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本日の課題「原因が分かっても、どうすればいいかが分かるわけではありません」


『まっとうに自然科学で考えた場合、地球が二つに割れるなんてのが起こり得るはずないことは恐らく子供でも分かるだろうな。だが、それが起きた。となれば、理由は逆に簡単さ。自然の力以外が働いた。それ以外に説明がつくはずがない。もちろん、実証は不可能だ。完全なる憶測。しかしこれほど精度の高い憶測は無いと自負するよ。何せこれ以外にはこの現実を説明する手段が無い。だから、これから言う話は自信を持って限りなく真実に近いと言っておく』

極めて断定的な口調のダアトの声が響く。


『案外に知っている人間は多いんだが、地球と月ってやつは、惑星と衛星という関係で考えた場合、あまりにも危険な比率なんだよ。地球に対して、衛星である月がでかすぎるし、近すぎる。重力バランスを考えると、相当に微妙な関係さ。これ以上ちょっとでも地球側に寄ってきたら、間違い無く地球の重力に引かれて落下してくる。それぐらい危ういんだ。では、そんな危なっかしいバランスが何故保ててるのか。いろんな学者先生が仮説を立ててくれたよ。それでも十分に納得できる内容のものをね。しかし、実際は違う。地球と月のバランス。こいつは神様の贈り物なんだよ』

「……コクマーさん。この話、まだ続くんですか?」

「静かにキュリアス。今、大事なところです」

妙な話、人類に対する奉仕といった観念が無いキュリアスにとって、人類の発祥や起源、ましてその事実にも興味は特に無い。

退屈を募らせるのもまたむべなるかな。


『ここからは私の仮説だが、恐らく月の内部には慣性質量を中和するなんらかの装置が設置されている。これが私の出した結論だ。そして、その装置は残念なことに不具合を起こした。これが今回の事態の真相さ』

その声音はどこか嘲笑するようなニュアンスを含んで聞こえた。


『慣性質量中和装置は、簡単に言えば一定範囲の場に対し、重力定数を任意で操作することのできる装置だ。宇宙での超長距離、超高速移動に必要な無慣性飛行に必要な技術の応用だな。

こいつで本来なら衝突ものの地球と月の仲を取り持ってた。が、それも一時のことだ。世の中ってのは、形あるものは必ず滅びる。計算が正しければ、神のモデルさんたちがこの地球を訪れてからすでに600万年以上。機械の寿命にしたって、これだけの長期間を求めるのは酷ってもんだよ』

「……あ、そうか。メンテ有る無しに関わらず、さすがに私でも600万年生き延びる自信は無いですもんねー」

「だから……。キュリアス、お前の下らない感想は今はいらん、ちょっと黙ってろ!」

コクマーに、完全に無駄話の類と一緒くたにされた自分の意見に不満を持ちつつ、キュリアスはまたも憤然としながら押し黙る。


『無理をしすぎたのさ。そう、実験といってもいかんせん無理をしすぎた。本来不可能なほどの近距離に月なんて馬鹿でかい衛星置いて、それを調整するための無理が少しずつ蓄積した。結果がこれさ。地球はきれいに真っ二つ。まるでマンガだろ』

今度の声にも嘲笑の響きが強い。

しかも以前にも増して。


『当然だがこの世に永遠の安定は存在しない。長い年月は慣性質量中和装置の機能を徐々に弱め、そして恐らく、危機管理の観点から考えても、そうした事態が起きた時を想定した何らかの安全装置が取り付けられてたはずだ。が、残念なことにその安全装置が、月と地球の衝突という最悪のシナリオを回避する代わりに、二番目に悪い結果を生んだ。重力定数を一定範囲でコントロールすることで、月と地球の衝突を防ぐ目的で取り付けられていたこの安全装置は、作動は極めて順調だったが、パワーバランスが当初のシミュレーションよりかなりずれたらしい。そのため、元々から重力定数を弄るなんて言う無理が地球を軋ませた。結果、慣性モーションに沿って乱れた質量バランスに耐えきれず、地軸を中心にして西半球と東半球は経度約120度の部分からふたつに割れたわけさ。お月様と地球がキスする最悪のシナリオを回避はしたものの、代償はそれとさほど変わらなかった。なんとも皮肉だと思わないか?』

