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花屋町通り医院+  作者: Louis
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悪ふざけ

悪ふざけが過ぎたなと思いつつ、本編閑話に載せるのもはばかられるのでこちらに別枠で載せました。

人間、人肌恋しい事だってある。

だから親しい人とはハグもするし、恋人同士であれば寄り添うものだ。

特に季節が秋も深まれば、肌寒さも相まって人肌の温もりはとても心地良いものだ。もちろん、大切な人や好ましく思っている人に限るが。


でもここは平成時代じゃない。

久しく会えなくなる友人との分かれのハグやスキンシップは基本ない。握手をする習慣もないから仕方がないのだけれど。


私だって誰彼構わず抱きついたり肩を寄せたりしたい訳じゃないし、誰とでも良い雰囲気になりたいなんて思っていない。

基本的には。

それでも、人肌恋しくなる事もあるんだ。

健全な精神の持ち主であれば、それも致し方ないと思う。

特に普段は余り飲まない酒を飲み、気持ち良い程度に酔っ払っている私には、何時もと同じようにしていられる自信がない。


土岐は既に熱燗の徳利1本の酒を飲みほしていた。

寛いだように胡座を崩し、手にはお猪口を持ってほんのり頬をピンク色に染め、潤んだ瞳がある一点を物憂げに見つめる様は、図らずも何人かの注目を集めていた。


「土岐せんせの物憂げなさまは、ほんに惚れ惚れしますなぁ。」

少し離れたところにいた芸妓が、思わずと言った具合に呟いた。


「どこぞの女子の事でも、考えてはるんやろか?」

別の芸妓がそれに応える。



角屋の一室、豪華に内装がほどこされた扇の間では、松本良順、新選組の近藤、山南、土方、山崎、沖田、花屋町通り医院の嶋田と土岐が酒を酌み交わしており、そこにはきれいな着物を着た芸妓が4人呼ばれていた。


医療系の集まりだから、山崎がいるのはわかる。近藤、土方や山南は組織を束ねる人達だからまぁ居ても不思議ではない。沖田さんは、松本良順が目をかけていたと言われているからいるんだろう。

でもここで、何故新選組に関係のない嶋田先生と私が呼ばれているんだ。


ちなみに、新選組局長の近藤勇とは今日が初対面だが、「ほぅ、あなたがあの土岐先生か。」と言われた時は、思わずそれ以外の新選組の面々を睨みつけてしまった。

これだけ京都で恐れられている彼らを、正面切って睨み付ける人間はそうそういないだろうけれど。


苦笑していた松本や嶋田を横目に見つつも、大人気なくも不機嫌そうに席に着いた。


新選組の中で一番頻繁に土岐に会っているのは山崎で、普段は世間話もそこそこに講義をしている土岐と今目の前で自分達をジッと見ている土岐とのギャップに、少し戸惑った表情を浮かべていた。


