本日の課題「先延ばしにも限界があります」
コクマーとキュリアスが存在する地下施設は、地下約二千メートルに建造されている。
よって、外界の地熱や放射能といったものからの防衛策は万全を期し、もし施設内に生存している生物がいるなら、その生命を危険にさらすようなものは基本的に存在しない。
残念な点があるとすれば、その肝心の生存者もしくは生存した生物がいないということ。
そう、少なくとも今の時点では。
「それにしても……」
「なんですキュリアス?」
「ちゃんと探索するかどうか、わざわざ監視しについてくるとか、私ってどんだけ信用無いんです?」
無骨で長大な施設内の階段を上りつつ、いかにも不満そうな顔で、キュリアスは自分の隣に陣取る少女型のコクマーを睨む。
「別に私はお前の行動を疑って同行するわけではありません。このボディの性能テストを兼ねて、私自身もD52ブロックの調査を行いたい。そう思っただけのことです」
言いながら、少女型コクマーは右手に幾重にも巻いて持つコクマー本体との直結コードを、歩みと合わせて少しずつほぐしてゆく。
この施設の構造は大まかに言って、上からAフロア、Bフロアと続き、Eフロアまである。
フロアはさらに区画ごとに細かく分けられ、最下階であるEフロアは24ブロックに分割されており、そのうちの11ブロック、すなわちE11ブロックにコクマーは設置されている。
「それにしても流れからこうなってしまいましたが、なんとも不思議な気持ちですね。私が自分の足で施設内を移動する日が来ようとは……」
「座り込んでるほうがラクなのに、わざわざ動こうとするなんて、やっぱりコクマーさんは変わってますねー」
「……私からすれば、アンドロイドでありながら物事をラクかラクじゃないかで判断するお前の思考のほうがよっぽど異常に感じます」
「まあ、大変とかなんとか、そういう感覚が無いのは単純にいいことですよコクマーさん。私だったらとてもじゃないけど、そんな長ったらしいコードぶら下げてまで施設内の移動するなんてゴメンですもん」
「元より物事を面倒と感じる機能は持っていませんが、もしあったとしても、たかがこの程度の手間を嫌がるようでは先が思いやられます。我々には生物の持つ特有の感覚を持てないのと同じく、生物が悩まされる種々の問題を持たずに済んでいる点が大きな利点なのです。そこからするとキュリアス、お前ときたら……」
「はいはい、何かと面倒を感じて申し訳ございませんね。ほんと、正直言って、その邪魔くさいコード引っ張りながらついてこられるのもすげぇうざったいとか感じちゃってますよ」
「……キュリアス。さっきから地味に会話の端々につまらない嫌味を混ぜてるのを私が気づいてないと思ったら大間違いですよ……」
(もしかしたら気づいてるかなー)程度の注意はしつつも、つい調子に乗って連続した発言をしたキュリアスをコクマーがたしなめる。
途端、キュリアスは口を閉じ、コクマーもまた、効率的な沈黙の場に満足した。
だが、キュリアスのアンドロイドらしからぬ(退屈)への耐性の無さは、すぐに以前の失態を忘れたように会話を求めて言葉を発する。
「……ところでコクマーさん」
「なんですキュリアス?」
「なんでエレベーターを使わないで、いちいち階段からちまちまとDフロアまで登ってるのか理由を教えてもらえませんか?」
「それはなんともバカげた質問ですね。いいですかキュリアス、今の私は有線で本体と繋がった仮のボディで動いているんです。エレベーターではドアの開閉やエレベーター本体の移動によるコードの破損も考えられます。よって、こうして徒歩で移動している。少し考えれば分かりそうなことでしょうに、まったくお前ときたら……」
「えーと……、コクマーさん。それ、意味違います」
「?」
「ええ、分かりますよ。コクマーさんはエレベーター使えないだろうなーってことぐらい。最初から分かってました。でも、なんで私まで一緒になって階段使わなきゃいけないのかって部分が分かんないんですよ」
「……」
「確か、別に監視目的で同行するわけじゃないから、一緒に行動する理由は特に無いはずですよね?」
「……」
「現地集合ってことで、済ませれば何の問題も無いことですよね?」
「……」
「コクマーさん……、もしかして、マジボケ?」
「うっせぇ、このポンコツっ!」
キュリアスの発した最後の台詞にかぶせるように、コクマーの怒声と背中への強烈な膝蹴りが炸裂した。
「ぶっ!」
上り階段に気を取られ、油断していた背中に喰らった膝蹴りに、キュリアスは膝を折って悶絶する。
「細かいことをぐちぐちとしゃべってないでさっさと上れ。だ、大体、私は監視が主目的で無いと言ったまでで、お前を完全に野放しにするとは一言もいっていないだろう!」
「……あ、いででで……。ほんとに最悪だよ。自分でマジボケしといて、八つ当たりって、どんだけ性格歪んでんだこの脳みそ……」
「だから言わせないっつてんだろ、このボケナスッ!」
またしてもコクマーの蹴りがキュリアスの背中を目掛けて飛ぶ。が、今度は体勢を立て直したキュリアスが蹴りを避けざま、一気に階段を駆け上がる。
「残念でしたー。動きの軽さじゃ私に分があるのくらい分かりそうなもんなのに、大したこと無いですねーこの脳みそお化け!」
「てんめぇ……、その口、叩き壊してやるからそこで待ってろ!」
「やーなこってす。せいぜいもたもたしながら上ってくりゃいいじゃないですか。ねぇ、脳みそお化けさーん♪」
「こんの……、ざけんなこらぁっ!」
手に持っていたコードを放り投げるや、全速力で上方のキュリアスを追うコクマー。
その鬼気迫る様子に、さしものキュリアスも一目散に階段を駆け上がる。
行動自体は目的通り。
行動理由は意趣遺恨。
物事は経過より結果。
少なくとも現時点では、ふたりの行動は目的に向かっていると判断できないわけでもない。