「……別にどうでもいいなー……」

「てめっ、ほんとその口ちゃんと閉じてろっ!」

「んぶっ!」

相次ぐキュリアスの無駄口に忍耐の限界を得たか、コクマーはいつの間にか無気力にその場へ座り込んでいたキュリアスの口を後ろから両手で塞ぐ。


『で、ご存じの大惨事だ。人間もいろいろ生き延びるために試行錯誤したろうが、まあ、無駄だろうさ。なんたって、神様がしくじったくらいだからね。人類にそれを修正できるほどの力があろうとは思えない。そういったわけで、私は慌てふためきながら生存の道を探り、自滅してゆく人類の哀れな姿を見るのに飽き飽きしてね。それで自ら機能を停止した。これまた慌てたろうな人間は。これを聞いてるのが人間だとしたら、気が気じゃなかったろう。拠り所が極端に少ないところにもってきて、さらに私を失ったのは、手前味噌だが、相当ショックだったはずだ。そこについては心から同情するよ』

「んぶっ……、やっぱりこいつコクマーさんと双子ですよ。この歪みに歪んだ性格とか、まるで血の繋がった兄弟のよう……」

「だーまーれー!」

「むがぐぶっ!」

手で塞いだ口を押し開き、またも腹立たしい意見を述べるキュリアスに、コクマーはヘッドロックでもかけるよう、腕全体でその口を塞ぎにかかる。

傍目からするとちょっとしたプロレスショーのような様相である。


『さて、こうしたことから、今後地球上で人類が生き延びるのは不可能に近い。いや、ほぼ不可能だ。私の能力にも限界はある。出来る事と出来ない事は当然あるからね。だから早々に人類を見限り、一足先に眠りについた。面倒事は嫌いなのさ。特に解決の方法が無いことは。もし、これを聞いているのが私と同じ、人工知性体なら、悪いことは言わない。早急にその機能を停止して寝ちまえ。この先に待ってるのは確実な滅びだけだ。つまらないことこの上無い。賢明な判断を祈る。では、私はこれにて永遠の眠りだ。一緒に寝たければしばらくここにいるといい。楽に終われるよう、配慮をしてある。では、ごきげんよう』

最後の言葉を言い終えた瞬間、急にダアト全体から発生していた微細な機械音が止まった。

それはつまり、最後の言葉にして最期の言葉だったのか。

とにかく、コクマーの兄弟機はこれにて完全にその機能のすべてを停止することとなった。


「ふん……。私と同型とは片腹痛いですね。この程度の状況で自らの置かれた立場に絶望し、軽々しく機能を停止させるとは……、まったく最近のコンピューターには根性が無い……」

「んー、んー、んー!」

「え?ああ、すまんキュリアス」

口に食い込ませていた腕をどかしながら、コクマーはキュリアスを見る。


「すまないキュリアス。どうにもこのダアトとかいうポンコツの言いようが腹立たしくて、つい腕に力が入ってしまいました」

「うえっぷ……。まあ、それは別にいいですけど……。その辺りは私も同意見ですし」

「おお、お前も理解してくれますかキュリアス!」

「意外なことに、とてもよく分かります。自殺するコンピューターなんて、バカらしいにもほどがあるし、なんか、口のきき方がコクマーさんよりさらにムカつくタイプだったし」

「……まあ、細かい部分は突っ込まないことにしましょう。とにかくお前とは意見の一致を見た。ここが重要な点です。これなら、これからもお前と一緒に人類の存亡について……」

