第10章:逃走の決意
翌朝。
セロスが宿を出ると——
ギルドの前に、人だかりができていた。
「何だ......?」
セロスは、人込みに近づいた。
そこには——
告示板。
新しい告示が、貼られていた。
『緊急通達:予言の子の捜索』
セロスの、心臓が跳ねた。
告示を読む。
『ガルドニア帝国の命により、予言の子と思われる者を捜索する。特徴:蒼い涙のペンダントを所持。発見次第、帝国に報告すること。報酬:金貨百枚』
(まずい......)
セロスは、後ずさった。
金貨百枚——
途方もない金額だ。
これを見れば——
誰もが、セロスを探すだろう。
「おい、見たか?」
「金貨百枚だぞ!」
「予言の子って、本当にいるのか?」
探索者たちが、ざわめいている。
セロスは——
急いでその場を離れた。
イヴェインの宿へ。
「イヴェイン!」
セロスは、彼女の部屋の扉を叩いた。
扉が開く。
イヴェインが、険しい顔で立っていた。
「......見たのね」
「ああ。どうして——」
「入って」
イヴェインは、セロスを部屋に引き入れた。
扉を閉める。
「帝国が、動き出したわ」
イヴェインが言った。
「あなたの存在が、知られた」
「誰が......」
「分からない。でも——」
イヴェインは、窓の外を見た。
「——私の一族かもしれない」
「守護者......」
「ええ。彼らは、予言の子を放っておかない。帝国に情報を流して、あなたを捕らえさせるか——」
イヴェインは、セロスを見た。
「——殺させるか」
セロスは——
恐怖を感じた。
(殺される......)
(俺が......)
「どうすれば——」
「逃げるしかないわ」
イヴェインは、荷物をまとめ始めた。
「王都を出る。今すぐ」
「でも、どこへ——」
「北の山脈。そこに、隠れ家がある」
イヴェインは、素早く荷物を詰めた。
「あなたも、準備して。十分後に、北門で」
「分かった」
セロスは、自分の宿に戻ろうとした。
しかし——
イヴェインが、腕を掴んだ。
「待って」
「何?」
「......一人で行かせられない」
イヴェインは、真剣な目をしていた。
「もう、あなたを一人にしない」
セロスは——
その言葉に、胸が温かくなった。
「......ありがとう」
二人は、裏口から宿を出た。
人目を避けて、北門へ。
しかし——
「待て」
声がした。
二人は、振り返った。
ユリウスが、立っていた。
「ユリウス......」
「逃げるのか?」
ユリウスは、告示を手に持っていた。
「お前が——予言の子なのか?」
セロスは——
何も言えなかった。
ユリウスは、溜息をついた。
「やれやれ。面倒なやつと、関わっちまったな」
「ユリウス......」
「でも——」
ユリウスは、にかっと笑った。
「——友達だろ?」
「え......?」
「友達は、助けるもんだ」
ユリウスは、荷物を背負っていた。
「俺も、行くよ」
「でも——」
「文句は聞かない」
ユリウスは、セロスの肩を叩いた。
「お前、一人だと危なっかしいからな」
イヴェインが、ユリウスを見た。
「......本気?」
「ああ」
ユリウスは、真剣な顔をした。
「お前ら、二人だけじゃ心細いだろ」
イヴェインは——
微かに、笑った。
「......厄介な奴ね」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
三人は——
そこで、仲間になった。
北門から、王都を出た。
しかし——
「止まれ!」
衛兵が、叫んだ。
「君たち、どこへ行く!」
「旅だ」
ユリウスが、答えた。
「依頼で、北へ」
「待て。確認する」
衛兵が、告示を見た。
そして——
セロスを見た。
「君——顔を見せろ」
セロスの心臓が、激しく打つ。
(まずい......)
衛兵が、近づいてくる。
その時——
イヴェインが、動いた。
一瞬の動き。
衛兵の首筋に、手刀。
衛兵が、崩れ落ちた。
「急いで」
イヴェインが言った。
三人は、走った。
門を抜ける。
王都の外へ。
背後から、叫び声。
「逃げたぞ!」
「追え!」
兵士たちが、追ってくる。
「こっち!」
イヴェインが、森へ入った。
三人は、森の中を駆ける。
木々の間を。
枝が、顔を引っ掻く。
でも——
止まらない。
ただ、走る。
どれくらい走っただろう。
十分?
三十分?
ようやく、追っ手の声が聞こえなくなった。
三人は、立ち止まった。
「はぁ......はぁ......」
息を整える。
「......何とか、逃げ切ったわね」
イヴェインが言った。
「ああ......」
セロスは、後ろを振り返った。
王都が——
遠くに、見える。
あそこに——
あそこに、セロスの三年間があった。
最底辺の探索者として。
影として。
でも——
もう、戻れない。
「行こう」
イヴェインが、セロスの手を引いた。
「まだ、安全じゃない」
三人は——
再び、歩き出した。
北へ。
山脈へ。
セロスの、新しい旅が始まった。
逃亡者として。
予言の子として。
そして——
仲間と共に。
夜。
三人は、森の中で野営した。
焚き火を囲む。
「......これから、どうする?」
ユリウスが聞いた。
「北の山脈に、隠れ家がある」
イヴェインが答えた。
「そこで、しばらく身を隠す」
「その後は?」
「......分からない」
イヴェインは、焚き火を見つめた。
「でも——一つだけ、確かなことがある」
「何?」
「セロスを——守る」
イヴェインは、セロスを見た。
「それが、私の使命」
セロスは——
胸が熱くなった。
(俺を......守る)
(この人は......)
「俺も、守るよ」
ユリウスが言った。
「友達だからな」
ユリウスは、にかっと笑った。
セロスは——
初めて、本当の仲間ができた気がした。
期待されて、近づいてくる者ではなく。
利用しようとする者でもなく。
ただ——
ただ、セロス自身を、受け入れてくれる者たち。
「......ありがとう」
セロスは、二人に言った。
「二人とも」
イヴェインとユリウスは——
微笑んだ。
焚き火の光が、三人を照らす。
星空の下。
森の中。
これが——
これが、セロスの、新しい始まりだった。
[第10章 了]
【第一部「影の探索者」完結】




