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花屋町通り医院+  作者: Louis
4/5

とりかへばや物語 1

すいません。とっても悪ふざけです。

本編書いてたらふと思い付いて、書いてしまいました。

オリンピックを観てて、つい。

Shibsibsのポストがとても面白く。

Team Bryanの環境がとても素敵で。

お遊びと思って読んでいただけたら幸いです。

タイトルは日本の古典からですが、そのまんまです。

きらめく天井からの光。

嵐の様な大歓声と拍手。

次々と投げ入れられる花束。

大きく乱れた呼吸。


ーーーそして氷上に立って胸に手を当てお辞儀をする自分。


は?

何でこんなところに居るの?

って言うか、ここはどこ?

何だか寒いし、どこかのスケートリンク?

いやいや、ないない。

だって私は松吉さんとお香代さんと刀傷を負った男性を治療すべく血まみれで奮闘していたはず。

ちょうど、縫合が終わったところだった。


そして手を当てている胸に違和感を覚える。


え。ちょっと。

この胸、なぜかフラットなんですけど。

曲がりなりにもそれなりに胸はあった。

そこで大きく響き渡るMCに全ての考えが消し飛んだ。


「Ladies and gentlemen ! The world championship winner, Haruto Takashina, of JAPAN !!!」


それに続く拍手と大歓声。


はぁ?!

はると、たかしな、おぶ、じゃぱん??

ワールドチャンピオンシップ?

何の??

って、これ、どう見てもフィギュアスケートだよね?

真っ直ぐ下を向くとスケート靴を履いた足とその下には氷が見える。


ゆっくりと上体を起こしてみれば、ここに居る全ての人達の視線が自分に突き刺さる様に注がれていた。

それは敵意あるものではなくて、「この人」が成し遂げた偉業を誇り讃えるようなものだった。


一気に口が乾き、思わず足元がフラつきそうになるのをグッとたえる。

助けを求めるようにリンクの縁に目を向ければ、どこかで見た事があるような男性が頭上で大きな拍手をしている。


私は恐る恐る全体を見回す様に周囲を仰ぎ見た。

ああ、やばい。ここで何をすれば良いの?

息が上がってるし、これはきっと演技が終わったとか、そんな感じ?

これはきっとお辞儀するのが正解?

ぎこちなさを隠せないながらも昔テレビで見たフィギュアスケート選手がポディウムの四方に向かってお辞儀するのを真似るよう、ゆっくりと動いてみる。

転ばない様に細心の注意をはらいながら。


お辞儀をしながらも、私の頭はこれからの行動を考えた。


①とにかくこのリンクから引き上げよう。アイススケートなんて、小学生の時に何回かやっただけだ。

②現状を把握すること。リアルな夢だったら万々歳だ。

③誰か「この人」に近しい人に私の状況を理解してもらおう。万に一つでも、この後スケートを滑る事になったら、きっと私は「この人」の人生をめちゃくちゃにしてしまう。絶対にあってはならない。

