第1章 幼少期
双極性障害を根本的に「斬る」為に、過去の回想を文章にすることで、追体験をし、何が引き金になっていくか検証をしていきます。
まずは幼年期を振り返ります。
うつ病それは誰しもが経験する可能性がある病気。
私の人生を追体験することにより、
それに打ち勝ち、斬り捨てる為に過去のことを追体験することにより、
その後判明する双極性障害との闘いのトリガーになった出来事を検証するストーリーです。
幼少期、私は、ごく平凡な家庭に生まれ、ごく普通に暮らしていた。
記憶にあるとすれば、近所の1つ上の女の子にいたずらをされ、
日々泣かされていた記憶が強く印象に残る。
しかし、後日聞いた話だが、私は、近所の家で昔使用されていた井戸に落ちて、
死にかけたということだった。
そのことを知らせたのは、いじめられていた女の子ということだ。
私自身は、記憶になく、未だに命の恩人であろうその女の子にお礼も言えてない。
幼少期の記憶は、おぼろげにしかなく、
私も幼稚園に通う年齢になっていた。
私の母親は専業主婦だったが、
近所の子が皆保育園にいくということで、なぜか保育園に通うことになった。
保育園のバスの送迎はなく、市営のバスで定期券を持って、通園していた。
そこで、特に大きなできごともなく楽しく過ごした。
なぜか帰る前におやつが出るのと、なぜお昼寝をする必要があるのかと疑問に思ったくらいだ。
私は、野望や目立ちたい、褒められたいという感情はなかったが、
園で劇をする際に、主役級、人間役に選ばれたのことに、
何故か贔屓があると感じたが、あまり気にすることもなく、
木の役を演じていた。
延長組に差し掛かったころ、ようやく自我が生まれたのか、
担任の女性教諭を意識するようになった。
これは、絶対に叶わない初恋というものであったが、
女性教諭が笑ってくれるのが嬉しくて、
ミンミン蝉のものまねなどをして、周囲を笑わせていた。
そして卒園の際、担任の女性教諭は、結婚を理由に私たちと共に園を巣立っていった。
卒園依頼お会いしたことはなかったが、
清楚で美人な担任だったと記憶している。
幼少期を追体験し、検証してみたが、
この時点で、鬱になる要素は全くない、トラウマもない。
皆がみなそうとは限らないが、
なにかを深く考え、悩みことは幼少期には少ないと思われる。
この記憶体験では、現状の鬱を斬ることはできない。
次回は小学生時代を何回かにわけて、検証したいと思う。
幼少期を追体験してみても、双極性障害に繋がる引き金を見つけることはできなかった。
引き続き記憶の断片を綴り、トリガーを探していきます。




