隠しキャラを攻略したい?そんなの不可能に決まってますわ。だって……
わたくしはフィリアーネ・オーディール。オーディール公爵家の長女にして、ここウィンストン王国第二王子ヒューバード殿下の婚約者だった。
だった、と過去形なのは何故かって? それは勿論、殿下の「真実の愛」のお相手が見つかったからですわよ。
そのお相手、ダーレストン男爵令嬢エマ様は何故か今、涙目でわたくしに抗議していますが。わざわざ公爵邸にまで押しかけてきてご苦労なことですけれど、わたくしは何もしていませんのにねえ……
「そんなわけないでしょ、大嘘つかないでよ! あんたが余計なこと言ったから、ヒュー様が隙あらば私を軟禁しようとしてるに決まってるわ! でなかったら本来ツンデレなヒュー様が、メンヘラかヤンデレみたいにヒロインを閉じ込めようなんてするはずないもの! エンディングまではまだまだ先なのにいつの間にか婚約解消されてるし、そんなの悪役令嬢のフィリアーネが転生者でもなきゃ有り得ないでしょ!?」
「でしょ!? と言われましても……確かにわたくしは転生者ですけれど、婚約解消の件はそれとは全く関係ないことですのよ。ヒューバート殿下があなたを見初めた時点で、殿下とわたくしの婚約が白紙になることは既に決定事項でしたわ」
あのゲーム━━『その出会いは運命を紡ぐ』の始まりを考えても、そうなることは自明の理ですのに。むしろあの設定で、まともにキャラクター攻略ゲームとして成り立つ展開にしていたのが今考えればおかしな話でしょう。シナリオライターの腕を褒めるべきかもしれませんが。
そう言って首を傾げれば、ヒロインであるところのエマ様は可愛らしい顔に怪訝な色を浮かべる。
「……どういうこと?」
「簡単な話ですわ。世界背景と言いますか、殿下を含めた攻略キャラクターの皆様の設定はどんなものかご存知ですわよね?」
「当然よ。この世界の始祖は獣人であり、血の薄まった庶民や下位貴族とは違って、王族や上位貴族の多くには獣人の特徴が表れているのよね。攻略対象も例外なく獣人で、ヒロインは人間でしかないけど、それぞれのルート開始時に攻略キャラの『運命の番』として認められ、る…………」
はい、仰る通り。お顔が蒼白になったところからしてエマ様も気づいた模様。
実際エマ様は現在、ヒューバート殿下の番として国からも殿下ご本人からも正式に認められた立場となっております。ですので殿下が彼女に執着なさるのはごく自然な現象であり、わたくしを含めた誰からも咎められるべきことではございません。
そもそも殿下とわたくしの婚約は五年前、「どちらかの番が見つかった時点で婚約は速やかに白紙撤回するものとする」という条件のもと結ばれており、先日つつがなくその条件が満たされたというわけです。ヒューバート殿下が王太子でしたら、わたくしが白い結婚の妃として政務や公務を担当することも有り得たのですけれど、第二王子ですのでそのようなことにはならず助かりましたわ。
ちなみにヒューバート殿下は虎の獣人でいらっしゃいます。わたくしフィリアーネも高位貴族の端くれですので、猫の特徴を有していますわ。ざっくり言いますと髪と同じ白銀の猫耳が頭に生えております。いわゆる四つ耳ですけれど、実質的には頭の耳は飾りで、感覚器官としては人間の耳に機能が集中していますの。聴覚の鋭さは猫に準じるので、たいていの音は聞き逃さずにすみますのよ。
獣耳は触るともふもふで気持ちがいいのですが、飾りとは言っても動かせて触覚はありますし、家族やよほど近しいお方でない限りは触れる許可は出しませんわね。髪の延長上のようなものですし。
そんなわたくしの鋭い耳に、エマ様の愕然たる声が届く。