最後のお辞儀を終えると、自分の中では一目散にリンクの縁へ、見た事がある男性の元へと向かった。あの顔はテレビで見た事があったような気がする。


私の姿を見て周囲から笑いと拍手が巻き起こる。

不恰好なのはわかってる。

ここで軽やかに滑ってクルッと回転なんかして優雅に礼をしたら完璧なんだろう。

でも、こちとら冗談でこんな風に滑ってないんだってば。

へっぴり腰だけれどそんな事は構っていられない。

「この人」がどんな人かは知らないけれど、きっと超有名な、日の丸を背負って大会に出る様な人だと言う事は容易に想像できる。

なんたってさっきのMCが言うにはThe world championship winnerらしいし。

無様に転ける事は許されない。

這々(ほうほう)の体でリンクサイドに上がれば、人の良さそうなおじさまが大きく腕を広げて私を抱きしめた。


『ハル!素晴らしかった!きみを本当に誇りに思うよ。』

『あ、ありがとう、えっと、・・・。』

『どうしたんだ?まだビギナーの振りをしているのかい?』


私の滑りを見てビギナーみたいだと思ったのか。ていうか、別にビギナーのフリなんてしてない。

自分ができる最善の滑り、いや、移動だった。


『いや、ビギナーの振りじゃなくて』

何と返せば良いのか。この今までの人生で一番酷い状況。ある意味幕末に飛ばされた事よりも酷い。何でこんな注目の的になってるんだ。

と言うか、私の口から男の子の、いつもより低い声が出てくる。聞きなれないし、すごい違和感だ。

『色々とありがとう、サム。』

ゆっくりとおじさまから離れ、その首から下げてあるIDタグをチラッと見て、取って付けた様にサムと言う名であろうおじさまに礼を返した。

サムはとても満足そうに微笑んだ。


Samuel Wingerberg(サムエル・ウィンガーバーグ)とIDには書いてある。

いた、確かそんな名前のフィギュアスケーターが。いつかの冬季オリンピックで銀メダルを取ったカナダの選手だった気がする。その人の顔ははっきり覚えてないけれど、もし私が覚えている名前の人物がこの人なら、きっとここは現代なんだろう。

というか、どうしてこうなっているのか、不安な気持ちが膨らむ。


『ハル?どうした?何か問題でもあるのか?』


目の前には私を心配そうに見つめるサム。


ええ、問題大ありだよ、サムさん。

今の自分の気持ちをここで思い切りぶちまけたい。


そこでふと、自分達の近くにカメラがあって、このやり取りが全て映像として撮られている事に気付く。もしかしなくても、この映像は現在ライブで全世界に中継されているんだろうか?


私はカメラに顔を向けると努めて笑みを作り、軽くお辞儀をして「ありがとうござました」と一言告げた。


『サム、今からちょっと話す時間はない?』

『ああ、10分くらいなら大丈夫だよ』

『10分かぁ。まぁ、話せないよりマシか。じゃあ、行こう』


そしてスケート靴を履いてとてもぎこちない歩き方の私とサムは控え室へと移動した。

そこには椅子とテーブルが数個置かれ、私達は通路から離れた一番奥のテーブルの椅子に向かいあって座った。

私は前置きをせずに話し出した。


『サム、実は今から話すことは真実で、私は冗談を言ったりからかったりしてる訳じゃないんだ。神に誓って、本当のことを言うから』


私が胸に手を当ててそう言えば、サムは真剣な顔をして頷いた。


『よし。まず最初に、私は日本人だ』

『・・・ああ、それは良く知ってるが』

サムは訝しそうに返した。


『でも、私はあなたが良く知ってるハルトじゃない』

そう言うと、サムの右眉がピクリと上がった。


『スケートの事を言うなら、私は子供の頃に少しだけ滑った事があるけれど、さっきリンクの上を滑ったのが今の自分にできる一番の滑り。つまり、私はほとんどスケートはできない』


サムは何かを言いたそうな顔をしてはいるが、真剣に聞いてくれる。

そこで大きく息を吸い込んだ。


『私は男じゃない。私は女性なんだ。職業はカイロプラクター』

『な、』

『ああ、ハルトと私の身に何が起きたのかは聞かないでね。それ、私が一番知りたいから。ハルトの意識がどこへ行ったのかは全くわからないし、彼の声が聞こえたり、考えが頭に浮かぶってこともない。まるで私が彼の身体を乗っ取ってしまった感覚。私の言ってること、わかります?』

そこまで言ってサムを見ると、とても難しそうな顔をしたおじさまがこちらをジッと見ている。

沈黙が落ちた後、静かな声が聞こえた。


『それが、今現在きみが私に伝えたい事の全てか?』


その言葉に私はゆっくりと頷いた。

サムはゆっくりと息を吐いた。


『それで、きみは本当は誰なんだ?名前は?』

『私の名はwonderland girlと同じだけれど、アリーとでも呼んでください』

『アリー、ね?』

サムは頷くと鋭い目をこちらに向ける。


『きみには、とても沢山聞きたいことがあるな。いや、聞きたいって言うより、尋問って言葉の方が適切かな』

『ちょっと、それは穏やかじゃないですね』

『いや、私は真剣だよ、お嬢さん。きみがどれくらい今の状況を理解できているのかわからないが、さっきはちょうど君の、・・・いや、彼の世界選手権でのエキシビションの演技が終わったばかりだった』


