天と獄
とある国 とある所 とある山
「今日は街がとても明るいな」
「えぇ、とても…」
その山の道を歩く男女がいた
若い二人に似つかわしくないボロな服
僅かな荷物を背負い歩いていた
「彼らは」
男が街を指差す
「どこへ向かっていくのだろうね」
女は街から目を逸らし
「わからない、けど、あそこよりはいい場所」
といった
山は大きく、男女はそれなりに高い場所にいたが街はとても明るくなっていたので
男は街の様子がそれなりに見えた
「僕は、僕は地獄には行きたくない」
ひとり言のように漏れた男の呟き
女はなにも言わず 男は続けて
「君がいれば、そこが天国なんだ。僕はそう思う」
歩みは止めず黙っていた女が口を開いた
「なら、あの街はもう地獄?」
けして街の方は見ず そう言った
男は街からけして目を離さずにいた
「母がいて、兄弟がいて、友がいて、そうであったなら、こうならなかったなら」
「やめよう」
女が男を制止する 頬に雫が流れた
「父も、兄弟も、みな行ってしまったわ、やっぱり、あそこは地獄なんだわ」
ウ― ウ― ウ―
「…行こう、もう少しだから」
ウ― ウ― ウ―
「…はい」
男は母を思い出していた 一人 私を育てた母は私を探しているのだろう
女は父を思い出していた 今 隣にいる男の様に父は何処かで私を守っているのだろうか
友は 母は 兄弟は いまもなお地獄で自分達のことを愛しているのだろうか
「これからは」
僕が 父となり 母となり 兄弟となり 友となり 君を守ろう
男は 言えなかった
「眩しい」
女は初めて 明るい街をみた
「あの火が、私たちの愛したものだったのかしら。だとしたらとても、愛おしいわ」
男の顔は すっかりぐちゃぐちゃになっていた
「はやく はやくいこう」
女の手を引き 走った
小さな洞穴に男女はたどり着きそこで夜を明かすことにした
「私は、あなたが好き。私のそばにいることを選んでくれた」
まどろみの中 女が男に耳打ちをした
「間違っていたか、正しいのか分からないけど、私は幸せだったしうれしかったよ」
男は疲れからかすやすやと眠っていた
朝 男は冷たくなった女を抱き抱えていた
「どうして」
「どうして?」
返事はない
「君さえ、君さえいれば僕は」
「母を捨て、友を捨て、兄弟も捨て、果てに国まで捨てたというのに」
「これでは、ここも地獄じゃないか」
「君にとっての天国は、僕じゃなかったのか」
男にはもはやなにもなく 街にもまた何もなかった
「僕は」
「僕は天国がいい、地獄は嫌だ、殺したくない、しんでほしくない、捨てたくない、失いたくない」
「今からでも間に合う、君のもとに」
灰の煙が立ち昇る街 抱きかかえられた女 積み重なった肉塊
「逝こう」
あぁ神様 どうか向こうは幸せでありますように