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NV ヴェリタスの最終定理 完結篇  作者: リウ/Wan Liyue
●第16章:NV ニーア・ヴェリタス

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真理1:【ニーア・ヴェリタス】

新暦138年、春。


新王都の朝は、ほんの少しの排気ガス、そして甘い焼き菓子の匂いと共に幕を開ける。

石造りとレンガが入り交じる近代的な建築群の間を、魔力駆動の市街電車が火花を散らしながら走り抜けていく。

通りには、スーツの紳士や、着物にモダンな帽子を合わせた淑女、そして多種多様な獣人たちが行き交う。空を見上げれば、巨大な広告用飛行船が旋回し、最新の流行歌が蓄音機から街角に流れる。まさに、世界で最も進歩的で、最も騒がしい都市だ。

その喧騒の一角、古びた雑居ビルの二階にある「ヴェリタス探偵事務所」の室内では、街の活気に負けないほどの賑やかな声が響いていた。


「ちょっと!もう、ほんっと信じられない!また私の尻尾がコーヒーを零しそうになったじゃない!カップをこんなところに置かないでよ!」


声を上げたのは、事務所の所長であり、自称・新王都ナンバーワン探偵、24歳の狐獣人ニーア・ヴェリタスだ。彼女は、自分の身体の半分ほどもありそうな極太の尻尾を両手で抱え込み、頬を膨らませていた。黄金色に輝くその自慢の極太の尻尾は、彼女の感情の起伏に合わせて勝手に揺れ動くため、狭い室内では時として災害級の破壊力を発揮する。


「……問題ない」


窓際のソファから、極めて平坦で感情の起伏が削ぎ落とされた声が返った。そこに座っているのは、助手の竜人、アスナ・クライフォルトだ。17歳という若さながら、頭の両側から立派な角を生やした彼女は、ニーアの怒りなどどこ吹く風といった様子で、膝の上のドーナツ箱を凝視している。


「……あなたの尻尾がなぎ倒したのは、未決済の請求書の山。重要な依頼の書類ではない。それに、私が淹れたコーヒーは、一滴もこぼれていない。だから、何も問題ない」


「そ、そういう問題じゃないでしょ!私が言っているのはね、この事務所のレイアウトが私の尻尾の動きを計算に入れていないってことよ!それにね、アスナ!あなた、自分が記憶喪失だってこと、たまにはちゃんと思い出しなさいよ。王都のはずれで行き倒れていたところを、この私がわざわざ拾ってあげたんだから、少しは助手らしく働きなさい!」


ニーアがビシッと指を突きつけても、アスナの瞳は水面のように静かだった。彼女は両手で持ったドーナツを顔に近づけ、ゆっくりとした動作で小さくかじり、サクッという小気味よい音を立てた。口元に白い砂糖がついているが、本人は気付く様子もない。


「……私は、あなたが拾ってくれたから、ここにいる。それ以前の記憶は、ない。……自分が何者だったのか、わからない。でも、この甘い食べ物は、今の私に必要不可欠なもの。これを食べている時だけ、胸の奥の空っぽな場所が、少しだけ温かくなる気がする。……気のせい、かもしれないけれど」


「もうっ!そういう風に寂しそうに言われると、私がこれ以上文句を言えなくなるじゃない!ほんっと、あなたって子は私の調子を狂わせる天才ね!」


ニーアは大きくため息をつき、アスナが淹れた熱いコーヒーのマグカップを手に取った。一口すすると、悔しいほどに、なんとも素晴らしい香りとコクが広がる。探偵としての依頼は月に数件という綱渡りの経営状態だが、この朝のひとときだけは、二人にとって何者にも代えがたい贅沢だった。


「さて、と。甘いものも食べたことだし、今日も元気に新王都のパトロールへ出かけるわよ!私がこの街の平和を守ってあげるんだから、アスナもしっかりついてきなさい!」


ニーアがお気に入りのトレンチコートを羽織り、ベルトを締め直すと、アスナも音もなく立ち上がった。


「……了解。あなたの、後ろを歩く」


二人が事務所を出て大通りを歩き始めると、新王都の日常風景が次々と目に飛び込んでくる。交差点の角では、甲高いホイッスルの音が鳴り響いていた。


「おい、そこの『車輌』!ここは駐停車禁止区域だぞ!」


若い警官が、道の端に立っていた大柄な男に違反切符を突きつけている。警官の腰には、銀色に輝く金属製の太いベルト――魔力増幅装置「ナンバー」が巻かれている。

彼らこそが、魔法の才能がない一般人でもベルト一つで魔法を使えるようになった新時代の主役、「新魔道士」だ。


対する男はベルトをしていない。その代わり、はだけたシャツの胸元には、皮膚に直接埋め込まれた真鍮色のプレートが鈍く光っていた。生まれながらにして強大な魔力を持つがゆえに、「車輌」として法的に管理される「番号持ち」の男だ。