お嬢さん、って歳でもないし。と言うか、エキシビションだったのか。いや、それよりも。


『私が言ったこと、信じられるんですか?もしかして、私が嘘をついてるかもしれない』

『本当だよ。きみが嘘をついていてくれたらと思うよ!でも、きみの英語はハルトよりスムーズだし、日本語訛りというよりアメリカ訛りがある。ハルトはきみのようには話さない。30分程度でこれだけ話し方が変わるのはどう考えてもおかしいだろう?』

『なるほど』

そう言って私は頷いた。


『ところでアリー。きみは残りができるかい?』

『残りって、どういうことです?』

『あと数分したら、全てのスケーターはポディウムへ行って観客への挨拶をしなくちゃいけない。それにきみは金メダリストだからね』

『金メダリスト・・・』


いやいや。いくらハルトが金メダリストでも、私は何も出来ない平凡な人間ですよ。そんな私がリンクを廻って観客に挨拶なんて出来る訳がないじゃん。へっぴり腰で滑って転ぶだけだ。


『サム、さっきも言ったでしょう?ハルトのようにするのは無理だって』

サムの顔は「だよね」と言っているような表情をしていた。

『それじゃ、床に倒れてくれ。今、直ぐに』

『何を』


言うが早いか、サムに軽く押された私はけたたましい音を立てて椅子ごと床の上に転がった。

きっとこちらを見ていなかったら、何が起きたかは誰にもわからないだろう。


『うわっ、ハル!!大丈夫かい!?』

サムの大きな叫び声に周囲にいた人達が駆け寄って来る。

『アリー、身体が怪我したように演技して』

サムから小さな声で指示が出る。


え、体って、どこ?どこを?

考えが浮かばなかった私はとっさに足首を押さえた。

後から頭の方が良かったのか?とも思ったけれど後の祭だ。

こうして私は「もうとっても痛いです!!」と言う渾身の演技をする事になった。


サムと競技会のお偉方が緊急に集まって話し合いを行う中、私はスケート靴を脱がされると押さえていた右足首を素早くチェックされた。

メディックが見れば腫れてもいないし何て事ないと直ぐにわかるだろう。

けれど私は触診される度に特定の靭帯と筋肉の腱の部分の圧痛を仕切りに訴えた。解剖学の賜物である。

おかしいと思われながらも日頃のハルトの行動のお陰なのか、素早く手当てされ、松葉杖姿にさせられた。


「ハルくん!!大丈夫?!」

そう言われて振り返れば、キラキラのビーズが沢山付いたウエアを着た男の子が急ぎ足でこちらに向かってくる。


誰が来たとしても「あなた誰?」状態だ。


『彼はユウキだ。彼も日本代表の選手だよ』


隣のサムがそっと教えてくれる。

サムさん、ありがと。

私は今のスケート選手をか全く知らない。


「ゆうき、すまない。心配かけたな。エキシビションの後にドジやっちまった。」

「いや・・・。なんかハルくん、ちょっと雰囲気何時もと違う?」


ハルトが何時もどの様にこの子に話してるかなんて知らないよ。

しかも、私は気を抜くと言葉が幕末になりそうだ。

うわーーー、何たる拷問。全て終わった時にはきっと倒れる、マジで。


「んな事ないって。観客席を廻る事が出来なくてちょっと申し訳ないと言うか。まぁ、ポディウム入り口からお客さんには挨拶するよ。」


「そうだね。お客さんも競技したみんなもハルくんの事待ってるよ。さぁ、行こう。」


ゆうきの言葉にサムさんを伺えば、頷きで返された。

一緒に行っても構わないと言う事だろう。


私は慣れない松葉杖をつきながら、必死にゆうきの後を歩く。


そしてポディウムの隅に姿を現した瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が会場を埋め尽くした。


