表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/19

第8章:最初の記憶

王都に戻ったのは、夜だった。

三人は、無言でギルドに向かった。

依頼の報告。

ギルドマスターは、魔法陣が破壊されたことを確認し、報酬を支払った。

「よくやった。さすがだな、イヴェイン」

「......ええ」

イヴェインの返事は、そっけなかった。

報酬を受け取り、三人はギルドを出た。

外は、暗かった。

街灯が、通りを照らしている。

「じゃあな、セロス」

ユリウスが、手を振った。

「また、組もうぜ」

「......ああ」

ユリウスは、去っていった。

残されたセロスとイヴェイン。

「......話が、あるわ」

イヴェインが言った。

「私の宿に来て」

セロスは、頷いた。


イヴェインの宿は——高級だった。

王都の中心街にある、立派な三階建ての宿。

『銀月亭』という名前の、上級探索者御用達の宿だ。

セロスは、場違いな気がした。

自分の安宿とは、雲泥の差だ。

イヴェインの部屋は、三階にあった。

広い。清潔。窓からは、王都の夜景が見える。

「座って」

イヴェインが、椅子を指した。

セロスは、座った。

イヴェインは、向かいの椅子に座った。

しばらく、沈黙。

「......あなた」

イヴェインが、口を開いた。

「『蒼い涙』を、どこで手に入れたの?」

「『忘却の遺跡』で」

「契約は?」

「......多分、した」

セロスは、あの日のことを思い出した。

死の淵で、ペンダントに触れた。

そして——

何かと、契約した。

「代償は?」

「分からない。声が——声が、途中で途切れた」

イヴェインは、険しい顔をした。

「......最悪ね」

「最悪......?」

「代償を知らずに契約するなんて」

イヴェインは、溜息をついた。

「あなた、運が良いのか悪いのか」

「どういう、意味だ?」

セロスは、前のめりになった。

「『蒼い涙』とは、何なんだ? 俺は——俺は、何と契約したんだ?」

イヴェインは——

長い間、黙っていた。

そして——

「......古代王アストラルの魂」

セロスの、心臓が止まりそうになった。

「アストラル......」

夢で聞いた名前。

声の主の名前。

「古代文明最後の王。千年前、世界を救おうとして——世界を滅ぼした男」

イヴェインの声は、静かだった。

しかし、その静けさの中に——

深い、悲しみがあった。

「彼は、『深淵の獣』という存在から世界を守るため、禁断の力を使った。しかし、その力は暴走した。古代文明は、一夜にして滅びた」

「それが......千年前の、大崩壊......」

「そう。アストラルは、最後の瞬間、自らの魂を『蒼い涙』に封印した。そして——予言を残した」

イヴェインは、セロスを見た。

金色の瞳。

その瞳に、涙が浮かんでいた。

「『予言の子』——それは、アストラルの魂の器。アストラルが復活するための、器」

セロスは——

言葉を失った。

(俺は......)

(俺は、アストラルの......器?)

「つまり、俺は——」

「飲み込まれるわ」

イヴェインの声が、震えた。

「力を使うたび、アストラルの記憶が混ざってくる。やがて、あなたの自我は消え、アストラルが復活する」

「そんな......」

セロスの手が、震えた。

(俺は......消える?)

(自分が、なくなる?)

「だから——」

イヴェインが、立ち上がった。

セロスに近づく。

そして——

セロスの首に、剣を当てた。

「——今、ここで、殺すわ」

冷たい剣先。

イヴェインの目は——

悲しみと、決意に満ちていた。

「アストラルを、復活させるわけにはいかない。彼が目覚めれば、また世界が滅ぶ」

「待って——」

「待てない」

イヴェインの手が、震えている。

しかし、剣は確実にセロスの首にある。

「私は——私は、もう二度と——」

彼女の声が、途切れた。

涙が、一筋、頬を伝う。

「もう二度と、失いたくないの」

「イヴェイン......」

「十年前——私は、恋人を殺した」

イヴェインの告白。

セロスは、息を呑んだ。

「彼の名は、リオス。彼も——予言の子だった。『蒼い涙』を持っていた」

「それを......あなたが......」

「一族の命令で」

イヴェインの顔が、苦痛に歪んだ。

「私は、『封印の守護者』一族の生まれ。使命は、予言の子を目覚める前に始末すること」

「始末......」

「リオスを——愛していた。でも、殺した。使命のために」

イヴェインの剣が、さらにセロスの首に食い込んだ。

「そして今——また、同じことをしなければならない」

「イヴェイン......」

「あなたを——殺さなければ」

しかし——

イヴェインの手は、震えていた。

剣が、定まらない。

「なぜ......」

彼女は、泣いていた。

「なぜ、あなたなの......」

「イヴェイン......」

「あなたは——リオスに、似ている」

セロスは、驚いた。

「同じ、目をしている。諦めたような、それでも生きようとする——そんな目」

イヴェインの剣が、下がった。

「殺せない......」

彼女は、剣を落とした。

床に、金属音が響く。

「また......守れない」

イヴェインは、その場に崩れ落ちた。

顔を、両手で覆う。

「私は......何をしているの......」

セロスは——

イヴェインに、近づいた。

そして——

彼女の肩に、手を置いた。

「......ありがとう」

「え......?」

イヴェインが、顔を上げた。

涙で濡れた、金色の瞳。

「殺さないで、くれて」

セロスは、微かに笑った。

「俺も——生きたい」

イヴェインは——

また、泣き出した。

今度は、声を上げて。

セロスは、ただ——

そこにいた。

彼女の肩に、手を置いたまま。

(俺は......消えるのか)

