第14章:心の境界
暗闇の中——
セロスは、浮遊していた。
いや——
浮遊しているのは、自分の意識なのか。
それとも——
「ここは......」
声が、反響する。
自分の声なのか、それも分からない。
『目ヲ覚マシタカ』
声。
アストラルの声。
セロスは、周囲を見回した。
何もない。
ただ——暗闇だけ。
「俺は......どこに?」
『オマエノ 心ノ中ダ』
アストラルの姿が、暗闇の中に現れた。
金色の鎧。
長い黒髪。
金色の瞳。
しかし——その姿は、半透明だ。
「俺の......心の中......」
『ソウダ。オマエハ 意識ヲ 失ッタ』
『力ヲ 使イスギタ』
セロスは——思い出した。
帝国の兵士たち。
戦闘。
そして——
ペンダントの力を、限界まで使った。
「俺は......死んだのか?」
『マダダ。デモ——』
アストラルは、セロスを見た。
悲しげな目。
『——モウ 長クハナイ』
「どういう......意味だ」
『オマエト 私ノ 境界ガ 曖昧ニナッテイル』
アストラルは、自分の手を見た。
その手が——少しずつ、実体を帯びていく。
『私ノ 人格ガ 強クナッテイル』
『ヤガテ——オマエハ 消エル』
セロスは——
恐怖を感じた。
(消える......)
(俺が......)
「嫌だ......」
セロスは、呟いた。
「俺は......消えたくない」
『......ワカッテイル』
アストラルの声が、優しかった。
『オマエハ 生キタイ』
『当然ダ』
「なら......」
セロスは、アストラルを見た。
「なら——どうすればいい」
『......ワカラナイ』
アストラルは、首を振った。
『私ニモ ワカラナイ』
『共存ノ 方法ガ』
沈黙。
二人は——
暗闇の中で、向き合った。
「......アストラル」
セロスが、口を開いた。
「あなたは——俺を、どう思ってる?」
『ドウ......?』
「道具? 器? それとも——」
『......違ウ』
アストラルは、はっきりと言った。
『オマエハ 道具デハナイ』
『オマエハ——』
彼は、言葉を探した。
『——友ダ』
セロスは——
驚いた。
「友......?」
『ソウダ。オマエト 話シテイテ ワカッタ』
アストラルは、微笑んだ。
温かい笑顔。
『オマエハ 私ニ 似テイル』
『孤独ダッタ』
『誰カニ 理解サレタカッタ』
『ソシテ——誰カト 共ニ 在リタカッタ』
セロスは——
胸が熱くなった。
「......ああ」
セロスは、頷いた。
「俺も——あなたを、友だと思う」
『......アリガトウ』
アストラルの目から——
蒼い涙が、一筋流れた。
『千年——千年モ 孤独ダッタ』
『誰トモ 話セナカッタ』
『ダカラ——』
彼は、セロスを見た。
『——オマエガ 居テクレテ 嬉シイ』
セロスは——
アストラルに、近づいた。
そして——
手を、差し出した。
「なら——一緒に、考えよう」
「共存する方法を」
アストラルは——
セロスの手を、見つめた。
そして——
ゆっくりと、手を伸ばした。
二人の手が——
触れた。
瞬間——
光が、溢れた。
温かい光。
それが——
二人を、包み込んだ。
『......コレガ』
アストラルが、呟いた。
『共存......?』
「分からない」
セロスも、呟いた。
「でも——悪くない」
二人は——
そこで、誓った。
互いを、尊重すると。
一方が、もう一方を飲み込まないと。
共に——
在り続けると。
セロスは——
目を覚ました。
天井が、見える。
木の天井。
「......ここは」
「起きたか」
ガロウの声。
セロスは、顔を向けた。
ガロウが、隣に座っていた。
「ここは......」
「山小屋だ。廃墟になっていた猟師小屋を、見つけた」
ガロウは、セロスの額に手を置いた。
「熱は......下がったな」
「俺......どれくらい......」
「三日だ」
「!」
セロスは、驚いて体を起こそうとした。
しかし——
「動くな。まだ、体力が戻ってない」
ガロウが、セロスを止めた。
「三日も......」
セロスは、自分の手を見た。
震えている。
まだ——力が入らない。
「イヴェインとユリウスは?」
「外だ。食料を探している」
ガロウは、窓の外を見た。
「お前が倒れた後——俺たちは、お前を背負ってここまで来た」
「......すまない」
「謝るな」
ガロウは、セロスを見た。
「お前のせいじゃない。お前は——よくやった」