『よぉ、ハル!!どうしたんだ?一体何をしてそうなったんだ?』


知らない白人男性がぎゅっと私を抱きしめる。

そしてあっという間に周囲を他の選手達に囲まれた。


更にその外側ではカメラが回っている。


色んな訛りのある英語で男女関係なく話しかけられハグされたり肩を叩かれたり。

ハルトがいかに好かれているのか、周囲の態度を見ればわかる。

中身が全くの別人で、本当すいません。


ひとしきり私をかまった後、彼らは全員リンクへと入って行き周回しながら観客に手を振り始めた。


『ハル!?』


サムの声が後ろから聞こえたけど、ゆっくり松葉杖をリンクに下ろして左足に体重をかけた。

そんな私を見て、先程の白人男性とゆうきが一直線に私の両脇へと滑って来て私をサイドから支えようとしてくれる。

私は彼ら2人に微笑むと、ゆっくりとリンク中央へ向かい、真ん中に立つと松葉杖を手放した。

私の状況はどうやらこの会場のMCから観客や関係者全員に伝わり、心配をかけているとわかった。


私は両方の腕をゆっくりと左右に伸ばし、左足に体重をかけて膝を軽く曲げ、ゆっくりと右手を胸に当てる。

他選手が周囲を廻る中、ゆっくりと四方向を向いて同じように挨拶をした。

頭で考えるよりも身体がそのように動いた。

きっといつもハルトが行なっていた挨拶。身体に染み付いているであろうお辞儀。

なぜだか涙が出そうになる。

この気持ちは私のものなのか、ハルトのものなのか。


『ハル、僕らがブロマンス関係だって言われてるの、知ってるか?僕はよく意味がわからないけれど。きみももし輪に加わりたいなら僕が連れて行ってあげるよ』


先程私を抱きしめた男性は言うが早いか私の身体をお姫様抱っこで持ち上げると、他の選手の輪に加わってポディウムを周回し始めた。

途端に黄色い歓声が聞こえてくる。


「っつーか、マジ恥ずかしい!! Let go of me !(離してくれ!)」


そう言ってもこの男は楽しそうに笑うだけで一向に言う事を聞く気はないらしい。

諦めた私はハルトの責務を果たすべく、ずり落ちないように男の首に片腕を回すと観客の人々に向かって手を振り続けた。


熱に浮かされたような熱い熱気。

大きな歓声、若い男女の選手達。

観客の声。

今までに経験した事のない高揚感と幸福感。

そして、よくわからない内に感じる皆への感謝の気持ちが沸き起こる。

私は大きく息を吸い込むと思わず叫んでいた。


「ありがとうござました!!!」



こうして夢のような、はたまた悪夢のようなエキシビションは無事に終わりを迎えた。


『ハル、戻ってきたか?』

『がっかりさせたくないですけど、まだアリーです』



その私の応えにサムさんは額に手を当てた。


ゆうき達日本人選手は日本へと帰国する。

私ことハルトはこのまま9日間はここ、カナダに残る。

ってかここ、カナダだったんだ。

日本スケート連盟からは直ぐに帰国するように打診があったがサムが無理矢理こじつけをでっち上げて9日間をもぎ取った。帰国したらマスコミが待ち構えている。そんな話を聞かされたら是が非でもハルトに戻って来てもらい、私は幕末に、いや、このまま現代日本に帰りたい。

とは言え、私の身体がないけれど。


エキシビションで私の事をお姫様抱っこした白人男性。

実は同じくサムの教え子らしい。

前世界選手権金メダリスト、カナダのEvan Pelletier(エヴァン・ペリティエール)

