第7章:初めての共同依頼
それから、一週間が過ぎた。
セロスとイヴェインは、三度、共同で依頼を受けた。
どれも、Cランクの依頼。遺跡の調査、魔物の討伐、遺物の回収。
そして——どの依頼でも、セロスは不思議な力を見せた。
通常の探索者では太刀打ちできない敵を、セロスは倒した。
イヴェインは、何も言わなかった。
ただ——観察していた。
セロスの動きを。
セロスの力を。
そして——
セロスの胸を。
彼女は、知っている。
セロスが、何かを隠していることを。
しかし、問い詰めはしなかった。
なぜか。
セロスには、分からなかった。
今日も、二人はギルドにいた。
次の依頼を探している。
「これは?」
イヴェインが、依頼書を手に取った。
「『破れた塔』の探索。ランクB」
「Bランク......」
セロスは、躊躇した。
自分のランクより、二つ上だ。
「大丈夫よ」
イヴェインは、淡々と言った。
「私がいるもの」
彼女は、依頼書を受付に持っていった。
セロスは、複雑な気持ちだった。
(俺は......守られているのか?)
それとも——
(利用されているのか?)
分からない。
イヴェインの本心が、見えない。
「明日、出発するわ」
イヴェインが戻ってきた。
「『破れた塔』は、王都から東へ一日。準備しておいて」
「......はい」
セロスは、頷いた。
その時——
ギルドの扉が、勢いよく開いた。
若い男が、飛び込んできた。
息を切らしている。
「た、大変だ!」
酒場が、静まり返った。
「何があった?」
ギルドマスターが、奥から出てきた。
中年の、厳つい顔をした男だ。
「『破れた塔』で......パーティが全滅しました!」
ざわめきが、広がる。
「全滅......?」
「Bランクのパーティが、四人も!」
「何が起きた?」
「分かりません......生き残りは、いません」
ギルドマスターは、険しい顔をした。
「『破れた塔』を、封鎖する。新しい依頼は——」
「待って」
イヴェインの声。
彼女が、前に出た。
「私たちが、行くわ」
「イヴェイン......しかし」
「Aランクの私と——」
彼女は、セロスを見た。
「——この子がいれば、大丈夫」
セロスは、驚いて彼女を見た。
(この子......?)
まるで——
まるで、信頼しているかのような言い方。
ギルドマスターは、イヴェインを見た。
「......本気か?」
「ええ」
「分かった。だが——他のメンバーも連れて行け」
「必要ないわ」
「イヴェイン」
ギルドマスターの声が、厳しくなった。
「Bランクのパーティが全滅した。慎重になれ」
イヴェインは、溜息をついた。
「......分かったわ。では——」
彼女は、酒場を見渡した。
「誰か、行く人は?」
静寂。
誰も、手を上げない。
「......やれやれ」
イヴェインは、肩をすくめた。
「仕方ないわね。二人で行くわよ、セロス」
「待って」
声がした。
若い男の声。
酒場の隅から、一人の探索者が立ち上がった。
金髪の、爽やかな顔立ちの青年。
Bランクの徽章をつけている。
「俺が、行く」
青年が言った。
「あなたは......」
イヴェインが、眉をひそめた。
「ユリウス・ブライトね」
「知ってるのか? 光栄だな、『銀の魔女』に」
ユリウスは、にかっと笑った。
明るい笑顔。
「俺も、興味があるんだ。『破れた塔』で何が起きたのか」
「好奇心で来るの?」
「まあね。でも——」
ユリウスは、セロスを見た。
「お前が気になる」
「......俺が?」
「ああ。『影』だろ? 最近、噂になってる」
セロスは、居心地が悪くなった。
「何の噂......?」
「急に強くなったって。『忘却の遺跡』から生きて帰った唯一の探索者。そして——『銀の魔女』と組んでる」
ユリウスは、興味津々といった表情だった。
「お前、何者なんだ?」
セロスは、答えられなかった。
「......普通の探索者です」
「嘘つけ」
ユリウスは、笑った。
「普通じゃないから、噂になるんだよ」
イヴェインが、二人の間に入った。
「おしゃべりは後にして。行くなら、明日の朝。北門に七時」
「了解」
ユリウスは、敬礼した。
「じゃあ、明日な。『影』」
彼は、酒場を出て行った。
残されたセロスとイヴェイン。
「......良かったの?」
セロスが聞いた。
「彼を、連れて行って」
「別に」
イヴェインは、無表情だった。
「一人増えても、変わらないわ」
彼女は、セロスを見た。
「あなたがいれば——それで十分」
その言葉に、セロスの胸が締め付けられた。
(なぜ......そこまで)
(なぜ、俺を......)
