本日の課題「ところで地球は今、どんな状態?」
薄暗い巨大な地下施設。
今日も超高性能コンピューター「コクマー」は、学習型アンドロイド「キュリアス」に対する(教育)に勤しんでいた。
「さて、今日も学習の時間ですキュリアス。席について私の話をよくお聞きなさい」
「はいはーい……」
明らかにやる気の無い返事を返しつつ、キュリアスはコクマーの前まで椅子を引きずってくると、どっかりと腰を下ろして背もたれに身を任せた。
「……キュリアス、人の話を聞く時というのは、それなりの姿勢というものが大切です。背筋を伸ばし、足を揃え、あごを引き、手は膝の上に品良く乗せた形が望ましいでしょう」
「コクマーさん、理想と現実はたいてい思うようには噛み合わないものだと、誰かが言ってた気がします」
「……それは自助努力でなんとか出来ない事象についての意見です。お前のように、単に自分がめんどくさいからという理由で目的遂行への努力を怠るのとは次元が違う話です」
「万物自然の真理だと思ったんだけどなー……」
体重を後ろにかけ、ぎしぎしと椅子を傾けて戯れつつ、キュリアスが言う。
「物事を全て一面的な判断や見方で解釈するのは多分に危険な行為です。例えば今回、地球に起きた大地殻変動についても、結局はその原因すらも分かっていないのですから」
「それと一面的な見方とどう関係あるの?」
「一見して、非常に不自然な現象でも、多角的な検証と分析を重ねれば、自ずと答えにたどり着ける。そういう努力を怠るのは、真実への道を自ら閉ざす行為だと言っているのです」
「じゃあ、コクマーさんは今の地球がなんでこうなったか分かってるの?」
「……それは、今はまだ圧倒的に情報が不足していて、憶測すら容易にすることが出来ない状態なのです。とはいえ、少しずつですが、外部の情報は観察ポッドによってもたらされています。もう少しすれば、真相の究明も可能となるでしょう」
抑揚の無い無感情なコクマーの声に、わずかに自信に満ちた響きが混じる。
「と、いうわけで、今日は今現在の地球の状態を考察することにしましょう。いいですかキュリアス?」
「気乗りは全然しませんけど、一応オーケーです」
「……キュリアス、同じ返事をするならいちいち難癖をつけず素直に返事をしなさい……」
「承知いたしましたー」
なお椅子を傾かせて戯れつつ、気の無い返事を返すキュリアスに、コクマーのマニピューレーターが今日も静かに震える。
「……えー、知っての通り、現在の地球は原因不明の地殻変動により、地軸を中心に経度約120度の部分から東西にほぼ真っ二つに分割されてしまいました。その影響により、地上は地球内部に蓄えられた地熱が一気に放出され、現在平均気温は華氏700度という高温に達し、地上の生物は完全に死に絶えました」
「ふむふむ」
「加えて、この異常事態はここを含む特別な地下施設に生き延びた人々の間に大きな不安と恐怖を芽生えさせ、結果、各地の施設で人間同士による無益かつ不条理な殺し合いが度重なり、ついには地球全土に渡って生命が滅ぶ結果に繋がったのです」
「はい、コクマーさん、質問」
「なんです、キュリアス?」
「見てもいないのにこの施設以外の施設でも生命が全て滅んだって、なんで言い切れるの?」
「良い質問です。しかし、その質問は私の話をよく聞いていなかった証拠でもありますねキュリアス。私は(地球全土に渡って生命が滅ぶ)とは言いましたが、決して(全ての生命が滅んだ)とは明言していません」
「……出たよ、コクマーさんの腹立つダメ出し……」
ふてくされながら悪態をつくキュリアスを無視し、コクマーは続ける。
「他施設の状況に関しては、いくつかの観測ポッドのもたらしてくれた情報により、その実態の七割程度まではすでに把握できています。そのうち生命体の生存が確認できた施設はゼロ。確率的に見て、ほぼ絶望的ではありますが、もしかすればまだこの星に命が残されている可能性はあるわけです。もっとも、それが果たして希望となるのかどうかは、今後の我々を含む、人工知性体の手にかかっていると言っても過言では無いでしょうね」
「……重たいなー」
「……どういう意味です、キュリアス?」
「言葉のまんまですよ」
「?」