どうやらハルトはエヴァンから金メダルをもぎ取ったのだ。

この世界、自分が思ったよりもドロドロしていなくて驚きだ。

エヴァンはハルトに優しい。

一瞬この人はゲイなのか?とも思ったけれど、彼はストレートでありただの面倒見の良いお兄さんだった。まぁ、私より5つ年下だけど。

ハルトは現在22歳らしい。何と私と9歳違い。

沖田さんや斎藤さんと歳が近いだろうか。

色々と痛すぎる。

三十路女の私がいつもの男装ではなく22歳の男の子になるとか。一体何の罰なんだ。

ハルトのパソコンを借りて色々と調べたハルトの事。

いやーー、もう経歴が凄かった。

フィギュアの世界では幼少期から注目され、現在では世界的な有名人だ。

しかも日本人離れしたスタイルと整ったルックス。

モテない要素がどこにもない。

その鏡に映る顔をマジマジと見つめれば、不思議とどこかで会った事があるようにも思える。

そんなはずはないけれど。

サムと話してわかった唯一の救いは、この世界選手権を最後に今シーズンが終わったこと。しばらくは公の大会はない。

それでも、私達に残された時間は9日間だ。


ノックと共に声がかかる。


『ハル、入っても良い?』

『ああ、エヴァン。どうぞ』


ハルトはエヴァンと一緒にシェアハウスをして暮らしていた。

サムはここ、モントリオールのダウンタウンに2ベッドルームのマンションを借り、そこにハルトとエヴァンを住まわせていた。

全く違ったバックグラウンドを持ち、国籍も習慣も違うハルトとエヴァンはしかし、すっかり馴染んで生活していたようだ。


エヴァンはフランス系移民を先祖に持つ地元モントリオールのスーパースター選手だ。

彼の第一言語はフランス語で、彼の英語は舌ったらずなフランス語訛りだ。

彼もご多分に漏れず、ダークブロンドのウェーブがかった髪に深いエメラルドグリーンの瞳を持つ、どこからどう見ても王子様だ。

Haruto,Evanでウエブで検索をかけると、目を覆いたくなるような内容の投稿が散在する。曰く、ハルトが姫で、エヴァンが王子だと。

まぁ、周囲からはそう見えるのかもしれない。

私には何とも複雑な気分だ。


今日はエヴァンとサムと3人で話しをする事になっていた。

ハルトとはもう4年は一緒に暮らしているエヴァンのことだ。ハルトではない私に直ぐに違和感を感じた事だろう。それに、話し方や立ち居振る舞いが変わればエヴァンでなくとも気付くはずだ。程なくしてサムがマンションにやって来て、私達はリビングにあるソファーに座った。私と対面するようにサムとエヴァンが座る。


『エヴァン、驚かないで聞いてほしいんだが、・・・いや、驚くのは当たり前だが、彼は今ハルトじゃないんだ。彼女の名はアリー。ハルと一緒で日本人だ。ハルがどこに行ったのかは今現在わからない』

サムが言い聞かせるようにエヴァンにそう話した。


私は頷くと、そのままサムにも話していない話しを続ける。

『それで、私は1863年の日本の江戸時代から来ました。何で現代の事を知ってるかって言うと、私は30歳までこっちにいたから。何が原因なのかはわからないけれど、友人と京都へ旅行中に突然江戸時代の終わりに放り出されたんだ』


2人は私の言葉に思わず頭を振った。


『1863年と言ったのか・・・?』

サムが信じられないという様に目を見開いた。


『そう。まぁそういう反応をするよね。私でもそういうリアクションすると思う。これは仮説だけれど、ハルトは入れ替わったんじゃないかと思う。彼は江戸時代の私の中に居るんじゃないかと』


『入れ替わった?』


『私は患者の治療をしていたんだ。カオスな状況を見て彼が倒れてなきゃ良いけど』


『カオスな状況って、どういう意味?』


エヴァンが目を細めながら口を開いた。

出会ってからこんな表情をする彼を見るのは初めてだ。


『あのね。私はカイロプラクターだけれど、160年前に私の医学知識はどんなものだと思う?今じゃ考えられないけれど、外科医や整形外科のような事もしなきゃいけなかったんだ。そこでは刀傷を負った患者を治療する事もある。時には酷い傷で大量出血して人は簡単に死んでしまう。それが目の前で起きたら、彼は耐えられる?』


日本語じゃないけど、これは現代にいる誰かに前々から聞いて欲しかったことだ。

それに実際、私がリンクの上に立っていたのは刀傷を負った患者を縫合した直後で、その患者の周囲はおびただしい出血により血の匂いが充満していた。

彼が助かったかどうかは今となっては確認のしようがない。あれだけ出血をしていた。また、助けられなかった可能性だってある。

もしハルトが私と入れ替わってたとして、現代しか知らないハルトがその状況で何を思い、どう行動するかはわからない。

私だって初めは必死だったとはいえ相当キツかった。


『私は医者じゃないから、きみの気持ちを簡単に理解はできないけど、少なくともきみがどう感じたかは想像できるよ』


サムが気の毒そうにそう言ってくれる。

私は肩をすくめると「Thanks, Sam」と軽く応えた。


『本当はここは夢だと思ったんだ。今朝起きたら160年前の京都の私の部屋で目覚めると思った。私は戻らなきゃいけないし、彼もここに帰って来なきゃいけない。私は向こうでやらなきゃいけない事があるから』