通常、宴席の上座にはお偉いさんが座る。

上座向かって左側から近藤、松本、嶋田。左列には土方、山南、沖田、山崎。

右列には土岐が1人で座っていた。


「土岐先生お一人では寂しいでしょう?私がそちらに参ります。」

そう言って、目の前の膳を持ち上げた沖田は、ゆっくりと土岐の隣に移動して来た。


土岐は何か言いたげにちらりと沖田を見たが、微笑む沖田から視線を外すと自分の膳に目を落とした。


あーー、思ったよりもご飯前に飲んじゃった。早くお腹に食べ物を入れないと、お酒がまわるな・・・。

外から物憂げに見えていても、土岐はそんな事を考えていた。


「なぁ、せんせ。もう一献、どうどす?」


嶋田の隣にいた芸妓が、土岐に徳利をすすめてくる。


土岐は膳に向けていた視線を芸妓に留める。

芸妓はふっくらした頬をしており、徳利を持つ手はとても柔らかそうに見えた。まだ幼さが残る顔は、とても愛らしい。

まるで小動物を思わせた。


「・・・いや、膳をいただいてから・・・。」

土岐は小さく呟くように言うと、芸妓の手を取った。

そのまま引き寄せるように手を引けば、「きゃっ」と声を上げて芸妓が土岐の方に倒れ込んで来た。

土岐は芸妓をそのまま抱きとめると、その身体を包むようにハグをした。


それを見ていた面々は、思わず呆然として2人を見つめた。


かわいい・・・。これ、癒される。

例えるなら可愛がってる愛犬を抱き寄せる感じだわ。小さくて、柔らかくて、可愛い。


「・・・可愛い。」

思っている事が思わず口を突いて出た時、他の芸妓の口から悲鳴じみた声が上がった。


「せんせにどんだけ声かけてもつれへんのんに・・・!」


今度はその芸妓の方へと視線が集まる。

土岐もゆっくりと、潤んだ瞳をその芸妓に向けた。


物憂げに芸妓を抱きしめ、潤んだ瞳を向けて来る土岐に、思わず声を上げた芸妓が俯く。


はぁ、と大きな溜息が聞こえ、普段とは異なる優しい声音が響く。


「なんだなんだ。別にこの部屋にいる男は土岐先生だけじゃねぇだろ?そりゃあ、俺たちは先生に比べりゃ少しばかりガサツかもしれねぇが。」


土方がそう言って、隣にいた芸妓の顎をすくい上げて視線を合わせた。

少し鋭さのある切れ長の目が芸妓を見つめる。

女子から人気のある土方に見つめられ、その芸妓は思わずといった具合に視線を逸らした。


土方の言葉に、他の面々から息が漏れる。


「・・・それより、そろそろ離してあげたらどうです?」

土岐の左隣にいた沖田が、真っ赤になって困っているであろう芸妓を見ながら土岐に言った。


土岐は息をつくと、沖田の言葉にゆっくりと芸妓を胸の内から解放した。


「突然すまなかった。あなたが余りにも可愛いもので・・。」


「いえっ・・・そないなことは・・・。」

芸妓は狼狽えながらも土岐を熱い視線で見つめた。


ふと嶋田に目を向ければ、思い切り苦笑いを浮かべている。

その隣の近藤は楽しそうな顔をしており、松本も苦笑していた。

他の芸妓2人は、興味深そうに土岐と芸妓を見ていた。


対面の土方は隣の芸妓に視線を向けており、その芸妓が困った様に応対している。山南と山崎は何やら話しをしていた。

そして土岐は、隣の沖田に顔を向ける。


沖田は何か言いたげな顔を向けている。

土岐は何かあるの?と言う具合に首を傾けた。

沖田の「顔」については色々言われているけれど、目の前の沖田を見ていれば、平成時代に「沖田の似顔絵」とされた絵は一体誰なんだろうと思う。

美丈夫という訳ではないけれど、眉が凛々しく目は奥二重。左目の下に泣き黒子があり、少し太い口元は全体的に愛嬌のある顔をしている。「愛嬌があった」と伝わっているけれど、笑えばえくぼもできてそれが一番的確な表現だと思う。男らしいかと言われれば、私から見たら可愛らしいと思えてしまう。

