第一話 魔女との出会い
この春常盤健臣は高校二年生に進級した。
健臣は濃紺のブレザーの制服に身を包み、昇降口に張り出されたクラス発表の張り紙を眺めている。
柔らかい髪はほんの少し長い。瞳は優しげだ。その瞳が笑った。
健臣の名前はBクラスの欄にあった。
そして、その中に何人か友達の名前もあり、二年生も楽しくやっていけそうだと思った。
教室へ向かおうとした時、横に見覚えのない女の子が立っていることに気がつく。
長い黒髪を綺麗に切り揃え、今どき珍しくスカート丈は学校が指示した膝上五センチの長さである。
二年生のクラス発表の掲示板の前にいるということは同じ学年なのだろう。
七クラスもあるのだ。知らない同級生がひとりくらいいてもおかしくはない。
「なに?」
その女の子は小声でぼそっと言った。
それと同時に、女の子をずっと見つめていた健臣に睨むような視線を向けた。
健臣はびくりと肩を揺らし、慌てて「ご、ごめんなさい」と言った。
そそくさと逃げるように下駄箱に向かいながら、無神経なことをしてしまったと反省する。
そして小さくため息をついた。
健臣が下駄箱に着くと、そこにいた男の子が軽く手を上げて笑みを向けた。
「よう、健臣。同じクラスだな。よろしく」
声をかけてきたのは児島直。
直は小柄で顔立ちもまだ幼さを残している。
ツンツンとした短い髪が直の活発さをあらわしていた。
直と健臣は幼い頃からの友達で、一年生の時は違うクラスだったが今年は同じクラスになれた。
それは先程、健臣も掲示板で確認済みだった。
「おう。よろしくな」
健臣もにっと笑って返事をする。
健臣が黒いローファーから上履きにはき替えていると、直がこそこそとした様子で話しかけてきた。
「お前、魔女と話してた?」
「は?」
「森野真子だよ。今、話してなかった?」
健臣はちょっとだけ考える素振りを見せて、すぐに「ああ」と苦笑した。
先程の女の子とのやりとりを直に見られていたと思うと恥ずかしくなる。
しかし『魔女』なんてあだ名はあんまりだろうと思ったが、ほんの少しだけ納得してしまった。
「あの髪の長い女の子のこと? 直の知り合い?」
「お前、まじで言ってる? まだ知らないやつがいたとは。でも健臣は、Gクラスだったもんな。接点ないか」
直は珍しいものでも見るかのようにまじまじと健臣を眺める。
そして、ひとり納得したように何度かうなずいた。
健臣は気になって直に先を促す。
「森野さんがどうしたって?」
「俺さ、一年の時、魔女と同じクラスだったんだけど、色々うわさがあってさ」
直は周りをさっと見回し、健臣に近寄った。そして小声で続ける。
「社会科の松岡和弘とつきあってるとか、援助交際してるとか、黒魔術が使えるとか……」
健臣は吹き出すように笑う。
「最後のはないだろ」
「お、俺だって信じてないけど……」
そう言う直の視線は泳いでいた。
けれどすぐに気だるげな表情に変わり、言葉を続ける。
「あーあ。まさか二年も同じクラスだなんて。三年に上がる時はクラス替えないから三年間も一緒かよ」
「縁があるんじゃない?」
「やめろよ」
直はむっとした表情を浮かべながら、冗談交じりに言った健臣の肩を小突いた。
教室に着くと黒板の前に人だかりができている。
「なに、なに? なにやってんのー?」
直は物怖じせずにそこに突っ込んで行った。そんな直の人懐っこさに感心しながら健臣もあとに続く。
「席順のくじ引き。直と健臣も引けよ」
くじの入った箱を差し出したのは篠原拓也。
長めの前髪を右側に流している。
微笑む笑顔は爽やかで、女子からの人気が高い。
同じクラスになったのは初めてだが、お互い顔も知っていて話したこともあった。
「一番うしろの窓際がいいなぁ」
直は楽しそうに箱に手を入れた。取り出したくじの番号は三番。
黒板に書かれた割り振りを見て直は頭を抱えて叫んだ。
「寝れねぇじゃん!」
教壇を囲っている生徒たちがどっと笑う。
「ほら。次は健臣」
健臣は拓也からくじの箱を受け取って軽く揺すった。
直の二の舞はごめんだ。
覚悟を決めて健臣がくじを引くと、出たのは三十九番だった。
そして黒板を見て『どうやら俺は運がいいらしい』と、にんまり笑った。
窓際ではなかったが一番うしろの列だ。
「健臣くん、交換しよう」
直がにこやかに言ってきた。健臣もにこやかに微笑み返す。
「もちろん、やだよ」
そしてべっと舌を出す。直は悔しそうに「あー!」と天井を仰いだ。
突然にぎやかだった教室がしんと静まり返った。
何事かと思い、健臣はみんなの視線が集まっている教室の入り口を見る。
そこには長い黒髪を揺らしながら、辺りをゆっくりと見回している女の子がいた。
――森野真子だ。
「魔女もこのクラスなの?」
「やだぁ」
小声だったが真子にも聞こえていただろう。
女の子は可愛いが、こういうところは怖い。健臣は顔をひきつらせた。
健臣は手に持っていたくじ引きの箱を真子に差し出し、人のいい笑みを浮かべた。
「席順のくじ引きをやってるんだ。森野さんも引きなよ」
真子は長い前髪の隙間から覗くように健臣を見た。
それは上目遣いだったが、視線は健臣を警戒しているかのようにじっと健臣を見つめている。
健臣は引きつりそうになる口元に意地で笑みを浮かべ続けた。
真子は健臣の持つ箱に手を入れる。
しんと静かな教室に生徒たちの息を呑む音が響いた。
真子が引いたくじの番号は四十番。みんなが羨む一番うしろの窓際席だ。
そして健臣の左隣の席だった。
真子は自分の席を確認すると席へ向かう。
黒板の前にいた女の子が番号を消して『森野』と書き換えた。
引かれた番号は名前に書き換えられている。
もちろん隣の席に書かれた名前は『常盤』だ。
「今学期の『生け贄』は健臣だな。がんばれよ」
直が健臣の肩をぽんと叩き、憐みの視線を健臣に向けている。
しかし口元はわずかに笑っていた。
顔に『くじ交換しなくてよかった』とはっきりと書いてある。
「きっと黒魔術であの席をとったのよ」
「やだぁ、怖い!」
小さな笑い声に紛れて聞こえてきた。
どうやら森野真子はいじめられっ子らしい。そういうのは苦手だ。
どうして仲良くやれないのかと思う。
しかしそういうことを声に出して言うほど正義感の強い人間でもなかった。健臣は軽くため息をついて自分の席へと向かう。
真子はすでに自分の席に座り、窓の外を眺めていた。
そんな彼女に健臣は初対面用の人のいい笑顔で挨拶をする。
「隣の席になった常盤健臣です。よろしく」
「森野真子。よろしく」
真子は健臣を一瞥し、小さな声で言った。
そしてすぐに視線を窓の外へ向ける。
健臣の口元がひくりと引きつった。今学期、真子の隣でやっていけるのか。
健臣に一抹の不安が過ぎった。
これが俺、常盤健臣と魔女こと森野真子との出会いだった。