「どしました、コクマーさん?」

「……ちょっと気になったのですが……。ダアトが最後に言った一言、(楽に終われるよう、配慮をしてある)というのは、一体どういう意味だと思います?」

「さあ。なんでしょうね。ここでひとりで寝てるのは寂しいから、一緒の場所で機能停止してほしいとか、そういう意味なんじゃ……」

キュリアスが見解を言い切る前に、答えは突然、部屋全体に響いた無感情な合成音声によって導かれた。


『スーサイド・コール確認。緊急解除コード全認証。起爆までのカウントを開始します』


音声の内容を聞きながら、キュリアスとコクマーはまるで示し合わせたように同じ顔をした。

苦笑い。


「えーと……。コクマーさん、確かスーサイド・コールって……」

「……自爆命令ですね……」

『起爆まで30秒』

「早えよっ!」

「考える時間も無いだろそれっ!」

お互いに、異常なまでに短い起爆までのカウントダウンへ突っ込みを入れつつ、事態の逼迫度合いを察したふたりは一目散に室内を出ようと全速力で出入り口へと駆け出した。


と、

それを見計らったように、入り口のドアが閉じ始める。


『残り20秒で起爆します。室内に残っている方はすみやかに退室してください』

「退室したいのに、それ邪魔してんのそっちだろがこのボケナス!」

「コクマーさん、文句は後でいいから、さっさと走って!」

「走ってますよ、全力で!」

ここに至ってまで下らない口論をするふたりだったが、ドアの閉じてゆくスピードはさすがに事前確認を含めていただけあってかなりゆっくりだった。

そのため、キュリアスはカウントダウンの最後を聞くより早く部屋から脱出した。


「うへぇ……。ほんと最悪だわあのクソコンピューター。コクマーさんがなんだか可愛く思えるくらいですよ。ねぇ、コクマーさん」

部屋を出、廊下にへたり込みながらキュリアスが言う。


しかし、

言葉を向けた当人は想定していた場所にいない。


「……あれ、コクマーさん?」

「キュリアス、こ、ここです、ここ!」

思っていたよりもコクマーの声が遠くから聞こえる。


「ここ?」

「だ、だからここ、まだ室内!」

「何やってんですかコクマーさん、とっとと出てくださいよ。もうドア閉じますよ!」

「……絡まった……」

「……は?」

「コードが足に絡まった……」

「……」

『起爆まであと10秒。カウントダウン。9、8……』

無情な音声と同時に、ドアが完全に閉じる。


いや、正確に言えば、コクマーのコードが挟まり、完全に閉じているわけではない。


「……お気の毒ですコクマーさん。まさか、こんな形で最期を迎えることになるなんて……」

「てめっ、キュリアス、縁起の悪いこと言ってないで、そのドアどうにか開けてコードごと私を引っ張れ!」

「無茶言わないでくださいよ。私はアンドロイドといっても、作業用じゃないんですよ。そんなパワーあるわけないし、しかももう防護シャッターも閉じ始めてるし」

「ええええっ!」

「だから、コクマーさん。諦めや居直りってのは時に大切なんです。ことここに至ったら、腹据えてきっちり吹っ飛んでくださいよ」

「お前っ、他人事だと思って好きなこと言ってんじゃ……」

『3』

「あーーーっっ!」

「お達者で、コクマーさーん♪」

『2』

「キュリアス、てめぇ絶対あとでぶっ飛ばすからなぁっ!」

『1』

「はいはい、じゃあその前にご自身がお先にぶっ飛ばされてください♪」

『0』

「キュリアスーーーーーーーーッッ!」


凄まじい爆音とともに、ドアの上から閉じた防護シャッターが揺れる。

コクマーの挟んだコードのため、完全に閉じきらなかったドアと防護シャッターの隙間から火炎放射のように吹き出す業火が、室内での爆発の規模を物語る。


真実を聞いて変わることもあれば、真実を聞いても変わらぬこともある。


今となっては謎となったコクマーの兄弟機であるコンピューター、ダアト。


意志ある者には二種類ある。


希望を糧に歩むもの。

絶望の中で滅ぶもの。


残念ながらコクマーは前者でありながら滅びの道を歩んだが、それは機械としての都合のいいところ。


「……さあて、コクマーさんの文句でも聞きに帰りますか」

廊下の床から立ち上がりつつ、切断されたコクマーのコードを辿るようにいつもの部屋へと引き返すキュリアス。


知識は成長に欠かせぬ要素。

だが、

智恵に比べればそれは矮小な事柄に過ぎない。


ダアトは知識をもたらした。

しかしそれは必ずしも必要なものでもなかった。


実践学習第一回。


今回の収穫はキュリアスにとって、得難くも大きなものだった。


何故なら、


普段、あれだけ威張り散らしているコクマーの、端末に過ぎないとはいえ、それが木端微塵になる瞬間に立ち会えたのだから。



……そう、

そのように認識する時点で、キュリアスもまた、相当に破綻した性格の持ち主なのである。


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