(アストラルに、飲み込まれるのか)

不安が、心を満たす。

しかし——

それでも。

(今は......生きている)

(だから——)

(できることを、しよう)

セロスは、決めた。

逃げない。

向き合う。

アストラルと。

自分の運命と。


その夜。

セロスは、イヴェインの部屋で眠った。

イヴェインは、ベッドを譲ってくれた。自分は、椅子で休むと言った。

セロスは——夢を見た。

またしても、あの夢。

玉座の間。

しかし——今回は違った。

アストラルが、玉座から降りていた。

そして、セロスの目の前に立っていた。

金色の瞳が、セロスを見つめる。

『知ッタノカ』

アストラルが言った。

『私ノ 名ヲ』

「ああ......」

セロスは、答えた。

『ソシテ 真実モ』

「俺は......器なのか?」

『ソウダ』

アストラルは、頷いた。

『オマエハ 私ノ 器』

『私ガ 復活スルタメノ』

「俺は......消えるのか?」

『......』

アストラルは、答えなかった。

ただ——

悲しげな目で、セロスを見た。

『スマナイ』

その言葉に、セロスは驚いた。

「すまない......?」

『オマエハ 望ンデ 器ニナッタワケデハナイ』

『私ガ オマエヲ 選ンダ』

アストラルは、窓の外を見た。

『私ハ ヤリナオシタカッタ』

『世界ヲ 救イタカッタ』

『ダカラ 器ヲ 用意シタ』

『予言ヲ 残シタ』

『シカシ——』

アストラルは、セロスを見た。

『——オマエヲ 見テイルト』

『迷ウノダ』

「迷う......?」

『オマエハ 私ニ 似テイル』

アストラルは、微かに笑った。

悲しい笑顔。

『孤独ダッタ』

『期待サレ』

『ソシテ 失望サレタ』

セロスは——

言葉を失った。

アストラルは——

自分と、同じだった。

『私モ 予言ノ子ダッタ』

『世界ヲ 救ウト 期待サレタ』

『シカシ 失敗シタ』

アストラルの目から、涙が流れた。

いや——

それは、涙ではなかった。

蒼い光。

『蒼イ涙』

『コレガ 私ノ 後悔ダ』

セロスは——

胸が締め付けられた。

アストラルは——

孤独だった。

自分と、同じように。

『ダカラ スマナイ』

アストラルが言った。

『オマエヲ 利用シテ』

「......いや」

セロスは、首を振った。

「謝らないで、くれ」

「なぜ......?」

『ナゼダ?』

「俺も——俺も、利用したから」

セロスは、アストラルを見た。

「あんたの力を。生きるために」

『......』

「だから——お互い様だ」

セロスは、微かに笑った。

アストラルは——

驚いた顔をした。

そして——

初めて、本当に笑った。

温かい笑顔。

『ソウカ』

『オ互イ様カ』

『......良イ言葉ダ』

アストラルは、セロスの肩に手を置いた。

『オマエハ 興味深イ』

『私ノ 器トシテデハナク』

『一人ノ 人間トシテ』

「......ありがとう」

セロスは、そう言った。

『時間ガナイ』

アストラルが言った。

『深淵ノ獣ガ 目覚メツツアル』

『私ハ ソレヲ 止メナケレバ』

「でも——俺が、消えるなら」

『......』

アストラルは、黙った。

長い沈黙。

そして——

『別ノ道ヲ 探ソウ』

「別の道......?」

『オマエガ 消エナイ道』

『私ガ 復活シナイ道』

『ソレデモ 深淵ノ獣ヲ 止メラレル道』

アストラルは、セロスを見た。

『約束スル』

『オマエヲ 飲ミ込マナイ』

『共ニ 在ル道ヲ 見ツケル』

セロスは——

信じた。

なぜか——

なぜか、信じられた。

「......ありがとう」

『礼ヲ言ウノハ 私ノ方ダ』

アストラルは、微笑んだ。

『オマエガ 居テクレテ』

『孤独デハナクナッタ』

夢が、薄れていく。

セロスは——

目を覚ました。

部屋は、まだ暗い。

窓の外を見る。

夜明け前。

セロスは、胸のペンダントに手を当てた。

温かい。

そして——

微かに、脈打っている。

アストラルの、心臓のように。

(共にある道......)

(見つけられるだろうか)

分からない。

でも——

(探してみよう)

セロスは、そう決めた。

[第8章 了]


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