初に浮かべていた眉間の皺を解くと、大きなため息をついて、降下させていた馬を再上昇させながら街へと進み始めた。進路は竜騎兵が集まっている空域だ。
「あの……ルドルフ様?」
「問題ない。あの者たちは、私達の迎えだ」
「え?」
「まったく。あの阿呆は、何を考えておる」
優秀な兵科である竜騎兵が迎える来る?
迎えに行くように指示を出せる人を、阿呆呼び?
事態の動きについていけずに、こちらと同じように進路を此方にとって近づいてくる竜騎兵と、それを見つつも速度を緩めないルドルフを交互に見やる。
そうして、大声を出せば聞こえるだろう距離まで近づくと互いに動きを止めた。
竜騎兵が乗っているワイバーンは、俺がゲーム脳だからか“象サイズの青いリ○レウス”にしか見えない。
そして、よく訓練されているのか魔法的何かが行われているのか分からないが、翼を広げた状態で空中で静止し、綺麗に整列している。
乗っている兵士は、儀礼用っぽい装飾過多な白い鎧を身に纏っており、戦闘をするために出撃したのではない事を明かしつつ、こちらを礼節を持って迎えるべき相手であると伝えているようであった。
そんな中から1騎だけが少し前に進むと、被っていたヘルムを外して素顔を見せる。
「お久しぶりでございます、エーベルスト様。主の命により、お迎えに上がりました」
「ご苦労。だが、次からは必要ないと奴に伝えておいてくれ」
「それは私の口からは何とも……」
乙女ゲーに出てきそうな金髪碧眼の美青年が、ルドルフと形式的な挨拶をしつつも気心の知れたような会話をし始めたことで、とうとう俺の事態を把握する能力は限界に達しようとしていた。
このままではパンクしてしまうかと思いきや、美青年がルドルフのマントに隠れつつ顔だけ覗かせている私へと視線を向けてきたことで、惜しくもリセットされてしまった。
「ところで、こちらの可愛らしい方は?」
「私の養女だ。アリシア、挨拶をなさい」
「初めまして騎士様。アリシア=エーベルストです。衣類が乱れておりまして、姿を見せない無礼をお許しください」
「エルヴィン=シューアです。そのような事とは知らず、このような男ばかりで失礼しました。―――先に行って、調整をしておいてくれ」
「はっ」
何とか絞り出した挨拶の言葉に、エルヴィンは爽やかな笑顔で答えつつ後ろにいた……たぶん部下であろう兵に指示をだすと、4騎の内の2騎が城へと飛んでいく。
「エーベルスト様。部屋を用意してありますので、こちらへ」
「うむ」
ヘルムを被りなおしたエルヴィンと部下を先頭に、ルドルフと俺を城へと向かっていく。
「あの、ルドルフ様……」
「予定は狂ったが、奴が色々と揃えておるだろうから服の心配はいらぬ」
「……」
そういうことを知りたかった訳ではないのだが、チラチラと此方を確認しつつ先行するエルヴィンの手前、下手な話は出来なのだろうと自分を納得させる。
故に、パチリとエルヴィンと目があった際には、教えられた微笑みを浮かべて置いた。