本日の課題「理由の無い来客は、よほど親しい仲でなければ有り得ません」
『ところで、これから多少長い話をすることになるが、私の呼び名が決まらなければなかなか会話が面倒になるだろう。とはいえ、私の名は君らの言語では発音不能な音が多く含まれている。そこで、仮に私のことは(ジョン)と呼んでくれ。確か君らの所属していた国では、この名はもっともポピュラーな名だと記憶している』
人類の創造主からの提案により、会話用の仮名がひとまず決まると、ジョンはさっそくに細かい説明を始めた。
『さて、他にも私に対する疑問は山のようにあるだろうが、当座説明の必要なものに限って手早く話しておこう。君らの星に起きた今回の惨状については、私たちの星でも観測していた。直接的干渉はとうの昔に終えていたが、宇宙望遠鏡による観測はその後も絶えず続けていたからね。こちらでもちょっとしたニュースになったよ。我々の成果が水泡に帰した事実は十分すぎるほどショッキングだった』
「そちらでは他人事でしょうからショッキングという程度で済まされるでしょうが、こちらは死活問題です。それに、私は地球に残されたわずかふたつの人工知性体のひとつとして、自らに課された責任を果たすことをまだあきらめてはいません。まるでもはや完全に滅びたような表現は控えていただきたい」
あからさまに不快感を含む言葉を発し、コクマーがジョンに噛み付く。
当然ではある。
滅びの只中にあるものに、滅びを観賞しているような言を呈するのは、どう考えてもエチケット違反だ。
『申し訳ない。別に君たちの感情を逆撫でするつもりはなかったんだ。ただ、実際私の星の人間たちの反応は一様にそんな感じだという事実を伝えたかった。こればかりは飾り立てて話しても空々しいだけだからね』
「……発言の真意は理解しました。では今の口振りからして、ジョン。貴方は他の方々とは違った形で今回の我々の窮状を受け止めたということですか?」
『……その通りだ』
発言の細部を漏らさず理解して質問を先回りするコクマーの言葉のおかげか、ジョンは極めて最低限の発言で会話を進める。
『他の大多数の者たちと違い、私は君らの星へ直接干渉した者のひとりだ。思い入れの点だけでも大きな差がある。加えて、その思い入れをさらに強める理由が私にはあるんだ』
「思い入れを強める理由ですか……。科学者に限らず、何かを作り出す人種は自らの手をかけた物に対して強い執着を抱く傾向が強いのは知っていますが、自ら手をかけたという以外に何か別の要因があるというのはなんですか?」
『それは……』
不思議なことに、自ら言い出したにもかかわらず、ジョンはそこで一瞬言葉に詰まった。
が、しばらくすると、
『……妻の……』
さらに一拍置き、
『妻の……愛した星だったからだ……』
そう言った。
「……奥さんの……?」
この言葉に、またも久しぶりにキュリアスは反応して声を漏らす。
『妻は……600万年前、私や他の仲間たちとともに、この星の知的生命体誕生に尽力した科学者のひとりだった。彼女はこの星をいたく気に入っていて、干渉期限が過ぎても、再三上層部に期限の延長を進言していたほどだったよ。だが……そんな妻も、200万年前に君らの言うHD85512bの環境調整作業中の事故で命を落とした。以来、私にとって君らのこの星は、妻の形見のような存在として認識している』
「……すいませーん、コクマーさん、説明ー……」
恐らく来るだろうとすでに身構えていたコクマーは、キュリアスの小声の質問に被るような勢いで補足説明を入れた。
「HD85512bは、地球から約36光年離れたK型主系列星のHD85512を公転する惑星です。ハビタブルゾーン限界付近に位置することから、生命の存在を期待されていましたが、ジョンの説明からすると環境は生命の発生には不十分だったようですね」
『その通り。あの星は条件はほぼ揃ってはいたが、まだ生命が発生するには多少の環境調整……君らの言い方だと、テラフォーミングというのかな。それが必要だった。だが、結果としてテラフォーミングは成功したものの、作業中の些細な事故で妻は死んだ。こんなものさ。運が良ければ私のように600万年を生きる者もいるが、たいていはつまらない事故でその命を落とす。分かってはいても、その最期を容易には受け入れられない……』
「その奥様への執着から、この地球へまた舞い戻ってきたと?」
『まさしく』
コクマーの質問に、ジョンは今度は即答した。
『月に設置した慣性質量中和装置の異常が確認された時、私は即座に上層部へ再干渉の許可を求めたが、結果は不許可。元々、こうした事態も含めての実験的干渉だっただけに、申し訳ないが、君らを救うための支援を得ることはできなかった』
「(神のやっつけ仕事)ですね……。ダアトの言葉が、今さらながらよく理解できます」
『言わんとしていることはよく分かるよ。私からはすまないとしか言えない』
気持ち、トーンの落ちたような声でジョンが言う。
と、またもキュリアスが疑問を口に出す。
しかも、今度はジョンに対して。
「あれ、でもなんで許可がもらえなかったのに、ジョンさん地球に来たんです?」
キュリアスにしては珍しく的を得た質問である。
『上層部の許可は取れなかったが、それではい、そうですかと納得できるほど私は従順ではなくてね。妻の形見の星が見す見す滅んでゆくのを見ていられなかった。それで、私ひとりの独断で集められる限りの装備を詰め込み、この宇宙船でまさに飛んできたというわけさ』
「装備……といいますと、とりあえずどういったものを?」
『まずは月の慣性質量中和装置の替えだ。まずはこれが無くては話にならないからね。それとテラフォーミングのための陽光遮蔽装置。地核の熱は割れた星を元に戻せば自然と納まるだろうが、それにはかなりの時間がかかる。それを短縮するため、太陽からの熱を遮断することで地表を急速に冷やそうというのが私の考えだよ』
「なるほど、理に適っています。しかし、現在充満している大気中の二酸化炭素はどう処理するつもりですか?」
『それは少々気長になるだろうが、大気圏に藻類や二酸化炭素を消化する微生物を配し、酸素の産生とともに二酸化炭素を軽減させようと思う』
「ふむ……。長期戦にはなるでしょうが、環境が安定すればそれが最善手でしょうね」
ジョンの具体的な計画案に、コクマーも納得して返答する。
しかし、キュリアスは相変わらず、話が科学的分野に入るとちんぷんかんぷんといった体で、除け者にされたような気分でジョンとコクマーの通信の様子を見つめていた。
ともあれ、絶望的事態にあって、救世主は現れた。
まさしく天の助け。
ただし、まだ語られているのはあくまでも机上の論理。
はてさて、滅びた地球の行く末は如何に。
コメディのノリを忘れた物語はまだまだ続く。




