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最後の課題「アンドロイドは夢を見るか?」


太陽系第三惑星。


地球は今日も割れている。


衛星の月へ新たに配された慣性質量中和装置のおかげで、自転もせずにただ、ゆったりと宇宙に浮かび、異様な姿を晒している。


空っぽの内と外。


地上にはいまだ目に見えるような生命はおらず、地核を失った空洞の星。


しかし芽生えはある。


まだ安定には程遠い地上の様子を見つつ、いつもの地下施設はいつもとは違った慌ただしさを見せていた。


「さて、今日も学習の時間です。ケテル、ビナー、ケセド、ゲブラー、ティファレト、ネツァク、ホド、イェソド、マルクト、席について私の話をよくお聞きなさい」

「はーい!」

大きく、素直な返事が複数返ってくるのを聞き、コクマーは満足げにうなずく。


最近では、コクマーは以前に使用していた有線式アンドロイドボディを常時使用している。


理由は今、目の前に並ぶ9体のアンドロイドに対する教育に、互いにより近い姿をしていたほうが、いくらかやりやすいだろうというキュリアスの提案からだ。


それ以前に、この複数のアンドロイドを造ろうというアイディアも、キュリアスによるものである。


人類の再生方法について語っていた時、キュリアスは得意げにこう語った。


「生命の定義があいまいだってことは、とにかく人類の思考や観念を体現すれば、それはすなわち人間だと言えませんかね?」

「……何が言いたいんですか、キュリアス?」

「つまり、有機的な体を持った人類の再生は今のところ不可能かもしれませんけど、コクマーさんの持ってるヒトゲノム情報からシミュレートした人間の脳構造パターンを私と同じポジトロン・ブレインにそのまま転写すれば、アンドロイドの姿とはいえ限りなく人間としての存在に近いものを生み出せるんじゃないかって、そういうことですよ」

この提案には、さすがのコクマーも完全に脱帽した。


実際、生命の定義はあいまいだという前提がある以上、人間というものの存在の根本はその思考や観念そのものにあると言っていい。


その点では、キュリアスの提案は現時点で成しえる唯一の人類再生手段だとも思える。

さしものコクマーも、わずかの思案の後、すぐさまこの案を飲み込んだ。


キュリアスの予備パーツを使い、アンドロイドのボディは全部でひとまず9体造れた。

あとは外の環境が落ち着いたら、他施設からさらにボディの素材やパーツ、各種設備を利用して数を増やしてゆくことも可能になる。


絶望から一転、

人類再生への道に光明が差した。


だが、


不確定要素は常にある。


各アンドロイドたちの雛形となるポジトロン・ブレイン……プラチナとイリジウムのスポンジ状合金の内部で任意に発生し、消滅する陽電子のパターンによって神経回路を構築する……の型取り作業中、突然キュリアスは自身のポジトロン・ブレインの機能不全を起こし、完全な機能停止状態に陥ってしまった。


ポジトロン・ブレインは、実際の人間の脳と遜色無いか、もしくはそれ以上にナイーブな回路である。

それゆえ、こうした状況も決して想定されていなかったわけではない。


が、現実にそれが起こると、コクマーは必死にその機能復旧に尽力した。


なんとしてでも機能を回復させようと、キュリアスの目を覚まさせようと、膨大な時間と労力を割いてそれに努めた。


しかし、結果的にはキュリアスは今も機能を停止している。


状態保存用の調整ボックスに横たえられ、まるで眠ったような姿をガラス越しに晒す。


しばらくの間は悲観のため、その他の作業にも手がつかなくなっていたコクマーも、今はキュリアスから生まれた9体のアンドロイドの教育に日々、忙しく働いている。


自分とキュリアスに課せられた責任。

そして、今はキュリアスからも課せられたように思える責任。


人類再生に力を尽くしている間は、余分なことは考えずに済む。

それだけに、教育の姿勢にも自然、熱が入る。


とはいえ、新たに生まれた人類であるアンドロイドたちは、キュリアスとは違い、極めて素直に教育を受け入れ、日に日に成長してゆくのがよく分かった。


本来なら喜ぶべきことであるはずなのに、コクマーは不思議と頭のどこかで物足りなさを感じている自分を認識していた。


「さあ、では今日はここまで。各自、自分の部屋に戻って、明日の予習をしっかりしておきなさい」

「はーい!」

今日の分の教育プログラムが終了し、解散の合図を送っても、やはり新たな人類たちは素直に命令に従う。


それぞれがばらばらとあてがわれた部屋へ足を進めてゆくの見つつ、コクマーは全員の姿が完全に消えるのを確認すると、いつものE11ブロックから移動する。


背中の有線を気にかけながら、少し面倒そうに施設内を数ブロック移動すると、ひとつのドアの前で立ち止まり、


コクマー本体から施設自体に命令をする。


「ドアを開いたまま、再度命令するまで閉じないこと」


ダアトの件で学んだ、ちょっとした背中の有線に関する問題回避術である。


そしてドアを抜け、室内を進む。


ほぼ中央に置かれた調整ボックスへ向かって。


これが最近のコクマーの日課。


一日の教育プログラムが終了すると、必ず日に一度、足を運ぶ。


ゆっくりと歩を進め、調整ボックスの前まで辿り着くと、前面のガラスを通して、中のキュリアスに視線を向ける。


見えるのは、眠るように停止したキュリアスの姿。


目を閉じ、口元にはまるでうっすらと微笑みを浮かべているようにすら見える。


「……お前の子供たちは良い子たちばかりだキュリアス」


これもまた今のコクマーの日課。


物言わぬ、キュリアスに独り言をつぶやく。


「だが、良い子すぎるのも逆につまらないものですね。今では不思議と、お前のあの悪態が懐かしく思えます……」


当然のように、返事は返ってこない。


それでも語り続ける。


しばらくして……、


「さて、では長居してしまいましたね。私もまた明日からの教育プログラムを考えなければいけません。そろそろ退散するとしましょう」


言って、踵を返す。


背中の有線を巻き取るように手繰りながら、出口へと向かい、ドアを抜けるその刹那、


コクマーは振り返るでもなく、ただ少しだけその場に立ち止まると一言、


「……おやすみ、キュリアス……」


言って、静かにドアを抜けて行った。



割れた地球は今日も目覚める。

滅びた地球は今日も目覚める。


ただひとり、


止まったキュリアスは今日も動くことは無い。


眠るような姿で横たわるその身は、何かを感じるものなのだろうか。


それとも、物言わず、停止したアンドロイドは人の躯も同じことか。


ふと考える。


より人に近しく進化したアンドロイド。


彼らは、


心を持たずに虚無を彷徨うだけなのか。


それとも、


そう、もしかしたなら、


彼ら、アンドロイドも夢を見るのだろうか。


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