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ヴェリタスの最終定理 PART5/NV  作者: リウ/Wan Liyue
●第16章:NV ニーア・ヴェリタス

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真理4:民衆の仁義と、権力の横暴!

ヴェリタス探偵事務所を出たニーアとアスナは、新王都の巨大な歓楽街であり、同時に暗黒街でもある歯車通りを歩いていた。

頭上には、無秩序に増築された違法建築のビル群がひしめき合い、僅かな陽光すら遮断している。建物の壁面には、魔導通信網の無骨なアンテナが蜘蛛の巣のように張り巡らされ、接触不良を起こしたネオンサインが、昼夜を問わず毒々しい極彩色で明滅していた。

通りの両脇には、出所不明の魔導端末や、違法に改造された封印精霊家電を山積みにした露店が、所狭しと軒を連ねている。

その隙間を縫うように、得体の知れない香辛料の匂いを撒き散らす屋台がひしめき合い、呼び込みの怒号と、ひび割れたスピーカーから流れる王都の流行歌が鼓膜を殴りつけてくる。スラムと紙一重の貧困と、行き場を失った者たちの欲望が煮詰まったような場所。それが歯車通りだった。


「ほんっと、いつ来ても最悪ね。私の美しい金色の毛並みが、排気ガスと油の匂いで台無しになっちゃうわ」


ニーアは不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、屋台で買った特大の串焼き肉に豪快にかぶりついた。滴る肉汁と濃厚なタレの味が、彼女の獣人としての闘争心を微かに満たしていく。


「……このジャンクパーツ、まだ使える。……持ち帰って、分解する」


ニーアの隣を歩くアスナの視線は、路地裏の地面に落ちているガラクタに向けられていた。彼女は足元に転がっていた、青い塗料が剥げかけた真鍮製の歯車を拾い上げ、宝物のようにトレンチコートのポケットに滑り込ませた。


「ちょっとアスナ!そんなゴミ拾ってどうするのよ!探偵事務所がガラクタだらけになっちゃうじゃない!」


「……ゴミではない。……これは、歴史の欠片。……いつか、何かの役に立つ」


「ならないわよ!大体ね、こんな街にいる連中なんて、どいつもこいつも悪党ばかりじゃない!学も教養もないから、こんな薄汚れた場所で這いつくばって生きるしかないのよ。私が新王都で一番の探偵になったら、こんな街、一掃してやるんだから!」


ニーアが串焼きの最後の肉塊を飲み込み、吐き捨てるように言った。その言葉には、新魔道士として、そして警察と協力する探偵としての強烈な自負が込められていた。

しかし、アスナは歩みを止め、色白の端正な顔をニーアに向けた。黒縁眼鏡の奥の青い瞳が、静かにニーアを見つめ返している。


「ニーア。……あなたのその認識は、論理的な欠陥を含んでいる」


「はあ?何よそれ」


「ここにいる人たちは、『生まれながらの悪』ではない。……ただ、生きるための手段を、奪われただけ」


アスナは淡々とした声で、周囲の喧騒を指差した。


「……彼らは、生き延びるために、ここで違法な取引をするしかない。……この混沌は、貧困と、彼らを貧困に追いやったシステムの残酷な結果。……悪ではなく、生存本能」


ニーアが反論の言葉を探そうと口を開きかけた、その時だった。

鼓膜を破るような鋭い爆発音が、通りの少し先から轟いた。


「何よ!?」


ニーアが尻尾の毛を逆立てて身構える。人込みが悲鳴を上げて割れ、その中心から一つの小さな影が吹き飛ばされてきた。


「がはっ……!」


地面をバウンドし、屋台の残骸に激しく叩きつけられたのは、まだ十代半ばにも満たない、みすぼらしい衣服を着た人間の少年だった。少年の腕には、番号持ちの証である古い認識票が食い込んでいる。少年は口から血を吐き、苦痛に顔を歪めてうずくまった。


「おいおい、汚いネズミが這い回るなよ。ここは新王都だぜ?番号持ちが、政府の許可なく魔石を隠し持っているなんて、重罪だってわかってるよなぁ?」


土煙の向こうから、冷酷な嘲笑とともに一人の男が現れた。パリッとした糊の効いた王都魔導規制局の制服に身を包んだ男の腰には、新魔道士の証である最新型のベルト、ナンバーが鈍い光を放っている。

