第2話
「貴方たちは父の……王への報告を。救国主様のご降臨と……そしてこの戦の、勝利が決まったことをお知らせするのです」
「はっ」
そう言って老人たちを下がらせると、柱の中の一本に埋め込まれた金属板に触れる。すると床が輝き、シャボン玉のような光の球体が浮かび上がった。
「おおお……! 魔法か! 魔法だ!」
「お入り下さい救国主様。貴方様にお願いしたいこと……我らの『切り札』へご案内いたします」
先にシャボン玉へ入った姫を追うように中へ入る。薄手のカーテンを押すような軽い抵抗は感じたが、入ってしまえば外と変わりはなかった。ただ、風はぱたりと止んだ。うなる音だけは聞こえてくるので、ガラス玉の中に立っているような錯覚を覚える。
二人を乗せたシャボン玉は音もなく浮かび上がると、塔の外へ出て降り始めた。
「すげぇ! エレベーターか! 揺れないけど風の影響とかどうなってるんだこれ!?」
思わず歓声を上げるカイトを見て、ティアリアルがくすくすと笑う。
「救国主様は魔法のない世界からいらしたのですね」
「ええそうです。魔法なんて空想の、おとぎ話の世界の話でしたよ」
「魔法のない世界……。いずれお話を聞かせていただきたいです。言い伝えにはその辺りのことは詳しく記されてはいなかったので、幼い頃からいろいろ想像しておりました」
「言い伝え? 俺のいた世界の……違う世界についての話が伝わっているのですか?」
「はい。……そうですね、説明は後ほどとのことでしたが、下に着くまでの間に少しだけ説明をさせていただきます」
ティアリアルは胸元の宝石をいじりながら、まだ黒煙が立ち上る戦場のほうを見ると、真剣な面持ちで言葉を続ける。
「我がヒースワートには古来より言い伝えられている言葉があります。それは簡単に言えば、避け得ぬ国難に際した時に『救国の鍵』をお呼びせよというものです」
「『救国の鍵』……。俺のことを救国主と呼ぶのはそこからですか」
「はい。この国を守る力は今でも私たちを見守っています。ですがその力を目覚めさせる『鍵』はこの国の……いえ、この世界の外にしかいないのだと。私も幾度か試しましたが、やはり私だけでは守護神は動かないのです」
「守護神!」
「はい! と言いましても祈りを捧げるための神ではありません。確かな力を持ち、民の前に立ち戦う神であると伝わっております!」
そう言うティアリアルの目は子どものように輝いていた。その目には見覚えがあるし、きっと自分も今同じ目をしているのだろうとカイトは感じていた。
(動かせなかった、ってことはやっぱりアレだよな? わざわざ異世界から呼ぶってことはそういうことだよな?)
思い浮かぶのは小さい頃に見ていたロボットアニメの数々。地球の平和を守るために侵略者と戦ったり、異世界に召喚されて相棒となるロボットとともに戦ったりしていたヒーローに憧れたものだ。長ずるにつれて憧れは自然と思い出の中に埋もれたが、こうして魔法のエレベーターに乗せられているとあの頃の気持ちが素手で掘り返される気分だった。
とはいえ、子どもの見る夢ならともかくこうして現実になってみると無邪気に喜んでいるわけにもいかない。
「その守護神……本当に俺に動かせるのでしょうか? 動かせたとして、俺は戦い方なんて……」
「大丈夫です! 救国主様ならば! それにかの者たちと戦うのは私の務め。この若輩者に不安もおありかとは存じますが、どうかお任せ下さいませ」
「……ん?」
その言い方に何か引っかかるものを感じた時、シャボン玉が地面に着いた。光の膜は音もなく消え去り、二人の姿だけが入り口とおぼしき門の前に残された。何度も開閉したと思われる痕跡が残っているので、恐らく普段はここから出入りしているのだろう。重要な施設に外部から簡単に上れてしまうようではセキュリティに問題があるし、少なくとも今の位置からはさっきの柱にあったようなプレートは見当たらないからもしかしたら下り専用なのかもしれない。
当たり前だが、降りてみると視界は大きく狭まった。城壁に囲まれているというのもそうだが、塔の周辺にはいくつもの建物が密集していてほとんど壁しか見えないくらいだ。ティアリアルはそのうち一番広い道を指し、
「こちらです、救国主様。我らの希望……守護神のもとへご案内いたします!」
そう言って走り出した。本来なら賓客を走らせたりはしないのだろうが、それだけ彼女の焦りは大きいということか。それにカイトとしてものんびり歩くつもりはなかった。半分は好奇心によるものだったが。