おのれ憎き十常侍
後漢の時代。
わかりやすく言うなれば三国志的物語が始まる、それっぽい雰囲気の中。
ここ洛陽では偉大なる指導者が、強大な国の頂点として君臨している。
洛陽城、謁見の間。
座るは天子たる帝。
年齢にして8歳。プリチーなお目目がチャームポイントの幼帝、天子ちゃんだ。
いつもごきげんニコニコ顔の天子ちゃんは、今日も漢の行く末を思いながら、小さいながらも日々の政務に努めている!
「大変です、大変ですぞ天子様!」
バタバタと大きな足音を立てながら、大層な身なりの男たちが天子ちゃんがいる謁見の間へとやってくる。
彼らの名前は十常侍。
宦官と呼ばれる特殊な文官で、その中でも天子ちゃんの側近にあたる者たちである。
場合によっては不敬を咎められるであろう状況だが、彼らの様子がその様な些細なことに構ってられないと雄弁に語る。
天子ちゃんも何やら剣呑なその雰囲気に気圧され、びくっと小さく震えるとおずおず彼らの言葉を待つ……。
「鴆が……鴆が幽州の地に現れたのでございます!」
「ふぇっ!? 鴆……ですか?」
「鴆でございます、天子様!」
「えっと……」
なんたる凶報か! 漢に鴆が出現したのだ。
だがキョトンと首をかしげ、頭にはてなマークを浮かべる天子ちゃん。
彼女は鴆がどのような怪物であるか知らなかった。
お勉強不足だが仕方がない。
なぜなら天子ちゃんは幼女なのだ。
幼女は無罪。十常侍もそのことを理解しているのか、天子ちゃんに向けて簡潔に説明を行う。
「鴆とは毒霧を放つと言われる妖鳥ですぞ。その毒は強力で、石すらも腐らせると言われており、このままだと民に多大なる犠牲がでてしまいまする」
「ふぇぇ! 大変です!」
天子ちゃんの驚くのも無理はない。
鴆はとても恐ろしい怪鳥なのだ。
このままでは民に多大なる犠牲がでるだろう。
天子ちゃんと十常侍の表情が緊張に固まる。
「天子様、つきましては各諸侯に鴆の討伐を命じたく、何卒天命受けたまりますよう、我ら十常侍伏してお願い申し上げまする」
「「「お願い申し上げまする」」」
一斉に頭を垂れる十常侍。
ちなみに、十常侍はなんか十人ちょいいる。大体十常侍なのだ。
彼らの陳述に天子ちゃんも大きく頷く。
キリリと表情を変え、幼女ながらも帝に相応しい意向を持って、椅子から立ち上がり声を張り上げた。
「わっ、わかりました……。えっと、十常侍の皆さん。諸侯に命じて鴆を退治して下しゃい!」
「ははぁ……!」
しっかりと言えた。
最後の方で噛んだが許容範囲内だろう。
仰々しい十常侍たちの返礼を満足気に見つめながら、天子ちゃんは今も鴆に苦しめられているであろう民たちに思いを馳せる。
「大変でございますぞぉぉぉ!」
その時である。
この場に居なかった十常侍の一人が慌てた表情で転がり込んでくる。
何事があったと言うのか? その場にいる全員の視線がその男に集まる。
「鴆が、鴆がもう一匹現れもうした!!」
「なんですとっ!? それは……それは……」
おお、なんたることか。一匹でも多くの犠牲を生み出す鴆がもう一匹現れたと言うのだ。
まさにこれは漢の存亡に関わる一大事。
その事実に恐れおののいた十常侍は、驚愕に目を見開き叫びあげる。
「そ、それはもう、鴆鴆ではないか!!!!!」
「ふぇ!? ふぇぇ!!!」
「天子様! 我らの漢を導きしいと尊きお方よ、何卒、何卒、命を下されますよう、願い申しあげます!」
天子ちゃんが驚きわたわたする中、十常侍は再度頭を地面に擦りつけながら、彼女の命を願う。
一呼吸置いた天子ちゃん。
彼女は先程聞いた言葉をなんとか無かったことにすると、おどおどと上目遣いで十常侍に命じる。
「え、えっと……ち、鴆を二匹、退治してください?」
「そうではございませぬ、天子様! 鴆鴆を! 鴆鴆を退治せよと、そうお命じくださいませ! さすれば諸国数万の兵が、必ずや鴆鴆を討伐せしめましょうぞ!」
天子ちゃんは、羞恥から両手で顔を隠しブンブンと頭を振っている。
おお、なんたることであろうか。
十常侍は知っていたのだ。鴆が二匹いることを。そうして、その討伐には幼帝たる天子ちゃんの御言葉が必要なことを。
何たる非道、何たる悪逆、おのれ憎き十常侍! 天子ちゃんは顔が真っ赤だ!