男はうずくまる少年の腹を、容赦なく軍靴で蹴り上げた。


「ぐああっ!」


「ほら、お前らのその自慢の魔力で反撃してみろよ!あ?できないよなぁ!ここで俺に逆らえば、お前は一生魔石の配給は受けられない!お前らはただ、俺たち新魔道士にひれ伏して、怯えていればいいんだよ!」


男は高笑いしながら、外付けの魔力増幅装置から雷撃を放ち、少年の体を何度も打ち据えた。周囲の番号持ちたちは、怒りに拳を握りしめながらも、誰一人として飛び出すことができない。体制に逆らうことは、すなわち死を意味するからだ。


ニーアがたまらず飛び出そうとした瞬間、彼女の肩を強い力で引き止める者がいた。


「君が出る幕じゃない、探偵」


静かで、しかし絶対的な重圧を伴う声。

いつの間にかニーアの横をすり抜けていたのは、アキラ・トバリだった。アキラは足音一つ立てずに歩みを進め、規制局の男と少年の間にふらりと立ち塞がった。


「あ?なんだお前は。規制局の公務執行を妨害する気か!」


男が怒鳴り、腰のベルトから魔法陣を展開しようとする。しかし、アキラの動きの方が圧倒的に速かった。


「君のその暴力は、恐怖から来るものだ。自分よりも強大な魔力を持つ者たちを、法律という安全な檻の中からでしか叩けない、卑小な臆病者の所業に過ぎない」


「黙れ!このクズが!」


男が雷撃を放つ。しかしアキラは一歩も退かず、足元に転がっていた鉄パイプを拾い上げると、そこに自身の強大な魔力を流し込んだ。ただの鉄パイプが、一瞬にして黄金色の光を帯びた魔導剣へと変貌する。

アキラは最小限の動きで雷撃を弾き飛ばし、そのままの勢いで鉄パイプの腹を男の鳩尾に深々と叩き込んだ。


「がはっ……!?」


男は白目を剥き、その場に崩れ落ちた。

圧倒的な力の差だった。

アキラは静かに鉄パイプを手放すと、血まみれになって倒れている少年の前に膝をつき、優しく手を差し伸べた。


「立てるかい。もう大丈夫だ。君の魔石は、僕が必ず取り返してやる」


少年は震える手でアキラの手を握り返し、声を上げて泣き崩れた。

その光景を、ニーアはただ、呆然と見つめていることしかできなかった。


警察の協力者であり、正義であるはずの規制局の男が、無抵抗の弱者をいたぶる絶対悪として振る舞い。


指名手配犯であり、悪であるはずのアキラ・トバリが、弱者を救い上げる絶対的な正義として喝采を浴びている。


ニーアの中で、これまで信じて疑わなかった「正義」と「悪」の境界線が、音を立てて崩れ去っていく。法律とは何なのか。正しいこととは何なのか。彼女の誇り高き探偵としての信念が、根底から揺さぶられていた。


アスナは手の中のドーナツを最後まで食べきると、指についた砂糖を舐め取り、ニーアの横顔をじっと見つめていた。


その日の夜。

ヴェリタス探偵事務所の二階、ニーアの私室からは一切の物音が消えていた。彼女は夕食の肉にも手をつけず、ベッドに丸まって極太の尻尾を抱きしめたまま、一歩も外に出ようとはしなかった。


アスナは一人、夜の新王都の裏路地を歩いていた。彼女の足が向かった先は、一切の看板を掲げていない、知る人ぞ知る老舗のバー「奥泉」だった。

重厚なオーク材の扉を押し開けると、店内にはかすかに針のノイズが混じる古いジャズのレコードが静かに流れている。カウンターの中では、白髪を綺麗に撫でつけた七十代のバーテンダー、ハママツが、無駄のない洗練された手つきでグラスを磨いていた。


「……いらっしゃいませ。おや……今夜はお一人ですか」


ハママツはアスナの姿を認めると、深く穏やかな声で迎え入れた。


「……ニーアは、思考の迷路から抜け出せない。……今日は一人」


アスナはカウンターの隅の席に腰を下ろした。


「……お腹が、空いた」


「承知いたしました。本日は、良い猪の肉が入っております」


ハママツは静かに頷き、厨房の奥へと消えた。数分後、アスナの目の前に差し出されたのは、厚さ三センチはあろうかという猪肉のローストだった。

表面は香ばしく焼き上げられ、ナイフを入れた瞬間に、閉じ込められていた肉汁がワインソースと絡み合いながら皿の上に溢れ出す。付け合わせには、魔力を含んだ土で育てられた王都特産の根菜が添えられていた。