少し猫背気味なのが気になるので、姿勢の治療でもした方が良いな、と思っていた。そうすれば、少しは胸郭も広がり呼吸器系にも影響するかもしれない。


しばらくお互い見つめ合っていたけれど、沖田がフイッと視線を逸らした。

土岐は思わず沖田の顔に手を添え、自分の方を向かせる。


「沖田さん、さっきから何か私に言いたい事でもあるんじゃないか?」

「・・・いえ、別に。」

一瞬土岐の目を見た沖田が、困った様にすぐさま視線を外した。


・・・やばい。この人も可愛い。


土岐が添えた手に少し力を入れると、沖田が思わずというように土岐を見た。

土岐の口角が少しだけ上がり、なんとも切なそうな表情を浮かべていた。

少なくとも、男である相手に向ける様な表情ではない。

土岐の頬に添えられた手が、なんだかとても熱く感じる。

沖田は思わずゴクリと喉を鳴らした。


「沖田、さん。」

ゆっくりと近付いて来た土岐の顔を見ていると、その口が沖田の名を呼ぶ。

ふわり、と、土岐からは白檀の良い香りがした。


このときの土岐は、何も考えずに沖田をハグしたいと思っていた。



ふと目の前を見れば、土岐先生と沖田組長がとても「いい雰囲気」になっているように見えて思わず言葉をなくす。

先ほどまで芸妓を抱きしめていた土岐先生は、どう見ても沖田組長に迫っている様にしか見えない。


「土岐せんせ!」

思わずと言った具合に山崎が土岐の名を呼ぶ。

その声に反応して自分を見た土岐先生の表情がとても妖艶に見え、あんな表情で迫られている沖田組長は大変だと漠然と思った。

普段の冷静な先生からは想像もつかない表情だ。


「あの2人は仲が良いのだな。」

隣の山南が微笑ましいものを見るように呟く。

山南総長、何を言ってるんですか。


「色男が今度は男に迫っているのか?だが、残念な事に総司は男色ではないぞ?」

皮肉を込めた声音で土方が言う。

土方も大概酔っ払っているんだろう。


「・・・ふん。私だって男色ではない。ただ、可愛いものが好きなだけだ。」

そう言った土岐の手は、沖田の武骨な手を掴んでいる。

完全にセクハラ紛いかもしれないなと思いつつ、何時もは働く理性が鳴りを潜めているらしい。


「可愛い、だと?総司がか?」


仮にも京都で怖れられている新選組の筆頭組長だ。新選組の沖田と言えば、大抵の人間は逃げ出すだろう。


「他に誰だと言うんだ?あなたも沖田さんを弟の様に思っているのなら、私の言わんとする事も解るだろう?そこに居る松本先生とて同じはず。」


突然土岐に話しを振られた松本が、一瞬呆気に取られたような顔をしたが、おかしそうに頷くと、ゆったりとした声音で言った。


「確かに、土岐さんの言う事はわかるな。だが、だからと言って沖田くんに触れようとは思わん。まぁ、その相手が土岐さんなら話しは別だがな。この人は、私の誘いを断り続けておってな。」


松本が面白そうに土岐を見た。

そんな松本を全員が驚きの表情で見つめる。


「松本殿、誘い、とは?」

近藤が松本に尋ねる。


「私の元に(嫁に)来ないかと誘っておるのだが、私よりもこの嶋田先生の方が良いらしい。」


「・・・松本くん。」

嶋田が不機嫌さを隠す事なく松本を見据えた。


「大丈夫ですよ、嶋田先生。私は松本先生の元には(働きに)行きません。私は(平成にかえるまで)ずっとあなたのところにいます。」


それぞれがともすれば誤解を招くような口振りだ。


「・・・要するに、土岐先生は医学所から来て欲しいと言われておると?」

近藤が驚いた様に言って土岐と松本を見た。


「まぁ、このような魅力ある人物を、自分の下に置いておきたいと思うのが男と言うもの。」


「それはつまり、医師としてではなく、松本先生は土岐先生の事を気に入っておると・・・?」

土岐に手を掴まれている沖田が、信じられないとでも言うように口にした。


「そんな訳ないだろ。あなたもからかうのは大概にしていただきたい。」

そう言った土岐と沖田を見て笑った松本は、肯定も否定もしなかった。


「確かに、こう見りゃ男でも女でも通りそうな男だ。モテる男は大変だな。」

土方はとても面白そうだ。


「モテるあなたに言われたくはないな。」

土岐が挑発に乗るように土方に言う。


「はっ、良く言うぜ。どの口が言ってんだ。」


「ならば、土方さんと土岐先生で競ってみれば良いのではないか?」

山南が土方と土岐を交互に見ながら言った。


「ちょっ、山南総長。」

隣にいた山崎が山南をたしなめる様に名前を呼ぶ。


「———ああ、良いだろう。」

土岐が悪い笑顔を浮かべてニヤリと笑う。


大体、リア充に言われるほどムカつくことはない。

こっちに来てこのかた、全く彼氏ができそうなシチュにはならないんだよ、私は。


「女子を巻き込む訳にはいかんからな。あなたを女子だと思ってやってやろうじゃないか。勝敗は、ここにおる皆に決めて貰えばいい。」


「土岐先生、何もその様な事で副長と競わずとも」

「山崎、俺もやるって言ってるんだ。」

山崎の言葉を遮った土方も、ニヤリと口角を上げた。


どうもおかしな事になった。

こうなった副長は引かないだろうし、土岐先生は変なところで意地っぱりだ。


「あんたの噂は楼閣でも良く聞く。いくら女が口説いてもなびかねぇらしいな?それに、男色のやつらも噂するほどだ。その自覚、あるんだろ?」


「さぁね。私はあなたみたいに沢山恋文を貰う事もないし、それを実家へ送り付ける趣味もない。それに、誰かれ構わず肌を許すのは好きじゃない。」

土岐にすれば、完全にモテる土方へのやつ当たりだ。


「なん、だと・・・?」

土方の額に青筋が浮かび、その瞳が鋭く土岐を睨み付けた。


「土岐先生、土方さんを煽り過ぎですよ。本当に、命知らずな・・・。」

土岐の隣では沖田が完全に呆れたように土岐を見た。


「女子や男を口説いた事はないが、大体が世間では壁ドン、顎クイ、床ドンだって言われてるだろ?」

その土岐の言葉にそこに居る全員が首を捻る。

聞いたこともない言葉だ。


「ま、ここではプライバシーなんてあって無いようなものだしな。花街に寄れば、嫌でも他人のそういう場面には出くわすもんだ。そんな事でいちいち驚いていたんじゃここではやって行けない。ウブな反応をするような歳でもないしな。・・・それに、あなたが私に反応したらそれはそれで愉快だ。」