「おまわりさん、誤解だよ!俺はただ、肉まん屋の行列に並んでいただけだ!」


「新王都交通法第三条。自走能力を有する『番号持ち』の人間が、路上にて五分以上停止状態を維持した場合、これを違法駐車とみなす。肉まんが食いたきゃ、ちゃんと自分の身体を魔力車輌用パーキングに入庫してから歩いてきなさい」


「はああああ?歩いてきたら行列が終わっちまうだろうが!大体、俺は車輌じゃない、人間だ!」


ニーアはそのやり取りを横目で見ながら、ふんっと鼻を鳴らした。


「ほんっと、やな世の中ね。魔法使いの才能がある方が不具として扱われて、挙句、車輌として扱われるなんて。才能があるなら、それを一番に評価して敬意を払うべきでしょ?機械のベルトに頼ってるだけの連中が、自分たちの力だと勘違いして偉そうにしているのを見ると、ほんっとに、腹が立つわ!」


ニーアの尻尾が不満げにバサバサと揺れる。すると、アスナが抑揚のない声で答えた。


「……効率と、安全性の問題。不確定なエネルギーを、個人の感情に委ねるのは危険。工業製品として規格化された新魔道士のベルトを使う方が、都市のシステムとしては、はるかに安定している。社会とは……そういうもの。」


「あなたって子は、ほんっとに可愛げがないわね!……まあいいわ!私たちは私たち自身の知恵と足で、この街で一番の探偵になるんだから!」


二人はそのまま、活気あふれる市場の通りへと足を踏み入れた。威勢のいい商人たちの掛け声と共に、新鮮な食材や怪しげな機械部品が並んでいる。


「……あ」


アスナが急に足を止めた。その視線の先には、ピンク色の屋根で飾られたクレープ屋の屋台があった。


「……イチゴとたっぷりの生クリームのクレープ。非常に甘くて、美味しいはず。……食べたい。所長、経費で」


「ちょっと、まだ今日は一円も稼いでないって言ってるでしょ!経費で落とそうなんて甘い考えは……」


ニーアが言いかけた、その時だった。


「どけええええええっ!俺様の前に立つ奴は、全員まとめてミンチにしてやるぜええ!」


市場の奥から、爆音を上げて巨大な鋼の塊が突撃してきた。全身を分厚い金属鎧で覆った男だ。その腰には、違法改造された巨大なベルトが巻かれ、そこからドロドロとした黒い魔力が噴き出している。


「キャアアアッ!」


「逃げろ!銀行強盗だ!」


平和だった市場は一瞬にしてパニックに陥った。屋台はなぎ倒され、色とりどりの商品が宙を舞う。鎧の男は笑い声を上げながら、周囲の看板を次々とへし折って突き進んでくる。

そして、その無慈悲な突進は、アスナが見つめていたクレープ屋の屋台を無残にも粉々に粉砕した。イチゴの香りが、排気ガスの匂いにかき消されていく。


「……私の、クレープ。……無くなった」


アスナの赤い瞳が、粉々になった残骸をじっと見つめている。表情は変わらないが、その声には微かな、しかし確かな喪失感が混じっていた。


「……許せない」


ニーアが低く唸り声を上げた。極太の黄金の尻尾が、怒りで逆立っている。


「あんな品のない鉄クズが、私のかわいい助手のささやかな楽しみを奪うなんて……許せないわ!」


ニーアはトレンチコートの裾を翻し、猛スピードで突進してくる鎧男の正面へと堂々と歩み出た。逃げ惑う群衆の中で、彼女だけが一本の槍のように真っ直ぐ立ち塞がる。


「おいおいおい!なんだそのデカ尻尾!轢き殺されたくなかったらそこをどきな!」


「ひきころす?……ずいぶんと威勢のいいポンコツ『車輌』ね。でも、残念だったわね、ここは歩行者優先よ。そして、この新王都(まち)で一番強くて美しいのはこの私なんだから、あんたみたいな三流の通り道なんて、どこにも……残されていないのよ!」


ニーアはコートの懐から、銀色に輝くベルト型増幅装置「ナンバー」を取り出した。それを流れるように腰に巻きつけると、バックル部分のクリスタルが音を立ててロックされる。


「ほざけ!まとめて吹き飛ばしてやる!」


男が巨大な鉄の拳を振り上げ、ニーアに向かって跳躍した。

圧倒的な質量が彼女の頭上に暗い影を落とす。

しかし、ニーアは不敵な笑みを浮かべたまま、バックルの起動スイッチに指をかけた。

体内に眠るわずかな魔力が、ベルトを経由して増幅され、エネルギーとなって瞬時に全身を駆け巡る。

彼女は真っ直ぐに前を見据え、すべてを圧倒する気迫を込めて……叫んだ。


「着装!」

主題歌:美しければそれでいい

https://youtu.be/EruJSpZOPxM?si=iNsd-7XEJsSiwxIz

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