「そんな……! 確かに私はヒュー様を選ぼうと思ってたけど、それはドリュー様攻略の前提を満たすためだったのに!!」
「あらあら。隠しキャラであらせられるライオンの獣人、隣国皇帝アンドリュー陛下ルートが、ヒューバート殿下攻略後に解放される手順だったのはそうでしたけれど」
とは言っても、ゲームはゲームでしかなく現実とは違うものです。あるひとにとっての番が、それ以外の誰かにとっても番になるなどということは現実的に有り得ないのですから。ゆえにこそ『その出会いは運命を紡ぐ』に逆ハールートはなかったのですわ。設定上存在しようがありませんものね。
要するにこの世界に生まれ落ちた時点で、エマ様の運命は本人の意思に関係なく決まってしまっていたということですわ。
「ですわ、じゃないわよ!! ね、お願い! 同じ転生者のよしみで、私がドリュー様に会えるよう協力して!? あんた、じゃなくてフィリアーネ様は公爵令嬢なんだから、コネはたくさんあるでしょ!! オーディール家は外交に長けた家柄って設定なんだし!!」
「そう言われましても……先ほど言いましたように、ヒューバート殿下の番であるエマ様が皇帝陛下にお会いしたところで、陛下と結ばれる可能性はゼロでしかありませんのよ?」
「そんなの分からないじゃない! この国より帝国の方が勢力も権力も上なのは事実なんだから、ドリュー様に会って攻略できさえすれば私が皇后になることは十分可能だわ!」
正論で諭したつもりが、どんどんヒートアップしていくエマ様。「結ばれる」を通り越して「皇后になる」ことを目指すのは、少々どころでなく飛躍しすぎですわよ。
ちょっぴり困って猫耳を軽く伏せてしまいます。ぱたん。
「……失礼を承知で言いますが、番でもない他国の男爵令嬢が皇后になるだなんて、いくら何でも不可能でしてよ。大義名分がございませんもの」
むしろ番であればこそ男爵令嬢でも皇后になれる、と言うべきでしょうか。帝国の妃たちは原則、皇后以外の側妃や愛妾は下賜することが可能なので、万が一にも皇帝の番に他の男が触れられないようにという理由から、番は平民出身であっても名目上は皇后とすることが慣例なのだとか。
そこのところを説明しても、聞く耳を持ってくださるエマ様ではありませんでした。できれば少し声のボリュームを落としてほしいところですわ。
「だったら私をオーディール家の養女にしてよ! 帝国皇后になる娘を養女にできるんだからメリットは大きいでしょ!?」
「そんなことはわたくしの一存で決められませんわ。エマ様が皇帝陛下に見初められるという確たる保証もない現状、わざわざあなたを我が家の養女に迎える意味はございません。加えて、公に認められたヒューバート殿下の『運命の番』を養女として帝国に嫁がせるなど、下手をしなくともオーディール家が不敬罪や反逆罪に問われかねませんわ。考えなしのお言葉は慎んでくださいませ」
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
爆発寸前のように真っ赤になるエマ様は、まるで癇癪を起こす寸前の子供のよう。
この方、生前はおいくつだったのかしら……大学卒業を控えていたわたくしよりも年下だったのだとは思うけれど。むしろ年上だったなら驚きでしかありませんわね。
「やっぱりあんたって立派な悪役令嬢だわ! 私の頼みを全部却下して! 不敬罪も何も、ヒュー様の番の私に対する態度が既に不敬よ! どっちみち私がヒュー様に言いつければ、オーディール家なんて簡単に取り潰せるんだから、私の言うことを素直に聞いて━━」
「こんなところにいたんだね、エマ。探したよ?」
エマ様の支離滅裂な言葉は、新たなお声により最後まで続くことなく途切れてしまった。