良く理解出来ない言葉に部屋にいる全員が不思議な顔をした。


土岐はゆっくり立ち上がると土方の前まで移動し、邪魔な膳を後ろへとどけた。

相変わらず土岐を睨み付けている土方に対し、土岐はそれを無視して膝立ちになると、ゆっくり土方に顔を近付けた。


「!」

焦った様な顔をした土方が、勢いよく後ろの壁際まで移動する。


この男、今俺に接吻するつもりだった!


土岐としてはただのフリのつもりだが、男色ではない土方には効果てき面らしい。

土岐は無表情に土方を見ると、ぐるりと土岐と土方を見ている周囲に目を向けた。

みんな、一様に驚いた表情をしている。

土岐は再度土方に目を向けると、フゥ、と息を吐き出してゆっくりと目を閉じた。


「じゃ、始めってことで。」


私は目の前のこのひとが好き。心底惚れていて、愛しくて愛しくてたまらない。できれば今夜を共にしたい。

土岐はそう自分に言い聞かせると、閉じていた目をゆっくりと開いた。

瞬間、土岐を睨んでいた土方の目が見開かれる。


自己暗示とは不思議だ。目の前の土方さんがとても魅力的に見える。・・・俳優さんもこんな気持ちなんだろうか?


土岐は膝立ちのまま、土方の右側の壁にトン、と左手をついた。

目の前の土方を逃がさないように。

男だと思っている人間からこんな事をされたら、鬼の副長は迷わず蹴り飛ばすんじゃないかと思っていたが、どうやら大丈夫らしい。

戸惑いを含んだ真っ直ぐな視線が見返してくる。


土岐の瞳には怪しく熱っぽい色が宿っていた。

土岐の口が魅惑的な弧を描く。


「あんた、名はなんという?」

まっすぐに熱い視線で土方を見ながら、名を聞く。


「・・・歳三だ。」

何だってんだ、この雰囲気の変わりようは。

胸の奥の方が何ともムズムズしやがる。


「へぇ、歳三さんか。」

土岐は土方の前でつぶやくと、ゆっくりと土方の左耳に口を近づけた。

土岐が纏う白檀の良い香りが土方の鼻に届く。


っおいっ、近い!