「あう、えっと、えっと……」
「天子様!!」
「ひゃ、ひゃい!!」
あわあわと手をぱたぱた動かし、動揺を露わにする天子ちゃん。
当然だ。年頃の女の子がそんな卑猥な単語を言えるはずもない。
だがしかし、彼女が、天子たる彼女が命じなければ民に多大なる犠牲が出てしまう。人々に悲しみが生まれてしまうのだ。
心優しい天子ちゃんはそれを見逃すことは出来ない。
意を決し、その小さく可憐な口を開く天使ちゃん。
十常侍の口が嫌らしく歪む。
おのれ憎き十常侍!!
「あの、その、ち……鴆鴆を……」
「はしたないですぞ天子様! "お"をお付け下さいませ!!」
「お、お、お鴆鴆を……」
「お鴆鴆を、退治してくだしゃい!!」
「「「おおおおお!!」」」
十常侍から歓声が上がる。
歓喜と欲望に満ち満ちたその言葉は完全に変態のそれだ。
これこそが、十常侍なのだ。
そう、すでに漢の皇帝たる天子ちゃんは傀儡となりはてていた。
全ては十常侍が握っている。
この幼い帝だけでは、老獪なる彼らに立ち向かうことなど到底叶わぬ。
羞恥と悔しさにギュッと服の袖を握る天子ちゃん。
それすらも彼らを萌えさせる一因にしかならない。
おのれ憎き十常侍! 天子ちゃんは涙目だ!
「いやぁ、流石天子様だ!」
「ご立派ですぞ、テンション上がってきますな!」
「私なんぞ、萌え死んでしまいそうですじゃ!」
やんややんやと十常侍が盛り上がる。
今日のご飯は美味しくなりそうだ。
反対に天子ちゃんは絶望のどん底だ。
あんな言葉を言わされたのだ、もうお嫁に行けないかもしれない……。
天子ちゃんの年頃の女の子らしい夢が、無残にも十常侍によって踏みにじられる。
おのれ憎き十常侍!
やがて十常侍の盛り上がりも収束を見せる。
ひと通り天子ちゃんに萌え狂った彼らは、早々に気持ちを切り替えると目の前に積み上げられた問題の対処に入ったのだ。
「では、今日の天子様分を補給した所で、早速諸侯に号令をかけますかな」
「そうですなぁ、誰が適任か……」
「功を焦る者は多い、お鴆鴆程度なら鎧袖一触でしょうぞ!」
「はっはっは……」
仕事の早さと能力に関してはは有能である。無能なのは人間性であった。
「あう……恥ずかしいのです」
天子ちゃんは顔を俯かせながら嵐がすぎるのをまっている。
ここで余計なことを言えば、また卑猥な言葉を言わされてしまうだろう。
それだけはなんとしてでも避けなければいけないだ。
だが、天子ちゃんの願いは、この不埒者たちには決して届かなかった。
「皆の者……少し待たれよ」
「む、どうしたのじゃ?」
「鴆討伐の件は、決着したはずですぞ?」
「早馬を出して諸侯に通達せねば、マジで被害が広がりますじゃ」
一人の十常侍が声を上げる。
最も若く、最も変態性の高い男だ。
終わった話を蒸し返そうとしているのか? それとも何か妙案があるのか。
十常侍の注目が集まる中、その男は突如天子ちゃんに向けて頭を垂れた。
「天子様!!」
「ひゃ、ひゃい!?」
「兵の報告によると、鴆なる妖鳥、大きくて硬くて、黒光りしていたそうですぞ!?」
「ふぇぇぇぇ!!」
天子ちゃん、大絶叫。
流石にそれは不味かった。いろんな面でギリギリだった。
そのチョイスに十常侍もタジタジだ。
まさかここまで変態性を魅せつける男が居たとは思っていなかったのだ。
おのれ憎き十常侍! お巡りさんが怖くないのか!?
「流石にそれは天子様が……」
「いや、これぞまさしく天才の発想……」
「無くなった鴆鴆が反応しそうですじゃ!」
「あうあう、それは……えっと、駄目ですよ……そんなの、えっちです」
天子ちゃんのなけなしの拒否も今の十常侍には届いていない。
彼らはこの案件がセーフかアウトかを全身全霊で審議している最中なのだ。
もちろん結果は全員一致のセーフであった。
おのれ憎き十常侍! 負けるな天子ちゃん!!
「駄目なことなんてありえませぬ! これは必要なことですぞ!」
「そうですじゃ! 今一度! 今一度天子様の命を下さいませ!」
「さぁ、天子様! 早速硬くて大きくて黒光りしている巨大なお鴆鴆に対する討伐の命を!! 我ら十常侍、伏して、伏してお願い申しあげまする!」
「「「申し上げまする!!!」」」
「ふぇぇぇぇぇぇ!!!」
不埒者共の宴は終わらない。
それは、漢の腐敗を如実に表しているかのようだ。
自らの国が腐敗していく様を目の当たりにしながら、天子ちゃんは今日も必死に彼らのセクハラに耐える。
おのれ憎き十常侍!
おのれ憎き十常侍!
なお、このあと十常侍は全員袁紹と董卓にぶっ殺された。