アスナはフォークで肉を口に運んだ。

猪肉の野性味は、完璧な処理によって上品な旨味へと昇華されており、噛むほどに赤身の深いコクが口いっぱいに広がる。

濃厚で甘酸っぱいソースが肉の脂を中和し、完全なる調和を生み出していた。アスナの無表情な顔が、ほんのわずかに、しかし確実に緩む。

アスナは無言のまま肉を平らげ、食後の深い焙煎の珈琲を一口飲んでから、ぽつりと口を開いた。


「……マスター。……私は、どうするべきなのだろうか」


「どうするべき、とは?」


ハママツは新しいグラスを取り出し、柔らかい布で磨きながら問い返す。

アスナは自身の胸元を、黒縁眼鏡の奥から見下ろした。


「……私には、記憶がない。自分が何者で、なぜ魔力を持たない竜人なのか、何もわからない。……だが、最近、胸の奥でノイズが鳴る。……私は、大切な何かを忘れている気がする。……忘れてはならない、何かを。……私がここで探偵ごっこをしている間に、本当はやらなければならない重要な使命があるのではないかと……」


アスナの平坦な声に、初めて微かな焦燥の色が混じった。

ハママツは磨き終えたグラスをカウンターに置き、静かにアスナを見つめた。


「……アスナ様。記憶というものは、グラスの底に沈んだ氷のようなものです。無理に溶かそうと焦れば、酒の味は濁り、本来の香りを失ってしまう」


ハママツはシェイカーを手に取り、ゆっくりと振り始めた。


「……答えを求めてもがくのも、また人生の味わい。思い出すまで羽を休めるのも、答えを探して再び歩き出すのも、すべてはお客様の自由です。ただ一つ言えるのは……グラスの氷は、その時が来れば、必ずに、自然と溶け出すということです」


その言葉はひどく曖昧で、何の解決にもなっていない。だが、アスナの胸の奥で鳴っていたノイズを、不思議と穏やかに鎮めてくれる響きがあった。


「……非論理的。……でも、悪くない」


アスナが珈琲のカップを傾けたその時、バーの重厚な扉が、乱暴に蹴り開けられた。


「マスター!腹が減って死にそうだ!いつもの一番デカい肉料理と、キンキンに冷えたビールを頼む!」


大声を上げながら店に転がり込んできたのは、王都中央警察署のビリー・ヴァンクロフト警部だった。彼はヨレヨレのコートを脱ぎ捨てながら、ドカッとカウンターの中央に腰を下ろした。


「今日は歯車通りで大立ち回りがあってな!書類仕事で骨の髄まで疲れ果てた!俺はもう限界だ!」


ハママツは手早く、先ほどアスナに出したものよりもさらに巨大な、骨付きの特大ステーキを焼き上げ、大ジョッキのビールと共にビリーの前に提供した。


「おおっ!これこれ!いただきます!」


ビリーはナイフとフォークすら使わず、骨を鷲掴みにして猛然と肉にかぶりついた。肉の塊が胃袋へと消えていき、ビリーはビールを滝のように喉に流し込む。


「ぶはーっ!生き返る!やはりマスターの肉は王都一だ!警察の安食堂の飯など、犬の餌にもならんわ!」


豪快に口の周りの脂を拭い、ビリーはふうっと深いため息をついた。至福の表情で天井を仰ぎ見て、腹をさする。


「いやはや、最高の夜だ。こうして美味い肉を食って、『一人』静かに酒を飲む。これ以上の幸せがどこにあるというんだね」


「……警部。……制服の襟元に、肉の欠片が飛んでいる」


平坦で、聞き覚えのある声。

ビリーの視界に、黒縁眼鏡の奥から自分を無表情で見つめる、黒髪の竜人の少女の顔がはっきりと映り込んだ。


「なっ……!?」


ビリーの顔から一瞬にして血の気が引き、持っていたビールのジョッキが手から滑り落ちそうになる。


「ア、アアア、アスナ君!?き、き、貴様、いつからそこに座っていたんだね!?」


ビリーの悲鳴のような驚愕の声が、静かな老舗バーの空間に場違いに響き渡る。アスナは呆れたように短くため息をつき、静かに珈琲を飲み干した。

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