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本日の課題「必ずしも、答えが望むものであるとは限りません」


人間の時間感覚からすればだいぶ以前に聞こえた音が再び室内に響いた時、今度はキュリアスも心得たもので、通信に対応するであろうコクマーへ顔を向けると、じっと様子をうかがい始めた。


「そちらの通信は受信しています。どうしましたジョン。何かありましたか?」

『……』

通信を送ってきたにもかかわらず、ジョンは何故か長い沈黙でコクマーの声に答える。


そして数秒後、


『……慣性質量中和装置の交換は問題無く終えられた。しかし……』

「しかし?」

『その他の問題がいくつか発生した。まず、私が交換のために持参した装置では、今の地球と月の質量を完全にはコントロールできない。今はフェイルセーフを切って、完全なオーバーロード状態で装置を動かすことで一時的安定を保っているが、じきに装置の限界が来る。月と地球の衝突は時間の問題だ』

救い主と頼んだ相手の絶望的報告に、コクマーもキュリアスも、文字通りに言葉を失った。


が、ジョンの報告は続く。


『さらに陽光遮蔽装置の設置に失敗した。完全にオシャカだ。地表温度を下げる方途も、これで失われたことになる』

「……」

今度はジョンに代わり、コクマーとキュリアスが長い沈黙で答える。


実際、口に出す言葉も無い。


それほどにジョンの報告には希望が無さ過ぎた。


慣性質量中和装置はスペック不足で、早晩、月と地球の衝突が起こる。

加えて、陽光遮蔽装置も機能しない。

月と地球が衝突すれば、その時点でそんなものはどうでもよくなるが、少なくともテラフォーミングが実質不可能になったことも十分に問題である。


この計画は双方がワンセットで成り立っている。


つまりどちらかひとつが成り立たなくなった時点で地球滅亡が確定する。


それが両方。


どちらも見事に失敗した。


ある意味では、考えられる範囲でも最悪と言っていいほどの状況。


コクマーもキュリアスも、ジョンに返す言葉すら見つからないのは当然と言えた。


どうにもならないほどの手詰まり。

それも今まで以上に。


声を失うどころか、思考すら停止してしまうほどの劣悪な状況にあって、ただいたずらに静まり返った時間だけが室内に流れてゆく。


と、


まさに絶望の淵といった体のコクマーとキュリアスに、ジョンは再び呼びかけてきた。


『……現時点で、状況は恐らく予測の範囲でも最悪の範疇だ。が、手だてが完全に尽きたわけじゃあ無い』

その声は、どこか……大きな決心を感じさせる響きを含んでいた。


『慣性質量中和装置の問題は単純に地球の質量が大きすぎるために、装置に過負荷がかかっている状態だ。これはつまり、地球の質量を下げれば回避できる』

「地球の質量を減らすなんて、一体何をどうすれば出来るっていうんですか!」

ジョンのあまりに(机上の空論)的思考に対し、コクマーは珍しく感情を声に乗せる。


すると、ジョンはコクマーの言葉をまるで無視するように話を続けた。


『私の乗ってきた宇宙船は亜空間航法が可能だ。これをうまく使えば、地球の質量を減らし、さらに地球の温度を一気に冷ますことが同時にできる』

「……亜空間航法……?」

『システムを説明するにはいかんせん時間が無い。簡潔に言うなら、宇宙船そのものを亜空間で包み込むことによって、超光速推進を可能にする航法だ。これを利用して船を地球をかすめるように飛ばし、その際に船を包む亜空間の内部へ地球の地核を取り込み、そのまま飛び去る。これなら、地球の質量を劇的に減らしつつ、地熱による地表の高温も奪える。一石二鳥だ』

地球の科学技術では完全なオーバースペックである理論と手段を説かれ、コクマーは一瞬強く感心したが、すぐさまその理論の大きな問題点に気づき、ジョンに問う。


「それは……理論と手段は理解しましたが、しかし……地球の地核などという大質量・超高温の物体を宇宙船と同じ亜空間内に閉じ込めて、果たして船は無事で済むのですか?」

『無論、無事では済まない』

「……」

『恐らくは取り込んでから一秒とかからずに船は質量と熱に負けて圧壊する。それは想定している。しかし、その一秒足らずの時間でことは足りる。君らが気づいた時にはすでに地球の地核は船もろともこの星系の太陽へと突入し、すべては解決。万事うまくいく』

「そんな……」

すべてを聞き、コクマーが悲痛な声を上げる。


完全な自殺行為。


しかし現実に今、地球を救う手段はそれしか無い。


自らに課せられた使命からすれば、この申し出は願っても無い。

本来、コクマーは地球と人類を守ることがその全存在意義である。

だが……、


そのために犠牲をいとわないというプログラムは残念ながらされていない。


もしされていたなら、こうも苦悩することもなかったろうが、実際はより残酷だ。


ジョンの身を案じるのも本心。

地球の存亡を案じるのも本心。


それだけに酷な優先順位に、コクマーは悩ましく苦悶する。


機械としてはあまりに高度すぎるプログラムが、人の心や感情と近しい……いや、同じ働きでもって、コクマーを苦しませる。


が、答えはすでに出ている。


ジョンがこの地球へと訪れた理由からすれば、彼は間違い無くこの手段を取る。

考えを変える可能性などあり得ない。


愛する者のため。

もしくは、愛する者の残していったもののため。


人はすべてを投げ出すことが出来る。


コクマーは機械の身でありながら、それを知っている。

付け加えるなら、キュリアスもまた然り。


彼らは人間に近すぎた。


だから苦しむ。

彼の死を。


確実な死へと旅立とうとするジョンへ向かい、コクマーは語るべき言葉が見つからなかった。


これほど優秀なコンピューターでありながら。

別れに際し、かける言葉ひとつ見つからない。


『では、早速に作業へ取りかかろう。なに、ただの数分で済む作業だ。月の装置には自動で地球の質量が減少したタイミングで均衡を保つよう、プログラムしてある。ただ計算からして、残念だが地球は割れたままになるだろう。今の時点で計算した重力圏の釣り合いを見ると、地核を失った地球と月が折り合うには、割れた状態が一番望ましい。仮に作業後に慣性質量中和装置が停止しても、それなら完全に安定した形で存在し続けられる。完璧な仕事には程遠いが、これでなんとか許してほしい』

「ジョン……」

『さて、ではさらばだ。科学者の身でこんなことを考えるのもおかしいが、もし死の先になんらかの世界が存在するとしたら、どうか私と妻がそんなどこかで再会できるよう、祈っていてくれ』

「……」

結局、最後にコクマーがジョンへ送ることが出来た言葉は、完全な沈黙だった。


数分後、


小さな、ほんの小さな、まさに微震が施設を揺らした。


そしてそれが何を意味するのか、コクマーもキュリアスも嫌というほど理解していた。


神は訪れ、神は去り、再び訪れた神が永遠へと去る。


その日、地球は静かに救われた。


ひとりの、神なる人の思いによって。


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