本日の課題「残された問題は基本的に(宿題)と考えます」
薄暗い巨大な地下施設。
今日も超高性能コンピューター「コクマー」は、学習型アンドロイド「キュリアス」に対する(教育)に勤しんでいた。
「さてキュリアス、今日は先日の件で浮き彫りになったいくつかの問題点について、具体的に対策を考えるとしましょう。私の話を注意してよくお聞きなさい」
「お勉強の時間、再開ですか……。ありがたくないなー……」
「キュリアス……、お前は変に人間的な精神構造を持っているくせに、何故に(意欲)とか、(やる気)とか、そういう有益な精神の働きが欠如してるんですか……」
「そう都合よく自分の気分がいじくれれば、誰も苦労しませんよコクマーさん」
「……」
困ったことにこの意見に関しては、アンドロイド……ひいては人間の複雑な精神構造を改めて理解したコクマーには納得せざるを得ない答えだった。
それだけに苦々しい気分も正直ある。
が、そこはそれ。
教育者としての姿勢を優先する。
「……まあ、お前の言い分も一部理解出来る点はあります。が、これは生き物だろうと機械だろうと関係の無い真理ですが、(やるべき時にはやる)というのが正道。例えばこの前のことを引き合いに出すなら、あと30秒で爆発するけど、やる気が出ないから逃げないなんて理屈が通りますか?」
「そりゃ、危機感が違いますもん」
「厳密には同じことです。今、お前が今後の地球についての対策を真剣に考えなければ、早晩、この星は滅びます。危機感としては釣り合うどころか、天秤が壊れるくらいの差でしょう」
「来たぁ……地球存亡とか、お手軽な危機。天使と悪魔、神と死神のバーゲンセール。コクマーさん、もう中学生でも無いんだから、そういう安易なのは黒歴史にしてさっさと可燃ゴミに出したほうがいいですよ?」
「厨二病の話なんぞ誰がしたっ、現実だ現実、正確な時期こそ分からんが、それほど遠くない先に、どう考えても地球は滅ぶんだよっ!」
やる気以前に、人の話をまともに聞かないキュリアスの態度にコクマーも多少感情的になる。
「……んーと、コクマーさん、滅ぶって言いますと、地球が滅ぶって……マジで?」
「マジもマジ、大マジだ。先日、ダアトから聞かされた仮説をもう忘れたのかっ!」
「いや、だって、あれってあくまで仮説……」
「精度の高い仮説はほぼ現実と受け止めて間違いないんだよ!」
「あー……そうするとなんでしょう。私たちが何か具体的な対策を取らないと、地球が私たちごと滅びちゃうと、それが今の状況ですか?」
「それを何度も言ってるのに、まったく理解しなかったのはお前だろうがボケッ!」
「……」
やる気と意欲の無さには自信があるキュリアスも、いくらなんでも本当に地球に滅びられては一大事と、困惑した表情で頭を抱えている。
そんなキュリアスの様子に、コクマーはひとつ嘆息してから言葉を続けた。
「いいですか、以前からずっと言っている通り、地球の存亡は我々にかかっています。今やそれを人類のためとか、奉仕の精神とか、そういった表現でお前に分かりにくく伝えるのはよしましょう。簡単なことです。地球が滅びるから人類も滅びる。当然ですが、我々もついでに滅びます。これを回避するための対策を練ろうと日々お前と話し合いを続けてきたというのに、肝心のその理由すら理解してなかったとは……」
「だって、コクマーさん、人類の存亡がどうたらは言ってたけど、地球の存亡とかは強いて言ってなかったじゃないですか!」
「人類が生存できない状況で我々が無事でいられると思ってたのかこの大バカ者!」
「……」
「それに先日来、ダアトの仮説を聞かされた時点から状況は前より予測しやすくなりましたが、その代償にさらなる悪い仮説が出てきました」
「……これ以上、悪いことなんてもう無いと思いますけど……」
「それがあるから困ってるんです。ダアトの仮説を聞く以前は、どういう理屈かはさておき、地球が自然現象で割れたものと仮定していました。しかしダアトの仮説によってそれは覆った。それは別にいいんです。逆に原因がはっきりした分、こちらも考えやすくなった部分が多々ありますしね」
「はあ……」
「問題なのは、自然現象以外で地球が割れたとなると、もう時間的余裕が無いということです。外因である慣性質量中和装置とやらがオシャカになれば、それがリミット。即座に地球が崩壊します」
「……って、その、自然に割れたのと、機械の故障で壊れたので、どうしてそうも差が出るんです?」
「自然現象なら、今の状態は何らかの形でパワーバランスが均衡し、安定していることを意味します。つまり、これ以上大きな変化さえ起きなければ、しばらくはこの状態が保たれる。しかし、これが外因がもとに起こった事象なら話は別です。しかも、話の内容からして現在の地球がふたつに割れつつも、一定の距離を保って安定している要因が慣性質量中和装置とやらの効果だとすれば、その装置が完全に機能を停止した場合、釣り合っていたふたつの地球は互いの重力に引かれ合い、一瞬で崩壊するのが目に見えています」
「……それで、あー、地球が具体的に滅びるのは、あとどのくらい先なんですか?」
「それがまったく分からないから、私も困ってるんです」
「?」
「いいですか、今から600万年前に設置され稼働を始めた機械の寿命ですよ。そんなもの、今この瞬間に壊れたっておかしくないんです。それを予想しようとしてもどうせ無理だと分かっているから、私は困ってるんですよ」
「うわぁ……、完全に詰んでる……」
「こらこらこら、勝手に絶望するな。キュリアス、ものは考えようです。いつ壊れるか分からないということは、逆に言えば相当長く壊れずにいるかもしれないということでもあります。まあ、これはあまりに希望的に過ぎるものの見方ですが、変に絶望するよりはよほどマシ。考えるなら、できるだけポジティブな方向に考えなさい。それが私たちのまさしく希望であり、未来へと向かう力そのものなのですから」
「……そんな、どっかの自己啓発セミナーみたいな台詞聞かされたって、この胸のもやもやは消えませんよ……」
「……あーっ、もう、いちいちめんどくさいなこのポンコツはっ!」
知らぬ間に、床に体育座りして自分の膝をじっと見つめているキュリアス。
そんなキュリアスをどうしたものやらと頭を悩ますコクマー。
割れた地球は今日は変わらず。
しかし、何事も一寸先は闇。
いつ訪れるか分からない滅びの恐怖は果たして人ならざるものにも平等に感じ得るのか。
その答えは当人にしか分からない。
ゆえに答えは永遠に闇の中。
その日は珍しく、E11ブロックは静かに日をまたいだ。
ふと考えることがある。
先に滅んだ人々は、下手に生き延びた彼らより、よほど楽な最期を迎えられたのではないか。
そして、
今なら分かる気もする。
ダアトが選んだ道。
逃げることが最善の道ではないと、一体、誰に言えるだろうか。




