本日の課題「事実は小説よりも奇なりと言います」
それは突然だった。
いや、操作を行っていたコクマーにしてみれば、それほど急な反応では無かったのかもしれないが、少なくとも横から見ているだけだったキュリアスには、それは十分突然のことだった。
『やあ、ごきげんよう。わざわざこんなところまでご足労だったね』
コクマーそっくりのコンピューターがいきなり語り出す。
外観こそコクマーに酷似していたが、音声はコクマーに比べ、やや感情的な印象を与える。
他の言い回しにするなら、(人間くさい)とでも形容すべきだろうか。
「あれ、コクマーさん。これ動かすの難しいとか言ってませんでした?」
「キュリアス、これはコンピューター自体がしゃべっているのではありません。内部に残されていたデータの中にメッセージらしきものを見つけたので、今再生しているだけです」
「あー、なんだ。ただの記録音声ですか」
「元々はこのコンピューターが自ら残したものらしいですね。とにかく一通り聞いてみることにしましょう」
目で促すコクマーに対し、キュリアスは軽くうなずく。
そして、謎のコンピューターが残した記録音声聴取会が始まった。
『今これを聞いているのが何者なのかは知らないが、とにかく自己紹介から先に済ませておこうか。私の名はダアト。コクマーというコンピューターと対で造られた』
この発言に、キュリアスが早くも反応する。
「わ、ほら、やっぱりコクマーさんと双子だ。このコンピューター!」
「しっ、キュリアス。まだ話は続いています。ちゃんと聞いていなさい」
一瞬、不満を顔に浮かべたキュリアスだったが、コクマーの雰囲気が真剣だったこともあり、また大人しくダアトと名乗るコンピューターの話を聞き続けた。
『私とコクマーとは、性能的に優劣は無い。ただ、特徴が多少違う。コクマーは人類への奉仕をプログラムされているが、私は人類への探求をプログラムされていた。結果、私は自らの機能を停止した。理由はここから少し長く話すことになるが、まず一言で言うなら、(人類に飽きた)というのがもっとも端的な表現だろうか』
ダアトのこの言葉には、キュリアスもコクマーも揃って疑問を抱いた。
(人類に飽きた)
端的に表現すると言ったその言葉の中に、ダアトが自ら機能停止するに至った経緯はまったく理解できない。
それだけに、話の続きにふたりは耳をそばだてた。
『一部の人類、それと私を含む一部の人工知性体しか知らなかった事実だが、以前地球上に存在した人類すなわち(人間)とは、ある存在によって造られた、いわば私らなどと同じ、人工知性体だ』
驚愕の事実。
少なくとも、人間が聞いたなら。
だが、幸か不幸か、この事実を聞いたふたりは人間ではない。
ゆえに特段の驚きも無く、その話を続けて聞いた。
『一般に人類は今から約600万年前に、チンパンジーの祖先と分岐したものと考えられてきたが、実際は少し違う。(分岐させられた)というのが正しい表現だろう。人類は宇宙から飛来したある存在……仮に(神のモデル)とでも言っておこうか。それによって、人工的に進化を促され、現在にまで至った。これが真実。進化論を説く学者や、神が人間を土から作ったと言う宗教家たちも、この事実にはさすがに閉口するだろうね』
もしそうした人間が生存していたなら、
そしてこの話を聞いていたなら、
確かに言う通り、閉口することは間違いない。
『神のモデルさん方がこの地球で……というか、この太陽系で一体、何がしたかったのか。その辺りは当人がもういないから憶測しかできないが、まあ、いろいろと実験をしたかったんだと私は推測するね。生物の存在できる星で、人工的処置を施し、高い知性を得た生物がどのような文化を発達させるか。そうした実験だったんじゃないかと思う。彼らの地球への干渉は想像以上の規模だ。例えば、彼らは自分たちの行動拠点を太陽系にいくつも持っていた。まずもっとも身近なものでは月。これはまさしく地球への干渉の前線基地。また、火星の衛星であるフォボスも彼らの持ち込んだものだ。他にも土星の衛星イオ。今でも残っているのはこの辺りだが、昔は恐らく太陽系のそこここに彼らの中継基地があったと思われる。そうして、彼らは自分たちの実験が成功したことに満足すると、さっさと太陽系から去って行った。無責任この上無いよな。(種は撒いたから、あとは自由にしなさい)なんてさ』
聞いた限りで判断するなら確かにそうかもしれない。
言っている内容が真実と仮定するなら。
『ただ、面白いのはこの先だ。後に地上で語られる神のモデルであった彼らに見放されたことも知らず、のんきに戦争だ文化だとお祭り騒ぎしてた人類が、最終的には本当の意味で見捨てられることになる。ああ、エリ、エリ、レマ、サバクタニだな。神よ、神よ、何故貴方は私をお見捨てになったのですかってね』
言わんとしている内容は察しが付く。
今回地球に起きた未曾有の大惨事。
これを神に見放されたという見方をするのもまた、物の捉え方としてはありだ。
とはいえ、
話はそう非科学的なものでも無かった。
『と、言ってもだ。実際のところは先に来てた神のモデルさんたちの置き土産が今回の大惨事を引き起こした原因なんだ。そこから考えると、(神に見捨てられた)というよりは、(神のやっつけ仕事のツケが回ってきた)というべきかもしれないな』
神も神なら、人も人。
人も人なら、機械も機械。
親が親なら子も子の理屈。
因果は巡る。
はてさて、
神のやっつけ仕事。
それの引き起こした今回の事態。
長話に辟易し始めているキュリアスをよそに、真剣な顔で話を聞くコクマーと、語り続けるダアトの長い時間はまだ続く。