第9章:守護者の秘密
朝。
セロスが目を覚ますと、イヴェインは窓際に立っていた。
外を見つめている。
「......起きたのね」
イヴェインが、振り返った。
目は、赤かった。
昨夜、泣いたせいだろう。
「おはよう」
セロスは、ベッドから起き上がった。
「昨夜は......ありがとう」
「謝るのは、私の方よ」
イヴェインは、複雑な表情をした。
「殺そうとして、ごめんなさい」
「......いや」
セロスは、首を振った。
「あなたは、使命のために動いただけだ」
「使命......」
イヴェインは、自嘲的に笑った。
「そう。使命。それしか、なかったから」
彼女は、窓の外を見た。
「十年間——リオスを殺してから、私は使命のために生きてきた」
「イヴェイン......」
「感情を殺して。ただ、守護者として」
彼女の声が、震える。
「でも——あなたを見て、分かったの」
「何を......?」
「私は——本当は、守りたかった」
イヴェインは、涙を拭った。
「リオスを。あなたを。予言の子を——殺すのではなく、守りたかった」
セロスは——
イヴェインに近づいた。
「なら......守って、くれないか?」
「え......?」
「俺を。アストラルに飲み込まれないように」
セロスは、イヴェインを見た。
「一人じゃ、できない。でも——あなたがいれば」
イヴェインは——
驚いた顔をした。
そして——
微かに、笑った。
涙を流しながら。
「......ええ」
彼女は、頷いた。
「守るわ。今度こそ——必ず」
二人は——
そこで、誓った。
互いを、守ると。
その日、二人はギルドに行かなかった。
代わりに、イヴェインはセロスを、ある場所に連れて行った。
王都の地下。
古い下水道の、さらに奥。
「ここは......?」
セロスが聞いた。
「守護者の、隠れ家」
イヴェインが答えた。
「かつて、私の一族が使っていた場所」
暗い通路を進む。
やがて、扉が見えた。
石でできた、古い扉。
イヴェインは、扉に手を当てた。
古代語で、何か呟く。
扉が——開いた。
中は——
書庫だった。
壁一面に、本棚。無数の本と、巻物。
「ここに、全てがあるわ」
イヴェインが言った。
「古代文明の記録。アストラルの真実。予言の秘密」
セロスは、書庫を見渡した。
圧倒される。
こんなに多くの知識が——
こんなに多くの真実が、隠されていた。
「ここで、調べましょう」
イヴェインが、一冊の本を手に取った。
「あなたを——アストラルを、救う方法を」
二人は、書庫で一日を過ごした。
本を読む。
記録を調べる。
そして——
少しずつ、真実が明らかになっていった。
「『深淵の獣』......」
セロスが、一冊の古書を読んでいた。
「これは......何だ?」
「世界の敵よ」
イヴェインが答えた。
「千年前、突然現れた。理由も、目的も、不明。ただ——破壊だけを求める、純粋な悪」
「アストラルは、それと戦ったのか......」
「ええ。そして——負けた」
イヴェインは、別の本を開いた。
「アストラルは、『深淵の獣』を倒すため、禁断の力——『創世の炎』を使った」
「創世の炎......?」
「世界を創った、とされる力。しかし——それは同時に、世界を滅ぼす力でもあった」
イヴェインの指が、古代文字を辿る。
「アストラルは、その力を制御できなかった。『深淵の獣』を封印したが——古代文明も、滅んだ」
「封印......」
セロスは、重要な言葉に気づいた。
「倒したのではなく、封印?」
「そう」
イヴェインは、セロスを見た。
「『深淵の獣』は、まだ生きている。地下深くに、封印されたまま」
「それが——今、目覚めようとしている......」
「そういうこと」
イヴェインは、溜息をついた。
「予言の真実——『選ばれし者よ、沈黙の声を聞け。さもなくば、世界は再び灰燼に帰す』」
「『沈黙の声』......ペンダント」
「そして、『再び灰燼に帰す』——『深淵の獣』の復活」
イヴェインは、本を閉じた。
「アストラルは、自分が復活して、再び『深淵の獣』と戦おうとしている」
「でも——また、失敗するかもしれない」
「ええ。だから——」
イヴェインは、セロスを見た。
「——別の道を、見つけなければ」
セロスは、頷いた。
(別の道......)
(アストラルが言っていた)
(共にある道)
夕方になった。
二人は、まだ書庫にいた。
「見つけた」
イヴェインが、声を上げた。
「これ——」
彼女は、一枚の羊皮紙を持っていた。
古く、ぼろぼろの羊皮紙。
「予言の——続き」
「続き......?」
セロスは、羊皮紙を覗き込んだ。
古代文字で、何か書かれている。
「読める?」
「少しだけ」
イヴェインは、文字を辿った。
「『二つの魂が、一つの器に。対話せよ。共に在れ。さすれば——新たな道が開かれる』」
「二つの魂......」
セロスは、胸のペンダントに手を当てた。
「俺と、アストラル......」
「対話して、共存する——それが、答え」
イヴェインは、羊皮紙を置いた。
「融合でもなく、分離でもなく——共存」
「そんなこと、できるのか?」
「分からないわ。でも——」
イヴェインは、セロスを見た。
「——試す価値は、ある」
セロスは——
頷いた。
(共存......)
(アストラルと、共に......)
それは——
それは、簡単なことではないだろう。
でも——
でも、やってみる価値は、ある。
夜。
二人は、書庫を出た。
王都の地下から、地上へ。
星空が、広がっていた。
「綺麗ね」
イヴェインが、空を見上げた。
「......ええ」
セロスも、空を見た。
無数の星。
その中に——
消えた星も、あるのだろうか。
予言にあった、『星が消える夜』。
セロスが生まれた夜。
「セロス」
イヴェインが、呼んだ。
「何?」
「......ありがとう」
「何が?」
「私に——もう一度、守る機会をくれて」
イヴェインは、微笑んだ。
温かい、本当の笑顔。
セロスは——
初めて見た。
彼女の、本当の笑顔を。
「こちらこそ」
セロスは、答えた。
「一人じゃ、ないって分かったから」
二人は——
そこで、絆を深めた。
守護者と、予言の子。
敵であるはずの、二人。
しかし——
今は、仲間だった。
家族のような、存在。
その夜、セロスは宿に戻った。
ベッドに横になる。
(今日は......色々あった)
イヴェインの告白。
守護者の書庫。
予言の続き。
全てが——
全てが、セロスの運命を変えていく。
胸のペンダントが、温かい。
アストラルが——
そこにいる。
(共に、在る)
(それが、答えなのか)
セロスは、目を閉じた。
そして——
夢の中で、アストラルに会った。
『オマエ 今日ハ 充実シテイタナ』
アストラルが言った。
「ああ......色々、分かった」
『予言ノ 続キモ?』
「ああ」
セロスは、アストラルを見た。
「共存——それが、答えなんだろ?」
『......』
アストラルは、黙っていた。
そして——
『試シテミルカ?』
「ああ」
セロスは、頷いた。
「一緒に——やってみよう」
アストラルは——
微笑んだ。
温かい笑顔。
『ソウダナ』
『一緒ニ』
二人は——
そこで、誓った。
互いを、尊重すると。
融合せず、分離せず——
共に、在ると。
[第9章 了]