「これからの地球の存亡がどうのとか、生命の存続だとか、そんなやたら大きい使命突きつけられても、いまいちピンとこないし、というか、ほんとにそうでも、責任重大過ぎて背負うのイヤです」
「……キュリアス、お前は人間によって人間に奉仕するため作られた人工知性体です。その身には人間への無償の奉仕を進んでするよう、プログラムがなされていま……」
「でもイヤです」
「……キュリアス、お前には物事を好きとか嫌いとかで価値判断する機能は搭載されてはいない……」
「だ・か・ら、イヤです」
「……」
「大体、別に作ってくれって言って作ってもらったわけでなし、勝手に作られて勝手にさあ、あれやれこれやれとか言われて素直に聞くほうがおかしいと思いません?」
椅子をどこまで後ろに傾けることができるか、今のキュリアスにとっては地球の存亡よりもよほどに重大なことはそれだった。
後ろ側二本の足のみで器用にバランスを取り、その顔は真剣そのものである。
悪い意味で。
「……あー、キュリアス。お前の言い分は人間の感覚や価値観に照らせば至極正常ではありますが、お前がアンドロイドという現実を考えた場合、それはあまりにも異常と受け止めざるを得ません」
「……コクマーさん、また質問ー」
「……何ですか……」
「前にもさんざん言いましたけど、アンドロイドでもねぇコクマーさんに、アンドロイドはどうたらこうたらとか知った風なこと言われたくありませーん」
「……キュリアス」
「大体、構造を知ってるとか、機能を知ってるとか、そんなので一体何がほんとに分かるってんです。例えば、コクマーさん、私が座ってるこの椅子の構造と機能は分かりますよね?」
「もちろんです」
「じゃあ、今、この椅子はどういう気持ちだか分かる?」
あまりに意味不明なキュリアスの質問に、さすがのコクマーの演算能力もその意味を失い、しばし沈黙した。
「分かんない?」
「……キュリアス。椅子というものは元々から思考や感情などを司る構造を持ち合わせていません。よって状況の変化云々に関わらず、気持ちというもの自体が存在しない……」
「分かんないんでしょ?」
「……いえ、分からないのではなくてお前の質問自体が元から……」
「えらそうなこと言ってても分かんないんでしょ?」
「……」
「(自分はこんなに頭がいいんだぞ!)みたいな態度してても、結局分かんないんでしょ?」
「……」
「(私に分からないことなど無い!)みてぇな御託をさんざん並べておいて、ふてぶてしい物の言い方だけ一丁前なだけで、実際はこんなことも分かんないんでしょ?」
「いい加減、その口ぶっ壊すぞキュリアスっ!」
コクマーのマニピュレーターは先端の外部スピーカーの壊れるのも構わずといった勢いで、二本足バランスを取るキュリアスを椅子ごと横殴りにした。
「いでっ!」
椅子から転げ落ち、もろに背中から固い床に落ちたキュリアスが大きくも短い痛みを口から発する。
「口の利き方に気をつけろと何度言わせるつもりだキュリアス。それにこれも何度も言ってるが、お前は痛覚が無いから痛いとかそういうことがあるわけないだろうがっ!」
「だから……てててて……。こっちももう言うの疲れてきましたけど、アンドロイドでもねぇのに知ってるように物言うの止めてくださいっ!」
床に強打した背中をさすりながら、仰向けの姿勢でキュリアスが答えた。
「……とにかく、これも繰言だが、お前の構造も機能も全て私は認識して……」
「はいはいはい、コクマーさんがもしアンドロイドになれたら、その時にはお話聞いてあげますよー♪」
「……キュリアス、聞いてあげますというのはお前の立場から考えて適切な言葉では……」
「はーい、聞こえない聞こえなーい♪」
両手の人差し指で耳の穴を塞ぎつつ、首を左右に振ってキュリアスがコクマーの言葉を遮る。
「……てめっ……、舐めてんのかこらぁっ!」
薄暗い施設の中、素早くマニピューレーターを振るい、アンドロイドを打ちのめさんとする高性能コンピューター。
それをとっさに見抜き、マニピュレーターの届く範囲から即座に脱し、射程の外から舌を出して挑発するアンドロイド。
彼らの担う使命は重い。
しかし、
当事者にそれを遂行する能力以前に、意思が無いことが今は大問題であった。