「でも......」
「でも、何もない」
ガロウの声が、厳しかった。
「お前は——生きている。それで、十分だ」
セロスは——
何も言えなかった。
ガロウは、立ち上がった。
「休め。体力を、回復させろ」
彼は、小屋の外に出た。
残されたセロス。
彼は——胸のペンダントに、手を当てた。
温かい。
そして——
微かに、脈打っている。
アストラルが——
そこにいる。
(友......か)
セロスは、微笑んだ。
(不思議な、友達だ)
夕方。
イヴェインとユリウスが、戻ってきた。
「セロス!」
イヴェインが、駆け寄った。
「目を覚ましたのね!」
彼女の目が——潤んでいた。
「心配、したのよ......」
「......ごめん」
セロスは、謝った。
イヴェインは——
セロスを、抱きしめた。
「もう——無理、しないで」
彼女の声が、震えている。
「あなたが——いなくなったら......」
「......大丈夫」
セロスは、イヴェインの背中に、そっと手を回した。
「俺は——ここにいるから」
ユリウスも、笑顔で近づいてきた。
「良かった。本当に、良かった」
彼は、セロスの頭を、乱暴に撫でた。
「心配かけやがって」
「ごめん......」
「謝るな。友達だろ」
ユリウスは、にかっと笑った。
セロスは——
温かい気持ちになった。
(俺には......仲間がいる)
(一人じゃ、ない)
その夜。
四人は、小屋の中で夕食を囲んだ。
イヴェインとユリウスが採ってきた、キノコのスープ。
質素だが——温かい。
「なあ、セロス」
ユリウスが、聞いた。
「お前——あの時、何を見たんだ?」
「何を......?」
「倒れる前。お前、何か——別の誰かみたいだった」
セロスは——
考えた。
言うべきか。
アストラルとの対話を。
「......俺の中に」
セロスは、決めた。
隠さない。
仲間には、全てを話す。
「俺の中に——アストラルがいる」
ユリウスとガロウは——
驚いた顔で、セロスを見た。
「アストラル......?」
ユリウスが聞いた。
「古代王よ」
イヴェインが、静かに答えた。
「『蒼い涙』のペンダントに——彼の魂が、封印されている」
「それは......前に話したな」
ガロウが、頷いた。
セロスは——三人を見た。
「でも——今日は、違う」
「違う......?」
イヴェインが、セロスを見つめた。
「俺は——アストラルと、話した」
イヴェインの目が、見開いた。
「話した......? 直接?」
「ああ。俺の意識の中で」
セロスは、胸のペンダントに手を当てた。
「倒れている間——俺は、心の中でアストラルと会った」
「それで......何を?」
イヴェインの声が、緊張している。
「共存する、と」
セロスは、静かに言った。
「俺とアストラル——二つの魂が、一つの器に共存する」
「共存......」
イヴェインは、呟いた。
「予言の続きにあった、あれ......」
「そう。『二つの魂が、一つの器に。対話せよ。共に在れ』」
セロスは、三人を見た。
「俺たちは——対話した。そして、決めた」
「何を?」
ユリウスが、身を乗り出した。
「互いを尊重すること。俺はアストラルに飲まれない。アストラルも俺を飲み込まない」
セロスは、拳を握った。
「俺は俺のまま。アストラルはアストラルのまま。でも——共にいる」
「それが......できるのか?」
ガロウが聞いた。
「分からない」
セロスは、正直に答えた。
「でも——やってみる価値はある」
イヴェインは——
しばらく、黙っていた。
そして——
「......セロス」
彼女は、セロスの手を握った。
「アストラルと——本当に話したの? 彼は、何と?」
「彼は......」
セロスは、思い出した。
アストラルの言葉を。
「俺を、友だと言った」
「友......」
イヴェインの表情が、複雑に歪んだ。
「アストラルが......」
「ああ。彼は——千年間、孤独だったと言った」
セロスは、ペンダントを見た。
「誰とも話せなかった。だから——俺がいて、嬉しいと」
「......」
イヴェインは、目を伏せた。
何かを——考えているようだった。
「なあ、イヴェイン」
ユリウスが、口を開いた。
「お前——何か、知ってるのか? アストラルのこと」
「......少しだけ」
イヴェインは、顔を上げた。
「守護者の記録に、残っている。アストラルは——」
