第4章:目覚めた力
王都に戻ったのは、翌日の昼過ぎだった。
セロスは疲れていなかった。不思議なことに、一睡もしていないのに、体は軽かった。
胸のペンダントが、時折温かく脈打つ。それが、彼に力を与えているような気がした。
ギルドの扉を開ける。
酒場は、昼間なので比較的空いていた。数人の探索者が、遅い朝食を取っている。
セロスが入ると——
一人の探索者が、フォークを落とした。
「お、おい......」
他の探索者たちも、セロスを見た。
「『影』が......帰ってきた?」
「嘘だろ......『忘却の遺跡』だぞ?」
ざわめきが広がる。
セロスは、気にせず受付に向かった。
昨日と同じ女性職員が、目を見開いた。
「セロス・ヴェルナさん......ご無事で」
「依頼、完了しました」
セロスは言った。
職員は、呆然としている。
「し、しかし......過去二組が......」
「遺物を、回収しました」
セロスは、腰の袋から小さな遺物を取り出した。宝物庫で見つけた、古代のコイン数枚。ペンダント以外で、持ち帰れそうなものはこれだけだった。
いや——本当は、ペンダントを報告すべきなのかもしれない。
しかし、セロスはそうしなかった。
なぜか、ペンダントのことを話してはいけない気がした。
職員は、コインを確認した。
「これは......確かに、『忘却の遺跡』のものですね。状態も良好です」
「依頼料は?」
「金貨一枚、お支払いします。それと......」
職員は、何か言いたげな表情をした。
「何か?」
「......いえ。お疲れ様でした」
セロスは金貨を受け取り、ギルドを出た。
背後で、ざわめきが大きくなる。
「あいつ、本当に『忘却の遺跡』から帰ってきたのか?」
「何があったんだ?」
「『影』が......変わったな。何か、雰囲気が——」
扉が閉まり、声は聞こえなくなった。
セロスは、宿に戻らなかった。
代わりに、王都の外れ——城壁の近くにある、訓練場に向かった。
誰でも使える、公共の訓練場だ。的が並び、木製の武器が置いてある。
今は誰もいない。
セロスは、剣を抜いた。
いつもの、安物の剣。
素振りをする。
一振り。
二振り。
——速い。
セロスは、驚いて動きを止めた。
(今の......俺の動き?)
もう一度、振る。
やはり、速い。
いつもより、明らかに速い。
しかも——
疲れない。
セロスは、連続で素振りを続けた。
十回。
二十回。
五十回——
息が、上がらない。
筋肉が、悲鳴を上げない。
まるで、体が別人のようだ。
(これが......ペンダントの力?)
セロスは、胸のペンダントを見た。
蒼い宝石が、微かに光っている。
「お前......何者なんだ?」
セロスは呟いた。
返事はない。
ペンダントは、ただ光るだけ。
セロスは、的に向かって剣を構えた。
二十メートル先の的。
いつもなら、近づいて斬る。
しかし——
セロスは、その場で剣を振った。
瞬間——
蒼い光が、剣から放たれた。
光の刃。
それが、的に向かって飛ぶ。
的が——
真っ二つに裂けた。
セロスは、呆然と立ち尽くした。
(今の......俺が?)
剣を見る。
普通の剣だ。魔法の剣ではない。
でも——
でも、今、確かに——
「何を、した......?」
セロスの声が、震える。
ペンダントが、強く光った。
そして——
頭痛。
突然の、激しい頭痛。
「うっ......!」
セロスは膝をついた。
頭を抱える。
視界が、歪む。
そして——
映像が、流れ込んできた。
戦場。
血で染まった大地。
空を覆う、暗い雲。
そして——
剣を振るう、男。
金色の鎧を纏った、長い黒髪の男。
彼が剣を振るうたび、光の刃が敵を薙ぎ払う。
まるで——
まるで、さっきセロスがやったことと、同じだ。
『これが——我が力だ』
男の声が、聞こえる。
『この力で、世界を——』
そこで、映像が途切れた。
「はぁ......はぁ......」
セロスは、荒い息をついていた。
額に、冷や汗。
(今の......記憶?)
(誰の記憶?)
ペンダントの光が、静まる。
頭痛も、消えた。
しかし、不安は残る。
(これは......本当に、俺の力なのか?)
(それとも——)
セロスは立ち上がった。
真っ二つになった的を見る。
確かに、力は手に入れた。
でも——
でも、代償は何だ?
契約の時、声が言っていた。
『代償ハ——』
そこで途切れた記憶。
代償は、何?
セロスは、訓練場を後にした。
宿に戻ると、セロスは鏡を見た。
自分の顔。
変わらない。
同じ、灰色の瞳。
同じ、黒髪。
同じ——
いや。
何かが、違う。
目つきが、少し鋭くなった気がする。
それとも、気のせいか。
セロスは、ペンダントを見た。
外そうとする。
やはり、外れない。
爪を立てて、無理やり剥がそうとする。
痛い。
皮膚が傷つく。
でも、ペンダントは動かない。
まるで、セロスの体の一部のように、貼りついている。
「くそ......」
セロスは諦めた。
ベッドに座る。
(どうする?)
(このペンダントのことを、誰かに話すべきか?)
(ギルドに報告するべきか?)
しかし——
何かが、それを止める。
本能的な何かが、「秘密にしろ」と囁く。
(なぜ?)
答えは分からない。
ただ——
ただ、もし誰かに知られたら——
もし、このペンダントが特別なものだと知られたら——
また、期待される。
また、「予言の子かもしれない」と騒がれる。
そして——
また、失望される。
(それは......嫌だ)
セロスは、シャツでペンダントを隠した。
外からは見えない。
これでいい。
誰にも、言わない。
これは——
これは、俺だけの秘密だ。
その夜、セロスは夢を見た。
玉座の間。
黄金の玉座に座る、男。
長い黒髪。金色の瞳。
彼は、セロスを見ている。
いや——
セロスが、彼なのか?
視点が、混乱する。
『お前は——』
男が言う。
『——誰だ?』
セロスは答えようとした。
しかし、声が出ない。
『なぜ、私の力を?』
男が立ち上がる。
近づいてくる。
『お前は——選ばれし者か?』
セロスは後ずさる。
『それとも——』
男の手が、セロスの肩に触れた。
『——盗人か?』
瞬間——
セロスは、目を覚ました。
汗びっしょりだった。
心臓が、激しく打っている。
窓の外を見る。
まだ、夜中だ。
セロスは、胸のペンダントに手を当てた。
温かい。
そして——
微かに、脈打っている。
まるで、そこに誰かがいるかのように。
「お前は......何なんだ」
セロスは呟いた。
「俺に、何をさせたい?」
返事はない。
ただ、ペンダントは光り続ける。
セロスは、再び横になった。
しかし——
もう、眠れなかった。
[第4章 了]