ヒューバート殿下ったら、いつの間にテレポートの魔術を使えるようになられたのかしら? この場所自体は我が家の応接間ですので、わたくしの婚約者でいらした殿下には馴染みのあるところでしょうけれども、だからと言ってエマ様のすぐ隣に出現するのは無駄に精度が高すぎると思いますのよ。
ほら、エマ様も血の気が引いているご様子。
「ヒュ……ヒュー様。お仕事だったんじゃ……?」
「そうだけど、今日の分はもう片付けたんだ。エマと一緒に過ごしたくてね」
にっこり微笑むヒューバート殿下は流石メインヒーロー、笑顔がとても目映く輝いていること。ちょっぴりその輝きに怪しげな気配が漂っていて、更に虎の尻尾がさりげなくエマ様の腰に絡み付いているのが不穏としか言えないものの、婚約者ではなくなったわたくしには何ら無関係なので気にするまでもありませんわね。
「ところでエマ。フィリアと、いやフィリアーネ嬢とは何を話していたんだい?」
「え。ええと、それはぁ……」
つうぅっ、と言葉とともにエマ様の頬を伝う冷や汗。
先ほど宣言したように、ヒューバート殿下にあることないことを言いつけるのかと思ったけれど、そうしないのは賢明ですわ。如何に番に夢中であっても、同じく当事者であるわたくしに確認を取らない殿下ではいらっしゃらないし、わたくしもごまかす理由は皆無ですのでありのままの事実をお教えするつもりですもの。
番が自分ではない他の男に会いたがっている━━そう聞いたヒューバート殿下が、エマ様をどうなさるかなんて言わずもがな。殿下にとってはそれが事実かどうかは大した意味を持たず、ただ最愛の番を自らの領域に閉じ込めておく格好の理由になるということで一も二もなく採用なさるはず。
権力のある獣人は厄介ですこと……と、他人事のように思ううちに、変わらず尻尾でエマ様を捕らえたままの殿下が別れの挨拶をしてくださった。
「騒がせてすまないね、フィリアーネ嬢。エマと僕は失礼するから、後はゆっくり休んでほしい。また後日、王宮舞踏会で会えるのを楽しみにしているよ」
「そんな、ヒュー様! 私はまだ話が終わってな━━」
ヒューバート殿下には雑音の音源ごと去っていただけたので、わたくしは一息つきお茶請けのクッキーを口にする。
嵐とも言えない小規模のものだったけれど、大人と言える年齢なのに理屈を弁えない存在の相手はやはり疲れる。
「ヒューバート殿下とエマ様には、末永くお幸せになってほしいわ」
嫌み抜きでそう思いながら、わたくしは侍女が入れ直してくれた紅茶の味と香りをゆっくり楽しんだ。
なお後日。
外交で帝国を訪問しているはずのフェリックスお兄様がテレポートで帰宅なさったと思えば、お兄様から移り香のような番の気配を感じたということで強引に同行してきた帝国皇帝アンドリュー陛下に引き合わせられ……結果としてわたくしは、彼の「運命の番」として皇后となることが決まってしまった。
それを聞いたエマ様の反応は言うまでもない。
『何で!? どうして!? フィリアーネは悪役令嬢なのに!! 私の攻略の邪魔者でしかない女が、どうしてドリュー様の番になんてなっちゃうのよおおおおお!!』
などと叫んでいたそうだけれど、こればかりは神に聞いてほしいとしか言えない。
「まあわたくしも、実はアンドリュー様最推しだったのだけれど……」
「ん? 私がどうかしたかい、フィリア?」
「いいえ。ただ、アンドリュー様と出会えた幸せを噛み締めていたのですわ」
政務の休憩中、アンドリュー様の膝上でお互いをモフり合いながら、わたくしはこの世界に転生したことを心から神に感謝したのでした。
番ネタを一度書いてみたいなーと思った結果、乙女ゲーム要素と混ざってメタ視点多めな話に。
最後の方でモフモフしたい欲望がうっかり漏れました。ネコ科はいいなあ。犬もいいけど。