『やらなきゃいけない事?』

『みてること。私の友人達がある事件や戦争で亡くなるんだ』

『友達が死ぬところを見るって、そう言ったのか?』

『違う!!そんなわけないでしょ!!!・・・なにか私が彼らにできる事あればともう一杯考えたよ。・・・でも、現代は過去があっての結果だ。その意味がわかる?』


その私の言葉に、エヴァンの目が揺れた気がした。


『私は干渉しちゃいけない。私は傍観者でいなきゃ。・・・戻らなきゃ』


熱くなり過ぎた。エヴァンを見つめる目から思わず涙がこぼれる。


『ちょっ、ハル!・・いや、アリー。きみを泣かせるつもりはなかったんだ。僕はただハルの事が心配で。泣かないでよ』


サムの隣に座っていたエヴァンが横に来ると、私の首に腕を回して頭を自分の胸に押し付けると、ポンポンとあやすように頭を撫でた。


『大丈夫だよ』

私の声は、くぐもって聞こえた。


『よし、2人とも。私はここ数日でハルの今後についていくつか計画を立てなきゃいけない。もしハルが戻ったら、彼を直ぐに日本に帰らせる。これは考えたくないけれど、もし1週間以内にハルが戻らなかったら、何か今後の言い訳を考えなきゃいけない』


サムが神妙な顔をしてそう言った。

私達も神妙な顔をして頷く。


『・・・ところで、アリー』

『ん?』

『本当はきみは何がしたいの?』

『どういう意味、エヴァン?』

『もし、日本の江戸時代に帰らなきゃいけないという義務がなかったとしたら?』


その質問に、思わず笑いそうになった。

そんな事、考えるまでもない。


『家に帰るよ。日本にいる家族や友達に会いたい』

それが出来ればね。自分の身体で、ただただ家に帰りたい。


『そりゃそうだ』

エヴァンはそう言って更に私の頭をポンポンとなでた。


『どこか行きたいところはある?お腹空いてるとか?何か食べたい物は?』

『んー、In N outのハンバーガーと美味しい、リッチなコーヒーを飲むのが夢かな』

「ぶっ」

『ちょっと!今の音!日本人が笑いをこらえようとする時の音!』

『いや、違う違う違う。ただ、きみの夢があまりにも・・』

「はいはい。悪ぅござましたね!仕方ないでしょ!もう長い事ハンバーガー食べてないしコーヒー飲んでないんだから!」

思わずエヴァンに日本語で返した。

『ああ、どうか私の非礼をお許しください、ミスター姫君(プリンセス)

エヴァンが胸に手を当てて跪く。

『その言葉が一番失礼なんだってば、ミスター王子(プリンス)!』

ったくもう!

『・・・アリー、もう大丈夫でしょ?』

エヴァンが伺うようにして上目遣いでこちらを見てくる。無駄にイケメンなんだよ、この人。


『うん、多分ね』

そう言って私は思わずため息をついた。


『よし、じゃあ、私は帰るとするよ。必要な時はいつでも電話してくれ。ハルが戻ってきたとか、何でも』


『了解、サム。ハルとアリーの事は任せてよ』

『頼んだよ、エヴァン』


そう言うと、サムは暖かい笑顔をこちらに向けた。


『アリー、しっかり休んで。直ぐ家に帰れる事を願ってるよ』

『色々ありがとうござます、サム。ここであなたに出会えて良かった。これが最後になるかもしれないから・・・』

『いいや。きみが現代に戻って来たらいつでも私を訪ねてくれ。歓迎するよ。その時には、世界の素晴らしいスケーターを紹介しよう』


その言葉に思わず私は吹き出した。だって今現在、私はそのスケーターの中に居る。

そしてサムにハグをする。

『サム、身体を大切にね』

『きみもね。江戸時代に戻ったら、危険には近づかないこと』

『努力します』

『よろしい』


そしてドアを出て、廊下の先に見えるサムの姿が見えなくなるまで見送った。




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