聞きたかった。
しかし、聞けなかった。
答えが、怖かった。
翌朝。
北門に、三人が集まった。
イヴェイン。
セロス。
そして——ユリウス。
「おはよう!」
ユリウスは、やたら元気だった。
「いい天気だな。遺跡探索日和だ」
「......あなた、本当に危機感あるの?」
イヴェインが、呆れた声で言った。
「あるさ。でも、暗い顔してても仕方ないだろ?」
ユリウスは、セロスに近づいた。
「なあ、『影』。お前、本名は?」
「......セロス」
「セロスか。良い名前だな。俺はユリウス。よろしくな」
ユリウスは、手を差し出した。
セロスは、戸惑った。
こんなふうに——
こんなふうに、フランクに接してくる人間は、久しぶりだった。
「......よろしく」
セロスは、手を握った。
ユリウスの手は、温かかった。
「じゃ、行くか!」
ユリウスは、さっさと歩き出した。
イヴェインが、小さく溜息をついた。
「面倒な奴を連れてきたわね......」
しかし——
その声には、嫌悪はなかった。
むしろ——
微かな、安心のようなものが混じっていた。
三人は、王都を出た。
『破れた塔』は、荒野の真ん中に立っていた。
石造りの塔。上半分が崩れ落ちている。
「あれか......」
ユリウスが、塔を見上げた。
「不気味だな」
「全滅したパーティは、中で何を見たのかしら」
イヴェインが呟いた。
三人は、塔に近づいた。
入口は、口を開けたまま、暗闇を覗かせている。
「俺が先行する」
ユリウスが言った。
「イヴェイン、お前は中間。セロスは後ろだ」
「あなたが指揮を?」
イヴェインが、挑戦的な目で見た。
「俺はBランクだぞ? お前より下かもしれないけど、パーティ戦闘の経験は豊富だ」
「......好きにして」
イヴェインは、意外にもあっさり引いた。
三人は、塔の中に入った。
内部は——広かった。
円形の大広間。かつては何かの儀式場だったのかもしれない。
床には、複雑な魔法陣が刻まれている。
そして——
床に、血痕。
「......ここで、やられたのか」
ユリウスが、血痕をしゃがんで見た。
「新しい。昨日のものだ」
「敵は?」
「分からない。痕跡が——」
その時。
魔法陣が、光り始めた。
「まずい!」
ユリウスが叫んだ。
「罠だ!」
しかし——遅かった。
光が、部屋を満たす。
そして——
床から、何かが現れた。
骸骨。
武器を持った、骸骨の戦士たち。
十体——いや、二十体。
「アンデッド!」
イヴェインが剣を抜いた。
「数が多い!」
骸骨たちが、襲いかかってきた。
ユリウスが、最前線で戦う。
「セロス、イヴェインを守れ!」
「わ、分かった!」
セロスも、剣を抜いた。
骸骨が、襲いかかる。
セロスは、それを切り払った。
一体。
二体——
しかし、数が多い。
次々と、現れる。
「きりがない!」
ユリウスが叫んだ。
「魔法陣を壊せ! それが本体だ!」
イヴェインが、魔法陣に向かって矢を放った。
しかし——
矢は、見えない壁に阻まれた。
「バリアがある!」
「くそ!」
ユリウスが、骸骨を蹴散らしながら叫んだ。
「どうする!」
その時——
セロスの胸のペンダントが、熱くなった。
激しく、熱い。
『ヤレ』
声が、聞こえる。
『オマエノ チカラヲ ツカエ』
「力......」
セロスは、呟いた。
「俺の、力......」
剣を、構える。
魔法陣に向かって。
『ソウダ』
『ソノ イメージヲ モテ』
セロスは——目を閉じた。
イメージする。
剣から、光が放たれる。
それが、魔法陣を破壊する——
目を、開ける。
「はぁぁぁぁっ!」
セロスは、剣を振った。
蒼い光の刃が、剣から放たれた。
それは——
まっすぐに、魔法陣に向かって飛ぶ。
バリアに、ぶつかる。
バリバリ、と音を立てて——
バリアが、砕けた。
光の刃が、魔法陣に到達する。
爆発。
魔法陣が、粉々に砕け散った。
骸骨たちが、動きを止めた。
そして——
崩れ落ちる。
静寂。
ユリウスとイヴェインが、呆然とセロスを見ていた。
「お前......」
ユリウスが、口を開けた。
「今の、何だ......?」
セロスは、自分の剣を見た。
また、やってしまった。
ペンダントの力を、使ってしまった。
「セロス」
イヴェインが、近づいてきた。
「あなた——」
彼女は、セロスの胸を見た。
「——もう、隠さなくていいわ。見せて」
「イヴェイン......」
「お願い」
イヴェインの声は——
珍しく、感情的だった。
懇願するような、声。
セロスは——
観念した。
シャツの襟を、開ける。
そこに——
蒼い宝石のペンダント。
光を放つ、美しいペンダント。
「それは......」
イヴェインの顔が、青ざめた。
「『蒼い涙』......」
「知ってるのか?」
ユリウスが聞いた。
イヴェインは、答えなかった。
ただ——
セロスを、悲しげな目で見つめていた。
「......行きましょう」
彼女は、そう言って背を向けた。
「もう、ここには何もないわ」
「おい、イヴェイン——」
「後で、話すわ」
イヴェインは、塔を出て行った。
残されたセロスとユリウス。
「なあ、セロス」
ユリウスが、セロスの肩を叩いた。
「お前、大変なもの持ってるな」
「......知ってるのか?」
「いや。でも——イヴェインの反応を見れば分かる」
ユリウスは、真剣な顔をした。
「お前、狙われるぞ。そのペンダント」
「狙われる......?」
「ああ。強力な遺物は、みんな欲しがる。国も、組織も、個人も」
ユリウスは、セロスを見た。
「気をつけろよ。特に——」
「特に......?」
「——イヴェインを」
セロスは、驚いた。
「どういう、意味だ?」
「俺にも、分からない。でも——」
ユリウスは、塔の外を見た。
イヴェインの背中が、見える。
「——あいつ、何か隠してる」
セロスは——
それが、真実だと知っていた。
イヴェインは、何かを隠している。
それが、何なのか——
もうすぐ、明らかになるだろう。
[第7章 了]