「素敵な名だな。美人なあんたにぴったりだ。」

耳元で囁かれた土方はビクリと身体を硬くする。

土方の背筋に、ゾクリとした感覚が走った。


ゆっくりと耳から唇を離した土岐は、右手で土方の顎をスッと持ち上げた。

いつもの鋭い視線とは異なり、少し眉間を寄せて困惑した様な瞳が見返してくる。

そんな表情も、この男はどこか男臭くて色っぽい。

土岐はギリギリまで土方に顔を近付けると、互いの唇が触れそうな距離でピタリと止まった。

一瞬このままキスを、とも思うけれど、こちらからは絶対にしちゃいけない。こういうのは駆け引きだ。

最初に土方と対面した時の鋭く射抜く瞳を思い出し、今の戸惑いを含んだ瞳とのあまりの違いに土岐の少し笑った口から息が漏れた。

それが吐息となって土方の唇をくすぐる。


なんだってんだ・・・。相手は男なのに、心の臓がうるせぇ。


「・・・おい、あんた」

土方が戸惑った様に口を開いたのを人差し指で土岐が塞ぐ。

その指からも、白檀の香りがする。


「・・・どうだ、歳さん。今夜は私と一緒に過ごしちゃくれないか?」


そして再度、唇を耳に近付けると今度は唇を耳に当てながら囁いた。

「そしたら私が、あんたに良い夢を見せてやる。」

言って耳たぶに軽く唇を寄せた。


後ろで芸妓の悲鳴にも似た声が聞こえる。


再度、先ほどよりも強い感覚が土方の背骨を走り、土方の身体があからさまにビクリと反応する。

土岐はゆっくりと身体を離し、妖艶に微笑んだ。


・・・その顔はやべぇだろ。女でなくとも・・・。


土方の床に触れていた両手が、ゆっくりと膝立ちして自分を見つめる土岐の背後へと回された。


「私は、あんたの全てが欲しい。」

言いながらも土岐は右手を土方の頬にあてがった。

そしてゆっくりと鼻が触れる程に顔が近付く。


土方の目が大きく見開かれ、それと同時に真剣な色が土方の瞳に宿る。


先生の情欲が灯った両方の瞳がまっすぐに俺を見つめ、言葉の真意を訴えかけてくるような気がした。

土方は自分の中心が熱くなる感覚を覚える。


誰かがゴクリと喉を鳴らした音が聞こえた。

いつの間にか辺りは静まり返り、やり取りをしている二人を固唾を飲んで見守っている状況だった。


そんな土岐はそこでぴたりと動きを止めると上体を起こし、大きく息を吐き出した。


「はい、終わり。」

今までとは全く違う、いつもの声に戻った土岐は短くそう告げた。


元のトーンに戻った土岐だったが、周囲があまりにも呆然と自分と土方を見つめているのに少々驚いたようだ。

未だに土岐に腕を回す土方も、呆然とした表情で土岐を見つめている。


「え、だってそう言う事だったでしょ?私なら女子をこのように口説く。」

土岐が楽しそうに土方を見る。


「土岐さん、酔うておるとは言え、さすがにおふざけが過ぎる。土方殿に対しても無礼であろう。」

少し怒ったような声音で、嶋田が土岐に言った。


「・・・・・・・・・いや、いい。俺は大丈夫だ。」

ゆっくりと我に返った土方が、土岐に回していた腕を外す。


土岐は何事もなかったかの様に自分の膳の前まで移動すると、その場に正座をして流れるように頭を下げた。


「皆さま。私は少しお遊びが過ぎました。申し訳ございません。」

深々と頭を下げて、10秒程そのままに、ゆっくりと頭を上げると膳の後ろへ移動した。


「私は土岐先生の印象がガラリと変わりましたよ。それに、あれじゃいくら土方さんでも戸惑うってもんです。」

沖田が複雑そうな顔をして、土岐を見ながらそう言った。


「おや、それは心外だ。私は元々悪戯好きな人間なんだ。」

そう言うと、徳利から大きな杯に酒を並々注ぎ、一気にこれをあおった。


土岐としては、酒の席での単なる悪ふざけのつもりだ。


「あの、せんせ。先ほどの土方様とせんせは、その、・・まるで北斎のようどした。」

一人の芸妓が思い切り照れながらもそう口にした。

葛飾北斎の、春画のようだと言ったのだろう。

驚く事だが、いわゆるBLのような春画が葛飾北斎の手によって描かれている。


「そう。楽しんでいただけたのなら良かった。」

しかしさすがに飲み過ぎたかも。

そっけなく返した私を、どうか許してほしい。


なんか、だんだんと頭がくらくらして来た。

ふわふわするし、沖田さんの顔がぼやけて見える。

そろそろ限界かも。確か、この隣の部屋に布団が敷いてあったはず・・・。

そこで休めば酔いも冷めるだろう。


「すまないが、少々失礼する・・・。」

そう言って、土岐はゆっくりと立ち上がった。

そしてその直後、土岐の意識はそこでブラックアウトした。


翌朝、喉の渇きで土岐の意識が浮上した。

ゆっくりと目を開ければ、そこはまだ薄暗い。

周囲がよく確認できず、思わず起き上がろうとすると身体が動かない。

どうやら何かに固定されているらしい。

どんな状況なのか理解できない土岐は、ウエストに加わった圧力に思わず身体が固まった。

どうやらここは自室ではないらしい。それに私はトレーナーではなく襦袢姿のようだ。

そしておそらく、ウエストの圧力と背中の温もりを考えると、どうやら私は誰かと一緒に布団に入って寝ているらしい。

昨日角屋に来て、皆さんで御飯食べて酒を飲んで。

———なんか、途中から全く記憶がないんですけど。

普段から酒には弱いので、酒の席で飲んでもお猪口数杯で留めていた。でも、昨日は何となく調子に乗って一人で徳利を1本空けた事は覚えている。


「起きたのか?」

頭の後ろから少し掠れたような良く知っている声が聞こえ、土岐は思わず固まった。


何で??どうして私はこの人と一緒に寝てるの?

まさか、酔った勢いで自分の上司と寝ちゃったとか?