彼女は、言葉を選んだ。
「——暴君ではなかった」
「暴君じゃない......?」
「ええ。世界を滅ぼした、悪の王——そう伝えられているけれど」
イヴェインは、焚き火を見つめた。
「本当は——世界を救おうとして、失敗した」
「......」
「深淵の獣から、世界を守ろうとした。でも——力を制御できなかった」
イヴェインの声が、静かだった。
「彼も——苦しんでいた。自分の失敗に」
「だから......」
セロスが、呟いた。
「だから、ペンダントに自分を封印した」
「そう。そして——予言を残した」
イヴェインは、セロスを見た。
「やり直すために」
「でも——それは、俺を消すことになる」
「......そうね」
イヴェインは、頷いた。
「だから——私は、ずっと恐れていた」
「恐れて......?」
「あなたが——アストラルに飲まれることを」
イヴェインの目に、涙が浮かんだ。
「でも——もし本当に、共存できるなら......」
彼女は、微笑んだ。
震える笑顔。
「それは——最高の答えね」
セロスは——
イヴェインの手を、握り返した。
「大丈夫。俺は、消えない」
「......約束して」
イヴェインの声が、小さい。
「あなたは——セロスのまま。どんなに力を使っても」
「約束する」
セロスは、はっきりと言った。
「俺は——俺だ」
ガロウが、口を開いた。
「......面白い話だな」
「面白い......?」
「ああ」
ガロウは、セロスを見た。
琥珀色の目が、真剣だった。
「古代王と共存する。そんなこと——聞いたことがない」
「俺も、初めてだ」
セロスは、苦笑した。
「でも——やるしかない」
「そうだな」
ガロウは、頷いた。
「お前なら——できる」
ユリウスも、笑った。
「お前らしいよ、セロス」
「俺らしい......?」
「ああ。普通じゃないことを、普通にやる」
ユリウスは、セロスの肩を叩いた。
「それが、お前だ」
セロスは——
三人を見た。
信じてくれる、仲間たち。
「......ありがとう」
セロスは、心から言った。
「みんな」
四人は——
そこで、絆を深めた。
その夜。
セロスは——再び、夢を見た。
しかし——今度は違った。
暗闇ではなく——
光に満ちた場所。
玉座の間。
しかし——荒廃していない。
美しい、古代の宮殿。
「......ここは」
『私ノ 記憶ダ』
アストラルの声。
彼が、玉座に座っていた。
しかし——以前とは違う。
穏やかな表情。
『オマエニ 見セタイモノガアル』
「見せたいもの......?」
『ソウダ』
アストラルは、立ち上がった。
そして——窓の外を指した。
セロスは、窓に近づいた。
外には——
美しい都市が広がっていた。
空を飛ぶ、乗り物。
笑顔の人々。
緑に覆われた、建物。
「これが......古代文明......」
『ソウダ。私ノ 治メテイタ 世界』
アストラルは、誇らしげに言った。
『美シカッタダロウ?』
「ああ......」
セロスは、息を呑んだ。
「本当に、美しい」
『コレヲ 守リタカッタ』
アストラルの声が、変わった。
悲しみが、混じる。
『デモ——守レナカッタ』
景色が、変わった。
都市が——崩壊していく。
黒い霧が、全てを飲み込む。
「......」
セロスは、その光景を見つめた。
アストラルの——失敗を。
『コレガ 私ノ 罪ダ』
アストラルが、呟いた。
『千年——背負ッテキタ 罪』
セロスは——
アストラルの隣に立った。
「でも——あなたは、諦めなかった」
『......』
「予言を残した。やり直すために」
セロスは、アストラルを見た。
「それは——勇気だと思う」
『勇気......』
アストラルは、セロスを見た。
驚いた顔。
『失敗シタ者ニ 勇気ナド......』
「ある」
セロスは、はっきりと言った。
「俺も——失敗した。予言の子になれなかった」
「でも——生きている。もう一度、やり直そうとしている」
セロスは、アストラルの肩に手を置いた。
「あなたも、同じだ」
アストラルは——
しばらく、黙っていた。
そして——
微笑んだ。
温かい、本当の笑顔。
『......アリガトウ セロス』
『オマエガ 器デ 良カッタ』
「俺も——あなたが一緒で、良かった」
二人は——
そこで、本当の友になった。
夢が、薄れていく。
しかし——
セロスの心に——
温かさが、残った。
[第14章 了]




