第19章:守護者の儀式
翌日——
イヴェインは、朝から準備に取りかかった。
小屋の中央に、円を描く。
古代の文字で——複雑な魔法陣。
白い粉を使って、床に刻み込んでいく。
「これが......術の陣?」
ユリウスが、覗き込んだ。
「ええ。守護者に伝わる、『魂の結界』」
イヴェインは、慎重に線を引いていく。
「二つの魂を——安定させるための、術」
セロスは——その様子を、静かに見ていた。
胸のペンダントが、微かに光っている。
『イヴェイン......』
アストラルの声が、聞こえた。
『彼女ハ——守護者ナノカ』
「ああ」
セロスは、心の中で答えた。
「でも——今は、俺の仲間だ」
『......ソウカ』
アストラルの声が、複雑だった。
『千年前——守護者タチハ 私ヲ 封印シヨウトシタ』
「でも——イヴェインは違う」
セロスは、イヴェインを見た。
「彼女は——俺を、守ろうとしてくれている」
『......変ワッタノカモシレナイナ』
アストラルが、呟いた。
『時代ガ 人ガ』
昼過ぎ——
魔法陣が、完成した。
複雑な円。
中心には、もう一つ小さな円。
そこに——セロスが座ることになる。
「これで、準備は整ったわ」
イヴェインは、額の汗を拭った。
「後は——夜を待つだけ」
「なぜ、夜なんだ?」
ガロウが聞いた。
「魂の術は——月の光が必要」
イヴェインは、窓の外を見た。
「今夜は、満月」
「最も、力が強い夜」
ユリウスが、セロスの肩を叩いた。
「大丈夫か?」
「......分からない」
セロスは、正直に答えた。
「でも——やるしかない」
「俺たちが、いるからな」
ユリウスは、にかっと笑った。
「お前を、一人にはしない」
ガロウも、頷いた。
「そうだ」
セロスは——
温かい気持ちになった。
(みんなが......いる)
(だから——大丈夫だ)
夕方。
イヴェインが、セロスを呼んだ。
「少し——話したいことがあるの」
二人は、小屋の外に出た。
夕日が、山々を染めている。
美しい——そして、儚い光景。
「......セロス」
イヴェインが、口を開いた。
「私の——過去を、話すわ」
「過去......?」
「ええ」
イヴェインは、遠くを見つめた。
「あなたには——知っておいてほしい」
「なぜ、私がここまで——あなたを守ろうとするのか」
セロスは——黙って、聞いた。
「私は——守護者の一族に生まれた」
イヴェインの声が、静かだった。
「幼い頃から——使命を教えられた」
「『予言の子を、目覚める前に始末せよ』と」
「......」
「感情を、持つなと言われた」
イヴェインの声が、震える。
「道具になれと」
「守護者として——完璧に、任務を遂行しろと」
「でも——」
彼女は、顔を伏せた。
「私は——人間だった」
「十七歳の時——リオスに、出会った」
セロスは——その名前を、聞いたことがある。
イヴェインの——恋人。
そして——前の予言の子。
「彼は——明るい人だった」
イヴェインの目に、涙が浮かぶ。
「いつも笑っていて」
「どんな困難も——笑い飛ばして」
「私とは——正反対」
「でも——」
イヴェインは、微笑んだ。
震える笑顔。
「だから——惹かれた」
「彼といると——私も、笑えた」
「守護者ではなく——一人の人間として」
セロスは——
イヴェインの手を、そっと握った。
「......ありがとう」
イヴェインは、セロスを見た。
「私たちは——三年間、一緒にいた」
「探索者として——パートナーとして」
「そして——恋人として」
「でも——」
イヴェインの声が、暗くなった。
「ある日——リオスの胸に、『蒼い涙』が現れた」
「!」
「そう。彼が——予言の子だった」
イヴェインは、空を見上げた。
「一族から——命令が来た」
「『始末せよ』と」
「私は——拒んだ」
「できないと——言った」
「でも——」
イヴェインの拳が、握られた。
「一族は——許さなかった」
「脅された」
「『お前が殺さなければ、彼を拷問する』と」
「『苦しみながら、死なせる』と」
「だから——」
涙が、頬を伝う。
「私が——殺した」
「一瞬で——苦しませないように」
「彼の——最後の言葉は......」
イヴェインの声が、途切れた。
「『ありがとう、イヴェイン』」
「『君と出会えて——幸せだった』」
セロスは——
イヴェインを、抱きしめた。
彼女は——
セロスの胸で、泣いた。
声を上げて。
どれくらい、そうしていただろう。
やがて——
イヴェインは、顔を上げた。
「......ごめんなさい」
「こんな話、聞かせて」
「いや......」
セロスは、首を振った。
「話してくれて——ありがとう」
イヴェインは——
微かに、笑った。
「だから——」
彼女は、セロスを見た。
金色の瞳。
「今度こそ——守りたい」
「あなたを——セロス」
「リオスを守れなかった——私だけど」
「今度こそ」
セロスは——
イヴェインの頬に、手を当てた。
「イヴェイン——あなたは、十分頑張ってる」
「リオスも——きっと、感謝してる」
「......」
「だから——自分を、責めないで」
イヴェインは——
また、涙を流した。
「......ありがとう」
「セロス」
二人は——
夕日の中で、寄り添っていた。
夜。
満月が、空に昇った。
四人は——小屋の中に集まった。
魔法陣の周りに——ユリウス、ガロウ、イヴェイン。
中央に——セロス。
「始めるわ」
イヴェインが、言った。
セロスは——魔法陣の中心に座った。
胸のペンダントが、強く光っている。
「セロス——何があっても、自分を見失わないで」
イヴェインの声が、真剣だった。
「あなたは——セロス」
「アストラルではない」
「......分かった」
イヴェインは——古代語で、詠唱を始めた。
低く、リズミカルな言葉。
それが——空気を震わせる。
魔法陣が——光り始めた。
蒼い光。
月光が——窓から差し込む。
それが——魔法陣と共鳴する。
セロスの体が——浮き上がった。
「うっ......!」
意識が——遠のいていく。
暗闇に——落ちていく。
しかし——
今度は、一人ではなかった。
『セロス』
アストラルの声が、聞こえた。
『私モ イル』
「ああ......」
セロスは、答えた。
「一緒だな」
二人は——
暗闇の中で、手を取り合った。
[第19章 了]