土岐は一気に青ざめた。


「・・・嶋田、先生。私は何故、嶋田先生と同衾しているのでしょうか?」


「土岐さんは昨夜、土方殿に絡んだ事を覚えておるか?」

土岐の質問を無視して嶋田が聞いた。


土方さんに、絡んだ??何て命知らずな・・・。

「・・・いえ。」


「その後倒れ、受け止めた沖田殿がこちらへ運んでくれたのだ。」

「・・・・・。」

「宴会がお開きになったので私がこちらに来てみれば、松本があなたを介抱しておったので私が変わった。」


「・・・色々とご迷惑をおかけして、申し訳ございません。」

土岐はいたたまれない気分になった。


「途中であなたが目を覚まし、一緒に寝てくれと言うので、・・・こうなっておる。」


全く記憶にないけれど、私は何て事を職場の上司に言ったんだ。


「・・・申し訳、ございません。」

土岐のか細い声がそう言った。

「あなたは、早い内に土方殿と沖田殿に謝罪した方が良い。」

嶋田の厳しさを含んだ声が後ろから聞こえた。

そしてその後の大きな溜息に、ますます土岐はいたたまれない気分になった。


「・・・・それにあなたは、寂しいなら寂しいと言うべきだ。常に自分の足で真っ直ぐ立っておるのは良い事だが、たまには弱い所も見せてもっと我々に甘えても良いと思う。まぁ、今回のような事は困るが・・・。」

本当に困った、という調子で嶋田が言う。


え、なに?私人肌が恋しくて寂しいとでもいっちゃったの?嶋田先生に?


「あ、えっと、とりあえず布団から出ます!」

土岐が焦ったように身体を捻って布団から出ようとすれば、ウエストに回された腕がそれを引き留める。


「え?」

土岐は不思議そうに嶋田を見たが、その表情までは確認できない。


「夜明けももう少し先だし、外は寒い。」

そう言った嶋田が、土岐を自分の方に引き寄せた。

嶋田の腕が土岐の背中を包み込む。


「嶋田、先生?」

土岐が訝しげに声を上げれば嶋田が大きく息を吸い込んだ。


「・・・・私には、将来を約束した女子がおってな。医家に嫁ぐ為にその女子も良く勉学に励んでおった。私達は互いに好いておったので、不謹慎ながらもこっそりと同衾することがあった。・・・・だが、私達が一緒になることはついぞなかった。器量良しだった私の許嫁は、藩主殿の目に留まってしまったのだ。」


突然の独白とも取れる嶋田の言葉に、土岐は静かにその話を聞いた。

———だから嶋田先生は脱藩したのだろうか。

そんな藩主に仕えることはできない、と。

それにしても。


「他人のものを権力で奪うとは、下衆のする事ですね。そんな藩主(バカ)の元で勤めるなんて確かに考えられない。」

土岐が静かにそう言えば、嶋田はフッと息を吐いた。


「先の世では、土岐さんみたいな女子ばかりなのか?」


「さぁ、どうでしょう?私は友人から変わってる、と言われる事もありましたから、私がスタンダード・・・、ええと、私みたいな女子ばかりではないはずです。」


「そうか。」

嶋田がおかしそうに応えた。


「・・・私は人の温もりを久しく忘れておった。あなたは温かい。」

気持ち土岐を包む腕に力がこもる。


「それを言うなら私だって、男性と共に同衾する事など・・・。」

そう言って、土岐は言葉を切った。


職場の上司と部下が下着(土岐にとっては十分に服だと思える襦袢)で一つの布団で抱き合っているのは、どうなんだ。そう思って近くにある嶋田の顔を見れば、暗がりの中、真剣な瞳が土岐を見つめていた。


「・・・土岐さん。」

少し艶を帯びたような嶋田の声に、土岐は内心焦りを感じた。

嶋田の事はもちろん好きだ。だから抱き合っていても心地良さはあれど不快な事は全くない。

ただし好きとは言っても家族的な意味だ。

お父さんに抱っこされているような。

背中に回った腕が力を増し、嶋田の顔が土岐の肩元に埋められた。


ちょっ、嶋田先生?!?!


「・・・あなたは少し、自分のみてくれに頓着すべきだ。昨夜の土方殿は、・・・あれは可哀想だ。」

名前を呼んだ声とは裏腹に、大いなる呆れを持って発せられた言葉に土岐は内心ホッとする。

と同時に、自分が何をしたのか全く記憶にないけれど、なるべく早く土方に謝罪に行こうと思う土岐であった。


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